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迷子と王子様
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「ありがとうございました。見てくれたお客様全員に配っています。タオルをどうぞ…」
「ありがとうございます…」
「あ、お客様一枚では足りなそうなので良ければもう一枚どうぞ…」
タオルを配っていた水族館の飼育員さんがタオル一枚じゃ足りないほどのずぶ濡れ状態の私をみてこっそり耳打ちで一枚追加してくれた。
正直なところ、絶対一枚でどうにかなるような状態じゃなかったので助かった。
申し訳なくなりつつも飼育員さんにお礼を言うとすぐ屋内に入りお手洗いを探した。
「桂馬先輩、私お手洗いで少しでも着られる服に直してきます。」
「ああ…その、本当にごめん…」
桂馬先輩の落ち込む顔に私はクスッとわざと小さく笑った。
「大丈夫です!何とかなりますよ。それに、もし乾かなかったら売店でTシャツか何か買いますし…」
「…じゃあ、もしダメだったらそのTシャツ俺が買う」
「えっ…ありがとうございます」
私は一瞬迷ったものの真剣な顔でいう桂馬先輩にここで断ったら桂馬先輩が申し訳なくなると思いそこはお言葉に甘えて買って貰うことにした。
買って貰うのは私の方が気が引けるがそこは我慢だ。
私はタオル二枚を片手にあまり人が入らなそうなお手洗いに向かうと周りに人がいないのを確認してトイレの一室でワンピースを脱ぎコート一枚になるとワンピースの水を搾り取りそのまま出るのは危険なので絞ったワンピースをまた着ると手を乾かす乾燥機にワンピースの裾だけでもとかざして乾かす。
「ふぅ…人が来なくてよかった。これ見られたら相当恥ずかしいし…」
粗方、ワンピースが半分乾くと落ちかけていたメイクを直しお手洗いを出ると人通りが少ないので絡まれずに済んでいた桂馬先輩をみてほっとした。
「こうしてみると私が桂馬先輩とデートなんて夢みたい…」
月とスッポンみたいに釣り合わない私が、モブキャラでしかない私がまさかその攻略対象のイケメンである桂馬先輩とデートなんてちょっと前なら思いもしなかった。
本当は真奈がする事なんだよね…
そう思うと胸の内がチクリと傷んだ。
「相浦…」
私に気づいた桂馬先輩が私に近づいてくるのをみてしょぼくれていた顔を横に振り何気ない振りをして笑顔で笑った。
「すみません、遅くなって…」
「いや、いいんだ。それより、乾いたか?」
「えっと、まぁ…着れるくらいにはなんとか…」
「そうか…少しほっとした」
それを聞いた桂馬先輩は、少し安心した顔をしたのをみて私は申し訳なりながら恐る恐る聞く。
「あの…桂馬先輩のこのコート少し借りてもいいですか?」
「え、それは構わないが…」
「よかった…下は何とか乾いたんですが上は透けてる状態なので桂馬先輩のコートのおかげで何とか隠せてて、貸してもらえて助かります」
桂馬先輩の黒のコートは私の体をすっぽりと隠すように見事にワンピースがほぼ隠れるぐらいブカブカなのでその男性のサイズに今は助かった。
桂馬先輩、ガタイいいし背が高いしそりゃあ私にはブカブカよね…
指先しか出ない丈や袖口の大きさに改めて男性の物なのだと自覚する。
「そうしてもらえるとその…俺も助かるっ」
私の言葉に視線を逸らしながらいう桂馬先輩に少し不思議がりながらもお礼をいう。
「?はい、ありがとうございます…お言葉に甘えて貸してもらいますね?返す時はこのままだとあれなのでちゃんと洗濯して後日改めて返します」
「ああ、分かった…」
「じゃあ、次はどこを周りましょうか?」
私は当たりを見渡しながら次はどこに行こうかと悩む。
「ああ…それなら、カメのエサやりとかどうだ?」
「カメ?」
「待ってる時にさっきカメのエサやり体験をやってるってアナウンスが流れてて楽しそうって思ったんだが行くか?」
「わぁ!いいですね、カメのエサやり体験。行ってみましょう」
「じゃあ、決まりだな」
そういうのと同時に手が差し出され戸惑いつつも桂馬先輩の優しさに甘える。
うっ、やっぱり恥ずかしい…
そんな気持ちのまま桂馬先輩の隣を歩いていると五歳ぐらいの小さな女の子が当たりをキョロキョロとしながら一人で歩いてるのが目に入った。
迷子かな?
