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悲しみのピアノ
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「はぁ…はぁ、やっとついたぁ…」
息を切らし何とか落ち着かせると目の前の豪邸に息を飲んだ。
褒美って何だろう?
嫌な予感しかしないんですけど…
私は金城会長に呼ばれ喫茶店のバイトが終わると急いで金城会長のご自宅へと向かった。
とにかく急いで入ろうっと!
もう、八時前ギリギリだしやばいっ…
私は急いで鉄格子のある門をくぐると見慣れた執事の灰原さんに案内してもらい金城会長のもとへ向かった。
「遅いっ!」
「うっ…」
来てそうそうお怒り気味の金城会長に肩をすくみつつも言い訳ではないが事情を説明する。
「そ、それはバイトだったからで…」
「言い訳は後にしろ!いいからお前は急いで着替えてこいっ!」
「うっ…また、メイド服ですか?褒美でも何でもないじゃ…」
「今日は違う!いいから灰原に従って着替えてこいっ!」
「えっ、違うって…うぁ!?」
「行きますよ、相浦様」
灰原さんはすかさず私を横抱きにし抱えるとそのまま更衣室へと向かった。
ガチャ
更衣室に入ると数人のメイドさんたちと真ん中には純白の淡い色に白い薔薇をモチーフにされた飾りがドレスいっぱいに飾られており、ウェディングドレスのミニ版のようなミニドレスだった。
「では、相浦様お着替えの前にエステとメイクアップを仕上げますね?」
「え?何のことで…きゃっ!?」
質問する隙も与えられないまま周りにいたメイドさんたちにエステルームへと運ばれた。
「では、急いでエステに取り掛かりますのでご使用の衣類をこちらへ」
「へ?嫌々、自分で出来ますからっ!」
メイドさんたちは私の衣服に手を伸ばそうとした瞬間すぐさま両手でそれを阻止した。
「では、お急ぎで…」
「うっ…」
目が怖いっ…
私はメイドさんたちの目に怯みつつも仕方なくいそいそと衣類を脱ぎ渡す。
「では、相浦様こちらに…」
真ん中にある台に案内され言われるがままにそれに乗る。
メイドさんたちは私の体にしっとりとしたフローラル香る液を塗りながらゆっくりとマッサージをしつつも最初は嫌がっていた私は気持ち良すぎてあと少し長くいたら寝落ちしていた。
「では、相浦様次はこちらへ…」
バスタオル一枚を体に着せて更衣室へと戻ると鏡の前に沢山のメイク道具やヘア道具が並べられていた。
「うっ…はい…」
私はもう反論しても無駄だと思い言われるがままに鏡の前に座る。
「純白に似合うように髪型は下ろして少しパーマをかけゆるふわ感にしメイクは白い肌に合うようにピンクを基調とした甘い感じにしましょうね…」
メイドさんの一人がそう耳元で呟くとメイドさんが一斉に取り掛かった。
私は大人しくされるがままに目を瞑り出来上がっていく感覚を感じていた。
「ふぅ…では、これにご気着を…」
声に目を開くと目の前の鏡越しに映る私に唖然としながらも渡された純白のミニドレスに袖を通す。
「では、この靴とティアラをどうぞ…」
うっ…何ですかこのいかにも高そうな品々は…
このティアラなんてきっと数十億とかしそう…
硝子の透明な靴にダイヤモンドが輝く重そうなティアラに息を呑む。
「相浦様、腹をお括りになるしかないですよ?」
「うっ…」
いつの間にか側にいた灰原さんに真顔でそう言われ決心するしか他なかった。
私は意をけして硝子の靴に足を入れティアラをゆっくり頭に被せた。
そして、再度鏡の前で自分の姿を確認する。
「相浦様、凄くお美しいです!」
「シンデレラのようにお似合いですね!」
メイドさんたちが一斉に私を褒め倒すと私は改めて自分の姿に唖然する。
これ、本当に私?
