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路上ライブ

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悲しみの舞踏会の後、私は金城先輩との距離が少しだけど変わった気がした。
毎回のようにかかってくるメールや電話に今までメイドやら野良猫やらお前呼ばわりされていたのが”雪”と呼ばれるようになったのだ。
ほんの少しの変化だけどそれが少しばかり嬉しかったりもした。
私も私でほんのちょっとだけ傲慢にも聞こえる我儘に付き合う事にした。
彼の…金城先輩の本心を聞いた後だと彼の我儘が寂しさを埋めるための甘えなのだと感じてしまったからだ。
それに、少し可愛いかったりもする…

「ふぅ…今日も一日お疲れ様でした私…」

梅雨が明け真夏の季節が近づくにつれ日が落ちるのが徐々に遅くなっていく。
夜中もバイトをする私にとってそれはかなり助かるものだった。
私は居酒屋のバイト先で貰った余り物のおかずの入った袋を持ち直すと家で待つ優と夢のもとへ真っ直ぐに向かった。

「ん?何だろう、何か音楽が聴こえる…」

歩いていると道のど真ん中の路上で沢山の人だかりが出来ていた。

「誰か何かやってるのかなぁ?」

私はその人混みの中から聴こえる音楽に興味を持ち人混みの中に自ら入り込んだ。

うわっ、凄い人の数…
前見えないよぅ…

私は必死に前に出ようともがき手に持つ袋を上に上げながら何とか二列目ぐらいまで来て前が見える定位置に着いた。
すると、そこには茶髪の肩までかかる髪にサングラスをかけ黒のニット帽に黒のゆるいTシャツにフード付のミリタリーガウンジャケットを羽織り穴あきデニムパンツを履いた青年らしい人が趣のあるフォークギターを手にマイク片手に路上ライブをしていた。
その甘い声のバラードに周りにいる男性共々聴き惚れていた。

