77 / 79
3・花火大会はプリンス達と
しおりを挟む
ぐぅるるるるるるぅぅぅ~…
「お腹すいたぁ…」
翔先輩のおかげでようやく戻ってきた巾着袋改めお財布を片手に腹の虫を鳴らしながら人混みの中を歩いていた。
「合流より先に目先の虫よね!何食べようかな~…うわっ!?」
「おっと…ん?相浦?」
人混みのせいもあってか誰かにぶつかるや否や聞き覚えのある声が聞こえ見上げるとイカ焼き片手に見下ろす立川先輩の姿があった。
「え!?た、立川先輩!」
腹の虫解決より先に合流が先になっちゃった…イカ焼き美味しそう
立川先輩と合流出来た幸運より目の前のイカ焼きに意識がいき目は完全にイカ焼き一点である。
「お前…俺よりイカ焼きの方がいいのかよ」
「はいっ!イカ焼き食べたいです!!」
二度返事で頷き肯定すると立川先輩は呆れた眼差しでイカ焼きを差し出した。
「え…食べてもいいんですか!?」
「やるか、ばーか」
「あっ!?……あぁ」
目の前に差し出されたのに口に運ばれること無く食べられたイカ焼きにショックと同時に腹の虫が鳴いた。
酷い…イカ焼き食べたかったのに
「そんなこの世の終わりなんて顔をするなよ」
「むっ…この世の終わりも同然ですよ!お腹すいてるのに目の前で食べるだなんて酷すぎます!立川先輩の馬鹿っ!!」
「はぁ…奢ってやるからそう怒るなって」
「へ?奢り?」
「ああ、奢りだ。何でも好きなの言え、奢ってやる」
「立川先輩、ありがとうございます!大好きですっ!!」
「っ…お前なぁ…」
一瞬にして掌を返す言動に呆れたような声が返ってきたが今はそれどころじゃない。奢り…やったー!タダでご飯!!
「んじゃ、とりあえず何食いたいんだ?」
「え~とですねぇ…まずは先輩のイカ焼きでしょ~…次にたこ焼きに焼きそばにりんご飴も食べたいしなぁ…ん~…じゃあ、全部で!」
「アホかっ!」
ピシッ!
「痛っ!?何するですか~…」
急に飛んできたデコピンに額を擦りながら睨むと立川先輩の怒涛の正論が飛んできた。
「全部ってお前はアホなのか?馬鹿なのか?お前の胃袋にそんなに入るわけねーだろ、ど阿呆っ!食べ物が無駄になるわ!」
「う~…でもタダだし、今のうちに食べて置かなきゃなぁ~て……ダメですか?」
「ダメだ」
「うっ…分かりました。仕方ないから二つにしますよ」
くっ…苦渋の決断だわ。ん~…今一番食べたい物はっと…
出店を見渡すと熱々のたこ焼きと可愛いクマが描かれた袋に詰められているミニカステラが目に入った。
「あれ!あのたこ焼きとカステラ食べたいですっ!!」
「りょーかい!買ってやるから離れないように俺の浴衣に掴んどけ」
手を掴まれそのまま浴衣を掴まされると人混みの中を大きな背に守られるように潜り抜けた。
少し照れるなぁ……こういうの…
こういった状況に不慣れな為かヒロインが経験するイベントに照れ臭くなった。
「へい!いらっしゃいっ!」
「おじさん、たこ焼き一つ下さい!」
「おう!たこ焼き一つな…まいどっ!!」
お金を渡したこ焼きと交換するとすぐ隣のカステラ屋さんへと足を向けた。
「すみません、カステラ一ついいですか?」
「はい!少々お待ち下さい…っ」
ミニカステラが可愛らしいクマ柄の袋に詰め込まれ待ち構えていたように立川先輩がお金を差し出すとミニカステラと交換された。
「ありがとうございましたっ!!」
カステラ屋さんのお姉さんと別れそのまま立川先輩に連れられながら私達は屋台裏にある木製のベンチで買った食べ物を食べる事にした。
「ほらよ、たこ焼き」
「ありがとうございます…っ!」
熱々のたこ焼きを受け取ると丸々とした一個を爪楊枝で刺しさっそく口に運ぶ。
「…あちっ!?」
「馬鹿!先に冷ましてから食べろよ」
「は、はぃ…」
熱さでヒリヒリする舌にたこ焼きを一旦戻すとその瞬間横から取られた。
「ほら、変わりに冷ましてやるから次はちゃんと食べろよ?」
「え…」
その言葉の通りたこ焼きを丁寧に冷ますと口元へと差し出された。
「ほら、早く食え」
「あ、ありがとうございます…っ」
何これ?え?何これ?これってもしかしなくても少女漫画や乙ゲーでヒロインがよくやられてる”あ~ん”ってやつですか!?いやいや、ハードル高いって!モブの私には難易度高すぎますから…っ!
