上 下
32 / 79

幸せの一杯

しおりを挟む
た…すけて…
落ちるっ!

「ブワッ!?」

ガタンッ

ゆ、夢?

周りを見ると緑先生が怖い顔で私を見つめ周りのクラスメイト全員が私を凝視していた。
静まり返ったと思うとすぐに笑いの嵐が飛んだ。

うっ…はずい…

思わず赤面すると緑先生は怖い顔のまま真っ直ぐ私の方に向かってゆっくりと歩いてきた。

うっ、何か嫌な予感がする!

赤面していた顔が一瞬で青ざめた顔に変わる。

「こらっ!授業中に居眠りとはいい度胸だな?ん?」

バシッ

「痛っ!す、すみませんでした…」

おでこに人差し指でデコピンをしニヤニヤと不敵な笑みで見る緑先生におでこを摩りながらも素直に謝る。
すると、先生は私の顎をすくうように手をかけると私の顔を除きこむ。
それと同時に周りの女子たちが淡い悲鳴をあげるが申し訳ないが女子たちが思っているような展開ではない。
覗き込む先生の目は怖いままでまるで尋問をかけてる警官のような目付きだった。

「相浦、後で宿題二倍と今日一日俺の手伝いな?また、居眠りするなら一ヶ月ずっとだ」

「うっ…」

先生の手伝いまではいいが宿題が増えるのは勘弁だ。
最悪と言わんばかりの顔をその場の全員が笑い飛ばす。
もちろん、怖い顔で覗き込んでいた先生もだが…

「ふっはははっ!なんて顔してんだ」

「うっ、誰がさせたんですかっ!」

私は頬を膨らませ膨れると先生は右手で小さく拳を作るとデコピンの代わりにコツンとおでこを優しくこずく。

「ばーか!自業自得だ」

っ…

こういう時の先生の顔ってズルいと思う。
舌を出し笑う先生の顔に反抗する気も失せるぐらいみとれてしまった。

改めて授業に戻り再開すると私は先程みていた夢を思い返した。

また、あの夢だ…

昨日の事件のせいで眠ると昨日の出来事がフラッシュバックし夢に出てくるのだ。
きっと、トラウマになってしまったのかもしれない…
あと少しで私は死ぬとこだったのだから当たり前だが…

そう思うと気持ちが沈み授業に集中できなかった。

放課後になり、今日のバイト先の喫茶店へと向かう。
今日は上がりが八時前という我儘で働かせてもらうので少しでも長く働くため急いで喫茶店へと向かった。
何故、八時前までかというとあの傲慢極まりない金城会長の褒美とやらのためだった。

「はぁ…はぁ…」

息を何とか整わせ喫茶店に入ると相変わらずの優しい笑顔のマスターと美代子さんがいた。

「短い時間ですが今日もよろしくお願いしますっ!」

「はーい!ゆきちゃんはいつも明るいからこっちまで笑顔になるわ。ふふ」

「ゆきちゃん、制服着替えておいで…」

「はいっ!」

私は急いで制服に着替えるといつも来てくれる常連さんたちと楽しく会話をしながら接客をする。

この空間、落ち着くなぁ…

こじんまりとして人の少ない喫茶店は優しい人でいっぱいで何やら第二のマイホームのようだった。

ガチャン…

「いらっしゃいませっ!」

開いた扉に振り返ると竹刀を背負った部活帰りらしい桂馬先輩がいた。

「桂馬先輩っ!いらっしゃいませっ!」

「おう…」

小さくお辞儀をすると桂馬先輩は端のテーブルに向かった。
背負ってい竹刀を置き椅子に腰をかけるとメニュー表を開く。

「おや、また来てくれたのね。今日はゆきちゃんいてよかったわね?ふふ」

美代子さんが桂馬先輩に向かって何やら話しかけると桂馬先輩の顔が赤くなっていた。

ん?何話してるんだろう?