私は咄嗟に女の子に優しく声をかけた。
「もしかして、お母さん探してるの?」
「うっ…うぅぅ…」
女の子は小さく頷くと溜め込んでいた涙が流れだした。
「迷子か?」
「そうみたいです…」
女の子の頭を撫でていると後から桂馬先輩が顔を出した。
「迷子なら迷子ホームセンターか飼育員さんに言うのがベストだが、行ってみる?」
桂馬先輩は女の子と同じ視線になるように腰を落とすと泣き喚く女の子の頭を優しく撫でるように問う。
すると、女の子は桂馬先輩の質問に首を横に振ると涙でぐしょぐしょの顔を必死で袖口で拭こうとしすかさず桂馬先輩がそれを止める。
「あ、こらこら…袖口で拭いたら目が赤くなるだろ。拭くならこれで拭いてね、可愛いお姫様?」
桂馬先輩はポケットから白のハンカチを取り出すとそっと女の子に差し出す。
すると、泣き喚いていた女の子がぴたっと止まり頬を赤く染めるとその白のハンカチを受け取る。
「…王子様だ!花梨の王子様っ!」
「え?」
女の子は唐突に桂馬先輩に向かってそういうと言われた桂馬先輩もそれを聞いた私も呆然と佇み止まる。
「花梨、王子様と一緒にいるっ!」
「えっと…」
桂馬先輩は私に助けを求めるように視線を私に流すと私は首を縦に小さく振り仕方ないからそのまま一緒に探す事にした。
「んっと、花梨ちゃんっていうんだね?」
「うんっ!山田 花梨っ!五歳だよ」
「今日はお母さんと一緒に来たの?」
「うんっ!お母さんとお父さんとお姉ちゃんの三人で来たのー!」
指で数えながら桂馬先輩に笑顔で向ける花梨ちゃんに桂馬先輩は順序よく丁寧に答える。
「そうなんだ。じゃあ、お母さんとは何処ではぐれたか分かるかな?」
「えっとね、カメのエサの近くの大きな水槽でた~くさんっ!小さな魚が一緒に泳いで動いてるとこ!」
「カメのエサなら、私達が行ってた場所ですしこの先少し歩けばすぐですね…」
「ああ、そうだな…行ってみるか?」
「はい…」
「花梨ちゃん、お母さんは今日はどんな色の服着てたか分かるかな?」
「んーとね、上が赤の服とスカートがピンクっ!」
「そうなんだ。答えてくれてありがとう花梨ちゃん…」
笑顔で頭を撫でる桂馬先輩に花梨ちゃんは益々頬を染める。
桂馬先輩、歳上だけじゃなくて幼児までメロメロにするなんて凄いとしかいいようないかも…
それに、家柄が警察官だからそういうの慣れてるってのもあるのかな?
この時、私は桂馬先輩のモテようは筋金入りだと改めて思った…
「あっ!カメさんっ!」
カメのエサやり体験に行くとそれを見た花梨ちゃんははぐれまいと繋がれた桂馬先輩の手を引っ張る。
「わぁ!?」
「王子様、見てみて!可愛いね、カメさんっ!」
「ああ…」
「あ、ほんとだ可愛いっ!」
「むっ…おばさんは黙ってて!」
「おっ…おばさんって!?」
「だって、私からみたらどう見たっておばさんでしょ?」
「うっ…」
そりゃあ、五歳の子供からしたらおばさんかも知れないけども…それでも、おばさんはないんじゃない?
他にもっとマシな言い方ぐらいあるでしょうに…
すると、隣で聞いていた桂馬先輩が花梨ちゃんに小さく作られた拳で優しくコツンとする。
「それを言うなら俺も花梨ちゃんからみたらおじさんになるんだけど?」
「王子様は王子様だからおじさんじゃないもんっ!」
あぁー、先輩それは逆効果ですよ…
困り果てた姿をする桂馬先輩を横目に花梨ちゃんの桂馬先輩王子様の好きっぷりに圧倒されていた。
桂馬先輩、かなり好かれちゃってるな…
もはや、フォローする気にもなれず触れないでいると桂馬先輩が助けを求めるように視線を投げかけた。
うっ…私にどんなフォローをしろと!?
逆に火に油を注ぐみたいになる気がする…
私は必死に首を横に振ると桂馬先輩は一旦何かを考えるように目を伏せるとすぐに私に向かってニヤリと仕返しとばかりに見つめた。
うっ…何か嫌な予感がする…
「相浦、カメにエサやらないのか?」
「えっ…えっと、私は遠慮しようかと…」
だって、噛みつかれそうで怖いもんっ!