今までの数々の出来事を棚に上げ今更ながら戸惑っていると急かすような立川先輩の声が掛けられた。
「食べないのか?」
「た、食べますよ…っ!!」
たこ焼きが食べれないのは絶対嫌だという思いで意を決して食いつくとフワフワでトロトロの中身と外がサクッとした食感に美味しさが込み上げた。
「美味しい~~っ!!」
「ぷはっ…それは良かったな」
「はい!大満足ですっ!!」
満面の笑みでたこ焼きの食感を堪能しながらその美味しさから先程の恥ずかしさなど忘れ次々に差し出されるたこ焼きを満喫したのだった。
「はぁ~~~!美味しかった!次はカステラ食べなきゃっ!」
クマ柄の袋を上げカステラの甘い匂いが鼻につくとそのフワフワのカステラを取り口に運んだ。
「んっ…甘~~いっ!!」
「美味しいか?」
「はい!甘くてフワフワしてて美味しいです!!」
「そうか、そんなに美味しいなら俺も食べたくなってきたな…」
「立川先輩も一つ食べますか?」
「お!くれるのか?」
「はい、どうぞ……」
「あ……なっ!?」
立川先輩の口元にカステラを差し出すも悪戯心が働き食べさせることなく元に戻した。
「えへへ、冗談ですよーだっ!」
「お前なぁ……こらっ!寄こせ!」
手に持つカステラに手を伸ばす立川先輩の手を必死で避けながら叫ぶ。
「だ、駄目ですよっ!?これは私のカステラ……うわっ…」
「危ねっ!……あ…」
カステラを高く上げ気づけば後ろへと下がりすぎてしまい流れるように倒れ手を伸ばしていた立川先輩と共に倒れ込んだ。
「あ、あの……」
「……」
目の前に映る立川先輩に恐る恐る問いかけると何故か無言のまま徐々に顔が近づいた。
「っ……」
数ミリの距離に堪らず目を閉じると予想と違う言葉が返ってきた。
「頂きっ!」
「あ、ズルいっ!」
目を開けるといつの間にか手に持っていたカステラを取り食べる立川先輩の姿があった。
「隙がありすぎなんだよ、相浦は」
「隙じゃなくて立川先輩が騙すような真似をしたから…」
「騙してないだろが」
「騙してますよ!顔なんか近づけてき……何でもないです…っ」
思わず出かけた言葉に口をつぐみ顔を逸らすと途切れた言葉を紡ぐように立川先輩が口を開く。
「…キ…ス……されると思ったのか?」
「っ…」
逸らした顔を向けさせるように触れられると熱を帯びた眼差しが真っ直ぐに注がれた。
何でだろう?目が…逸らせない
いつもと違う立川先輩の眼差しに居た堪れないでいるとその間を割るように高らかい声が耳に響いた。
「優希く~ん!どこにいますか~?」
秋月さん…!?