目の前に映るのは純白のミニドレスを着たどこぞのおとぎ話にでも出てきそうなお姫様だった。
「相浦様、みとれている場合ではありませんよ?急いで坊ちゃんのもとへ行かなければ…」
「あっ、そうだった…うぅ…」
気が重い…
こんなお姫様みたいな格好させてあの俺様会長は何させる気なんだろう…
私は不安顔で急いで金城会長のもとへと戻った。
ガチャ
「失礼します。相浦です…」
「前置きはいい、いいから早く入れ」
「は、はい…」
私はゆっくりとドアから顔を出し姿を表すと目の前で足を組んでただずむ黒のタキシード姿の金城会長を見つめた。
「ほぅ…似合うじゃないか。馬子にも衣装ってやつだな」
「むっ、そこは素直に似合うだけでいいじゃないですか!一言多いです」
「ははっ 怒ったらせっかくの衣装が台無しだぞ?」
「こんな衣装着させたのは金城先輩じゃないですか!何のつもりでこんな…」
「ああ、それは今から舞踏会に行くからだ」
「は?」
一時停止した私の口は唖然としたまま返事をする。
「お前に褒美として舞踏会に連れて行ってやるっていってるんだ。一般人のお前が人生で舞踏会を経験するなんてあるかないかなんだから感謝しろよ?」
「したくもありませんよっ!それに、私踊りなんて出来ないし…」
「踊りなら心配ない。俺に任せとけばいくらでも踊れるようになる」
「だからって舞踏会なんて…」
「灰原、急いで車の手配を頼む!行くぞ、メイド」
「えっ!?ま、待って私まだ行くってっ…」
私の小さな抵抗は虚しく手を掴まれそのまま金城会長に引きずられるように部屋を後にした。
「乗れ」
「え、乗れってこれにですか!?」
目の前に止まった黒のリムジンに唖然としながら恐る恐る乗り込む。
一般人でしかも貧乏女子高生にはこれはさすがに緊張通り越して怖いです…
肩肘張りながら小さく隅ですくんでいると金城はそれをみて思いっきり自分の方へと引き寄せた。
「うっ、きゃあっ!?」
「お前はここにいろ、雪」
金城の隣に座らされた私は至近距離で見える金城の顔を凝視した。
「いっ、今雪って…」
「お前は今から俺の恋人として舞踏会に行くんだ。メイドなんて呼ぶ恋人なんているわけないだろ」
「は?恋人!?」
「舞踏会で俺様と一緒に行くパートナーがメイドなんてシャレになんねーだろうが。恋人にしてたらお前も他のやつに手出されなくてすむ…コホンッ お前も安心して楽しめるだろ?」
一瞬、何かを思ったのか咳払いをすると再度私の顔みてそういう金城に一応私の事も考えてくれてるのかと少しだけほんの少しだけ嬉しかった。
私は否定する言葉が見当たらず言われるがまま無言で頷いた。
リムジンは金城の親戚という豪邸につき外からでも分かるようなきらびやかな光が至る所に光っていた。
豪邸の前には複数の高級車が止められており私たちが乗るリムジンも同じように豪邸の前で止められた。
「それでは、玲央様、相浦様ごゆっくりお楽しみくださいませ…」
灰原さんは紳士にリムジンを開くと私と金城会長に手を差し出す。
「ああ、楽しんでくる」
「灰原さん、ありがとうございます。不慣れですがここまで来たからには楽しみます…」
灰原さんは優しい目でにっこりと微笑むと私たちを見送った。
豪邸に足を進めると普段履かない硝子の靴に階段先で躓きそうになった。
うっ…ヒール怖い…
「掴まっていろ…」
「えっ?」
金城会長は私の顔は見ないもののそっけなく右腕を差し出す。
「あ、ありがとうございます…」
照れくさそうにしながらも気遣ってくれる金城会長に素直に甘える。
こうしてると周りから恋人ぽく見えるのかな…
中に進むと沢山のドレスを着た令嬢やタキシードに身を包む叔父様方がいた。
私と金城会長は何故か周りからの視線を浴びながら中心へと進んでいく。
「玲央様、お久しぶりです。今日は久方ぶりに舞踏会参加とは珍しいですね。会えて嬉しゅうございます」
一人の令嬢が金城会長に近づきお姫様が取るようにドレスの裾を持ち小さくお辞儀する。
「ああ、今日は連れの雪のために来たまでだ」
「おや?その可憐なお嬢さんは玲央様の恋人かなんかで?」
また、来た…
金城が令嬢と話していると新たにまた髭ずらの中年太りの叔父さんが話に割り込んで来た。
「ああ、まぁそんなところだ」
「そ、そんなぁ!玲央様に恋人なんて…」
「おやおや、やはりそうでいらしたか」
令嬢は口元を扇子で隠しながらも悲鳴に似た驚きの声をあげ、叔父さんは面白そうにニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた。
うっ…すっごい場違いな気がする私…
居心地の悪さを感じながらも必死に金城会長の腕を握った。
「ところで、玲央様今日はピアノは弾かないのですか?久しぶりにお聴きしたいとワシは思います」
「えぇ!それは私も賛成ですわっ!玲央様のピアノは透き通るように軽やかで美しいと聞きます。是非お願いしたいわ」
叔父さんは不敵な笑みをいっそう極めその提案に嬉しそうに令嬢は期待の眼差しで金城会長を見た。
ピアノ?金城先輩、ピアノ弾けるの?
