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3・海イベント

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海に足をそっと入れると真夏の暑さに反してひんやりとした冷たさが足から染み渡る。

「冷たっ!」

「雪ちゃーん!水着可愛いー!」

バシャンッ

「うひゃっ!?」

いきなり冷たい海水が真奈からかけられ驚いた拍子に浅い海の中で座り込む。

「…ほら、掴まれば?」

手を差し出してきたのは何故か顔を背けている赤井兄弟の片割れの遼だった。

「あ、ありがとう…」

おずおずとその手を掴むと可愛い風貌とは裏腹に力強く引っ張られ驚く。

遼くんって外見と反して意外と力あるんだなぁ…

引っ張られた手を見ながらそう思っているとすぐに真奈とアリスと赤井兄弟のもう一人の片割れの龍が近づく。

「雪ちゃん大丈夫?」

「いきなり水かけるなんて…」

「うぅ…ごめんね?」

バシャンッ

「ひゃっ!?」

やり返しとばかりに謝る真奈に思いっきり水をかける。

「仕返しっ!」

「もうー!雪ちゃんてばぁ…」

膨れる真奈に笑っているとアリスが中に入る。

「雪、その水着中々似合いますわね…可愛いですわ」

「ありがとうアリス!アリスの水着も大人っぽくてよく似合ってるよ」

「ふふ、当然ですわ!私に似合わない服などないですもの」

「うんうん!真奈ちゃんも雪ちゃんもアリスちゃんも可愛いくて十分目の保養になるよ!」

唐突にそう言う龍に真奈とアリスは照れながらも嬉しそうな顔をする。

二人ともいささか単純過ぎませんか…? 

その様子を呆れながら見ているといつもは龍と一緒に入ってくる遼の無言に不思議に思い顔を伺うと視線が合ったかと思えばすぐに逸らされてしまった。

どうかしたのかな?何か気に触ることしたかな?

ガシッ

遼の不自然な様子に龍が後から遼の首に肩を回す。

「遼どうしたのー?何かいつもと感じ違うじゃん!あれれー?もしかして、雪ちゃんの水着見て照れてるとかー?あはははっ」

「っ…」

その言葉に一瞬固まるとすぐさま誤魔化すように顔を背ける。

「…馬鹿いってないで早く遊ぼっ!ほら、出店まだ何も食べてないし…」

「う、うん…そうだねっ!行こいこっ!」

急に出された提案に一同戸惑いつつもいつもの遼の言葉に何も無かったかのように同じくいつもの感じで切り返す。

「あ、そう言えば葉山先生が出店回ってたよね?」

先程見かけた葉山の事を思い出しそう言うと真奈が困ったように表情で答える。

「うん、雪ちゃんがパーカー脱ぎに行った後すぐ焼きそば食べたいっていって行っちゃって…」

「あー…」

れいにぃなら言いそうな言葉だな…

「葉山先生って、体はイケメンなのに勿体無いよねぇ…」

真奈は女性達に声をかけまくられている高宮とは違い通り過ぎる女性達が一度は見るもののその顔にすぐに素通りされ出店を一人歩きしている葉山の姿を見ながらそう呟いた。

あはは…本当の素顔知ったらこうはいってないよね…絶対

乾いた笑いを浮かべつつも皆出店に行って何か食べたいという事に浮き輪を灰原に預け葉山の元に向かう。

「葉山先生~!」

「ん?お前らも出店回りか?」

「うん!お腹すいちゃって…てへっ」

てへっなんて通じるのは真奈ぐらいだぞ…

女の子全員から反感を買いそうな真奈のてへっにすかさず心の中で突っ込みを入れる。

「焼きそばはもう食べたんですか?」

手にはイカ焼きを持って食べている葉山不思議に思ってそう問いただす。

「ああ、焼きそばはもうクリアした。あとは、かき氷にアイスクリームに貝類にタコスにホットドックだな…」

全部食べる気かよっ!

