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放課後のゲーム

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昼休みの真奈とのランチタイムの時、教室のドアからまた攻略対象者の一人がやって来た。
先日の赤井兄弟の件から今度は真奈の幼馴染のお兄ちゃんであり風紀副委員長でバスケ部の部長の立川 優希先輩が教室のドアから顔を出した。

「よう!相浦に真奈!」

「優ちゃんどうしたのー?急に」

「お前ら二人にデートのお誘いをしに来た。」

「でーとぉ?」

「今度の日曜日に一緒になぎちゃん先輩の舞台を見に行かねぇかと思ってな…行くか?」

なぎちゃん先輩こと奥園 渚先輩は風紀委員長であり実家は有名な歌舞伎一族である。
奥園先輩自身も女形として有名でありその美貌で数々の女子たちを虜にしている。
そんな奥園先輩の舞台の誘いの申し出に隣にいる真奈が断るわけもなく瞳をキラキラさせながら興味津々といった表情で立川先輩に二つ返事で承諾した。
私自身は断りたい気持ちでいっぱいだったのだが否を言わせない真奈の視線とすでに私も行く事が確定されたかのような笑顔を向ける立川先輩二人に板挟みにされ渋々承諾したのだった。
本心では、転生者の情報を少しでも知り転生者が誰なのか探るため攻略対象者の一人である立川先輩の誘いに承諾するのは当たり前なのだがヒロインである真奈のイベントに巻き込まれるのが嫌だった。
それに、イベントが逃げられないにしろヒロインである真奈と一緒にモブである私が一緒に行っていいのだろうかという気持ちでしかなかった。
複雑な顔でお弁当のおかずを口にする私に真奈笑顔で私に話しかける。

「日曜日楽しみだね!」

私にとっては最悪の日曜日になりそうだよ…

私は咄嗟に出そうになった言葉をの呑み込むと未だにウキウキ状態で笑っている真奈に笑顔で返した。

教室にて立川先輩と真奈で板挟み状態の雪をよそに生徒会室で机に置かれたゲームボードを挟み紅茶を飲む男子生徒と甘いケーキを食べる男子生徒がいた。
ゲームボードには白いナイトやクイーンといった駒と同じく黒い駒が置かれていた。
紅茶を飲みながら綺麗な長い指先が白い駒を動かすとケーキを食べていた男子生徒の手が止まる。

「玲央またですか?次の手段がないのならいい加減負けを認めたらいいじゃないですか…」

紅茶を片手に目の前で腕を組みながら悩んでいる生徒会長の金城 玲央をよそに困った表情を浮かべる生徒会副委員長の神崎 葵は一向に進む気配のない金城に痺れを切らしていた。

「いいじゃないか、もう少し考えたら何かいい手段が浮かぶかもしれないだろ?」

金城は屁理屈をいいながら机に置かれたガトーショコラのケーキをフォークで刺すとそれを口に運んだ。
そんな様子の金城に神崎は深い溜息を吐きながら反論する。

「はぁ…その言葉何度目ですか?結局は負けを認めるはめになるのに負けず嫌いにも程があります」

「あぁ?誰が負けず嫌いだっ!俺はただ簡単に負けを認めたくないだけだ」

「それを負けず嫌いだと言うんですよ。毎日のように対戦してすべて全敗しているのに少しは自分の力量を学んでください。今日なんか授業や生徒会の仕事そっちのけで六回も勝負かけられる私の身にもなってください。」

