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【2区 7.3km 二神 心枝(2年)】
① 急発進、357号線!
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レースは、2区に入った。
【上空からの映像では、ずらりと並ぶコンテナが特徴的な本牧埠頭の景色が映し出されています。あなたと世界を繋ぐ交通の要衝、国道357号線を、2区のランナーが駆け抜けていきます。1号車、先頭の様子、どうでしょうか】
『はい。先頭を行きます、デルフィ大学の西出。入りの1キロが3分6秒。2キロが6分22秒。その間の1キロが3分16秒で推移しています。高梨さん、この走りご覧になっていかがですか』
「そうですね。西出さんの力からすると、最初の1キロ3分6秒はちょっと速すぎるんじゃないかと思ったんですが、今はちょうど良いペースに落ち着きましたね。そんなに無理している様子もありませんし、先頭で気持ちよく走っているんじゃないでしょうか」
立花は感心していた。西出さんは、まるで1区の黒田さんの勢いがタスキリレーと同時に乗り移ったかのように、自信に満ちた走りを見せている。チームとして走る駅伝ならではの見事な相乗効果だ。
小気味良いピッチと腕振りで、リズミカルに、時には沿道の声援に笑顔をのぞかせながら走っている。最初が速くなってしまうのは、練習試合の時もそうだったし、きっとこの子の癖なのだろう。
駅伝で先頭を走ると、持っている以上の力を発揮できることがある。
先頭ということでテレビに映る時間が長く、見られている高揚感でアドレナリンが分泌される。加えて、実は声援の大きさも違う。沿道にいる観客は、待ちに待った最初のランナーを迎えてここぞとばかりに盛り上がるからだ。もちろんこうした気持ちの面だけでなく、前を走る第1中継車が風避けになるというメリットもある。
いずれにせよ、ランナーが気持ちよく走れる条件が、先頭には整っている。これはデルフィ大学がしばらく逃げるかもしれない。
【それでは先頭を追いかけるチームの様子、3号車に伝えてもらいます】
「はい。ジャスミン大の藤井が、すぐ前にいたネモフィラ大に追いつきまして、3位グループを形成しています。そしてですね、その後ろなんですが! さらに良いペースで追ってきているのが、アイリスの二神心枝、2年生です。12秒差をほとんど追いついて、もう真後ろまで迫ってきています」
立花は、画面に映る心枝の走りを凝視した。うん、前から見てもとてもよく動いている。心枝は指示通り、前のグループに追いつこうと早めに仕掛けている。これはオーバーペースとは違う。アイリス駅伝部が散々練習してきた「計画的ハイペース」だ。練習の成果をきちんと実践できている教え子の走りに、立花は胸が熱くなった。
【タスキが2区に渡り、さっそく3位争いが激しくなっているようです。さて、ここで2区のコース紹介VTRです】
——我慢比べの1区から、激動の2区へ。国道357号線と首都高速湾岸線を行く7・3キロのコースには、各校のスピード自慢が集結します。レースの展開がガラッと変わるごぼう抜きにも注目です。
続いて、ゲスト解説の福山莉子選手の大学時代の映像が流れている。現在の2区の区間記録は、彼女が1年生の時に記録した「22分30秒」で、他のランナーが挑んでもかすりもしない、もはや伝説の区間記録となっている。一体どうやって出したのかわからない。
【福山さん。ご自身の経験も踏まえて、このコースの攻略法というのは、どういったものになるのでしょうか】
「そうですね……。私の場合は、コースを三つに分けて考えていて」
【ほうほう】
「今走っている序盤の高架下では速いペースで押してリズムを作り、高速道路に出てからはペースを少し……」
「少し抑めで?」
名物解説の鱒川さんも食い気味に聞き入っている。
「はい、抑えめで。そしてラストの高架下に降りてくるところで一気に切り替える、っていうのを意識していました」
【という、今、福山さんからの貴重なお話も伝えていただきました。さあ、デルフィ大学の西出がこのまま先頭を守り抜くでしょうか。第56回横浜みなと駅伝です】
* * *
二神心枝。アイリス女学院大学の2年生。フットギアは、適性表の右下——情熱と独創を司る、赤のナスターシャを履いている。
心枝は、自分の腕時計に表示された3分5秒というハイペースを見ても慌てなかった。できるだけ早く集団に追いついて、力を温存する。前の二人は自分よりも歩幅が小刻みだから、姉のアドバイス通り、つられないよう少し距離をとってペースだけ貰おう。
国道357号線は、ちょうど真上を走る首都高速の影になり薄暗くなっている。コースの両サイドから差し込んでくる外の光が、白飛びした写真みたいな色でカーテンを作っていた。