すると、桂馬先輩は益々不敵な笑みをする。
「ふ~ん…あっ、すみませんっ!もう一つ分エサ貰えますか?」
「はい!どうぞ…」
飼育員さんにカメのエサを貰うと私の手にそれを持たせる。
「いいから、怖がらずにやってみろ…」
「むっ、むりですっ!」
桂馬先輩は怖がる私を横目に私の人差し指にエサを一粒置くと自分の手を添えて促すようにカメの口に近づける。
うぅ…
半泣きになりつつも腹を括り恐る恐るあげるとカメは私の人差し指の乗せられた一粒のエサを見ると舌でペロリと食べた。
噛みつかれた感触ではなく舐められた感触に安堵するとそのエサを食べるカメが可愛く思えた。
「せ、先輩っ!た、食べましたっ!私があげたエサ」
咄嗟に後にいる桂馬先輩に振り向こうとするとすぐ横に顔がありあまりの近さに一時停止しすぐに我に返ると咄嗟にお互いに顔を背ける。
「よ、よかったな…」
「は、はいっ…」
お互いに照れた表情をしているとそれを見ていた花梨ちゃんがグイッと桂馬先輩の腕を自分の方に引き寄せると私に向かって睨みつける。
「二人して花梨の前でイチャイチャしないでっ!王子様は花梨のもの何だから取っちゃやっ!」
「そっ、そんなイチャイチャなんて…」
私は胸の前で両手を横に振ると花梨ちゃんは私にそっぽを向けすぐに王子様である桂馬先輩に向き直る。
「王子様、もう他行こっ!」
「えっ、うわっ!?」
桂馬先輩は花梨ちゃんに引っ張られるがまま走り出しカメのエサ体験を後にする。
「え…あっ!ちょっ待って…」
私は思わぬ状況に思考がついていかずカメのエサを隣のお客さんにあげて急いで後を追いかけた。
「はぁ…はぁ、やっと追いついた…あれ?ここって…」
追いかけた先は目的地であった小さな魚が一緒に泳いで動く姿が見れる水槽の目の前だった。
「うわぁ…綺麗…」
色んな色のスポットライトが照らされた水槽の魚たちが動くたびに色が変わっていく。
「あっ、小さな魚ってアジだったんだ…綺麗」
アジが団体で泳いでは二手に分かれたりして色鮮やかな魚のイルミネーションのようだった。
「綺麗だな…」
いつの間にか桂馬先輩が私の隣に来ると同じような言葉をそっと呟く。
何分かそうしていると花梨ちゃんのか細い声が耳に届いた。
「ママ…ママどこ?」
花梨ちゃんはお母さんを探すように泣きそうになりながらキョロキョロとしていた。
「花梨ちゃん…」
私は近づくと花梨ちゃんと同じ目線になるように腰を落とす。
「そんな泣きそうな顔してたら、お母さん見つけた時悲しませちゃうんじゃないかな?花梨ちゃんが笑顔で無事なのが一番お母さんにとって安心だと私は思うけどなぁ?」
ね?と花梨ちゃんの頭を優しく撫でながら笑顔でいうと袖口で涙を拭いコクンと頷いた。
「よし!じゃあ、お姉ちゃんと花梨ちゃんの王子様で一緒にお母さん探そっか!」
「そうだな、みんなで探せばすぐ見つかる」
「うんっ!」
花梨ちゃんは笑顔で頷くと周りにいるお客さんたちに向かって花梨のお母さんがいないか叫びながらも花梨ちゃんのお母さんが着ていた服と似ている女性を探した。
すると、数分後…
「花梨っ!」
「ママ!」
花梨ちゃんのお母さんらしい女性が花梨ちゃんを見つけると走って花梨ちゃんのところに向かって来るのが見え桂馬先輩と私はほっと胸を撫で下ろした。
「見つかったみたいだな…」
「はい、本当によかった…」
花梨ちゃんは走って来たお母さんにぎゅっと抱きつくとさっきまで泣き出しそうに溜めていた涙を吐き出しお母さんの胸の中で泣き喚いていた。
「花梨、もうどこいってたの?どこも怪我してない?心配したんだからね…ほんとよかった…」
「ママ…うわぁぁぁんっ!」
花梨ちゃんがお母さんの胸の中で泣き喚いて数分後、花梨ちゃんが落ち着いて来た頃近くにいた私たちに気づき花梨ちゃんが事情を説明した。
「あ、あのね!王子様と…えっと、お姉ちゃんが一緒に探してくれたの!」
えっ、今お姉ちゃんって…
「そうだったんですか。花梨と一緒にいてくれてありがとうございます…」
「いえ…花梨ちゃんがお母さんと会えてよかったです」
「ほんとに…本当にありがとうございます!」
花梨ちゃんのお母さんは何度も頭を下げお礼をいうと花梨ちゃんの手をしっかりと握り家族の元に戻ろうと促す。
「花梨、お父さんたち待ってるからもう戻ろっか?」
「うん、あっ!ちょっと待って…」
そうお母さんにいうと花梨ちゃんは私達の方へ走って近づく。
「王子様!お姉ちゃん!ありがとうっ!」
満面の笑みで小さく頭を下げる花梨ちゃんに私達も笑顔で返す。
「よかったね、お母さん見つかって…」
「うんっ!あ、それとね…」
花梨ちゃんは桂馬先輩ではなく私に向かって手招きをすると私の耳にこっそりと話す。
「王子様、仕方ないからお姉ちゃんにあげる!王子様は花梨の王子様じゃなかったみたいだから…」
「え?」
シーと口元に人差し指をやりニッコリと笑う花梨ちゃんの言っている事はよく分からなかったが花梨ちゃんの王子様は桂馬先輩ではなかったと言っている事は分かった。
「あとね!ずっと気になってたんだけど王子様とお姉ちゃん何で名前で呼んでないのー?」
「えっ…」
「だって、好きなのにおかしいじゃん!好きなら名前で呼ばなきゃダメでしょ?」
「そ、それは…」
「わ、私の好きは花梨ちゃんの好きじゃないというか…」
花梨ちゃんの言葉に互いに顔を赤らめ反論しようとするがそれは第三者によって助け舟が出された。
「花梨ー!もう行くわよー?」
「はーいっ!じゃ、王子様とお姉ちゃんバイバイっ!」
お母さんに呼ばれた花梨ちゃんは小さく舌を出し可愛く手を振るとお母さんと一緒に消えていった。
「何か、嵐のようでしたね…」
私は助かったと安心し隣にいる桂馬先輩に声をかける。
「…」
ん?