おしぼりをお盆に並べながら遠目で二人を見つめる。

「今日は、ゆきちゃん八時前にはあがるからアピールするなら早い方がいいわよ?」

「うっ…が、頑張ります…」

「美代子さん、桂馬先輩に何話してたんですか?」

「ふふっ 若いっていいわね」

「?」

上機嫌になって戻ってきた美代子さんはニヤニヤとしながら桂馬先輩と私の顔を見比べる。

「ゆきちゃん、それより早くおしぼり持って行かなくて大丈夫?」

「あっ!急がないとおしぼり冷めちゃうっ!」

私は急いで桂馬先輩のところへ向かった。

「美代子、からかうのも程々にしとけ」

「だって、面白いんですもの♪ふふっ それに、あの男の子毎日のように喫茶店に来てはゆきちゃんの事聞いてるのよ?応援したくなるのよ」

美代子とマスターは未だに耳の赤い桂馬と雪を優しい目で見つめた。

「どうぞ、おしぼりです。ご注文はお決まりでしょうか?」

「ありがとう…アメリカンコーヒーを頼む」

「先輩、アメリカンコーヒーお好きですね。ふふっ」

お盆で口元を隠しながらクスッと小さく笑うと桂馬先輩は少し照れくさそうに小さく頭を掻く。

「仕方ないだろうっ…好きなんだから」

「そうですよね。ふふっ すみませんつい可愛くて…」

「っ…可愛いのはそっちだろう…」

「ん?何かいいました?」

「何でもないっ…」

私はマスターに注文を通し桂馬先輩に出来たてのアメリカンコーヒーを持っていった。

「失礼します。アメリカンコーヒーになります。どうぞ、ごゆっくり」

「ああ、ありがと…」

パシッ

「えっ!?」

唐突に桂馬先輩から腕を捕まれ困惑する。

「相浦、目の下にクマ出来てる…」

「え?あ、えっとこれは昨日眠れなくて…」

「何かあったのか?…」

真剣な顔で覗き込む桂馬先輩に私は何故か流されるままに素直に打ち明けた。

「その…昨日色々あって悪夢を見てしまって…」

すると、桂馬先輩はそのまま私を向かいの席に座らせる。

「あ、えっ!?」

「いいから…マスター、もう一杯アメリカンコーヒーをお願いします。あと、この店員お借りします…」

「はいよー」

マスターは笑顔で頷くと慌ててマスターの目を見た私に手でそのまま座りなさいと促した。

うっ…私、今日はバイト少しでも長く働かなきゃ駄目なのに…

私はジト目で桂馬先輩を見つめると真剣な顔で再度私を見た。

「悪夢って昨日何があったんだ?」

「あ…でも、そんな大したことではないので…」

「前に何でも相談乗るから何かあったら話して欲しいって言ったよな?俺じゃ不満か?」

「うっ…」

桂馬先輩は上目遣いで少し寂しそうに肩を落とす。

確かに言われたが、昨日の事を全部話すわけにもいかないし…

私は迷った末、遠回しに話す事にした。

「実は…最近よく話すようになった友達?といた事でその人が好きな人から誤解を受けてしまって少し言い争いみたいになってしまったんですけどそれを知ったその人の好きな人がその場を助けてくれたんですけどその後、誤解していたその人がどうなったのか気になったりしていて、私も私で本当は私じゃないのに今いるのは私自身なのに他の誰かみたいで怖くて…」

そう…私はゲーム世界の相浦 雪じゃない…
中身は前世の私なのだ…
なのに、死亡フラグのようにゲームの相浦 雪のレールを歩いているみたいで怖い…
夢で見た死にかけた時の私は間違いなくゲームの相浦 雪だった。
私がいなかったら…
そう頭の中に過ぎる。