すかさず体を起こし互いに距離を離すとタイミングよく秋月さんが現れ甘く撫でるような声で立川先輩に距離を詰める。
「いたいた~!もうっ!どこに居たのですか?優希くん」
「どこにいたって別につぐみちゃんには関係ないと…」
「関係大有ですよっ!せっかく優希くんの為に浴衣着たのに見てくれないなんて悲しいです…」
「へ…?」
まるで未だに好意を抱いているかのような甘い台詞と紅葉柄のオレンジ色の浴衣を見せるようにくるりと可愛らしく回る秋月さんに立川先輩はまんまと目を奪われていた。
秋月さん、諦めないとは言ってたけど昨日の今日で手のひら返すの早すぎませんか…?もう完全に小悪魔モード入ってるよ。それに騙される立川先輩も立川先輩だけど…
色々と矛盾しすぎている状況に内心引き攣りながらも秋月さんのメンタルの強さに感心するのだった。
「んじゃ、立川先輩を貰っていきますね!雪さん」
「え…え!?あ、はい…?」
立川先輩の事より秋月さんの急な名前呼びに開いた口が塞がらず流されるように頷いてしまった。
「ちょっ!?相浦、何で承諾してんだよ!」
「え、だって…」
「じゃ、失礼します…」
「お、おいっ!?うわぁぁぁぁ…」
両手を固定されたまま引きづられていく立川先輩はまるで逮捕され連れていかれる犯人のようだった。まぁ、秋月さんが相手なら小悪魔に捕まった人間にも見えるけどね。
*
益々賑わいを見せるお祭りは花火開始が近づくにつれて人が多くなっていた。人々の賑わう声に混ざり下駄の音を響かせながら人が少ない裏道を歩いていると蛍が飛び回る川を挟んで一台の青の車が止まっていた。
誰の車だろう?というか、あんな所で何で車?
普通なら車で来た人は神社の入口付近で駐車するので何故裏側の川沿いに止めているのか疑問に思ったのだ。
…ん?あれ?誰かいる?
目を凝らしてよく見てみると車付近に背の高い人影が見え首を傾げる。
ん~…とにかく行ってみよっと!
暗いせいかよく見えない人影にどうしても気になったので近付いてみる事にした。
……ブチッ
「へ?うわっ!?」
何かが切れる音がし足を止めるのと同時に前のめりになり転びかけながらも咄嗟に片足で踏ん張る。
「ふぅ~…何とか転びずには済んだけどこれどうしよう…」
足元に視線を落とすと右足の下駄紐が見事に切れておりこれ以上歩く事は不可だと伝えていた。
「……そこに誰かいるのか?」
男性の声が聞こえ見上げると川沿い越しに蛍の光を纏わせた緑先生の姿があった。
「緑……先生…?」
「相浦か?」
「は、はい!」
「こんな所で何してるんだ?皆と一緒に居たんじゃ…」
「それがその…皆とはぐれてしまって、ついでに言うと下駄の紐が切れたというますか…それで動けないといいますか…」
余りにも情けない状況につい口篭ると緑先生の呆れた声が返ってきた。
「はぁ…毎度毎度トラブルばっかり巻き込まれやがって…」
「す、すみません」
何も言い返せない言葉につい謝罪の言葉を口にすると先生は川を飛び越えあっという間に目の前に現れた。
「ほら、見せてみろ…」
慣れた手つきで切れた方の下駄を脱がすと支えるように手を肩に置かせると自身のハンカチを破り切れた紐を直していった。
「よし、これでいいか…歩けるか?」
直された下駄を履きしっかりと歩ける事を確認し頷く。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます!」
「ああ…」
「緑先生…?」
顔をこばませる緑先生に不思議に思い問いかけると重々しく口を開いた。