反応のない桂馬先輩を不思議に思い隣を除き見ると拍子に俯いていた顔が咄嗟に上がる。
「そのっ!なっ、名前で呼んでいいかっ?」
真っ赤な顔で緊張気味にそういう桂馬先輩にさっきまでの熱が元に戻るようにまた湧き上がる。
でも、それってさっきの流れからだと好きって意味になりかねないのに…
まさかそんな事はないと思うけど…
それに、たまたまタイミングがこんな感じだっただけで桂馬先輩がそんな深い意味なわけないか…
私は自分の中で自己解決し思った事を口にする。
「っ…わ、私はいいですよ?」
「っ…じゃあ、今度からはゆっ…雪で」
「は、はいっ!」
私は俯きながらもコクンと頷くと勇気を出して口を開く。
「じゃぁ…わっ、私は!翔…先輩…で」
「っ…」
その言葉に桂馬先輩は口元を抑え咄嗟に目を逸らす。
「あっ、ああ…」
「あの…むっ、無理しなくてもいいですよ?」
「む、無理なんてしてないっ!その…名前で呼ばれて正直嬉しいし…嫌じゃない」
「わ、私も嫌じゃ…ないです」
互いに動揺を隠せないままどこを見ているのかも分からずも話す。
「なら、よかった…その、ただまだ慣れないっていうか…だけど慣れるようにするっ」
「わ、私も慣れるまで時間かかるかもですが慣れるようにしますっ」
胸の前で小さく両手に拳を作り意気込む私に思わず桂馬先輩が吹き出した。
「ぷっ…」
「あ、ちょっと笑わないでくださいよ!真剣なんですから!」
ムッとした表情をする私に桂馬先輩は宥めるようにさっきまで花梨ちゃんにしてたように頭を優しく撫でながら笑う。
「すまん…意気込む顔が可愛くて…」
「っ…」
やっぱり桂馬先輩って少し天然があるような気がする…
「じゃ、水族館デート再開と行きますか?」
「はいっ!」
改めて桂馬先輩と手を繋ぎ直すとまた二人で水族館の中をまわる。
帰り際に近づいてきた頃、優や夢にお土産を買うために館内にあるお土産さんに寄った。
「あっ、これ可愛い…」
目に入ったのはミニ版の小さなイルカのストラップだった。
青とピンクでペアになっており、ピンクを手に取る。
「何か気になるやつでもあるのか?」
イルカのキーホルダーを見ていたら後から桂馬先輩の声がかかり振り向く。
「イルカ可愛いくて手につい取ってしまって…」
「へー、確かに可愛いな…」
私の手元を除き込むように後から桂馬先輩の顔が近づく。
っ…息が…かかるっ…
桂馬先輩の吐息が耳元にかかり真っ赤になる。
「買うのか?」
「いえ、優と夢には別のものがいいと思うのでやめときます…」
「えっ、自分のは買わないのか?」
「自分により弟と妹にあげたいので…私はいいです」
予算的にも足りないし…
「そうか…」
私はイルカのキーホルダーを元に戻すと優と夢に似合いそうなお土産を探した。
桂馬先輩はというと私がイルカを見つめていた所から動かず結局何を買ったかまでは分からなかった。
「はぁ…楽しい時間はあっというまですね…」
「だな…」
名残惜しそうに閉店の音楽が流れる水族館を出ると近くまで送るという桂馬先輩の言葉に甘えて夕焼け空の下を二人で歩いていた。
「あっ、ここまでで大丈夫です。ありがとうございました…」
「ああ…その、今日は本当に楽しかった。付き合ってくれてありがとう…」
「いえ…私も、翔…先輩っ…と一緒に水族館まわれて楽しかったです!」
「っ…よかったらだが…その、また今度も今日みたいにどっかに行かないか?」
「もちろん、喜んでっ!ふふっ」
その言葉に嬉しそうに笑う桂馬先輩に私も笑いかける。
「じゃ、また学校で…」
「あっ、待って!…」
咄嗟に腕を捕まれ桂馬先輩は自分の方に振り向かせると手に小さなピンク色のイルカのキーホルダーを乗せた。
「えっ、これって…」
「その…さっき、可愛いって言ってたから…」
照れくさそうに顔を背けながらいう桂馬先輩を見ながら手の中のイルカのキーホルダーに目を落とす。
「私にくれるんですか?」
無言でコクンと頷く桂馬先輩を見ると手の中のイルカのキーホルダーを取って顔の前にやる。
「ありがとうございます…可愛いですっ!」
桂馬先輩の目の前で小さくイルカのキーホルダーを振り笑顔でお礼をいう。
「っ…その、実は俺も…」
そういうとポケットからピンクのイルカのキーホルダーとペアの青のイルカのキーホルダーを取り出すと桂馬先輩も自分の顔の前にやり小さく振る。