観客が入れないエリアに来ると、一瞬歓声が途切れて、反響する自分たちの足音が聞こえてきた。
(タン、タン、タン、タン、タン……)
未だに実感がない。一年前の今頃、心枝は怪我と貧血で全然走れていなかった。なのに、今こうしてアイリスのみんなと駅伝を走れている。
(私、今すごく楽しいかもしれない)
◇
集団で追いかけたほうが差を詰めやすい。駅伝の鉄則だ。心枝は3位グループの三人で、前を行くデルフィ大学とデイジー大学を追いかけている。その調子だ。テレビ中継では、1区の区間順位が報じられた。
1区 9.0km 区間順位
1位・29分16秒 黒田 涼子 (3年/青/デルフィ大)
2位・29分46秒 中村 渚 (3年/黄/デイジー大)
3位・29分55秒 市川 菜々 (4年/紫/ネモフィラ大)
4位・29分57秒 月澤 奈波 (2年/緑/ジャスミン大)
5位・30分09秒 池田 朝陽 (2年/藍/アイリス女学大)
前回優勝のローズ大学は30分50秒でまさかの区間14位。トップとは1分34秒差となっていた。
【今年の1区は、デルフィ大学の黒田が制しました。昨年も1区2位と健闘した選手ですが、見事にリベンジを果たしました。これで黒田は、1年生の時の4区区間賞以来、自身二度目のみなと駅伝の区間賞です。それではインタビューです】
——はい。見事、1区区間賞を獲得しました、デルフィ大・黒田選手です。おめでとうございます。
「ありがとうございます!」
——まず、区間賞を獲得した感想を聞かせてください。
「はい。次の2区を走る後輩の西出には、少しでも差をつけて渡してあげたかったので、それが果たせて良かったです」
——途中からトップを独走する形になりましたが、レース前から狙っていたんでしょうか。
「そうですね、はい、誰も出なかったら自分が行くしかないなとは思っていました」
——1人で抜け出そうとしたところにアイリス大の選手がついてきましたが、驚きもあったんじゃないですか。
「いえ、アイリスさんとは、合宿でも一緒になる機会があって、レース前にも少し話していたので、一緒に来てくれて心強かったです」
——どんな話をしたんでしょうか。
「そこは、企業秘密で (笑)」
——ふふっ、企業秘密ですか。それでは後続のランナーにメッセージをお願いします。
「はい。この1年間、シード権の3位以内を目標にずっとやってきたので、最後まで自分の力を信じて、笑顔でゴールしてほしいと思います」
——見事な1区区間賞、デルフィ大・黒田選手でした。ありがとうございました。
【上空からの映像では、ずらりと並ぶコンテナが特徴的な本牧埠頭の景色が映し出されています。あなたと世界を繋ぐ交通の要衝、国道357号線を、2区のランナーが駆け抜けていきます。1号車、先頭の様子、どうでしょうか】
『はい。先頭を行きます、デルフィ大学の西出。入りの1キロが3分6秒。2キロが6分22秒。その間の1キロが3分16秒で推移しています。高梨さん、この走りご覧になっていかがですか』
「そうですね。西出さんの力からすると、最初の1キロ3分6秒はちょっと速すぎるんじゃないかと思ったんですが、今はちょうど良いペースに落ち着きましたね。そんなに無理している様子もありませんし、先頭で気持ちよく走っているんじゃないでしょうか」
立花は感心していた。西出さんは、まるで1区の黒田さんの勢いがタスキリレーと同時に乗り移ったかのように、自信に満ちた走りを見せている。チームとして走る駅伝ならではの見事な相乗効果だ。
小気味良いピッチと腕振りで、リズミカルに、時には沿道の声援に笑顔をのぞかせながら走っている。最初が速くなってしまうのは、練習試合の時もそうだったし、きっとこの子の癖なのだろう。
駅伝で先頭を走ると、持っている以上の力を発揮できることがある。
先頭ということでテレビに映る時間が長く、見られている高揚感でアドレナリンが分泌される。加えて、実は声援の大きさも違う。沿道にいる観客は、待ちに待った最初のランナーを迎えてここぞとばかりに盛り上がるからだ。もちろんこうした気持ちの面だけでなく、前を走る第1中継車が風避けになるというメリットもある。
いずれにせよ、ランナーが気持ちよく走れる条件が、先頭には整っている。これはデルフィ大学がしばらく逃げるかもしれない。
【それでは先頭を追いかけるチームの様子、3号車に伝えてもらいます】
「はい。ジャスミン大の藤井が、すぐ前にいたネモフィラ大に追いつきまして、3位グループを形成しています。そしてですね、その後ろなんですが! さらに良いペースで追ってきているのが、アイリスの二神心枝、2年生です。12秒差をほとんど追いついて、もう真後ろまで迫ってきています」