「その、なんだ…一緒に花火でも見ないか?」
「へ?」
「普通なら早く皆と合流しようとすればいいんだが、もうすぐ花火も上がるし出来れば相浦と一緒に花火を見たいなと思ってな…先生とじゃ嫌だよな?」
「い、いえっ!そんな事は全然…皆とも見たいけど緑先生とも花火見たいから嬉しいです…っ!」
「あ、ああ……良かった…っ」
照れくさそうに安堵する緑先生に笑みを浮かべ連れられるままに緑先生の車だという青い車に行くとそこは丁度花火がいい具合に見える絶好の場所だった。
「綺麗……」
「ああ、綺麗だ…ほんとに」
「ですよね!こんなにいい……っ」
振り向くと緑先生の視線が真っ直ぐにこちらに向けられている事に気付き言葉を飲み込む。
「相浦…」
「は、はひ…っ!?」
つい声が上擦るとそんな私のミスもお構い無しに熱っぽい眼差しが注がれる。
「俺が我慢している間は誰にも奪われるなよ…?」
「っ…あ……」
タイミングよく花火がなり何を言ったのか聞こえなかったが、口元をそっと撫でられ自嘲するような笑みを向けられ早くなる鼓動が益々早くなる。
本当は心のどこかで分かってたのかもしれない…だけど、気づきたくなかった。それは私の役目じゃない…
「相浦?どうした?気分でも悪いのか?」
「い、いえ…大丈夫です」
この世界が乙ゲーじゃなかったら…今の自分が乙ゲーのヒロインだという事実に自分の行動一つ一つが攻略対象者達を騙しているようで嫌になった。どんなに優しくされてもどんなに熱っぽい眼差しで見つめられても秋月さんが望む場所は私にとってただ苦しいだけだった。だから、私は彼らに答える事は出来ない…
鳴り止むことのない花火の音が響きながら私を見つめる緑先生の瞳に小さく笑みを零した。
「お腹すいたぁ…」
翔先輩のおかげでようやく戻ってきた巾着袋改めお財布を片手に腹の虫を鳴らしながら人混みの中を歩いていた。
「合流より先に目先の虫よね!何食べようかな~…うわっ!?」
「おっと…ん?相浦?」
人混みのせいもあってか誰かにぶつかるや否や聞き覚えのある声が聞こえ見上げるとイカ焼き片手に見下ろす立川先輩の姿があった。
「え!?た、立川先輩!」
腹の虫解決より先に合流が先になっちゃった…イカ焼き美味しそう
立川先輩と合流出来た幸運より目の前のイカ焼きに意識がいき目は完全にイカ焼き一点である。
「お前…俺よりイカ焼きの方がいいのかよ」
「はいっ!イカ焼き食べたいです!!」
二度返事で頷き肯定すると立川先輩は呆れた眼差しでイカ焼きを差し出した。
「え…食べてもいいんですか!?」
「やるか、ばーか」
「あっ!?……あぁ」
目の前に差し出されたのに口に運ばれること無く食べられたイカ焼きにショックと同時に腹の虫が鳴いた。
酷い…イカ焼き食べたかったのに
「そんなこの世の終わりなんて顔をするなよ」
「むっ…この世の終わりも同然ですよ!お腹すいてるのに目の前で食べるだなんて酷すぎます!立川先輩の馬鹿っ!!」
「はぁ…奢ってやるからそう怒るなって」
「へ?奢り?」
「ああ、奢りだ。何でも好きなの言え、奢ってやる」
「立川先輩、ありがとうございます!大好きですっ!!」
「っ…お前なぁ…」
一瞬にして掌を返す言動に呆れたような声が返ってきたが今はそれどころじゃない。奢り…やったー!タダでご飯!!
「んじゃ、とりあえず何食いたいんだ?」
「え~とですねぇ…まずは先輩のイカ焼きでしょ~…次にたこ焼きに焼きそばにりんご飴も食べたいしなぁ…ん~…じゃあ、全部で!」
「アホかっ!」
ピシッ!