凄い…低い低音ボイスの中に透き通るような綺麗な響き…

サングラスで顔は見えないものの彼の音楽がどこかで聞き覚えのある音楽に聴こえた。

パチパチパチ

「凄いよ、君っ!歌上手すぎてついつい聴き惚れてしまう」

「甘い声が素敵っ!」

曲が終わると一斉に拍手と歓喜の声が飛び交う。

「ありがとうございます…」

彼は小さくお辞儀をすると一人一人に差し伸べられた手を握る。

「まだ歌わないの?もっと聴きたいわっ!」

「少し食事をしたいので三十分後にまたここで…」

「は、はひっ!」

女性は頬を少し赤らませ握られた手を握り返す。

「俺もまた来るよっ!」

「私も絶対くるっ!」

「ありがとうございます…また、来てくれる事を楽しみにしています」

彼は丁寧にファンサービスをするとそのファンの人々は彼のギターケースの中に次々とお金を入れ嬉しそうに帰っていった。

「あ、あの…」

「?うっ…お前は…」

「え?」

彼は私に気づくとサングラス越しでも分かるぐらい嫌そうな顔で私を見た。

「何でこんなところにいるんだよ…」

「あ、あの私とどこかで会いました?」

「は?ああ…気づかないならそれでいいや。バイバイ」

ケースからお金を取り上げギターを入れるとそのままギターを持って立ち去ろうとする。

「待ってっ!」

私は勢いよく腕を掴むと彼の足を止めた。

「さ、サングラスっ!サングラスとってくれたら分かるかも…」

「はぁ…」

彼は深いため息を吐きながらゆっくりとサングラスを取った。
サングラスの裏は、漆黒の黒い瞳にどこか金城先輩に似た顔だった。

「あっ!もしかして、ハクくん?」

「やっとかよ…普通声で気づけよ、ばーか」

「うっ…だって髪の色違うしサングラスもしてるんだもん!気づかないよ、普通」

私はむくれるとハクはいたずらっ子のような顔で笑った。

「ははっ 相変わらずだなお前」

「第一声がそれってなんだと思うけど…あ、ところで、なんで路上ライブなんてしてたの?」

「息抜きだよ。色が違うカツラ被ってサングラスしてたら誰も俺とは思わないし疲れたらこうして誰も俺の事を知らない場所や人たちの前で歌うと落ち着くんだ…昔みたいに」

最後の台詞は小さくてよく聞こえなかったがハクがほっとした顔で嬉しそうに話す言葉に何だか心が暖かくなった。

「ハクの一番好きな場所なんだね…」

「まぁな…」

照れくさそうにそっぽを向く仕草は金城会長と瓜二つだった。

「そういえば、ご飯食べるんでしょ?ごめんね、引き止めて…」

「ああ、まぁ…」

黒川は雪の手にある袋に目を落とすとそれをガン見した。

「うっ…これは、あげないからねっ!弟たちのご飯でもあるし明日の私たちの非常食なんだらっ!」

キッと睨みつけながら袋のおかずを守るとチッと小さく舌打ちし残念そうに肩を落とす。

「しゃーねぇ、いつものとこいくか…」

「ん?いつものとこ?」

「気になるなら一緒に行くか?俺の行きつけ」

ニヤリと不敵な笑みを投げかけられますます興味が湧くハクの行きつけに半分不安に思っていた事を先に質問する。

「それって…いかがわしいとことかじゃないよね?」

バシッ

「痛っ!」

頭を軽く叩かれ上目遣いで睨みをきかせる。

「ばかっ!そんなとこに色気のねぇお前なんか連れてくか。ただの屋台だよ…」

「むっ…ふぇ?屋台?」

一言余計だと反論しようとしたがハクから意外な屋台という単語に話が脱線してしまった。

「ああ…ま、行ってみてのお楽しみだな」

私はハクについて行くと路上の隅にあるこじんまりとした屋台に辿り着いた。

「いらっしゃいっ!ん?ハクか、久しぶりだな。今日は何食べる?」

木綿をくぐると頭巾を被った優しそうなおじさんがハクに親しげに話かける。

「今日のおすすめは?」

ハクもハクでおじさんに対して気を許してるようでいつにも増して見たことない表情で話していた。

昔からの行きつけって言ってたしお馴染みなのかな?