「葉山先生、意外と大食いなんですね…」

呆れ返る一同を他所に他の出店を見渡し始めた葉山に更に呆れ返る。

れいにぃ…前世ではプロテインが主食だったのに変わりすぎ…

毎日のようにパソコンや書類と向き合っていた前世での葉山…笹倉玲二は雪こと妹の花奈がいなければプロテインなどの栄養剤しか口にしなかった。
ある意味食に興味が無かったとも言えるが…

「あ、そうそう桂馬の奴見なかったか?ビーチに入ってすぐいなくなった気がするんだが…」

「確かに、私もそう思ってた。どこいっちゃったんだろう?」

先程から見えない桂馬の姿に辺りを再度見渡す。

「もしかしたらだが、海岸の方かもしれない。相浦見に行ってみてくれるか?」

「はい、もしいたら出店の食べ歩き誘ってみますね」

「ああ、頼む」

「私もゆきといくー!」

「七瀬は駄目だ」

「えー!何でー?」

「お前がいたら話が進まん」

「ぶぅ~」

膨れる真奈を優しく宥めて葉山に言われた通りに海岸へと向かう。
海岸に着くと一人ぽつんと海岸に座り海を見ている桂馬の姿があった。

「けっ…翔…先輩?」

未だに慣れない名前呼びで桂馬を呼ぶとその声に気づきゆっくりと振り返る。

「あ、えっと…雪?」

「まだ名前呼び慣れませんね…お互いに」

ぎこちない名前呼びに苦笑いを浮かべながら桂馬の隣に座る。

「だな…」

照れくさいような甘い空気が漂う中、ゆっくりと口を開く。

「どうして海岸に居るんですか?」

「その…ビーチに入ってすぐ囲まれて…」

あー、いつもの女性達から囲まれちゃったやつか…

現在、その被害にあっている高宮の姿を思い出しながらも毎度の事ながらイケメンは大変だと心の中で思った。

「それで、人がいない海岸に?」

「ああ…」

「んー、無理だったらいいんですけどこれから皆で出店食べ歩きしようってなってるんですがよかったらし…翔先輩も一緒にしませんか?」

「食べ歩き?」

「はい、ここで一人でいるよりかは楽しいかなって…あと、皆でいたら囲まれる事もないと思いますし」

「確かに、皆でいたら囲まれる事はなさそうだな…それにお腹も空いてきた頃だし」

ぐるるるぅぅぅ~

「はっ!?えっ…」

まさかのタイミングで桂馬より先にお腹が鳴る音が響き恥ずかしさのあまり俯く。

「はははっ!俺より先に空いてたみたいだな?」

「うぅ…聞かなかった事に?」

「…無理だな」

ですよね…

ガックリと項垂れる私の頭を大きな手の平が優しく触れると猫を撫でるような手つきで優しく撫でらる。

「っ…」

「…行くか?」

「…はい」

その大きな手の平が名残惜しそうにゆっくりと離れると立ち上がり葉山たちが待っている出店へと向かう。

ガシッ

ん?

歩きだそうとした足を突然後から掴まれた腕によって停止する。

「翔…先輩?」

「あ…えっとこれはだな…」

口ごもる桂馬の様子に不思議に思いながら顔を除き込む。

「っ…そ、その!か、可愛いっ…」

「へ?」

「…水着似合ってる」

「あ、ありがとうございます…」

うわぁ…面と向かって言われると照れるなこれ…

真っ赤な顔を隠すように俯くと握られている腕が目に入り更に顔が赤く染まっていく。

「じゃ、じゃあ行くか…」

「は、はい…」

そんなぎこちない空気感のまま葉山たちがいる出店に着くと既に真奈達の手元には出店で買ったらしい食べ物が握られていた。

「おかえり、お前ら…」

「ただいま。来たのはいいけどさ、既に皆の手に食べ物があるのが驚きなんだけど…」

すると真奈がかき氷を頬張りながら不満の声を漏らす。

「だって、ゆき達遅いんだも~ん!待ってらんないよ~」

「僕も待つぐらいなら食べてた~い!」

「ははは…」

この人達に待てって言うのが無茶だった…

乾いた笑いを浮かべながら返すとその様子を見ていた翔先輩が口を開く。

「…かき氷美味しそうだな」

「翔くんも食べなよ~!かき氷美味しいよ」

「ああ、そうする。…ゆ、雪もどうだ?」

「えっ…」

かき氷って…駄目だ!イベントにハマっちゃう!断らなきゃ…
うぅ…断るのは心苦しいけど背に腹は変えられない

「えっと…私はやめとこうかな?」

「そ、そうか…」

見てもわかるほどの翔先輩の落ち込みようにヒシヒシと胸が痛みながらも何とかフェローしようと頭を巡らせる。

「あ、アイスクリームっ!私はアイスクリーム食べたいから…そ、その買って来るね?」

「お、おう…」

焦りまくって慌ててそう言うと翔先輩の顔を見ることなくアイスクリームが売っている出店へと走っていった。
半ば逃げるようにその場を後にしたが我ながら嘘つくのは下手だな私…と初めて自覚したのだった。