私は隣にいる金城会長の顔を覗き見ると真っ青な顔で俯いていた。
え、これやばいんじゃ…
何とかして助けなきゃっ…
「す、すみませんっ!かっ、玲央様は少しご気分が悪い様なので少し失礼致しますっ!」
「お、おいっ…」
私は勢いよくお辞儀するとそのまま金城会長の手を握り誰もいないバルコニーへと向かった。
「はぁ…はぁ…」
「お前、どうしてあんなことっ!」
「金城先輩があんな真っ青な顔してたからですよっ!」
私は息も整ってない声で金城会長の目を見ながら叫ぶ。
「そ、それは…」
金城は言葉を濁しながら顔を逸らす。
「誰だって、嫌な事ぐらいありますよ。無理してする事ないです…」
きっと、ピアノは金城会長にとって何らかの地雷なのだろう…
あんなにも真っ青な顔をするぐらいなのだから何か理由があるのかもしれない…
だけどそれを追求する事はこの人を苦しめるし誰だって嫌な事を根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だ。
「ああ…すまない。助かった…」
暗闇でも薄ら分かるぐらい顔が赤い金城会長にクスッと小さく笑うと金城会長の手を両手で優しく包む。
「どうします?舞踏会に戻りますか?」
「いや、お前には悪いが今日はよそう。その代わりお前にだけ聴かせてやる…」
「え?何をですか?…きゃあっ!?」
金城会長は軽々と私をお姫様抱っこするとそのまま部屋の奥へと足を進めあるドアの前で立ち止まる。
「確か、ここだったよな…」
…?
ガチャ
ドアが開くと目の前には大きな月の光が差す窓に同じく綺麗に照らされた白いグランドピアノが目に入った。
全体的に真っ白なその部屋に金城会長は躊躇なく入っていった。
「え?うわっ!?」
金城会長はそっとピアノ上に私を置くとピアノ椅子に腰かけた。
「お前だけだ、雪。もう多分この先俺は弾く事は二度とないだろう…」
苦し紛れに呟かれた声に何も言えずただ金城会長を見つめると金城は鍵盤を開け視線を落とす。
綺麗な細長い指先が真っ白な鍵盤に滑らかに触れ美しい音色が部屋に流れた。
綺麗…
音色も綺麗だけど、弾いている金城会長も凄く…綺麗…
私はピアノの音色と金城のその姿にうっとりと聞き惚れた。
金城会長が弾き終わり鍵盤から手を離すと同時に私は拍手を送る。
「金城先輩、凄く綺麗でした!つい聞き惚れちゃうぐらい素敵でした…」
「俺はピアノが嫌いなんだ。昔の嫌な記憶とともにあいつに会いたくなるから…」
「あいつ…?」
「俺には弟が一人いるんだ。生き別れの弟が…」
「え!?」
金城会長はゆっくりと少しずつ苦しそうに話してくれた。
「弟は父の愛人…メイドが産んだ子で俺の母は弟も含めその愛人を心底嫌っていた。それでも父は俺と一緒に弟も自分の子として育ててくれたんだが俺が五歳で弟が三歳の頃、俺の母が愛人つまり弟の母を車の事故に見せかけて殺した。弟も同じ車に乗っていたんだが奇跡的に弟は助かりその事実を知った父は俺の母にその事を悟られないように弟を知人に預け隠した。だが、その知人は噂によると五年前に失踪したと耳にしたんだ。きっとそれは間違いなく俺の母の仕業だと俺は思っている。しかし、その中で弟の失踪したとか亡くなった事実はなくきっと生きてると俺は信じてる…その弟との数少ない思い出がこのピアノなんだ。今さっきお前に聴かせたのは俺が作った” White of the twins rose”双子の白い薔薇という曲なんだ。俺と弟の二人の曲だ…」
私は黙って聞いていた口をゆっくりと開く。
「金城先輩は、心底弟さんの事が好きなんですね…」
「まぁな、俺のかけがえないたった一人の弟だ…」
金城はそっとタキシードに隠していた首にかけられたハート型の片割れを手にかける。
「そのハートのネックレス、何で片割れ何ですか?」
「これは、弟とツインであるペアのネックレスなんだ。昔、弟の誕生日に俺とお揃いのやつをあげた…」