立花は、画面に映る心枝の走りを凝視した。うん、前から見てもとてもよく動いている。心枝は指示通り、前のグループに追いつこうと早めに仕掛けている。これはオーバーペースとは違う。アイリス駅伝部が散々練習してきた「計画的ハイペース」だ。練習の成果をきちんと実践できている教え子の走りに、立花は胸が熱くなった。
【タスキが2区に渡り、さっそく3位争いが激しくなっているようです。さて、ここで2区のコース紹介VTRです】
——我慢比べの1区から、激動の2区へ。国道357号線と首都高速湾岸線を行く7・3キロのコースには、各校のスピード自慢が集結します。レースの展開がガラッと変わるごぼう抜きにも注目です。
続いて、ゲスト解説の福山莉子選手の大学時代の映像が流れている。現在の2区の区間記録は、彼女が1年生の時に記録した「22分30秒」で、他のランナーが挑んでもかすりもしない、もはや伝説の区間記録となっている。一体どうやって出したのかわからない。
【福山さん。ご自身の経験も踏まえて、このコースの攻略法というのは、どういったものになるのでしょうか】
「そうですね……。私の場合は、コースを三つに分けて考えていて」
【ほうほう】
「今走っている序盤の高架下では速いペースで押してリズムを作り、高速道路に出てからはペースを少し……」
「少し抑めで?」
名物解説の鱒川さんも食い気味に聞き入っている。
「はい、抑えめで。そしてラストの高架下に降りてくるところで一気に切り替える、っていうのを意識していました」
【という、今、福山さんからの貴重なお話も伝えていただきました。さあ、デルフィ大学の西出がこのまま先頭を守り抜くでしょうか。第56回横浜みなと駅伝です】
* * *
二神心枝。アイリス女学院大学の2年生。フットギアは、適性表の右下——情熱と独創を司る、赤のナスターシャを履いている。
心枝は、自分の腕時計に表示された3分5秒というハイペースを見ても慌てなかった。できるだけ早く集団に追いついて、力を温存する。前の二人は自分よりも歩幅が小刻みだから、姉のアドバイス通り、つられないよう少し距離をとってペースだけ貰おう。
国道357号線は、ちょうど真上を走る首都高速の影になり薄暗くなっている。コースの両サイドから差し込んでくる外の光が、白飛びした写真みたいな色でカーテンを作っていた。
観客が入れないエリアに来ると、一瞬歓声が途切れて、反響する自分たちの足音が聞こえてきた。
(タン、タン、タン、タン、タン……)
未だに実感がない。一年前の今頃、心枝は怪我と貧血で全然走れていなかった。なのに、今こうしてアイリスのみんなと駅伝を走れている。
(私、今すごく楽しいかもしれない)
◇
集団で追いかけたほうが差を詰めやすい。駅伝の鉄則だ。心枝は3位グループの三人で、前を行くデルフィ大学とデイジー大学を追いかけている。その調子だ。テレビ中継では、1区の区間順位が報じられた。
1区 9.0km 区間順位
1位・29分16秒 黒田 涼子 (3年/青/デルフィ大)
2位・29分46秒 中村 渚 (3年/黄/デイジー大)
3位・29分55秒 市川 菜々 (4年/紫/ネモフィラ大)
4位・29分57秒 月澤 奈波 (2年/緑/ジャスミン大)
5位・30分09秒 池田 朝陽 (2年/藍/アイリス女学大)
前回優勝のローズ大学は30分50秒でまさかの区間14位。トップとは1分34秒差となっていた。
【今年の1区は、デルフィ大学の黒田が制しました。昨年も1区2位と健闘した選手ですが、見事にリベンジを果たしました。これで黒田は、1年生の時の4区区間賞以来、自身二度目のみなと駅伝の区間賞です。それではインタビューです】
——はい。見事、1区区間賞を獲得しました、デルフィ大・黒田選手です。おめでとうございます。
「ありがとうございます!」
——まず、区間賞を獲得した感想を聞かせてください。
「はい。次の2区を走る後輩の西出には、少しでも差をつけて渡してあげたかったので、それが果たせて良かったです」
——途中からトップを独走する形になりましたが、レース前から狙っていたんでしょうか。
「そうですね、はい、誰も出なかったら自分が行くしかないなとは思っていました」
——1人で抜け出そうとしたところにアイリス大の選手がついてきましたが、驚きもあったんじゃないですか。
「いえ、アイリスさんとは、合宿でも一緒になる機会があって、レース前にも少し話していたので、一緒に来てくれて心強かったです」
——どんな話をしたんでしょうか。
「そこは、企業秘密で (笑)」
——ふふっ、企業秘密ですか。それでは後続のランナーにメッセージをお願いします。
「はい。この1年間、シード権の3位以内を目標にずっとやってきたので、最後まで自分の力を信じて、笑顔でゴールしてほしいと思います」
——見事な1区区間賞、デルフィ大・黒田選手でした。ありがとうございました。
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