アイス&ミルクと書かれた看板の出店に着くと様々の種類が書かれたメニュー表を見つめる。

甘いストロベリーアイスもいいけど、ビターなチョコも捨てがたいしなぁ…
でも、だからと言って二つも買うわけには…あ!んー、でも食べてくれるかなぁ…

「お客さん、決まりましたか?」

「あ、えっと…ストロベリーアイスとチョコアイス二つで!」

「あいよ!」

あ~やっちゃった…後は食べてくれる事を祈るしかないよね
それに、皆のとこっていうか翔先輩のところに戻るのは気が引けるし…

お兄さんが二つのアイスを二つのカップにそれぞれ入れていき出来たアイスにハートのスプーンをさす。

「ストロベリーアイスとチョコアイスで五百円ね…」

お金を払い二つのアイスを受け取るとビーチで優雅に寝ているであろう人物の元へと向かう。
ビーチの隅の方に椅子とパラソルが設置された場所に着くと椅子の上で本を顔に被せ寝ている人物とその側で佇む人物に近寄った。

「…ん?相浦様、おかえりなさいませ…」

「ただいまです」

「どうかなさいましたか?」

「いえ、その…これをあげたくて」

手に持っている二つのアイスの内、チョコアイスの方を前に突き出す。

「おやおや、珍しいですね。相浦様から怜央様に何かをお渡しになるなんて…」

「不本意なんですがどうしてもチョコアイスも食べたくて…でも、二つは全部食べれないから誰かチョコアイス食べてくれないかなぁって思ったら金城先輩が浮かんで…」

「ふふふ、相浦様らしいですね。ですが、ただ今怜央様はあいにく就寝しておられまして起こしにならないと渡すのはいささか不可能かと…」

えーと、これは私が起こさないと駄目って言ってるやつですか?

あからさまにその通りだと言わんばかりの灰原の目にたじろぎつつも夏の暑さで今にも溶けそうなアイスを目の前に観念せざる負えなかった。

そりゃあ、メイドのバイトのおかげで朝起こしたりしてるけども…この人起こすの骨が折れるんだよなぁ

渋々手に持っているアイスを灰原に預け顔に被っている本に手を伸ばすとその綺麗に整ったイケメンフェイスが露になる。

起きてる時は憎まれ口を叩く黒王子なのに寝ている時だけは可愛いかも…

女性以上にすべすべで綺麗な肌に衝動に駆られつい人差し指で小さくつつく。

すべすべ…てか、どんな手入れしたらこうなるのよ?イケメンって何をとってもイケメンって言うけどほんとそうだよね

「…ん」

頬をつつく指に反応し金城が小さく唸ると右に寝返りをうつ。

あ…起きそう、このまま続けてつついたら起きるかも…

単なる衝動だけだったにもかかわらずいつの間にか悪戯心に変わり更に頬をつつく。

「…んっ…」

それにしても金城先輩ってまつ毛長いなぁ…

つい惹き込まれるように更に顔を近づけ見つめているとその長いまつ毛が開かれた。

「…人が寝ている内に悪戯とはいい度胸だな?」

「っ…!?」

先程の可愛いらしい寝顔に反して黒王子の顔でにやりと口元をあげる金城にすぐさまその場から逃げようと飛び退こうとすると左手で頭を引き寄せられ身動きが出来ず至近距離にいる金城を前に硬直する。

「人の顔つついて楽しかったか?」

「お、起きてたんですかっ!?」

「つついた後にどうでるか楽しんでたがまさかキスしようとはな?」

「し、ししませんよっ!起きてたんなら分かってるくせにっ!意地悪っ…」

「ふふ、今に始まった事ではないだろ」

うっ…確かに…

今までの数々の意地悪を思い出すと指では数え切れないほどだった。

「で、お前は何しに戻って来たんだ?」

「あ、そうだった!灰原さん…」

「はい、どうぞ…」

頭を解放してもらい灰原にアイスを受け取る。

「実は、これあげたくて…」

金城の前にチョコアイスを差し出すと椅子の上に寝転んでいた体を起こしそれを受け取る。

「チョコアイスか?」

「アイスクリーム屋さんでストロベリーかチョコか食べるの悩んでて、結局どっちも食べたくて両方買っちゃたんですけど二つも全部食べれないからチョコアイス誰か食べないかなぁて思ってたら金城先輩の顔が浮かんで…」

「ふ~ん、なるほどな…それはいいが何で俺がチョコアイス何だ?」

「えーと…」

黒王子で悪魔でチョコにぴったりとか言えない…

「び、ビターみたいな感じだから?…とか」

「何で疑問形なんだよ?」

「うっ…い、いいから早く食べないと溶けちゃうから食べましょ食べましょ!」

灰原から自分用のストロベリーアイスを受け取ると金城の隣の椅子に腰掛ける。

パクッ

「ん~!冷たくて美味しいっ!」

口に入れた瞬間夏の暑さで火照った体が口の中からひんやりと染み渡る。

「おい、チョコも食べるんじゃなかったのか?」

「あ、忘れてた!」

自分のストロベリーアイスに夢中でもう一つのチョコアイスを食べるのを忘れてた!