「同じですね?ふふっ」
「ああ…同じだ」
二人して同じようにイルカのキーホルダーを小さく振りながら今日一日色々あったけど桂馬先輩と二人で初めてのデートで本当に楽しかったなと改めて思った…
「少しは近づけただろうか…」
雪の後ろ姿を見ながら桂馬は小さく呟いた。
「ありがとうございます…」
「あ、お客様一枚では足りなそうなので良ければもう一枚どうぞ…」
タオルを配っていた水族館の飼育員さんがタオル一枚じゃ足りないほどのずぶ濡れ状態の私をみてこっそり耳打ちで一枚追加してくれた。
正直なところ、絶対一枚でどうにかなるような状態じゃなかったので助かった。
申し訳なくなりつつも飼育員さんにお礼を言うとすぐ屋内に入りお手洗いを探した。
「桂馬先輩、私お手洗いで少しでも着られる服に直してきます。」
「ああ…その、本当にごめん…」
桂馬先輩の落ち込む顔に私はクスッとわざと小さく笑った。
「大丈夫です!何とかなりますよ。それに、もし乾かなかったら売店でTシャツか何か買いますし…」
「…じゃあ、もしダメだったらそのTシャツ俺が買う」
「えっ…ありがとうございます」
私は一瞬迷ったものの真剣な顔でいう桂馬先輩にここで断ったら桂馬先輩が申し訳なくなると思いそこはお言葉に甘えて買って貰うことにした。
買って貰うのは私の方が気が引けるがそこは我慢だ。
私はタオル二枚を片手にあまり人が入らなそうなお手洗いに向かうと周りに人がいないのを確認してトイレの一室でワンピースを脱ぎコート一枚になるとワンピースの水を搾り取りそのまま出るのは危険なので絞ったワンピースをまた着ると手を乾かす乾燥機にワンピースの裾だけでもとかざして乾かす。
「ふぅ…人が来なくてよかった。これ見られたら相当恥ずかしいし…」
粗方、ワンピースが半分乾くと落ちかけていたメイクを直しお手洗いを出ると人通りが少ないので絡まれずに済んでいた桂馬先輩をみてほっとした。
「こうしてみると私が桂馬先輩とデートなんて夢みたい…」
月とスッポンみたいに釣り合わない私が、モブキャラでしかない私がまさかその攻略対象のイケメンである桂馬先輩とデートなんてちょっと前なら思いもしなかった。
本当は真奈がする事なんだよね…
そう思うと胸の内がチクリと傷んだ。
「相浦…」
私に気づいた桂馬先輩が私に近づいてくるのをみてしょぼくれていた顔を横に振り何気ない振りをして笑顔で笑った。
「すみません、遅くなって…」
「いや、いいんだ。それより、乾いたか?」
「えっと、まぁ…着れるくらいにはなんとか…」
「そうか…少しほっとした」
それを聞いた桂馬先輩は、少し安心した顔をしたのをみて私は申し訳なりながら恐る恐る聞く。
「あの…桂馬先輩のこのコート少し借りてもいいですか?」
「え、それは構わないが…」
「よかった…下は何とか乾いたんですが上は透けてる状態なので桂馬先輩のコートのおかげで何とか隠せてて、貸してもらえて助かります」
桂馬先輩の黒のコートは私の体をすっぽりと隠すように見事にワンピースがほぼ隠れるぐらいブカブカなのでその男性のサイズに今は助かった。
桂馬先輩、ガタイいいし背が高いしそりゃあ私にはブカブカよね…
指先しか出ない丈や袖口の大きさに改めて男性の物なのだと自覚する。
「そうしてもらえるとその…俺も助かるっ」
私の言葉に視線を逸らしながらいう桂馬先輩に少し不思議がりながらもお礼をいう。
「?はい、ありがとうございます…お言葉に甘えて貸してもらいますね?返す時はこのままだとあれなのでちゃんと洗濯して後日改めて返します」
「ああ、分かった…」
「じゃあ、次はどこを周りましょうか?」
私は当たりを見渡しながら次はどこに行こうかと悩む。
「ああ…それなら、カメのエサやりとかどうだ?」
「カメ?」
「待ってる時にさっきカメのエサやり体験をやってるってアナウンスが流れてて楽しそうって思ったんだが行くか?」
「わぁ!いいですね、カメのエサやり体験。行ってみましょう」
「じゃあ、決まりだな」
そういうのと同時に手が差し出され戸惑いつつも桂馬先輩の優しさに甘える。
うっ、やっぱり恥ずかしい…
そんな気持ちのまま桂馬先輩の隣を歩いていると五歳ぐらいの小さな女の子が当たりをキョロキョロとしながら一人で歩いてるのが目に入った。
迷子かな?
