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エースのリストバンド

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「はぁ…はぁ、何とか間に合った…」

「遅いっ!こんな時間まで何やってたたんだ」

「す、すみませんっ!弟たちのご飯作るのに時間がかかって…」

「言い訳無用!」

「うっ…はい…」

やっぱり鬼だ、この人…

目の前で腰に手を当て怒りを露わにする葉山先生を見ながら心の中で呟く。

「葉山先生、あんま怒らなくていいじゃねぇか…」

「立川先輩…」

庇うように私をフォローする立川先輩に半泣き状態の涙が溢れそうになる。

立川先輩は桃太郎だ…

どんな例えだよ!と突っ込みたくなるような雪の心の声は置いといて立川先輩に続くようにバスケ部のメンバー皆が雪を庇うようにフォローする。

「そうだよ!雪ちゃんも反省してる事だしその辺にしたら?」

「うんうん!」

「お前ら…今日は大事な試合何だぞ?少しの気の緩みが足を取られることを分かっているのか!」

「うっ…」

正論とも取れる葉山の言葉にその場の全員が押し黙る。

「理由があっても私が遅刻したのが悪いので…葉山先生、皆本当にごめんなさいっ!」

深々と頭を下げ謝罪の言葉を述べると頭上からポンポンと優しく撫でる感触に顔をゆっくりとあげる。

「次からは気をつけろ…」

顔は元の真顔の葉山先生だがその言葉は許しの言葉に聞こえた。

「はい!」

「よし、もうすぐ試合会場に着く。お前ら気合い入れろよ!」

「はいっ!」

バスが敵方の高校の校舎に入ると皆先程の顔とはうってかわり真剣な顔になる。

私も皆の役に立たなくちゃ!

私は手元にある黒の袋をぎゅっと握った。

バスから降り各々の荷物を自分たちの更衣室に置き試合が始まるまでの間、選手それぞれが目の前の試合のための準備をする。

「えーと、女子の更衣室はここだっけ?」

黒の袋を右手に女子更衣室と書かれた部屋に入ると持参してきた衣装に身を包む。

「これも、皆が勝つため…勝つため…」

呪文のように自分自身に言い聞かせこれを着るように言った張本人である真奈とのある出来事を思い出す。

「ゆき!これを着て応援しなさい!」

「で、でもこんなの恥ずかしくて無理だよ…」

「何言ってんの!バスケ部の皆が優勝するためよ!ゆきは皆に勝ってほしくないの?」

「そ、それは勝ってほしいけど…」

「なら、着るのよ!分かった?」

「うぅ…はい…」

そうして、真奈は雪にある服が入った黒の袋を渡したのだった…

「着るからには精一杯応援しなきゃ!」

雪は逃げ場のない状況に仕方なく腹を括りそれを着ると試合までバレないように上から黒のコートを羽織り小さく握り拳を作った。

雪が腹を括り真奈の予想通りある服を身につけた頃、真奈は夏休みにも関わらず学校で補習を受けていた。

「へっ、くしゅんっ!誰かが私の事を噂してるなこりゃ…」

「七瀬、風邪か?」

「期末テストでギリギリ点数取って補習免れたと思ったのに緑先生が私に補習させたから風邪引いたのかも…」

パシッ

「痛っ!?」

「バカ言え!期末が良くてもそれまでの授業態度と中間の成績が悪かったんだからどうしようもねぇだろうが」

「うっ…ごもっともです…」

ぐうの音も出ない言葉に素直に認める。

「分かったんなら、呆けっとしてないでさっさと手元動かせ!」

「むぅ…本当は今頃ゆきと二人でバスケ部の応援してたのに…」

「あん?何か言ったか?」

「何でもないですーだっ!…ゆきのプレミア写真、緑先生にも見せようと思ってたけどやっぱやめとこうかなぁ…?」

ニヤリと不敵な笑みで少し目尻をあげ緑先生を見上げると、その言葉に緑は持っていたチョークを落とし固まる。

「でも、まぁ私の補習を半分減らしてくれたら見せますけど?」

「くっ…教師を脅す生徒がどこにいるんだよ」

「ここにいますけど?」

さらりとそう言う真奈に緑は小さく溜息を零すと真顔で返事をする。

「大体な、俺は一応教師だぞ?そんな一人の生徒の写真なんかに引っかかるわけ…」

「プレミア写真なのに?いいの?」

「うっ…」

ヒラヒラと携帯を緑の前でかざす真奈に緑は降参とばかりに諦めじみた顔で手をあげると、真奈は成功とばかりに口元をあげ緑先生に例のゆきのプレミア写真を見せる。

「なっ…」

「えへへ…ゆき可愛いでしょ?」

「かっ、可愛いが…」

「可愛いが?」

「何だこれは、露出が多いじゃないかっ!こんなの着るなんて担任として許さんぞ!」

ズコッ!

そこかい!

予想していた言葉とは違い思わず机の上で立てていた肘を崩す。

緑先生も変なとこ気にするなぁ…

「でも、可愛いのは変わりないでしょ?」

「っ…それはそうだが…」

真っ赤になりながら何かに葛藤している緑先生にもう一押しとさらに畳み掛ける。

「仕方ないから緑先生にだけに送ってあげますよ、このゆきプレミア写真…」

「えっ!?」

「いらないのならいいんですけど?」

「うっ…一枚頼む…」

「ふふっ じゃ、補習半分ですからね?…送信っと」

ピロンッ

「…ありがとう」

ポケットから携帯を取り出し送信された写真を確認するとポツリと真奈にお礼の言葉を述べる。

「いいんですよ、ただ補習を半分に…」

「仕方ないから、五分の一だけ減らしてやる…」

「なっ!?そんな、話と違いますよー!」

「じゃ、補習再開だな?まだまだ補習残ってるんだから早く手を動かせ」

「むっ…ふざけんなー!写真返せー!」

こうして真奈の駆け引きは大成功?とはいかずその後も真奈の地獄の補習は続いたのだった…

「試合が始まる前に少し外の空気でも吸おうかなぁ…」

外の空気を吸うため外に出ると同じように黒のコートに身を包んだ立川先輩が不安気な顔で空を眺めていた。

立川先輩、どうしたんだろう?
あんな不安そうな顔で…

「立川先輩…?」

「ん?相浦か…」

「どうしたんですか?そんなところで…」

「相浦こそ、何でここに?」

「私は、試合前に外の空気をと…」

「なら、俺も外の空気を吸いに来ただけだ…」

私は立川先輩に近づくと両手を伸ばしその頬を挟む。

「むぎゅっ!?」

「嘘!何か心配事でもあるんじゃないんですか?あるなら、さっさと吐き出しちゃってください!後で試合に支障がでたらどうするんですか?立川先輩一人の問題じゃないんです。皆に迷惑かけちゃうかもしれないんですよ?」

その言葉に立川は俯くと重々しく口を開く。

「…怖いんだ」

「怖い?」

「この試合で決勝に行けるか行けないかがかかってる。もし、エースである俺がミスしたらと思うと急に怖くなって…情けないよな?せっかく相浦がマネージャーまでやってくれたっていうのに」

「うぅ…」

「?」

雪は俯き小さく唸ると頬を挟んでいた両手を思いっきり叩く。

パシッ!

「いっ…」

「よし、これで大丈夫です!」

「は?」

「私の手のひらに勇気たーくさん込めましたから今ので怖いの吹き飛んだ筈です!それでも足りないっていうんなら…はい、手出してください」

「え?」

「いいから、いいから!」

立川は言われるがまま雪の前に手を出すと雪はポケットから何やら取り出しそれを立川の手のひらに置く。

「リストバンド?」

「前々から立川先輩に渡そうと思って作ってたんですけど…渡すの遅くなってすみません」

「いや、それはいいんだけど…何で俺に?」

「えっと、試合に勝つようにと…勇気が出るように」

「ふっ…ありがとな」

立川は肩の荷が降りたようにいつもの笑顔に戻ると手のひらに乗せられた赤のリストバンドを右手に付け握り拳を作ると赤のリストバンドにそっと口付けた。

「俺は負けそうになっても最後までぜってぇ諦めない…ぜってぇ勝つ!」

「うん!」

「もうすぐ試合が始まります。選手の皆さんは体育館にお集まり下さい…」

「急いで皆のところに行きましょうか?」

「そうだな、行くぞ!」

立川先輩に手を引かれ急いで皆がいる体育館に行くと中には既に大勢の観客が観覧席に座っており対戦相手もバスケ部の皆も既にベンチに座って戦う準備をしていた。

「立川、相浦!遅いぞ、早く準備しろ」

「はい!」

立川は急いで黒のコートを脱いでユニホームになるとバッシュの紐を締め直す。

「ん?相浦、何でコート脱がないんだ?」

「あ、えっと…」

腹をくくれ私!皆のため…皆のため

私は意をけして黒のコートを脱ぐと袋に入れていた赤のポンポンを取り出した。

「なっ…」

「うわぁ!?」

うぅ…皆の視線が痛い…

それもその筈で赤の体にぴったりの腹出しTシャツに屈んだら見える短い赤のスカートに黒と白の太腿まで伸びるニーハイソックスに赤のシューズと長い黒髪を二つ結びにした赤と白のリボンというチアリーダー衣装に身を包んだ雪の姿はバスケ部のメンバーや顧問だけではなく対戦者やその場にいる男共の釘付けとなった。

「おまっ…何ていう格好してんだよ…」

葉山は目のやり場に困るといった感じで顔を背けながら言う。

「す、すみませんっ!その皆が勝つようにと思って…」

「待って、待って!相浦、頭下げるのはいいけど見えるから!」

立川先輩は咄嗟に私の後に隠すように立つ。

「あ、大丈夫です!真奈が黒のスパッツ履くのは許してくれて履いてるので見えても大丈夫で…」

「っ…そういう問題じゃねぇてのっ」

「…真奈ちゃん、俺達の願望叶えてくれたんだな」

「…本当感謝だ。真奈ちゃんありがとうっ!」

「おい!聞こえてるぞ、お前ら!」

葉山と立川はキッとバスケ部のメンバーを睨むと、バスケ部のメンバーはその目に怯みつつも言い訳するかのように事情を話す。

「お、俺達が前に雪ちゃんにチアリーダー衣装で応援してくれたら最高だなぁってこっそり話してたら真奈ちゃんそれを聞いてその願い叶えさせてあげるっていうからその…」

「はぁ…あいついつかしばく!」

「七瀬ならやりそうだな…」

真奈、もうテスト勉強付き合ってあげないんだから!

それを聞いた三人は各々真奈に対する怒りの気持ちや感謝の気持ちが入り混じる。

すると、開始のアナウンスが鳴り響き礼をするため対戦相手が並び始める。

「お前ら並ぶぞ!気合い入れ直せ」

「はいっ!」

「皆、頑張ってね!」

雪は、ポンポンを胸元に引き寄せ上目遣いで皆を見上げる。

「っ…真奈様ありがとう」

誰かがそう呟きその言葉に一同心の中で頷いた。

試合が開始し、最初のポイントは相手に取られたがすぐに立川先輩たち皆が取り返しそれからは応援のおかげもあってか次々に点を取っていった。

「ダメだな…」

「え?」

隣に立つ葉山のその一言に思わず振り返る。

「でも、皆次々に点取ってますよ?」

どこが駄目なんだろう?

「…焦りだ」

「焦り?」

目の前の皆の顔を見ると確かにどこか焦っているように見えた。

「あいつら点取ることに焦りすぎて周りのことも自分のこともみえてねぇ…あれじゃ、敵に足元救われちまう」

焦りは禁物っていうけどまさしくこの状況はその通りだ。

「あ!」

自分でゴールを入れようとした一人がいつの間にか囲まれてボールを取られてしまってるのが見え咄嗟に前に乗り出す。

「あのバカっ…」

それからというもの前半戦に入る瀬戸際で半分点を返されてしまった。

「お前ら、何でそうなったのかもう分かっているよな?」
 
「…はい」

更衣室のベンチに座り各々反省の色が見え葉山は尚ミスした理由を問い詰める。

「理由は何だ?」

「…点取ることに焦りすぎて周りが見えてませんでした」

「ああ、その通りだ。たくっ…あれほど焦りは禁物だっていったのに」

「…」

どうしよう…空気悪くなっちゃった。
このまま、後半戦に挑んだら皆負けちゃう…
あ!そうだ、こんな時こそ…

「あの…皆これどうぞ!」

白の紙袋をベンチの真ん中に置く。

「え、まさかレモンのはちみつ漬けかなんか?」

「早く開けようぜ!」

「え、これって…」

「”何でまた高菜納豆おにぎりなんだよ!”」

その場の全員が固まる中、雪は笑顔で返す。

「美味しいですよ?皆さんどうぞ!」

「いや、美味しいのは分かるけど普通ここはレモンのはちみつ漬けとかじゃね?」

「だよな…」

おにぎりを凝視したまま固まる一同の中で、一人黙々と食べる人物がいた。

「お前ら何やってんだ、早く食え!せっかく作って貰ってるのに食わねぇのは失礼だぞ」

喜んでるのは先生だけだよ!と突っ込みを一同胸の中で叫びつつせっかくの好意を無下には出来ず目の前のおにぎりを仕方なく食べる。

「な、俺達これ何回目のおにぎりかな?」

「…わかんねぇ」

「俺最近、高菜納豆おにぎり夢にまで見るわ…」

「それもう半分呪いだよな…」

「…おう」

葉山を除いてバスケ部のメンバー全員が美味しいはずのおにぎりに恐怖する。
それも雪が練習の度にずっと差し入れとしておにぎりを作っていたからだった。
最初はよかった、だがその後は高菜納豆しか入っていないおにぎりを何個も作っては差し入れし葉山を除いてバスケ部のメンバー全員が絶句するほど食べる羽目になったのだった。

「おい、これ食ってくんね?」

「俺も無理だっつーの!自分のぐらい自分で食え」

「あの…どうかしましたか?不味いですか?」

「え、いやいやいや!そんなんじゃねぇよ?食べる食べる…」

後ろから雪の声がかかり慌てておにぎりを口に放り込むとそれを見て安心した雪がニッコリと嬉しそうに笑う。

…雪ちゃんって見かけによらずドSだ

この時、雪の新たな性格が開花した瞬間だった。

「よーし!お前ら腹も膨れたことだし気合い入れていくぞー!」

「はいっ!」

その後の後半戦…
前半戦のミスは何とか挽回できたがすぐに敵にペースを崩され次々と点を取られていった。
勝っていたはずなのに既に負けると確定じみた点差に試合終了間際、皆に諦めの色が見えた。

どうしよう、このままじゃ…

私は右手に持つポンポンを天高くあげる。

「頑張れー!!」

「っ…ゆきちゃん」

立川を含めバスケ部メンバー全員が雪の精一杯の一言に諦めていた気持ちに光が差した。

そうだよな、負けると分かってても最後まで諦めちゃ駄目だよな…

立川はメンバー全員の顔を見ると意を決した様に口を開く。

「お前らぁ!まだ試合は終わってねぇぞ!諦めんなぁ!!」

立川らしくもない一声に一瞬固まったがすぐさまその言葉に答えるように息を吹き返したメンバー全員の返事がかえる。

「おうっ!」

負けると分かっていても諦めない…その言葉は試合が始まる前、立川が誓った言葉だった。

その後、試合は敗退となったが試合終了まで敵に一点もやること無く負けたはずなのにメンバー全員下を向くものはいなかった。
その理由は、彼らにしか分からない…













    
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