「ほら、食わせてやるからここ座れ」

「あの…毎度の事ながら何で胸中なんですか?」

「はぁ?俺がそうさせたいからに決まってるだろが」

はっきりそう言い切るなんて呆れるを通り越してもう清々しいですよ…

乾いた苦笑いを浮かべながらも拒否権のない命令の言葉に渋々金城の胸の中に座る。

「ほら、口開けろ…」

「…んっ」

パク

先程の甘い酸味のあるストロベリーアイスと違いビターでほんのり苦味のあるチョコアイスに美味しさのあまり自然と笑みが零れる。

「ぷっ…ほんと幸せそうな面」

小さく吹き出しお腹を抱えて笑う金城にむっとしつつも口に運ばれるチョコアイスに舌づつみする。

だって、美味しいんだもん!仕方ないじゃん

「雪、あ…」

「あ?」

口を開いて片目を瞑る金城に不思議に思いきょとんと首を傾けると金城は不機嫌な顔で睨む。

「お前ばっかり食べるなんてズルいだろうが!いいから早く食わせろ…」

「え?金城先輩も食べたかったんですか?ストロベリーアイス」

「なっ…」

顔を赤くする金城に仕返しとばかりについ日頃の恨みと共に更に言う。

「どうしよっかな~?これ私のストロベリーアイスだし…」

「っ…雪てめぇ…いいから寄越せっ!」

「うわっ!?」

手に持っていたストロベリーアイスを上に上げるとそれを取ろうと手を伸ばされストロベリーアイスにささったハートのスプーンがアイスの液と共に胸元に落ちた。

「あ…アイスついちゃったじゃないですかー!水着にはギリギリつかなかったけどせっかくの私のストロベリーアイスが…」

落ちたスプーンを取りアイスの液が着いた自分の胸をもったいなさそうに見つめる。

「しゃーねぇな、一緒に食べてやるから今度はちゃんと寄越せよ?」

「えっ…ひゃんっ!?」

体を引き寄せられ胸元についたアイスの液をぺろりと舐められ体が硬直する。

え…えええ!?い、今ななな舐められた?

頭の中が混乱していると舐め終わった金城が不敵な笑みと共に顔をあげる。

「ごちそうさん…」

「っ…」

獣じみた鋭い目付きで捕獲された兎の気持ちがこの時物凄く実感したのだった…

透き通る海の上に夕日が差し掛かる頃空は青とオレンジが混ざりほのかにピンク色に変わっていた。
一日目の昼は結構散々な目に遭ったがこれ以上の事はないと安心していた。
そう、その時までは…

「…ここどこ?」

夕日のおかげでまだ暗闇に閉ざされてはいないもののいかにもこの先を進んだら危険とばかりの空気に息を呑む。
そこは森や林に閉ざされた普通なら人が立ち入ることのない金城の別荘近くの迷いの森と呼ばれる場所だった。
何故、私がこんなところにいるかと言うと遡ること三十分前…

「皆いるかー?」

葉山が確認を取るように周りを見渡すと約一名の姿のみいなかった。

「…よし、じゃあ別荘戻るか」

「葉山先生ー、ゆきの姿だけないけどいいのー?」

あからさまに約一名いないにもかかわらず話を進める葉山に真奈が不思議に思い問いかける。

「あ…えっとな、相浦は先に別荘に戻るって言ってたから大丈夫だ」

「えー!それなら私にも一言、言ってくれればよかったのに…」

膨れる真奈に何とか笑顔で誤魔化しその場を凌ぐ。

「葉山先生、それが本当ならあいつが一人で帰れるか不思議だが…」

「ん?金城、何かあるのか?そう言う理由が」

「俺の別荘からビーチへの道を昼間は普通に行けるが帰りになるとあの道は暗くなり間違えて迷いの森の方に入る事がある。一度そこに入ったら日が落ちる度に抜け出せなくなり迷子になる人がいるんだ。ま、一人じゃなくて複数ならそういう事はないが一人で行ったとすれば間違いなく迷子になる確率は高い」