「今日はこの長時間煮込んで味のしみたロールキャベツだな」

「ふ~ん」

「うわぁ、美味しそうっ!」

目の前に広がる湯気の湧くほわほわなおでんたちに舌づつみしながら椅子に腰掛ける。

「おっ!ハクの彼女かい?えらい、可愛らしい彼女さんじゃの」

「えっ!?」

「なわけねーだろ!こんな色気ない女、誰が彼女にするか」

「なっ、なんだとぅ!」

私は思わずその憎まれ口を叩く綺麗な顔の頬を両手で摘む。

「おひゃれにゃにすんだ!」

すると、仕返しとばかりにハクも私の頬を両手で摘む。

「そしょれはこっちにょせりふでひゅ!」

「はははっ こらこら痴話喧嘩は他所でやってくれ」

「誰が痴話喧嘩ですかっ!」

「誰が痴話喧嘩だっ!」

見事に二人揃ってハモるという状況におじさんは思わずといった顔で吹き出した。

「ぷっ まぁ、いいお二人さん注文は決まったかい?」

「”大根”」

「ぷはははっ こりゃまた仲良い事だな」

二人揃ってまたハモるという状況に笑い出すおじさんを横目に私とハクはむっとした表情で互いに顔を逸らす。

「はい、お待ちどう。大根どうぞ」

「ありがとうございますっ!うわぁ、美味しそうっ!」

ホカホカに湯気が上がる味の染みた大根に舌づつみする。

「いただきまーす!」

二人揃って手を合わせ柔らかい大根に箸を通す。

「”あちっ!”」

「また、ハモったなお二人さん。ははっ」

「どうして真似するの!」

「それはこっちのセリフだ!真似すんな」

互いににらめっこ状態になると思わず同時に箸に持っていた大根を相手の口に入れる。

「はふっ!?あ、でも凄く味が染みてて美味しいっ!」

「美味い…」

二人揃って感想を述べるとおじさんは嬉しそうにお礼を述べた。

「そりゃよかった、ははっ。そういえば、ハクは昔から大根好きだったよな?」

「まぁ、大根が一番美味いからな…」

顔を背けながら素っ気なくいうハクにおじさんは嬉しそうに微笑んだ。

「ハクは昔からここに来てたんですね…」

「こーんなちっせー頃から綺麗なお母さんと一緒に仲良く来ててよ、いつも来るたびに同じ大根頼んでは美味しそうに食べてくれて嬉しいのなんのって…」

「へー、確かにおじさんの大根美味しいですもんね」

私とおじさんは穏やかに笑いながら小さい頃のハクの話をする。
ハクはというと珍しく真っ赤になりながら一人で黙々と大根を食べていた。

何か可愛いなぁ…ハク

新たな顔を見ながらいたずらっ子のようにハクを見る。
それからというもの、おじさんとの会話は絶えずにハクと時々言い争いながらも楽しい時間を過ごした。

「ご馳走様でしたっ!」

「また、来てくれよなハク!それと、嬢ちゃんも」

「ああ…気が向いたらな」

素っ気ない返事だが顔は嬉しそうに笑っていた。

「はいっ!また来ます」

「じゃあ、これお代…」

「え?私の分は私出すよっ!」

「二人とも今日はお代なしでいいぞ!ハクは久しぶりに来てくれたお礼だ。嬢ちゃんはまた今度来てくれればそれでいいからよ」

「え、でも…」

「いいから、いいから!」

「おじさん、頑固だから言ってる事曲げないもんな。はぁ…しゃーねぇ、今回は有難く甘えるよ」

「うっ…ハクがそう言うなら私も甘えさせてもらいます…」

「あいよっ!またな二人共」

私たちはおじさんに別れを告げると屋台を後にした。

「優しいおじさんだったね。ハクは久しぶりってなってたけどそんなに来てなかったの?」

「ああ…母が亡くなってずっと来てなかったんだ」

あ…私余計な事聞いちゃったかも… 

そう思い思わず俯くとハクは小さく拳で頭をコツンと叩く。

「痛っ!?」

「ばかっ!勝手にしんみりしてんじゃねー。それより、これから戻ってまたライブするけどお前も参加するか?」

「えっ!?参加って私ギターも何も弾けないよ?」

「別に素人にギター弾けなんていってねぇーよ。俺と一緒に歌ハモってくれるだけでいいからよ」

「うっ、歌!?わ、あああ私歌なんて人前で歌った事なんてないよ!?」

「あん?そんなの実際やってみなきゃ分かんねーだろ」

「うっ…」

でも、あの場所で一緒に歌とか歌ったら少しはハクの気持ち分かるかも…

「んー、分かったやるっ!」

うっ、やるなんて言わなきゃよかった…

ハクと一緒にさっきまでいた路上に戻るとハクが準備をし始めた途端人だかりがすぐに出来た。

こう言う時は人の字を飲んで…

私は手のひらに無数の人の字を書くと何度もそれを口に飲み込んだ。

「お前何してんだよ?さっきから…」

「だっ、だってこんなに人が沢山いて目の前にしたら緊張が止まらなくて…」

「はぁ…貸してみ?」 

「ふぇ?」 

パンッ

ハクは私の両手を取ると合わせるようにしその上から自分の手を挟むように叩いた。

「よし!これで緊張少しは和らぐだろ?」

確かに…ハクに叩かれたとこが緊張をほぐすように体に響いた。

私はコクとハクの目を見ながら頷く。

「お前はお前らしく歌えばいいんだ。それでも、無理だったらずっと俺の顔見てろアホ!」

素っ気ない言葉だが、その中に私を励ましてくれてるのだと分かった。
私はその言葉にさっきまでの緊張が嘘みたいに消えライブが始まると普段鼻歌で歌う以上の声でみんなに届くように自分らしく歌った。

「へー、上手いじゃん…」

雪の歌声を聴いたハクは透き通るように響く綺麗な声に密かに口元をニヤつかせた。

「ハクっ!音楽って楽しいねっ!」 

笑顔でそう叫ぶ雪に返事の代わりに頭をぐしゃぐしゃに無造作に撫でる。
だが、雪には見えないその顔は笑っていた…

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