「弟さんとの絆の証みたいですね…」
「まぁな、これを見ていると弟が側にいるみたいに感じる。ピアノはそれをもっと強調させる。ピアノを教えてくれたのは亡くなった弟の母だからな…」
切なそうに呟く金城先輩に思わず私はピアノから降りて金城先輩を抱きしめた。
「これはなんだ…」
「先輩が泣きそうだったのでやりました。泣くなら私の腕の中がいいかと…」
「フッ つくづくお前にはかなわんな…」
金城はそのか細い腕をぎゅっと優しく抱きしめ返すと苦しそうにポツリポツリと話し出す。
「俺がもっと強かったら…俺が母を止められるような力があれば…そしたら、弟の母は死なずに済んだかもしれないっ…弟も苦しまずに済んだかもしれないっ…全部俺に力があればっ…」
自分を苦しめるように呟かれる一つ一つの言葉に私は涙を零しながら彼を…先輩を力いっぱい抱き締めた。
「いつか会えますよ…先輩が願っていれば必ず弟さんに会えます…それに、弟さんのお母さんが亡くなったのは先輩のせいなんかじゃありませんっ…きっと亡くなった弟さんのお母さんもこんなにも弟さん思いの先輩にありがとうって思ってます。だから、自分を責めることはありません。私が保証します…」
すると、金城先輩を抱きしめている腕に先輩がさらに抱きしめ返すと白い鍵盤に綺麗な涙が一つ一つと零れていった。
ああ、この人も傷があるんだ…
こんなにずっと苦しんでいたんだ…
私は腕の中にいる初めて弱い部分を見せた金城会長を今だけは私の精一杯の愛で包み込む…
息を切らし何とか落ち着かせると目の前の豪邸に息を飲んだ。
褒美って何だろう?
嫌な予感しかしないんですけど…
私は金城会長に呼ばれ喫茶店のバイトが終わると急いで金城会長のご自宅へと向かった。
とにかく急いで入ろうっと!
もう、八時前ギリギリだしやばいっ…
私は急いで鉄格子のある門をくぐると見慣れた執事の灰原さんに案内してもらい金城会長のもとへ向かった。
「遅いっ!」
「うっ…」
来てそうそうお怒り気味の金城会長に肩をすくみつつも言い訳ではないが事情を説明する。
「そ、それはバイトだったからで…」
「言い訳は後にしろ!いいからお前は急いで着替えてこいっ!」
「うっ…また、メイド服ですか?褒美でも何でもないじゃ…」
「今日は違う!いいから灰原に従って着替えてこいっ!」
「えっ、違うって…うぁ!?」
「行きますよ、相浦様」
灰原さんはすかさず私を横抱きにし抱えるとそのまま更衣室へと向かった。
ガチャ
更衣室に入ると数人のメイドさんたちと真ん中には純白の淡い色に白い薔薇をモチーフにされた飾りがドレスいっぱいに飾られており、ウェディングドレスのミニ版のようなミニドレスだった。
「では、相浦様お着替えの前にエステとメイクアップを仕上げますね?」
「え?何のことで…きゃっ!?」
質問する隙も与えられないまま周りにいたメイドさんたちにエステルームへと運ばれた。
「では、急いでエステに取り掛かりますのでご使用の衣類をこちらへ」
「へ?嫌々、自分で出来ますからっ!」
メイドさんたちは私の衣服に手を伸ばそうとした瞬間すぐさま両手でそれを阻止した。
「では、お急ぎで…」
「うっ…」
目が怖いっ…
私はメイドさんたちの目に怯みつつも仕方なくいそいそと衣類を脱ぎ渡す。
「では、相浦様こちらに…」
真ん中にある台に案内され言われるがままにそれに乗る。
メイドさんたちは私の体にしっとりとしたフローラル香る液を塗りながらゆっくりとマッサージをしつつも最初は嫌がっていた私は気持ち良すぎてあと少し長くいたら寝落ちしていた。
「では、相浦様次はこちらへ…」
バスタオル一枚を体に着せて更衣室へと戻ると鏡の前に沢山のメイク道具やヘア道具が並べられていた。
「うっ…はい…」
私はもう反論しても無駄だと思い言われるがままに鏡の前に座る。
「純白に似合うように髪型は下ろして少しパーマをかけゆるふわ感にしメイクは白い肌に合うようにピンクを基調とした甘い感じにしましょうね…」
メイドさんの一人がそう耳元で呟くとメイドさんが一斉に取り掛かった。
私は大人しくされるがままに目を瞑り出来上がっていく感覚を感じていた。
「ふぅ…では、これにご気着を…」
声に目を開くと目の前の鏡越しに映る私に唖然としながらも渡された純白のミニドレスに袖を通す。
「では、この靴とティアラをどうぞ…」
うっ…何ですかこのいかにも高そうな品々は…
このティアラなんてきっと数十億とかしそう…
硝子の透明な靴にダイヤモンドが輝く重そうなティアラに息を呑む。
「相浦様、腹をお括りになるしかないですよ?」
「うっ…」
いつの間にか側にいた灰原さんに真顔でそう言われ決心するしか他なかった。
私は意をけして硝子の靴に足を入れティアラをゆっくり頭に被せた。
そして、再度鏡の前で自分の姿を確認する。
「相浦様、凄くお美しいです!」
「シンデレラのようにお似合いですね!」
メイドさんたちが一斉に私を褒め倒すと私は改めて自分の姿に唖然する。
これ、本当に私?
目の前に映るのは純白のミニドレスを着たどこぞのおとぎ話にでも出てきそうなお姫様だった。
「相浦様、みとれている場合ではありませんよ?急いで坊ちゃんのもとへ行かなければ…」
「あっ、そうだった…うぅ…」
気が重い…
こんなお姫様みたいな格好させてあの俺様会長は何させる気なんだろう…
私は不安顔で急いで金城会長のもとへと戻った。
ガチャ
「失礼します。相浦です…」
「前置きはいい、いいから早く入れ」
「は、はい…」
私はゆっくりとドアから顔を出し姿を表すと目の前で足を組んでただずむ黒のタキシード姿の金城会長を見つめた。
「ほぅ…似合うじゃないか。馬子にも衣装ってやつだな」
「むっ、そこは素直に似合うだけでいいじゃないですか!一言多いです」
「ははっ 怒ったらせっかくの衣装が台無しだぞ?」
「こんな衣装着させたのは金城先輩じゃないですか!何のつもりでこんな…」
「ああ、それは今から舞踏会に行くからだ」
「は?」
一時停止した私の口は唖然としたまま返事をする。
「お前に褒美として舞踏会に連れて行ってやるっていってるんだ。一般人のお前が人生で舞踏会を経験するなんてあるかないかなんだから感謝しろよ?」
「したくもありませんよっ!それに、私踊りなんて出来ないし…」
「踊りなら心配ない。俺に任せとけばいくらでも踊れるようになる」
「だからって舞踏会なんて…」
「灰原、急いで車の手配を頼む!行くぞ、メイド」
「えっ!?ま、待って私まだ行くってっ…」
私の小さな抵抗は虚しく手を掴まれそのまま金城会長に引きずられるように部屋を後にした。
「乗れ」
「え、乗れってこれにですか!?」
目の前に止まった黒のリムジンに唖然としながら恐る恐る乗り込む。
一般人でしかも貧乏女子高生にはこれはさすがに緊張通り越して怖いです…
肩肘張りながら小さく隅ですくんでいると金城はそれをみて思いっきり自分の方へと引き寄せた。
「うっ、きゃあっ!?」
「お前はここにいろ、雪」
金城の隣に座らされた私は至近距離で見える金城の顔を凝視した。
「いっ、今雪って…」
「お前は今から俺の恋人として舞踏会に行くんだ。メイドなんて呼ぶ恋人なんているわけないだろ」
「は?恋人!?」
「舞踏会で俺様と一緒に行くパートナーがメイドなんてシャレになんねーだろうが。恋人にしてたらお前も他のやつに手出されなくてすむ…コホンッ お前も安心して楽しめるだろ?」
一瞬、何かを思ったのか咳払いをすると再度私の顔みてそういう金城に一応私の事も考えてくれてるのかと少しだけほんの少しだけ嬉しかった。
私は否定する言葉が見当たらず言われるがまま無言で頷いた。
リムジンは金城の親戚という豪邸につき外からでも分かるようなきらびやかな光が至る所に光っていた。
豪邸の前には複数の高級車が止められており私たちが乗るリムジンも同じように豪邸の前で止められた。
「それでは、玲央様、相浦様ごゆっくりお楽しみくださいませ…」
灰原さんは紳士にリムジンを開くと私と金城会長に手を差し出す。
「ああ、楽しんでくる」
「灰原さん、ありがとうございます。不慣れですがここまで来たからには楽しみます…」
灰原さんは優しい目でにっこりと微笑むと私たちを見送った。
豪邸に足を進めると普段履かない硝子の靴に階段先で躓きそうになった。
うっ…ヒール怖い…
「掴まっていろ…」
「えっ?」
金城会長は私の顔は見ないもののそっけなく右腕を差し出す。
「あ、ありがとうございます…」
照れくさそうにしながらも気遣ってくれる金城会長に素直に甘える。
こうしてると周りから恋人ぽく見えるのかな…
中に進むと沢山のドレスを着た令嬢やタキシードに身を包む叔父様方がいた。
私と金城会長は何故か周りからの視線を浴びながら中心へと進んでいく。
「玲央様、お久しぶりです。今日は久方ぶりに舞踏会参加とは珍しいですね。会えて嬉しゅうございます」
一人の令嬢が金城会長に近づきお姫様が取るようにドレスの裾を持ち小さくお辞儀する。
「ああ、今日は連れの雪のために来たまでだ」
「おや?その可憐なお嬢さんは玲央様の恋人かなんかで?」
また、来た…
金城が令嬢と話していると新たにまた髭ずらの中年太りの叔父さんが話に割り込んで来た。
「ああ、まぁそんなところだ」
「そ、そんなぁ!玲央様に恋人なんて…」
「おやおや、やはりそうでいらしたか」
令嬢は口元を扇子で隠しながらも悲鳴に似た驚きの声をあげ、叔父さんは面白そうにニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた。
うっ…すっごい場違いな気がする私…
居心地の悪さを感じながらも必死に金城会長の腕を握った。
「ところで、玲央様今日はピアノは弾かないのですか?久しぶりにお聴きしたいとワシは思います」
「えぇ!それは私も賛成ですわっ!玲央様のピアノは透き通るように軽やかで美しいと聞きます。是非お願いしたいわ」
叔父さんは不敵な笑みをいっそう極めその提案に嬉しそうに令嬢は期待の眼差しで金城会長を見た。
ピアノ?金城先輩、ピアノ弾けるの?
私は隣にいる金城会長の顔を覗き見ると真っ青な顔で俯いていた。
え、これやばいんじゃ…
何とかして助けなきゃっ…
「す、すみませんっ!かっ、玲央様は少しご気分が悪い様なので少し失礼致しますっ!」
「お、おいっ…」
私は勢いよくお辞儀するとそのまま金城会長の手を握り誰もいないバルコニーへと向かった。
「はぁ…はぁ…」
「お前、どうしてあんなことっ!」
「金城先輩があんな真っ青な顔してたからですよっ!」
私は息も整ってない声で金城会長の目を見ながら叫ぶ。
「そ、それは…」
金城は言葉を濁しながら顔を逸らす。
「誰だって、嫌な事ぐらいありますよ。無理してする事ないです…」
きっと、ピアノは金城会長にとって何らかの地雷なのだろう…
あんなにも真っ青な顔をするぐらいなのだから何か理由があるのかもしれない…
だけどそれを追求する事はこの人を苦しめるし誰だって嫌な事を根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だ。
「ああ…すまない。助かった…」
暗闇でも薄ら分かるぐらい顔が赤い金城会長にクスッと小さく笑うと金城会長の手を両手で優しく包む。
「どうします?舞踏会に戻りますか?」
「いや、お前には悪いが今日はよそう。その代わりお前にだけ聴かせてやる…」
「え?何をですか?…きゃあっ!?」
金城会長は軽々と私をお姫様抱っこするとそのまま部屋の奥へと足を進めあるドアの前で立ち止まる。
「確か、ここだったよな…」
…?
