上 下
5 / 79

実験室とコーヒー

しおりを挟む
キーンコーカーンコーン
 
「起立!礼!ありがとうございました。」

「相浦ちょっといいか?」

「はい?」

「この教材を実験室まで運んで欲しいんだ。頼めるか?」

「はい、分かりました。」

「じゃ、先に購買いってるね。」 

「うん、また後でね。」

真奈と別れ緑先生に言われた教材がたくさん入ったダンボール箱を持ち上げた。  

「うっ…よいっしょっと」

結構な重さだなこれ… 

「大丈夫か?重いんなら無理しなくてもいいが…」

「大丈夫です。重労働慣れてますから。」

「疲れたら無理せず言うんだぞ」

「はい」

私は教材がたくさん入ったダンボールと一緒に緑先生と実験室へ向かった。
 
実験室は薬品の匂いが充満し動物や昆虫の剥製が並んでいた。  
真っ白な大きな黒板と下にあるプリントが山積みになっているテーブルが入ってすぐに目に入った。

「何なんですか…?このプリントの山は…」

「あー、片付けようと思っていたんだが思うには思うけど手をつけるまでにはいかなったというか…なんと言うか」

緑先生は曖昧に言葉を濁すと誤魔化すように頭をかいた。
 
「こんな状態女子たちがみたら驚きですよ。次の授業もあるんですからはやく片付けないと」

「あははっ そうだな。」

「私が教材直しておきますから緑先生はプリント片付けてください」
 
「迷惑かけてすまんな」

「本当ですよ!もうっ!」

緑先生はたまに抜けているところがあるから先生に近づこうとお手伝いを申し出る女子がたたない。
なので、先生から生徒にお願いする事は滅多にないのだが何故か私だけは時々こうやって頼み事をお願いされる。

抜けているところがなければちゃんとした大人の先生なのにな…
  
私はたくさんあった教材を直し終え、山積みになっていたプリントを片付け終わった先生を見る。 

「緑先生、私の方は終わりましたのでこれで失礼します。」
 
「あぁ、ありがとな。あっ!相浦、ちょっと待て」

「…?」
 
「放課後空いてるか?」
 
「あー、はい。今日はバイトもありませんし空いてますけど…」 
 
「なら、この実験室でコーヒーでも飲まないか?嫌ならいいんだが…」

コーヒーか…
イベント事は避けたいが真奈もいないし多分イベントじゃないのかも…なら、断る理由ないよね。
コーヒー好きだし。

「いいですよ。コーヒー好きなので」
 
「そうかやっぱり…コホンッ…なら良かった。じゃ、放課後にな」

「はい」

雪が実験室を出て行くのを見送ると一人残った緑 幸は放課後に雪とコーヒーが飲める事へ嬉しいさがこみ上げた。

「やっぱりまだ好きだったんだなコーヒー…」
 
その言葉がどういう意味を含むのかは多分雪には知る由もないだろう…

実験室を後にし真奈と合流しに購買へ向かった。

「真奈ごめん遅くなって!」

「もう!ゆきったらやっと来た」

「いつもの焼きそばパンキープしてくれた?」

「おおともよ!あとは私のミルクティーとゆきのアップルティーをゲットするだけ」

「ありがとー!真奈」

「じゃ、はやくミルクティーとアップルティーをかけて突撃だー!!」

私と真奈はギュウギュウ詰め状態の人混みに紛れ込むと何とかミルクティーとアップルティーに近づくため飲み物売り場へと近づく。

「うっ…苦しいっ…」

人混みをかき分け何とか辿り着くとお金を突き出した。

( ” アップルティー1つくださいっ!! ” )

え?

咄嗟にいい放った言葉は隣の男子と被りお互いに顔を見合わせる。

そこにいたのはチャラ男こと高宮 光先輩だった。

「あらら、二人同時に同じもの頼むなんて珍しいこともあるもんね~美男美女のカップル揃って可愛いわね~」

「なっ!違いますっ!カップルじゃありませんっ!それに、美女じゃありませんし…」

「あらら、照れちゃってまぁ」

だから、違うっていってるでしょーがおばさん!
誰がこんなチャラ男の彼女だ!
こっちから願い下げだ。
少しは高宮先輩も反論したらどうなのよ…ってあれ?