「そ、そうか…」

あいつ、無事に帰れてるといいが…

葉山は、雪がいなくなる前の事を思い出しながら不安そうに心の中で呟いた。

夕日が差し掛かる前…
葉山と雪は人が来ない海岸にて話をしていた。

「…れいにぃ、何とか一つのイベントはクリアだよね?」

「ああ…だが、あれはなかったんじゃないか?焦って言ったのがアイスクリームって…ぷはははっ」

お腹を抱えて笑う葉山にムスッとしながらも反論するようにいい返す。

「だって、仕方ないじゃん!あれしか出てこなかったんだもん…それに、アイスクリームのおかげで新しくイベントは起こせたわけだし万事解決じゃん!…ま、おかげ様で食べられたけど」

「まぁ、それはそうだがその後桂馬の奴を避ける必要あったか?不自然過ぎだぞ」

「そうは言ってもまたかき氷食べるような展開に入ったら意味ないし、ああするしかないじゃん…」

「はぁ…まぁ大根役者のお前にはそれが精一杯か」

「なっ…大根役者って、れいにぃだってそうじゃん!この演技力ゼロ教師!」

ムニッ

するとすかさず雪の右頬を引っ張る。

「お前に言われたくねぇ…」

「うっ…しゅこしはひょめてくれたっていいひゃん!」

「はいはい、よく出来ました。これで満足か?」

頬を引っ張られたまま空いている手で頭をポンポンとされ益々顔を顰める。

「うぅ…こひょもあしゅかいしゅるな!」

「…俺からしたからまだお前は子供だよ」

急に真剣な声で小さく呟かれ反論していた言葉を飲み込む。

「…れいにぃ?」

いつもとは違う空気感に動揺した声が震える。

「…それより、一つクリアしたのはいいがこの後の高宮のイベントはどうするんだ?」

「あ…えっ、どどうしよう?」

急に元に戻った葉山の声に思わず声が上ずりながらも何故か疑問系で返す。

「どうしようって…何も考えてないのかよ?」

「うっ…じゃあ、こんなのはどうかな?夕日が差し掛かる前に私だけ別荘に帰ってイベントを避けるとか…」

「…一人で帰れるのか?」

心底心配みたいな顔で見られ心外だとばかりにいい返す。

「むぅ…私、子供じゃないんだよ?一人でも帰れるよ!」

「はぁ…何かあったら絶対電話やメールしろよ?絶対だからな?」

これでもかと念を押され若干膨れつつもパーカーの中にある携帯をポケットの中から握りしめる。

「分かってる、その時はちゃんと連絡するって…」

「なら、いいが…」

尚も不安そうな葉山に大丈夫大丈夫と笑顔で言いその後、作戦通りに夕日が差し掛かる前にこっそりと別荘に向かったのだった。

そして、現在に至る…

「うぅ…別荘向かってた筈なのに何で木々しかないのよー!!」

辺りを見渡しても一向に別荘らしき家は見えずただただ夕日が沈んでいくだけだった。

ガサガサッ

「ひっ!?な、何…?」

草むらが突然動き手に持っている携帯を握り締め固まると生き物らしき声がその草むらが聞こえた。

「うぅ…もう駄目…電話しよう…」

手に持っていた携帯を開き葉山の番号を表示する。

「れ、れいにぃ…」

助けを求めるように通話を押し携帯を耳に当てる。

プルルル…プルルル…

「…かな?」

「うぅ…れいにぃ…」

「どうした?まさか、迷子になったのか?」

「うぅ…ひっく…もう帰りたぃ…」

「はぁ…あれほど一人で大丈夫かって聞いたのにお前って奴は…とにかく、俺も含めて皆はもう別荘にいるからそこを動くなよ?すぐ向かいにいくから」

「うぐっ…ひっく…うん…」

そう言うと充電が切れたのか葉山の電話は切れ、再度森の中の静けさと微かに聞こえる生き物の声が耳に届く。
不安に煽られる中追い討ちをかけるように夕日が沈み暗くなった空から雨が降り出した。

「ど、どうしよう…とにかく雨が凌げそうな場所は…」

辺りを見渡すと近くに大きな木々が覆いかぶさり雨を通さなそうな場所を見つけ慌てて木々の下に入る。

「雨で寒いし、歩き過ぎて足痛いし、暗いし、生き物の鳴き声するし…もう嫌」

水着にパーカーだけという服装に雨のせいで寒さが染み渡ると少しでも寒さを和らげるように両手で自分の体を抱き締める。

「れいにぃ…早く来て…」

雨の音と共に小さく呟かれた声は消えていった…


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