「今日は特別なんだ。俺の強さを見せつけるためにも葵に一勝でも勝つための特訓をする日だからな」

「特訓?誰かとゲームでもするんですか?」

「あぁ…最近、家で雇ったメイドなんだが今日の放課後ここで対戦するんだ」

「メイド?また使用人クビにしたんですか玲央…いいかげん小さな事で使用人を次々とクビにするのはやめなさい。使用人だって一人の人間なんですから可哀想じゃないですか」

「あー、もう!葵の説教は聞き飽きた」

聞く耳を持たない金城に神崎は前のめりになりながらいきり立つ。

「説教って…玲央にいつもお世話になっている使用人たちに少しでも敬う心を持てと…」

「もううるせぇな!分かってるよ。それに、新しく雇ったメイドはそう簡単には手放す気はねぇから安心しろ」

金城のその言葉に葵は目を丸くした。

「玲央が一人のメイドにそんな事を言うなんて珍しいですね。そんなに気に入ったんですか?」

「まぁな…そこら辺の女よりは少しは俺を楽しませてくれる女だ。例えると頭の黒い野良猫だな。」

「野良猫?」

「ボロくて汚ねー地味な服着てるくせに中身は歯を立てていきり立つ猫だからな」

「へぇ…野良猫ですかぁ。玲央にそこまで言わせる野良猫に少し興味ありますね。そのメイドはこの学校の生徒なんですよね?」

「あぁ…だが、メイドについてそれ以上の情報を葵に言うつもりはねぇ。あれは俺のものだからな」

「分かっていますよ、そこまで玲央が気に入っているメイドなんですから玲於がそう簡単にそのメイドについて話すわけありませんから。私は勝手にそのメイドの野良猫について調べさせて貰いますから」

不敵な笑みを浮かべる神崎に対して金城はやばいやつにメイドの事を話してしまったと内心後悔しながら一向に進むことのないゲームボードに目を向ける。

「今日の放課後は龍と遼や光がいなくて良かったですね」

不敵な笑みを向けていた神崎が元の貼り付けられた紳士笑顔に戻ると未だに腕組み状態の金城に向かってからかうように言った。

「まぁな…あいつらがいたら集中してゲームなんて出来やしねぇしメイドをあいつらにも会わせたくねぇからな。」

「酷い独占欲ですね。まぁ、玲央らしいと言えば玲央らしいですが…」

「当たり前だろ?俺に逆らうやつも俺のものに少しでも手を出すやつも俺は許さねぇ。そうゆう奴がいたら迷わず消す」

高笑いをする金城に葵は金城に目をつけられ捕まった野良猫に同情の気持ちを送った。

王に捕まった憐れな野良猫…
まぁ、私もその野良猫を捕まえるつもりですが…

その後は、結局音をあげ負けを認めた金城により勝敗は神崎に上がった。

日が落ち始め朱色の空が広がる頃、生徒会室に向けて廊下を歩く一人の女子生徒がいた。
重いおも足で歩く女子生徒こと相浦 雪は今朝金城から一方的に切られた電話を思い出していた。

放課後、生徒会室に来いってそれだけ言って切るなんて何するかぐらい言ったらどうなのよ!
まぁ、情報を得るにはチャンスだけどさ…

そうこうしているうちに生徒会室の前に着くと深呼吸をしてドアを叩く。

コンコン

「メイド…一年二組の相浦 雪です」

「入れ」

ガチャ

ドアを開けるとチェスの様なゲームボードの前に黒いソファに腰を掛け寛いでいる金城先輩がいた。
少し空いた小窓からの風が金城先輩の黒い髪をなびかせ緩めに結ばれた制服のネクタイを取ると未だにドアの前で突っ立ている私に声をかけた。

「突っ立てないではやく座れ!はやく始めるぞ」

相変わらずの命令口調に若干イラッときたものの言葉通りに金城先輩の向かいにある同じ色のソファに腰を掛けると鋭く貫く黒い瞳を見つめ返す。

「はじめるって何をですか?」

「見れば分かるだろ?チェスだよ」

「見ても分かりません。私、チェスやった事ないですし…」

「おまえチェスを知らないのか?!」

「当たり前じゃないですかっ!トランプやオセロならまだしも一般市民がチェスなんてやるわけないですし知らないですよ。それに、私は他より貧乏ですからゲーム自体やった事も見た事もありません…」

半ば、恥ずかしいカミングアウトをした私にいつものように罵るような言葉が来ると思っていた私は金城先輩の口から出た言葉に唖然とした。

「仕方ねぇ…俺がチェスのやり方を教えてやるよ」

「は?」

思いもよらない言葉に開いた口が塞がらないでいるとなおも思っていた金城先輩の言葉とは違った言葉が出てきた。

「だから、おまえにチェスを教えてやるって言ってんだろうが!おまえが出来なきゃ俺との勝負にもなんねぇし俺の強さだっておまえに見せつけられねぇし葵にだって一勝も出来ねぇだろうが!」