「痛っ!?何するですか~…」
急に飛んできたデコピンに額を擦りながら睨むと立川先輩の怒涛の正論が飛んできた。
「全部ってお前はアホなのか?馬鹿なのか?お前の胃袋にそんなに入るわけねーだろ、ど阿呆っ!食べ物が無駄になるわ!」
「う~…でもタダだし、今のうちに食べて置かなきゃなぁ~て……ダメですか?」
「ダメだ」
「うっ…分かりました。仕方ないから二つにしますよ」
くっ…苦渋の決断だわ。ん~…今一番食べたい物はっと…
出店を見渡すと熱々のたこ焼きと可愛いクマが描かれた袋に詰められているミニカステラが目に入った。
「あれ!あのたこ焼きとカステラ食べたいですっ!!」
「りょーかい!買ってやるから離れないように俺の浴衣に掴んどけ」
手を掴まれそのまま浴衣を掴まされると人混みの中を大きな背に守られるように潜り抜けた。
少し照れるなぁ……こういうの…
こういった状況に不慣れな為かヒロインが経験するイベントに照れ臭くなった。
「へい!いらっしゃいっ!」
「おじさん、たこ焼き一つ下さい!」
「おう!たこ焼き一つな…まいどっ!!」
お金を渡したこ焼きと交換するとすぐ隣のカステラ屋さんへと足を向けた。
「すみません、カステラ一ついいですか?」
「はい!少々お待ち下さい…っ」
ミニカステラが可愛らしいクマ柄の袋に詰め込まれ待ち構えていたように立川先輩がお金を差し出すとミニカステラと交換された。
「ありがとうございましたっ!!」
カステラ屋さんのお姉さんと別れそのまま立川先輩に連れられながら私達は屋台裏にある木製のベンチで買った食べ物を食べる事にした。
「ほらよ、たこ焼き」
「ありがとうございます…っ!」
熱々のたこ焼きを受け取ると丸々とした一個を爪楊枝で刺しさっそく口に運ぶ。
「…あちっ!?」
「馬鹿!先に冷ましてから食べろよ」
「は、はぃ…」
熱さでヒリヒリする舌にたこ焼きを一旦戻すとその瞬間横から取られた。
「ほら、変わりに冷ましてやるから次はちゃんと食べろよ?」
「え…」
その言葉の通りたこ焼きを丁寧に冷ますと口元へと差し出された。
「ほら、早く食え」
「あ、ありがとうございます…っ」
何これ?え?何これ?これってもしかしなくても少女漫画や乙ゲーでヒロインがよくやられてる”あ~ん”ってやつですか!?いやいや、ハードル高いって!モブの私には難易度高すぎますから…っ!
今までの数々の出来事を棚に上げ今更ながら戸惑っていると急かすような立川先輩の声が掛けられた。
「食べないのか?」
「た、食べますよ…っ!!」
たこ焼きが食べれないのは絶対嫌だという思いで意を決して食いつくとフワフワでトロトロの中身と外がサクッとした食感に美味しさが込み上げた。
「美味しい~~っ!!」
「ぷはっ…それは良かったな」
「はい!大満足ですっ!!」
満面の笑みでたこ焼きの食感を堪能しながらその美味しさから先程の恥ずかしさなど忘れ次々に差し出されるたこ焼きを満喫したのだった。
「はぁ~~~!美味しかった!次はカステラ食べなきゃっ!」
クマ柄の袋を上げカステラの甘い匂いが鼻につくとそのフワフワのカステラを取り口に運んだ。
「んっ…甘~~いっ!!」
「美味しいか?」
「はい!甘くてフワフワしてて美味しいです!!」
「そうか、そんなに美味しいなら俺も食べたくなってきたな…」
「立川先輩も一つ食べますか?」
「お!くれるのか?」
「はい、どうぞ……」
「あ……なっ!?」
立川先輩の口元にカステラを差し出すも悪戯心が働き食べさせることなく元に戻した。
「えへへ、冗談ですよーだっ!」
「お前なぁ……こらっ!寄こせ!」
手に持つカステラに手を伸ばす立川先輩の手を必死で避けながら叫ぶ。
「だ、駄目ですよっ!?これは私のカステラ……うわっ…」
「危ねっ!……あ…」
カステラを高く上げ気づけば後ろへと下がりすぎてしまい流れるように倒れ手を伸ばしていた立川先輩と共に倒れ込んだ。
「あ、あの……」
「……」
目の前に映る立川先輩に恐る恐る問いかけると何故か無言のまま徐々に顔が近づいた。
「っ……」
数ミリの距離に堪らず目を閉じると予想と違う言葉が返ってきた。
「頂きっ!」
「あ、ズルいっ!」
目を開けるといつの間にか手に持っていたカステラを取り食べる立川先輩の姿があった。
「隙がありすぎなんだよ、相浦は」
「隙じゃなくて立川先輩が騙すような真似をしたから…」
「騙してないだろが」
「騙してますよ!顔なんか近づけてき……何でもないです…っ」
思わず出かけた言葉に口をつぐみ顔を逸らすと途切れた言葉を紡ぐように立川先輩が口を開く。
「…キ…ス……されると思ったのか?」
「っ…」
逸らした顔を向けさせるように触れられると熱を帯びた眼差しが真っ直ぐに注がれた。
何でだろう?目が…逸らせない
いつもと違う立川先輩の眼差しに居た堪れないでいるとその間を割るように高らかい声が耳に響いた。
「優希く~ん!どこにいますか~?」
秋月さん…!?