隣を見ると真っ赤になって固まっている先輩がいた。

「先輩?高宮先輩?」

「え?あ…なっ、何?」

「固まって動かないのでどうかしたのかと…」

「あ、あぁ…何でもないよ。それより、雪ちゃんもアップルティー買うんだよね?譲るよ!俺はいつも飲んでるし」

「で、でも…」

「いいからいいから。レディに譲るのは当たり前でしょ?」

「はぁ…ならお言葉に甘えさせていただきます。」

この人に関わると頭痛くなりそう…

私は高宮先輩の言葉に甘え未だに可愛いと頬を染めながら連呼しているおばさんからアップルティーを買った。
真奈はというと、ミルクティーを何とか買ったはいいが真奈に好意を寄せる一般男子共の群れに捕まっていた。
私と高宮先輩は人混みの中を脱出すると帰ろうとする高宮先輩を呼び止めた。

「高宮先輩待ってください!あの、やっぱアップルティー譲ります。前に助けてもらったお礼何も出来てませんでしたし…」

「お礼なんていいのに」

「お礼せずにそのままなんて嫌なんです。だから、どうか受け取ってください」

「なら、受け取るよ。ありがとう」

そう言うと先輩はアップルティーを受け取った。

「あの、高宮先輩。あの時、何で赤くなって固まってたんですか?いつもなら流してそうなのに」

「ダメなんだ…ああいうの」

「…?」

「俺、人をからかったり褒めたりするのは好きなんだけど逆に人からからかわれるのには慣れてなくてさ」

「高宮先輩にもそういうところあるんですね。」

「ちょっ…雪ちゃん俺の事どんな風に思ってんの」

「チャラ男金持ち」
 
「なっ……はぁ~初めてだよそんなはっきり言われたの」

「すみませんつい口が滑って…」

「まぁ、そういう雪ちゃんだから好きなんだけどね。」

「はぁ…」

私のどこをどう見て好きか分からんが好きになってもらうのだけは嫌だな。  

「じゃ、もう行くね。これありがとう。」 
 
「はい」

「俺、生徒会の仕事がない時は校舎裏のベンチにいるから会いに来てね!」

「あ、はい。暇でしたら」
 
多分行かないと思うが…

「あっ!それと雪ちゃん…」

…?

そう言うと高宮先輩は私の耳元に口を寄せた。

「雪ちゃんは美人だよ。可愛いくて綺麗だ……」

っ……?!

耳元で囁かれた声に私の思考は停止した。
 
高宮先輩はそう呟くと満足気にそのまま帰っていった。

「あっ!やっとゆき見つけたっ!もう!大変だったよあの男子たちから抜け出すの」

「うっ…真奈ー!」

ギュッ

私は思わず真奈の胸に抱きついた。
わなわなと口が震えながらもさっきまでの出来事にまだ熱は冷めることはなかった。
真奈は戸惑いながらも私の背中を撫でてくれた。

「はぁ…やっぱ雪ちゃんはいいな。照れた雪ちゃん可愛いかったな…」

一人満足気の笑顔で高宮は呟いた…。

色々あった午前中も何とか終わり午後はそれとなく過ぎていった。
そして、約束の放課後…

私は緑先生との約束の通り実験室に向かった。
 
ガラッ

「失礼します。」

「あ、相浦来たか。好きなとこに座れ」

「はい。先生何かやってたんですか?」

「あぁ、ちょっとした実験をな」

そこにはフラスコと謎の液体が入った瓶があった。 

「触るなよ?怪我したら大変だからな」
 
「はい」

私は何の実験ですか?と言う質問を呑み込んだ。
あまりにも不気味な色をした液体を使うなんて絶対危ないものに違いない。
絶対聞かない方が身のためだ。

「ちょっと待ってろ。今からコーヒー作るから」

緑先生が取り出したのはビーカーと市販のコーヒーだった。

「ビーカーに入れて作るんですか?」

「あぁ、これが結構美味しいんだ」

「へぇー、ちょっとワクワクします!」

「ははっ  だろ?」

「はい!」

まるでイタズラを今からするみたいに先生は子供みたいな笑顔で笑っていた。

「あ、コップがなかったな…すまん、相浦コップ取ってくるからちょっと見ててくれるか?」

「はい、分かりました。」

先生は隣の実験準備室へと向かった。

私はグツグツ煮えるコーヒーの匂いを嗅ぎながら疲れから睡魔に襲われた。

「相浦、コップはこれでいいか?ん?」

緑 幸が準備室から戻るとグツグツ煮えるコーヒーの前に気持ちよさそうに眠る雪がいた。

「なんだ、疲れて寝てしまったか。」

緑は雪の寝顔に目を細めると自分が着ていた白衣を雪に被せた。
 
「風邪引くぞ…」

火を止めビーカーからコーヒーを取り出すと持ってきたコップにコーヒーを入れ雪の隣に一つ置く。
雪の寝顔を見ながら緑はある出来事を思い出していた。

それは一年前、緑がまだ先生じゃなかった時…

降やむ事のない雨の日だった。
緑 幸は研究者として親の跡取りとして研究に没頭していた。
だが、一緒に働く部下たちは誰ひとりとして一人の研究者と見ることはなく親の七光りとしてしか見られなかった。
自分自身を見てくれる人はおらず、リーダーとしていた自分に従う者は誰ひとりとしていなかった。
いつしか楽しかった研究もただ苦しいだけになり研究に没頭することはなくなった。

「雨に打たれて帰るのもいいかもな…」

いつもなら迎の車でも頼んで帰るところだが今日は一人になりたかったため雨に打たれて帰ることにした。

雨に打たれていると辛いことも苦しいことも全てが洗い流されるようだった。

「はぁ…ちょっと休憩でもするか」

歩いていると、石で出来たベンチに座り煙草を咥える。

ポツ…ポツポツ…

頭に降っていた雨が止んだのを見て上を見上げると一人の少女がいた。
 
「雨降ってるのに、煙草咥えても火はつきませんよ?」

少女は中学生ぐらいの制服を着て緑を傘の中に入れていた。

「いいんだ…火がつかなくても。俺にはこれがいいんだ」

「変なお兄さん。傘も差さずに濡れるのはいいけど風邪引いたら元も子もないですよ。うちの弟なんてバカやってずぶ濡れで帰ってきたと思えば次の日、案の定風邪引いて寝込んだんですから」

「へぇ、弟いるんだ」

「はい、弟と妹がいます。母も父もいないからもう大変で」

「え、じゃあ君一人で兄弟の面倒みてるの?」

「はい、毎日バイトと学校に家事に大変だけど帰ってきた時の弟と妹の寝顔みるとホッとするし何より二人の笑顔が私の宝物だから」

「そんな生活してて嫌になったり辛くなったり苦しくなったりしないの?」

「うーん、苦しいなぁって思う時もあるけどそれ以上に自分が好きでやってる事なので逆に楽しいです。」

「楽しい?…」

「はい!お兄さんもそんな顔しないで好きな事やって楽しんだらいいんですよ!人生一度っきりなんですから」

この子は凄いな…
辛いことも苦しいことも好きな事に変えて楽しんでる。
好きな事か…俺は好きで研究を始めたはずだったのに今は好きではなくなってしまった。
ただ、苦しいだけになってしまった。
今、俺が本当にやりたいこと…好きな事はなんだ?

「あ、ちょっとこの傘持っててください。」

少女はそう言うと目の前の自動販売機に走っていった。

「はいっ!どうぞ」

缶コーヒー?

「私、喫茶店で働いてるからコーヒー好きなんですよ。お兄さんも、これでも飲んで元気だしてくださいね」

少女はそう言うと傘と缶コーヒーを渡して雨の中走っていった。

俺は、この少女との出会いで研究者を辞め教師という新たに出来た夢を叶えた。

そして、”好きな事をやればいい” そう言った少女の事はずっと忘れられずにいた…

春、入学式に参列する新一年生の中に少女はいた。
セミロングの黒髪をポニーテールにし揃えられた前髪に少し大人ぽい顔立ちは出会った時と変わらなかった。

「雪……」

そう呟くと撫でていた髪を耳に掛け、真っ白なその頬に口づけた。

「ん?あれ?私寝ちゃってた?あっ、コーヒー…」

起きると目の前にコップに入ったコーヒーと一枚のメモ用紙があった。
そこには…

相浦へ
先生は用事で職員室に行くから起きたらコーヒーでも飲むように
飲み終わったら、実験室の鍵閉めといてくれ
それと…風邪だけは引くなよ

「うん、美味しい…」

少し苦く暖かいコーヒーと先生の優しさに自然と笑顔が溢れた…。













しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

完 あの、なんのことでしょうか。

水鳥楓椛
恋愛
 私、シェリル・ラ・マルゴットはとっても胃が弱わく、前世共々ストレスに対する耐性が壊滅的。  よって、三大公爵家唯一の息女でありながら、王太子の婚約者から外されていた。  それなのに………、 「シェリル・ラ・マルゴット!卑しく僕に噛み付く悪女め!!今この瞬間を以て、貴様との婚約を破棄しゅるっ!!」  王立学園の卒業パーティー、赤の他人、否、仕えるべき未来の主君、王太子アルゴノート・フォン・メッテルリヒは壁際で従者と共にお花になっていた私を舞台の中央に無理矢理連れてた挙句、誤り満載の言葉遣いかつ最後の最後で舌を噛むというなんとも残念な婚約破棄を叩きつけてきた。 「あの………、なんのことでしょうか?」  あまりにも素っ頓狂なことを叫ぶ幼馴染に素直にびっくりしながら、私は斜め後ろに控える従者に声をかける。 「私、彼と婚約していたの?」  私の疑問に、従者は首を横に振った。 (うぅー、胃がいたい)  前世から胃が弱い私は、精神年齢3歳の幼馴染を必死に諭す。 (だって私、王妃にはゼッタイになりたくないもの)

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

異世界転生先で溺愛されてます!

目玉焼きはソース
恋愛
異世界転生した18歳のエマが転生先で色々なタイプのイケメンたちから溺愛される話。 ・男性のみ美醜逆転した世界 ・一妻多夫制 ・一応R指定にしてます ⚠️一部、差別的表現・暴力的表現が入るかもしれません タグは追加していきます。

処理中です...