「色々と疑問に思うところもあるんですが金城先輩が私が思っていた言葉と違う言葉を言うので驚いてしまって…」

「はぁ?思ってた言葉と違ったってどう思ってたんだよ」

「てっきり、貧乏でチェスもゲームもした事なく知らない私を罵って馬鹿にした言葉とか言って笑うのかと…」

「そこまで俺は歪んでねぇよ!したことねぇならすればいい。知らないなら知ればいい。それだけだろ?それに、おまえが貧乏ってぐらいとっくの昔っから知ってるよ。今さら馬鹿にしたってしょうがねぇだろうが」

その言葉に少しだけ…ほんの少しだけ金城先輩を見直した。

金城先輩ってこういう言葉も言うんだ…

「それに、おまえが出来なきゃ俺の野望が叶わねぇだろ」

前言撤回!
この人やっぱ自分の事しか考えてない…

「結局、自分のためじゃないですか!何が俺が教えてやるだ!教えてもらわなくて結構です。私、やりませんからっ!」

ソファから立ち上がり出ていこうとしていた私の足を金城先輩の一言ですぐに止めた。

「何勝手な事言いやがる!おまえは俺のメイドだろうが!メイドが主人に逆らうなんて百年はやいんだよ。それにもし、おまえが俺に勝てたら一つだけ何でもいい言うこと聞いてやるよ」

「何でもって本当に何でも聞いてくれるんですか?」

「あぁ…何でも聞いてやる」

笑顔で言うと金城にドアに向けていた足をソファに向け元に戻って再びソファに腰を下ろす。

「じゃあ、私が勝ったら一発殴らせてください。」

「はぁ?」

「先輩が私の首にキスマーク付けたの未だに根に持って忘れてませんから。だから、一発殴らないと気が済まないんです」

既に頭の中から情報を得るという事は抜け落ちて怒りと絶対殴るという事しか頭にない私は金城先輩の黒い瞳を真っ直ぐに睨みつけた。

「面白ぇ!やっぱりおまえは面白ぇよ  ははっ」

高笑いする金城をよそに私は真面目な顔で言い張る。

「それより、はやく教えてください!」

「おまえに命令されなくても教えるに決まってんだろ」

金城は、ゲームボードに視線を向けると自分の手前にある一つの駒を指さす。

「冠の駒つまりキングの隣にある王冠の駒つまりこれがクイーンだ。チェスのルールを簡単に説明するとクイーンであるこの駒を相手に取られたり挟まれて逃げ場を無くしたら負け。逆にクイーンの駒を自分の駒で逃げられないように攻めたり取ったら勝ち。」

「要するに、クイーンが一番のカギみたいな?」

「まぁ、簡単に言えばそうだな。それぞれの駒を動かすにしても動き方がそれぞれある。例えば丸い駒のポーンつまり歩兵は一歩から二歩前にしか動かせない。」

金城は、ポーンと言われた歩兵の駒を指先で二歩動かした。
それからは真剣にゲームボードを見て金城の話を聞く雪にただの説明だと思って教えていた金城もそんな雪の姿にいつの間にか夢中になって教えていた。
大方、説明が終わると雪は真剣にゲームボードに視線を落としていた顔上げ金城の顔を見る。