ガチャ
ドアが開くと目の前には大きな月の光が差す窓に同じく綺麗に照らされた白いグランドピアノが目に入った。
全体的に真っ白なその部屋に金城会長は躊躇なく入っていった。
「え?うわっ!?」
金城会長はそっとピアノ上に私を置くとピアノ椅子に腰かけた。
「お前だけだ、雪。もう多分この先俺は弾く事は二度とないだろう…」
苦し紛れに呟かれた声に何も言えずただ金城会長を見つめると金城は鍵盤を開け視線を落とす。
綺麗な細長い指先が真っ白な鍵盤に滑らかに触れ美しい音色が部屋に流れた。
綺麗…
音色も綺麗だけど、弾いている金城会長も凄く…綺麗…
私はピアノの音色と金城のその姿にうっとりと聞き惚れた。
金城会長が弾き終わり鍵盤から手を離すと同時に私は拍手を送る。
「金城先輩、凄く綺麗でした!つい聞き惚れちゃうぐらい素敵でした…」
「俺はピアノが嫌いなんだ。昔の嫌な記憶とともにあいつに会いたくなるから…」
「あいつ…?」
「俺には弟が一人いるんだ。生き別れの弟が…」
「え!?」
金城会長はゆっくりと少しずつ苦しそうに話してくれた。
「弟は父の愛人…メイドが産んだ子で俺の母は弟も含めその愛人を心底嫌っていた。それでも父は俺と一緒に弟も自分の子として育ててくれたんだが俺が五歳で弟が三歳の頃、俺の母が愛人つまり弟の母を車の事故に見せかけて殺した。弟も同じ車に乗っていたんだが奇跡的に弟は助かりその事実を知った父は俺の母にその事を悟られないように弟を知人に預け隠した。だが、その知人は噂によると五年前に失踪したと耳にしたんだ。きっとそれは間違いなく俺の母の仕業だと俺は思っている。しかし、その中で弟の失踪したとか亡くなった事実はなくきっと生きてると俺は信じてる…その弟との数少ない思い出がこのピアノなんだ。今さっきお前に聴かせたのは俺が作った” White of the twins rose”双子の白い薔薇という曲なんだ。俺と弟の二人の曲だ…」
私は黙って聞いていた口をゆっくりと開く。
「金城先輩は、心底弟さんの事が好きなんですね…」
「まぁな、俺のかけがえないたった一人の弟だ…」
金城はそっとタキシードに隠していた首にかけられたハート型の片割れを手にかける。
「そのハートのネックレス、何で片割れ何ですか?」
「これは、弟とツインであるペアのネックレスなんだ。昔、弟の誕生日に俺とお揃いのやつをあげた…」
「弟さんとの絆の証みたいですね…」
「まぁな、これを見ていると弟が側にいるみたいに感じる。ピアノはそれをもっと強調させる。ピアノを教えてくれたのは亡くなった弟の母だからな…」
切なそうに呟く金城先輩に思わず私はピアノから降りて金城先輩を抱きしめた。
「これはなんだ…」
「先輩が泣きそうだったのでやりました。泣くなら私の腕の中がいいかと…」
「フッ つくづくお前にはかなわんな…」
金城はそのか細い腕をぎゅっと優しく抱きしめ返すと苦しそうにポツリポツリと話し出す。
「俺がもっと強かったら…俺が母を止められるような力があれば…そしたら、弟の母は死なずに済んだかもしれないっ…弟も苦しまずに済んだかもしれないっ…全部俺に力があればっ…」
自分を苦しめるように呟かれる一つ一つの言葉に私は涙を零しながら彼を…先輩を力いっぱい抱き締めた。
「いつか会えますよ…先輩が願っていれば必ず弟さんに会えます…それに、弟さんのお母さんが亡くなったのは先輩のせいなんかじゃありませんっ…きっと亡くなった弟さんのお母さんもこんなにも弟さん思いの先輩にありがとうって思ってます。だから、自分を責めることはありません。私が保証します…」
すると、金城先輩を抱きしめている腕に先輩がさらに抱きしめ返すと白い鍵盤に綺麗な涙が一つ一つと零れていった。
ああ、この人も傷があるんだ…
こんなにずっと苦しんでいたんだ…
私は腕の中にいる初めて弱い部分を見せた金城会長を今だけは私の精一杯の愛で包み込む…
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