「相浦は相浦だ…」

「え?…」

桂馬先輩は話を真剣に聞き終わると真っ直ぐな瞳でそう言い放った。

「今いるのは、相浦じゃないのか?今、俺と話してるのは相浦じゃないのか?」

「え…それは…」

「俺は他の誰でもない今目の前にいる相浦とこうして一緒にいるし話してる。それは相浦の言う他の誰かじゃない…相浦だ」

「っ…」

それは、まるで私は私なのだと肯定されたような言葉だった。
私は頬に暖かいものが流れるのを感じた。

「それに、その誤解していた人は誤解するぐらいそいつの事が好きだったんだろ?それで、好きだからといって他の誰かを傷つけたりやり過ぎてしまったのならそれ相当の罰があったとしてもそれは仕方ないと俺は思う。好きだからと言って他の誰かを傷つけてやり過ぎてしまったら意味がないからな。その事に相浦が、気にする事は無いと思う。それは相浦が口を出すことじゃないし二人の問題だから…」

確かに私は他から見たら部外者だ。
二人に口出す権利なんて初めからないのだ…

「だけど、相浦がこうして誤解された人にまで気にするような性格はいい所だと思う…」

「っ…ありがとうございます」

さりげなく褒めてきた桂馬先輩に俯きそうになった顔が赤く染まる。

「これ…」

差し出されたのはストライプ柄の青のハンカチだった。
それを、躊躇いもなく素直に受け取ると頬に流れた涙をそっと拭く。

「失礼します、アメリカンコーヒー追加一つどうぞ…」

すると、美代子さんがタイミングを見計らってアメリカンコーヒーを置く。

「美代子さん、ありがとうございます…」

「ごゆっくり…」

優しい笑顔でそう言うと美代子さんはその場から立ち去った。
私は目の前に置かれたアメリカンコーヒーを手に持つと口の前で息を吹きかける。

「ふぅ…ふぅ…あちっ!」

やっぱり出来たてのホットは熱いな…

「貸して?」

「えっ?…」

桂馬先輩は私からアメリカンコーヒーを取り上げると再度息を吹きかける。
何度も吹きかけ飲めるぐらいになった頃、アメリカンコーヒーを私に返す。

「もういいと思うが熱かったらまた言ってくれ…」

「はっ、はひっ…」

いや、そう言われても先輩の息がかかったアメリカンコーヒーなんて恥ずかしくて飲めないよぅ…

だが、期待するかのような目で見つめる先輩に飲まないのは出来なくて頬を赤らめながらもそっと口に含む。

あ…熱くない…

ゴクッ

「飲めてよかった…」

そういう桂馬先輩は窓から差し込む光が桂馬先輩に重なり笑顔が暖かい太陽のように見えた。

ああ…何か落ち着く…
桂馬先輩といると悩んでた事がすっと消えてくな…

私は目の前の一杯のアメリカンコーヒーと優しい目で見つめる桂馬先輩に幸せを噛み締めていた。

アメリカンコーヒーを飲み終わると私は再度仕事に戻った。
桂馬先輩は持ち歩いている本を読みながらも、たまに視線を感じるが私が仕事をあがるまでいてくれた。
八時前になり桂馬先輩がお会計に向かうと私は急いで桂馬先輩のもとに向かった。

「桂馬先輩、今日は相談に乗ってくれてありがとうございます…」

「別に、相談ぐらいいい…いつでも相談乗るっていったしな…それに、また何かあったら頼ってくれると嬉しい…」

「ありがとうございます…」

その優しさに心が満たされていくのを感じた。

「あ、そういえば!水族館、今週でしたよね?楽しみにしてますね!」

「っ…ああ、俺もだ…」

笑顔でそう言うと桂馬先輩は薄らと頬を赤らめそう答えた。

ガチャン

「ありがとうございましたっ!またのお越しをっ!」

私は桂馬先輩の後ろ姿を見送ると前向きな気持ちで喫茶店を後にした。

    
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

誤解なんですが。~とある婚約破棄の場で~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:518pt お気に入り:4,628

奥様はエリート文官

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:107,384pt お気に入り:1,227

モブとか知らないし婚約破棄も知らない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:64

【R18】モブ令嬢は変態王子に望まれる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:184pt お気に入り:2,044

妖精のお気に入り

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:2,357pt お気に入り:1,094

気だるげの公爵令息が変わった理由。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:227pt お気に入り:1,025

処理中です...