「チェスって一見難しそうだけどルールが分かると案外楽しそうですね。それに、チェスの駒って様々な形をしてて何か可愛いです。」

「だろ?俺も将棋やオセロよりチェスの方が好きだ。昔、母方のお祖母様に初めて教えてもらった時毎日のように誰かと対戦してたぐらいだからな。」

金城先輩の母方のお祖母様…王族の一族である先輩のおばあちゃんって事か…
何か凄そう…

「金城先輩ってチェス以外にも将棋とかオセロとか出来るんですか?」

「当たり前だろ。ゲーム全般何でも出来る。俺はゲームが好きだからな。」

何か以外…

「だが、一人だけ勝てないやつがいるんだ。そいつにどうしても一勝するためにメイドであるおまえを使って特訓をしようと思ってな…」 

「もしかして、ゲームでどうしても勝てない相手って神崎先輩の事ですか?それに、特訓って私に拒否権はないんですか…」

「まぁ、簡単に言えば葵で当たってるが…」

簡単に言わなくても神崎先輩って分かりますよ。

視線だけ横を向ける先輩に少し可愛くてつい小さく笑ってしまった。

「なっ!何が可笑しいんだよ!」

「すみません、負けず嫌いの先輩が可愛くてつい…」

「かっ…可愛い…だと…」

真っ赤になって反論しようとする先輩に私は今まで見たこともない一面を初めてみたような気がして少し嬉しくなった。

「とにかく、ルールは説明したんだ。はやく始めるぞ」

誤魔化すように話を変えた先輩は指先で駒を動かしていく。
私もルールにそって先輩と同じように指先で駒を動かす。
沈黙の中、夕日が空から消え暗闇に染まる頃駒の動かす音しか聞こえなかった部屋に一つの声が響いた。

「チェックメイト」

そう言ったのは余裕の笑みで腕を組み見下ろしている金城だった。
私は悔しい表情で視線をゲームボードに落とした。

「どうだ!俺の実力は!はははっ」

高笑いを続けまるで王様のように笑う金城に視線を落としていた目を上げる。

「どうした?悔しいのか?」

「悔しいです。でも……すっごく楽しかった!チェスってこんなに楽しいんですね!ゲームってこんなに楽しいんですね!また、先輩とチェスしたいです!次こそは先輩に勝ちたいです!」

かけていた事も忘れて純粋にチェスを楽しいと目をキラキラさせて言う雪には嘘は一つも含まれてなどなくただただ本心で言っていた。
その事に自分のために始めた金城は自分の我儘に付き合ってチェスを覚えて自分の大好きなチェスを楽しいと言ってくれる雪を少し嬉しくも感じた。

「あぁ…またやるに決まっているだろう。俺がおまえと特訓をやるって決めたんだ。次もやらなくてどうする。」

「嬉しいです!チェスを教えてくれてありがとうございます。」

「あぁ、それとだな…おまえ、俺が最初に言った言葉は覚えているよな?」

ギクッ

すかさず体が固まり動けないようになっている私に金城は追い打ちをかけるかのよう口を開く。

「おまえは俺を殴らせろと言った。じゃあ、俺もおまえと同じぐらいの願いをおまえにしてもらわないとな?ククッ」

そう言うと先輩は、ゲームボードを挟んで私に近づいて来た。

やばい!私と同じぐらい願いって…殴られるとかの仕打ちとか体とか?!
あぁ、初心者のくせに何強がってあんな事言っちゃったんだろう…

先輩の手が私の手に触れた瞬間、私は思わず目を瞑った。

スッ…


予想と反した感触に目を開けると先輩は私の手を持ち指先を舌で舐めると指先の先端に口付けた。

チュッ…

リップ音が鳴るのと同時に固まっていた体に急速に熱が湧き上がりあっという間に顔面赤面状態になった私は呂律が回らない言葉で反論した。

「なっ!なっ…何を…するん…です…か!」

「おまえの体全部でも良かったんだが、チェスのルールを必死になって覚えて覚えたばかりなのに頑張ったおまえのために今日はこれだけ貰っとく。」

不敵な笑みで私の指先を通して笑う金城にいてもたってもいられず私はそのまま走って生徒会室を飛び出した。

ドンッ!バタン…

その後、どうやって学校から出たのか曖昧なくらい私の意識は混乱していた。

二回目である雪の脱走に満足げに雪が出ていった生徒会室のドアを見つめた。

「やっぱり面白いなあの野良猫は…」

ニヤリと笑う顔を無意識にする金城は自分の中で雪と言う存在が大きくなっている事にまだ気づく事はなかった…



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