すかさず体を起こし互いに距離を離すとタイミングよく秋月さんが現れ甘く撫でるような声で立川先輩に距離を詰める。
「いたいた~!もうっ!どこに居たのですか?優希くん」
「どこにいたって別につぐみちゃんには関係ないと…」
「関係大有ですよっ!せっかく優希くんの為に浴衣着たのに見てくれないなんて悲しいです…」
「へ…?」
まるで未だに好意を抱いているかのような甘い台詞と紅葉柄のオレンジ色の浴衣を見せるようにくるりと可愛らしく回る秋月さんに立川先輩はまんまと目を奪われていた。
秋月さん、諦めないとは言ってたけど昨日の今日で手のひら返すの早すぎませんか…?もう完全に小悪魔モード入ってるよ。それに騙される立川先輩も立川先輩だけど…
色々と矛盾しすぎている状況に内心引き攣りながらも秋月さんのメンタルの強さに感心するのだった。
「んじゃ、立川先輩を貰っていきますね!雪さん」
「え…え!?あ、はい…?」
立川先輩の事より秋月さんの急な名前呼びに開いた口が塞がらず流されるように頷いてしまった。
「ちょっ!?相浦、何で承諾してんだよ!」
「え、だって…」
「じゃ、失礼します…」
「お、おいっ!?うわぁぁぁぁ…」
両手を固定されたまま引きづられていく立川先輩はまるで逮捕され連れていかれる犯人のようだった。まぁ、秋月さんが相手なら小悪魔に捕まった人間にも見えるけどね。
*
益々賑わいを見せるお祭りは花火開始が近づくにつれて人が多くなっていた。人々の賑わう声に混ざり下駄の音を響かせながら人が少ない裏道を歩いていると蛍が飛び回る川を挟んで一台の青の車が止まっていた。
誰の車だろう?というか、あんな所で何で車?
普通なら車で来た人は神社の入口付近で駐車するので何故裏側の川沿いに止めているのか疑問に思ったのだ。
…ん?あれ?誰かいる?
目を凝らしてよく見てみると車付近に背の高い人影が見え首を傾げる。
ん~…とにかく行ってみよっと!
暗いせいかよく見えない人影にどうしても気になったので近付いてみる事にした。
……ブチッ
「へ?うわっ!?」
何かが切れる音がし足を止めるのと同時に前のめりになり転びかけながらも咄嗟に片足で踏ん張る。
「ふぅ~…何とか転びずには済んだけどこれどうしよう…」
足元に視線を落とすと右足の下駄紐が見事に切れておりこれ以上歩く事は不可だと伝えていた。
「……そこに誰かいるのか?」
男性の声が聞こえ見上げると川沿い越しに蛍の光を纏わせた緑先生の姿があった。
「緑……先生…?」
「相浦か?」
「は、はい!」
「こんな所で何してるんだ?皆と一緒に居たんじゃ…」
「それがその…皆とはぐれてしまって、ついでに言うと下駄の紐が切れたというますか…それで動けないといいますか…」
余りにも情けない状況につい口篭ると緑先生の呆れた声が返ってきた。
「はぁ…毎度毎度トラブルばっかり巻き込まれやがって…」
「す、すみません」
何も言い返せない言葉につい謝罪の言葉を口にすると先生は川を飛び越えあっという間に目の前に現れた。
「ほら、見せてみろ…」
慣れた手つきで切れた方の下駄を脱がすと支えるように手を肩に置かせると自身のハンカチを破り切れた紐を直していった。
「よし、これでいいか…歩けるか?」
直された下駄を履きしっかりと歩ける事を確認し頷く。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます!」
「ああ…」
「緑先生…?」
顔をこばませる緑先生に不思議に思い問いかけると重々しく口を開いた。
「その、なんだ…一緒に花火でも見ないか?」
「へ?」
「普通なら早く皆と合流しようとすればいいんだが、もうすぐ花火も上がるし出来れば相浦と一緒に花火を見たいなと思ってな…先生とじゃ嫌だよな?」
「い、いえっ!そんな事は全然…皆とも見たいけど緑先生とも花火見たいから嬉しいです…っ!」
「あ、ああ……良かった…っ」
照れくさそうに安堵する緑先生に笑みを浮かべ連れられるままに緑先生の車だという青い車に行くとそこは丁度花火がいい具合に見える絶好の場所だった。
「綺麗……」
「ああ、綺麗だ…ほんとに」
「ですよね!こんなにいい……っ」
振り向くと緑先生の視線が真っ直ぐにこちらに向けられている事に気付き言葉を飲み込む。
「相浦…」
「は、はひ…っ!?」
つい声が上擦るとそんな私のミスもお構い無しに熱っぽい眼差しが注がれる。
「俺が我慢している間は誰にも奪われるなよ…?」
「っ…あ……」
タイミングよく花火がなり何を言ったのか聞こえなかったが、口元をそっと撫でられ自嘲するような笑みを向けられ早くなる鼓動が益々早くなる。
本当は心のどこかで分かってたのかもしれない…だけど、気づきたくなかった。それは私の役目じゃない…
「相浦?どうした?気分でも悪いのか?」
「い、いえ…大丈夫です」