私は咄嗟に女の子に優しく声をかけた。
「もしかして、お母さん探してるの?」
「うっ…うぅぅ…」
女の子は小さく頷くと溜め込んでいた涙が流れだした。
「迷子か?」
「そうみたいです…」
女の子の頭を撫でていると後から桂馬先輩が顔を出した。
「迷子なら迷子ホームセンターか飼育員さんに言うのがベストだが、行ってみる?」
桂馬先輩は女の子と同じ視線になるように腰を落とすと泣き喚く女の子の頭を優しく撫でるように問う。
すると、女の子は桂馬先輩の質問に首を横に振ると涙でぐしょぐしょの顔を必死で袖口で拭こうとしすかさず桂馬先輩がそれを止める。
「あ、こらこら…袖口で拭いたら目が赤くなるだろ。拭くならこれで拭いてね、可愛いお姫様?」
桂馬先輩はポケットから白のハンカチを取り出すとそっと女の子に差し出す。
すると、泣き喚いていた女の子がぴたっと止まり頬を赤く染めるとその白のハンカチを受け取る。
「…王子様だ!花梨の王子様っ!」
「え?」
女の子は唐突に桂馬先輩に向かってそういうと言われた桂馬先輩もそれを聞いた私も呆然と佇み止まる。
「花梨、王子様と一緒にいるっ!」
「えっと…」
桂馬先輩は私に助けを求めるように視線を私に流すと私は首を縦に小さく振り仕方ないからそのまま一緒に探す事にした。
「んっと、花梨ちゃんっていうんだね?」
「うんっ!山田 花梨っ!五歳だよ」
「今日はお母さんと一緒に来たの?」
「うんっ!お母さんとお父さんとお姉ちゃんの三人で来たのー!」
指で数えながら桂馬先輩に笑顔で向ける花梨ちゃんに桂馬先輩は順序よく丁寧に答える。
「そうなんだ。じゃあ、お母さんとは何処ではぐれたか分かるかな?」
「えっとね、カメのエサの近くの大きな水槽でた~くさんっ!小さな魚が一緒に泳いで動いてるとこ!」
「カメのエサなら、私達が行ってた場所ですしこの先少し歩けばすぐですね…」
「ああ、そうだな…行ってみるか?」
「はい…」
「花梨ちゃん、お母さんは今日はどんな色の服着てたか分かるかな?」
「んーとね、上が赤の服とスカートがピンクっ!」
「そうなんだ。答えてくれてありがとう花梨ちゃん…」
笑顔で頭を撫でる桂馬先輩に花梨ちゃんは益々頬を染める。
桂馬先輩、歳上だけじゃなくて幼児までメロメロにするなんて凄いとしかいいようないかも…
それに、家柄が警察官だからそういうの慣れてるってのもあるのかな?
この時、私は桂馬先輩のモテようは筋金入りだと改めて思った…
「あっ!カメさんっ!」
カメのエサやり体験に行くとそれを見た花梨ちゃんははぐれまいと繋がれた桂馬先輩の手を引っ張る。
「わぁ!?」
「王子様、見てみて!可愛いね、カメさんっ!」
「ああ…」
「あ、ほんとだ可愛いっ!」
「むっ…おばさんは黙ってて!」
「おっ…おばさんって!?」
「だって、私からみたらどう見たっておばさんでしょ?」
「うっ…」
そりゃあ、五歳の子供からしたらおばさんかも知れないけども…それでも、おばさんはないんじゃない?
他にもっとマシな言い方ぐらいあるでしょうに…
すると、隣で聞いていた桂馬先輩が花梨ちゃんに小さく作られた拳で優しくコツンとする。
「それを言うなら俺も花梨ちゃんからみたらおじさんになるんだけど?」
「王子様は王子様だからおじさんじゃないもんっ!」
あぁー、先輩それは逆効果ですよ…
困り果てた姿をする桂馬先輩を横目に花梨ちゃんの桂馬先輩王子様の好きっぷりに圧倒されていた。
桂馬先輩、かなり好かれちゃってるな…
もはや、フォローする気にもなれず触れないでいると桂馬先輩が助けを求めるように視線を投げかけた。
うっ…私にどんなフォローをしろと!?
逆に火に油を注ぐみたいになる気がする…
私は必死に首を横に振ると桂馬先輩は一旦何かを考えるように目を伏せるとすぐに私に向かってニヤリと仕返しとばかりに見つめた。
うっ…何か嫌な予感がする…
「相浦、カメにエサやらないのか?」
「えっ…えっと、私は遠慮しようかと…」
だって、噛みつかれそうで怖いもんっ!
すると、桂馬先輩は益々不敵な笑みをする。
「ふ~ん…あっ、すみませんっ!もう一つ分エサ貰えますか?」
「はい!どうぞ…」
飼育員さんにカメのエサを貰うと私の手にそれを持たせる。
「いいから、怖がらずにやってみろ…」
「むっ、むりですっ!」
桂馬先輩は怖がる私を横目に私の人差し指にエサを一粒置くと自分の手を添えて促すようにカメの口に近づける。
うぅ…
半泣きになりつつも腹を括り恐る恐るあげるとカメは私の人差し指の乗せられた一粒のエサを見ると舌でペロリと食べた。
噛みつかれた感触ではなく舐められた感触に安堵するとそのエサを食べるカメが可愛く思えた。
「せ、先輩っ!た、食べましたっ!私があげたエサ」
咄嗟に後にいる桂馬先輩に振り向こうとするとすぐ横に顔がありあまりの近さに一時停止しすぐに我に返ると咄嗟にお互いに顔を背ける。
「よ、よかったな…」
「は、はいっ…」
お互いに照れた表情をしているとそれを見ていた花梨ちゃんがグイッと桂馬先輩の腕を自分の方に引き寄せると私に向かって睨みつける。
「二人して花梨の前でイチャイチャしないでっ!王子様は花梨のもの何だから取っちゃやっ!」
「そっ、そんなイチャイチャなんて…」
私は胸の前で両手を横に振ると花梨ちゃんは私にそっぽを向けすぐに王子様である桂馬先輩に向き直る。
「王子様、もう他行こっ!」
「えっ、うわっ!?」
桂馬先輩は花梨ちゃんに引っ張られるがまま走り出しカメのエサ体験を後にする。
「え…あっ!ちょっ待って…」
私は思わぬ状況に思考がついていかずカメのエサを隣のお客さんにあげて急いで後を追いかけた。
「はぁ…はぁ、やっと追いついた…あれ?ここって…」
追いかけた先は目的地であった小さな魚が一緒に泳いで動く姿が見れる水槽の目の前だった。
「うわぁ…綺麗…」
色んな色のスポットライトが照らされた水槽の魚たちが動くたびに色が変わっていく。
「あっ、小さな魚ってアジだったんだ…綺麗」
アジが団体で泳いでは二手に分かれたりして色鮮やかな魚のイルミネーションのようだった。
「綺麗だな…」
いつの間にか桂馬先輩が私の隣に来ると同じような言葉をそっと呟く。
何分かそうしていると花梨ちゃんのか細い声が耳に届いた。
「ママ…ママどこ?」
花梨ちゃんはお母さんを探すように泣きそうになりながらキョロキョロとしていた。
「花梨ちゃん…」
私は近づくと花梨ちゃんと同じ目線になるように腰を落とす。
「そんな泣きそうな顔してたら、お母さん見つけた時悲しませちゃうんじゃないかな?花梨ちゃんが笑顔で無事なのが一番お母さんにとって安心だと私は思うけどなぁ?」
ね?と花梨ちゃんの頭を優しく撫でながら笑顔でいうと袖口で涙を拭いコクンと頷いた。
「よし!じゃあ、お姉ちゃんと花梨ちゃんの王子様で一緒にお母さん探そっか!」
「そうだな、みんなで探せばすぐ見つかる」
「うんっ!」
花梨ちゃんは笑顔で頷くと周りにいるお客さんたちに向かって花梨のお母さんがいないか叫びながらも花梨ちゃんのお母さんが着ていた服と似ている女性を探した。
すると、数分後…
「花梨っ!」
「ママ!」
花梨ちゃんのお母さんらしい女性が花梨ちゃんを見つけると走って花梨ちゃんのところに向かって来るのが見え桂馬先輩と私はほっと胸を撫で下ろした。
「見つかったみたいだな…」
「はい、本当によかった…」
花梨ちゃんは走って来たお母さんにぎゅっと抱きつくとさっきまで泣き出しそうに溜めていた涙を吐き出しお母さんの胸の中で泣き喚いていた。
「花梨、もうどこいってたの?どこも怪我してない?心配したんだからね…ほんとよかった…」
「ママ…うわぁぁぁんっ!」
花梨ちゃんがお母さんの胸の中で泣き喚いて数分後、花梨ちゃんが落ち着いて来た頃近くにいた私たちに気づき花梨ちゃんが事情を説明した。
「あ、あのね!王子様と…えっと、お姉ちゃんが一緒に探してくれたの!」
えっ、今お姉ちゃんって…
「そうだったんですか。花梨と一緒にいてくれてありがとうございます…」
「いえ…花梨ちゃんがお母さんと会えてよかったです」
「ほんとに…本当にありがとうございます!」
花梨ちゃんのお母さんは何度も頭を下げお礼をいうと花梨ちゃんの手をしっかりと握り家族の元に戻ろうと促す。
「花梨、お父さんたち待ってるからもう戻ろっか?」
「うん、あっ!ちょっと待って…」
そうお母さんにいうと花梨ちゃんは私達の方へ走って近づく。
「王子様!お姉ちゃん!ありがとうっ!」
満面の笑みで小さく頭を下げる花梨ちゃんに私達も笑顔で返す。
「よかったね、お母さん見つかって…」
「うんっ!あ、それとね…」
花梨ちゃんは桂馬先輩ではなく私に向かって手招きをすると私の耳にこっそりと話す。
「王子様、仕方ないからお姉ちゃんにあげる!王子様は花梨の王子様じゃなかったみたいだから…」
「え?」
シーと口元に人差し指をやりニッコリと笑う花梨ちゃんの言っている事はよく分からなかったが花梨ちゃんの王子様は桂馬先輩ではなかったと言っている事は分かった。
「あとね!ずっと気になってたんだけど王子様とお姉ちゃん何で名前で呼んでないのー?」
「えっ…」
「だって、好きなのにおかしいじゃん!好きなら名前で呼ばなきゃダメでしょ?」
「そ、それは…」
「わ、私の好きは花梨ちゃんの好きじゃないというか…」
花梨ちゃんの言葉に互いに顔を赤らめ反論しようとするがそれは第三者によって助け舟が出された。
「花梨ー!もう行くわよー?」
「はーいっ!じゃ、王子様とお姉ちゃんバイバイっ!」
お母さんに呼ばれた花梨ちゃんは小さく舌を出し可愛く手を振るとお母さんと一緒に消えていった。
「何か、嵐のようでしたね…」
私は助かったと安心し隣にいる桂馬先輩に声をかける。
「…」
ん?
反応のない桂馬先輩を不思議に思い隣を除き見ると拍子に俯いていた顔が咄嗟に上がる。
「そのっ!なっ、名前で呼んでいいかっ?」
真っ赤な顔で緊張気味にそういう桂馬先輩にさっきまでの熱が元に戻るようにまた湧き上がる。
でも、それってさっきの流れからだと好きって意味になりかねないのに…
まさかそんな事はないと思うけど…
それに、たまたまタイミングがこんな感じだっただけで桂馬先輩がそんな深い意味なわけないか…
私は自分の中で自己解決し思った事を口にする。
「っ…わ、私はいいですよ?」
「っ…じゃあ、今度からはゆっ…雪で」
「は、はいっ!」
私は俯きながらもコクンと頷くと勇気を出して口を開く。
「じゃぁ…わっ、私は!翔…先輩…で」
「っ…」
その言葉に桂馬先輩は口元を抑え咄嗟に目を逸らす。
「あっ、ああ…」
「あの…むっ、無理しなくてもいいですよ?」
「む、無理なんてしてないっ!その…名前で呼ばれて正直嬉しいし…嫌じゃない」
「わ、私も嫌じゃ…ないです」
互いに動揺を隠せないままどこを見ているのかも分からずも話す。
「なら、よかった…その、ただまだ慣れないっていうか…だけど慣れるようにするっ」
「わ、私も慣れるまで時間かかるかもですが慣れるようにしますっ」
胸の前で小さく両手に拳を作り意気込む私に思わず桂馬先輩が吹き出した。
「ぷっ…」
「あ、ちょっと笑わないでくださいよ!真剣なんですから!」
ムッとした表情をする私に桂馬先輩は宥めるようにさっきまで花梨ちゃんにしてたように頭を優しく撫でながら笑う。
「すまん…意気込む顔が可愛くて…」
「っ…」
やっぱり桂馬先輩って少し天然があるような気がする…
「じゃ、水族館デート再開と行きますか?」
「はいっ!」
改めて桂馬先輩と手を繋ぎ直すとまた二人で水族館の中をまわる。
帰り際に近づいてきた頃、優や夢にお土産を買うために館内にあるお土産さんに寄った。
「あっ、これ可愛い…」
目に入ったのはミニ版の小さなイルカのストラップだった。
青とピンクでペアになっており、ピンクを手に取る。
「何か気になるやつでもあるのか?」
イルカのキーホルダーを見ていたら後から桂馬先輩の声がかかり振り向く。
「イルカ可愛いくて手につい取ってしまって…」
「へー、確かに可愛いな…」
私の手元を除き込むように後から桂馬先輩の顔が近づく。
っ…息が…かかるっ…
桂馬先輩の吐息が耳元にかかり真っ赤になる。
「買うのか?」
「いえ、優と夢には別のものがいいと思うのでやめときます…」
「えっ、自分のは買わないのか?」
「自分により弟と妹にあげたいので…私はいいです」
予算的にも足りないし…
「そうか…」
私はイルカのキーホルダーを元に戻すと優と夢に似合いそうなお土産を探した。
桂馬先輩はというと私がイルカを見つめていた所から動かず結局何を買ったかまでは分からなかった。
「はぁ…楽しい時間はあっというまですね…」
「だな…」
名残惜しそうに閉店の音楽が流れる水族館を出ると近くまで送るという桂馬先輩の言葉に甘えて夕焼け空の下を二人で歩いていた。
「あっ、ここまでで大丈夫です。ありがとうございました…」
「ああ…その、今日は本当に楽しかった。付き合ってくれてありがとう…」
「いえ…私も、翔…先輩っ…と一緒に水族館まわれて楽しかったです!」
「っ…よかったらだが…その、また今度も今日みたいにどっかに行かないか?」
「もちろん、喜んでっ!ふふっ」
その言葉に嬉しそうに笑う桂馬先輩に私も笑いかける。
「じゃ、また学校で…」
「あっ、待って!…」
咄嗟に腕を捕まれ桂馬先輩は自分の方に振り向かせると手に小さなピンク色のイルカのキーホルダーを乗せた。
「えっ、これって…」
「その…さっき、可愛いって言ってたから…」
照れくさそうに顔を背けながらいう桂馬先輩を見ながら手の中のイルカのキーホルダーに目を落とす。
「私にくれるんですか?」
無言でコクンと頷く桂馬先輩を見ると手の中のイルカのキーホルダーを取って顔の前にやる。
「ありがとうございます…可愛いですっ!」
桂馬先輩の目の前で小さくイルカのキーホルダーを振り笑顔でお礼をいう。
「っ…その、実は俺も…」
そういうとポケットからピンクのイルカのキーホルダーとペアの青のイルカのキーホルダーを取り出すと桂馬先輩も自分の顔の前にやり小さく振る。
「同じですね?ふふっ」
「ああ…同じだ」
二人して同じようにイルカのキーホルダーを小さく振りながら今日一日色々あったけど桂馬先輩と二人で初めてのデートで本当に楽しかったなと改めて思った…
「少しは近づけただろうか…」
雪の後ろ姿を見ながら桂馬は小さく呟いた。
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