この世界が乙ゲーじゃなかったら…今の自分が乙ゲーのヒロインだという事実に自分の行動一つ一つが攻略対象者達を騙しているようで嫌になった。どんなに優しくされてもどんなに熱っぽい眼差しで見つめられても秋月さんが望む場所は私にとってただ苦しいだけだった。だから、私は彼らに答える事は出来ない…
鳴り止むことのない花火の音が響きながら私を見つめる緑先生の瞳に小さく笑みを零した。
0
お気に入りに追加
798
あなたにおすすめの小説
4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。
【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない
かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、
それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。
しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、
結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。
3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか?
聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか?
そもそも、なぜ死に戻ることになったのか?
そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか…
色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、
そんなエレナの逆転勝利物語。
二度目の人生は異世界で溺愛されています
ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。
ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。
加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。
おまけに女性が少ない世界のため
夫をたくさん持つことになりー……
周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。
異世界転生先で溺愛されてます!
目玉焼きはソース
恋愛
異世界転生した18歳のエマが転生先で色々なタイプのイケメンたちから溺愛される話。
・男性のみ美醜逆転した世界
・一妻多夫制
・一応R指定にしてます
⚠️一部、差別的表現・暴力的表現が入るかもしれません
タグは追加していきます。
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
ゲームの序盤に殺されるモブに転生してしまった
白雲八鈴
恋愛
「お前の様な奴が俺に近づくな!身の程を知れ!」
な····なんて、推しが尊いのでしょう。ぐふっ。わが人生に悔いなし!
ここは乙女ゲームの世界。学園の七不思議を興味をもった主人公が7人の男子生徒と共に学園の七不思議を調べていたところに学園内で次々と事件が起こっていくのです。
ある女生徒が何者かに襲われることで、本格的に話が始まるゲーム【ラビリンスは人の夢を喰らう】の世界なのです。
その事件の開始の合図かのように襲われる一番目の犠牲者というのが、なんとこの私なのです。
内容的にはホラーゲームなのですが、それよりも私の推しがいる世界で推しを陰ながら愛でることを堪能したいと思います!
*ホラーゲームとありますが、全くホラー要素はありません。
*モブ主人のよくあるお話です。さらりと読んでいただけたらと思っております。
*作者の目は節穴のため、誤字脱字は存在します。
*小説家になろう様にも投稿しております。
乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい
ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。
だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。
気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。
だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?!
平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる