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2・花火大会はプリンス達と

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じゃがいもとさつま芋って一緒に煮詰めて煮物にしたら美味しいかな?と状況と反して私は呑気にも考えていた。

「おい!聞いてんのか?」

「え?何か言いました?」

「てめぇ…抵抗したら痛い目にあわせてやる」

「抵抗せずに言う通りに着いてきたじゃないですか」

それでも尚、痛い目にあうなんて矛盾すぎる

「そ、それはそうだが…」

「でも、俺達の話聞いてないよね?」

「半分は聞いてますよ。えっと、一緒に遊ぼうって話ですよね?でも私はその後しっかりお断りしましたし、あとは受け入れてもらうしかないんですが…」

一応危なそうな人達だから抵抗せずに着いてきたけど、こっちは早く皆と合流しなきゃだし…

「受け入れてもらうだぁ!?受け入れるわけねーだろうが!こっちはナンパしてんだからよ」

「おい、ナンパなんて言っていいのかよ」

「あ…」

それ自分で言ったら駄目なやつだよ、じゃがいもさん

さつま芋男の諭す言葉に呆れた視線を投げかける。

「と、とにかくだ!祭りよりもっと楽しい事教えてやるからよ…」

するとじゃがいも男の手が伸び腕を掴まれた。

「お断りしますって言ってるじゃないですか…っ!離して!」

呑気思考はじゃがいも男の無理矢理掴まれた腕によってあっという間に消え去り恐怖心が湧き上がる。

「どうした?抵抗すると痛い目にあうって言ったよな?」

「っ…」

掴まれた腕のせいで身動き取れない状況に背筋が凍り思わず瞼を閉じる。

「誰かっ…たす…け…」

ガシッ!

「君は何をしているのかな?」

「てめぇは…神崎 葵っ!」

「神崎先輩!?」

じゃがいも男の声に瞼を開けると腕を掴んでいた男の手を動じることなく笑顔で掴む神崎先輩がいた。

というか、じゃがいも男って神崎先輩の事何で知ってるの?

まじまじと二人の顔を交互に見比べているとじゃがいも男の口が再度開いた瞬間、目にも止まらぬ速さで神崎先輩によって勢いよく蹴り飛ばされた。

ドンッ!!

「いっ…」

見事に腹部に入った神崎先輩の蹴りにじゃがいも男が呻き声をあげるとそれを見ていたもう一人のさつま芋男が悲鳴をあげた。

「ひっ…」

「あ、ちょっ待って…」

一人その場から逃げようとするさつま芋男を引き留めようと声をあげるとタイミングよく逃げようとした先から奥薗先輩が現れた。

「自分だけ逃れられるとお思いですか?」

「誰だてめぇ?」

「…奥薗先輩っ!」

「大丈夫ですか?相浦さん」

「はい、私は全然大丈夫ですけど…」

すぐ側で、既に最初の蹴りでダメージを受けているじゃがいも男を更に笑顔で殴りかかる神崎先輩をチラ見し顔を引き攣らせる。

逆にじゃがいも男の方が哀れに見えてきた…

「おい!無視してんじゃねーぞ!このアマっ!」

ガシッ!

いきなり奥薗先輩の腕を掴みかかったさつま芋男は、どうやら女装している奥薗先輩を女と勘違いしているようだった。

「痛いですね…どうやら君は私を誤解しているようだ」

「イデデデデデデデッ!!!」

掴まれた腕を捻りあげ逆に腕をねじ伏せた奥薗先輩はフッと口角をあげるとさつま芋男に向かって冷たく声を掛けた。

「このような汚い手で彼女を連れて行こうとするとは…手加減無しで宜しいと言うことでしょうか?」

一見、傍から見たら穏やかに笑いかけている様子だがその目の奥は一切笑っておらず氷のような冷ややかな眼差しだけが注がれていた。それは、現在進行形で未だにやられている方も同じなんだが…

ゴンッ!

「もっ…もう許してくれ…」

「負け犬の遠吠えはそれくらいでよろしいでしょうか?」

「ま、待って…ギャアッ!」

致命傷になる急所は完全に外しているものの痛みを入れ続ける神崎先輩の目は奥薗先輩以上に冷酷だった。

あははは…これ早く止めなきゃ芋男さん達が逆に被害者になっちゃう気がする

双方の芋男さん達の現状に恐る恐る止めに入る事にし声を掛ける。

「あの…もうその辺にしませんか?このままいけば芋男さん達の方が被害者になっちゃいます」

「それもそうですね、そろそろ縛りあげなくてはいけませんね」

「え?」

縛り上げるって言った?解放するじゃなくて?

神崎先輩の言葉に開いた口が塞がらないでいるとその言葉に賛同した奥薗先輩がボロボロなさつま芋男の耳をつまみ上げながら懐から縄状の物を取り出した。

「ふふ…本番はこれからですよ?」

「お、鬼だ…」

うん、私でも今は先輩方が鬼に見えるよ

縛り上げられていく芋男達にただただ同情の眼差しを投げかけた。

「相浦さん、近くに交番があった筈なのでお巡りさんを呼んで頂けますか?粗方の事情聴取は済ませておきますので…」

「は、はい!呼んで来ます」

この場から逃げる口実が出来て良かった…

背後では先輩達が縛り上げた芋男達を不敵な眼差しで見下ろしていた。

うん、早く退散した方が良さそうだ

既に戦意を喪失している彼らを残し早足で交番へと向かったのだった。

 *

「…交番…交番っと…あれかな?」

人混みを掻き分けながら交番らしき標識を見つけ近づく。

「もう…少しっ…うわぁっ!?」

ぎゅうぎゅう詰めの人混みの中で手を伸ばしながら何とか前に出ると背後から勢いよく押され前に倒れ込む。

「危ないっ!」

ドンッ!

「え…」

痛くない…?

覚悟していた痛みがなく恐る恐る瞼を開けると目の前に強ばった腕が見え誰かに受け止められたのだと察し見上げるとそこには心配そうな翔先輩の姿があった。

「翔先輩…?」

「怪我はないか?」

「はい…おかげさまで無傷です」

「良かった。急に居なくなったから心配した」

「すみません、実はお財布と携帯を入れていた巾着袋を落としてしまって…」

「巾着袋?もしかして、これか?」

翔先輩の懐から桜柄の巾着袋が取り出され目を見張る。

「え!?私の巾着袋!でも、どうして…」

「道端に落ちてた」

「え!?やっぱり落としちゃってたんだ…翔先輩、拾ってくれてありがとうございます!」

「ああ…ついでに見つけられて良かった」

「私も見つけてもらって良かったです」

「ははっ、次からは手錠か何かしないとな」

「なっ…私は犯罪者じゃないですよっ!犯罪者なら…あ!芋男さん!」

「芋男さん?」

「私、交番に用事があって!芋男さんというかナンパさん?が神崎先輩と奥薗先輩に捕まって…あれ?捕まって?」

早口で言ったせいか途中から何を言っているのか分からなくなりこんがらがってしまった。

「ゆっくりでいい、もう一度話してくれないか?」

「は、はい…っ!」

俯いていた顔をあげるようにそっと頬に触れられ暖かな笑みが向けられ気を取り直してゆっくりと先程の経緯を話した。

「…て感じなんです。だから、早く警察の人を呼んであげないと芋男さん達が蜂の巣にされちゃいますっ!」

「ふっ…蜂の巣って…さすがに葵達もそこまではしないだろ」

「いえ、あのお二人ならやりかねないです」

目が本気だったし、何より新たな遊び道具を見つけたように不敵な笑み満載だったもん

「分かった。雪がそこまで言うなら何とかしないとな…木吉きよしさん、後はお願いできますか?」

「おやおや、バレてたんですか?」

「初めからバレバレです」

翔先輩が一つ溜息をつくとそれと同時にそれまで話を聞いていたのか翔先輩の背後から警察の制服を着た中年男性が顔を出した。

「え…木吉さん?知り合いなんですか?」

「父と同期で幼い頃に世話になった」

「なるほど…」

「幼い頃の翔くんは泣き虫でよく泣きついてきてそれはもう可愛かったのに今となっては可愛らしい彼女さんとお祭りに来るようになるとわねぇ…大きくなったな、翔くん!」

「か、かか彼女なんてとんでもないですっ!?」

「そ、そうですよっ!私が翔先輩の彼女だなんてとても…」

「…俺にはこんなに可愛すぎる彼女は勿体ないです」

「へ?」

最後に呟かれた翔先輩の言葉に反論していた言葉が止まり翔先輩の顔を見るとどうやらお世辞ではないらしく先程より遥かに真っ赤になって顔を逸らしていた。

え…えぇぇぇ!?う、嘘でしょ!?翔先輩がそんな言葉を言うなんて…お世辞だと思いたいけど、でも…凄く…

「…嬉しい」

「っ……」

思わず出た言葉に直ぐにハッとし恐る恐る翔先輩の顔を覗き込むとなんとも言えないように手で口元を覆い隠していた。

うわぁ…絶対勘違い女だと思われてるよ。あんな事言って迷惑がられたかな?

つい自分がしてしまった周りにいる女子達との対応に今更ながら後悔していると動揺していた翔先輩の口が開いた。

「き、木吉さん!すみませんが、早く行ってもらってもいいですか?」

「ああ、そうするよ。これ以上若い子達のらぶらぶっぷりに口を出す訳にはいかないからね」

「だ、だからそういうのでは…」

翔先輩が言い返そうとしたが何故か言葉が止まり木吉さんがいなくなったのを見計らうと次の瞬間、熱を帯びた眼差しを向けられ空いていた手をそっと握られた。

「え…」

「やっと二人になれた」

「え…えっと…」

それはいったいどういう意味ですか!?

注がれる熱を帯びた眼差しに更に頭が混乱し口をパクパクさせているとそのまま人混みへと引っ張られ歩き出した。

「翔先輩…?」

翔先輩は私の質問に答える事はなく、代わりに握られた手に少し力が入った。

っ…手にまで熱が集まって胸の鼓動まで伝わりそう

これ以上何も言えなくなり今はただただ早くなる胸の鼓動が伝わらない事を祈った。

 *

「すみません、そのお面一つ貰えますか?」

翔先輩に連れられて来た場所は色々なお面が並んでいるお面屋さんだった。翔先輩は、その中から狐のお面を選び受け取ると握られていた手を離し口を開くまもなく付けられた。

「え、ちょっ…」

「少し動かないでくれないか?」

「は、はい」

お面を付ける手がそのまま後頭部に当てられたままお面の隙間から翔先輩の顔が近づくのが見え堪らず瞼を閉じた。

「…触れたくてたまらなかった」

「っ~~~~~!?」

耳元近くで甘く呟かれた言葉にこれ以上もない動機と熱が身体中を支配した。

…どうにかなりそう…っ!

瞼を開けるのさえ戸惑いながらも恐る恐る瞼を開けると真っ直ぐに見つめる翔先輩の姿があった。

「もっと…」

「きゃあぁぁぁっ!?誰か捕まえて~~~!!」

「悪い…っ!」

「え…」

翔先輩の言葉を遮るように突如として女性の叫び声が聞こえたかと思ったらすぐ様それに反応した翔先輩があっという間に声のする方へと走り去って行った。

「えっと…何だったんだろ?」

お面を外し行ってしまった方向を呆然と見つめつつ聞く事の出来なかった翔先輩の言葉が頭の中を回っていた。

 *

桂馬side

「ねぇ、あの人すっごくイケメンじゃない?」

「え?確かに、イケメンだ!浴衣が似合いすぎてやばい!」

「うんうん!背も高いし和服が最高に似合ってるし、何より浴衣の隙間から見える鍛えられた肉体から目が離せないっ!」

…などと周りの女性達が釘付けになって騒ぎ立てている中でその本人は一人の女性の姿を探していた。

「いったい何処にいるんだ?」

手には彼女が落とした桜柄の巾着袋が握り締められ、視線は桜が散りばめられた白い浴衣姿女性を探す。

「お!翔君じゃないか!?久しぶりだな!」

突然話かけられた方を見ると警察の制服を着た中年男性の姿があり、その男性に見覚えがあった。

「おじさんの事、覚えてるかい?ほら、昔一緒に遊んだんだけど…」

「昔?…あ!父の心友の木吉さん!」

「そう!あの頃はまだこんなに小さなかった翔君がもうこんなに大きくなって…時の流れは早いものだね」

「あの頃は色々とお世話になりました」

「ううん、僕も君のお父さんにはお世話になりっぱなしだからね。ところで、今日は一人かい?」

「いえ、部活の合宿で来ていて今ははぐれてしまった友達を探していて…」

「なるほど…その友達というのはもしかして女の子かい?」

「ええ、そうなんで…あっ!」

「翔君!?」

人混み中で不意に此方に向かって手を伸ばす一人の女性を見つけ無我夢中でその手を掴もうとした瞬間、押されて前に倒れそうになるのが目に入り反射的に体ごと抱き留めた。

「危ない!」

「え…」

桜の簪が揺れ見上げられると雪の瞳が見つめられた。

…やっと会えた

「翔先輩…?」

「怪我はないか?」

見た所、怪我はないようだが人混みの影響か足元には土埃が付いていた。

「はい…おかげさまで無傷です」

「良かった。急に居なくなったから心配した」

本当は今すぐにでも足元を綺麗にして怪我がないか確かめたい所だがさすがに触れるのは駄目か

自分の大胆すぎる考えに脳内で却下を下す。

「すみません、実は携帯とお財布を入れていた巾着袋を落としてしまって…」

申し訳なさそうに言う雪に手に持っていた桜柄の巾着袋を差し出した。

「巾着袋?もしかして、これか?」

「え!?私の巾着袋!でも、どうして…」

「道端に落ちてた」

「え!?やっぱり落としちゃってたんだ…翔先輩、拾ってくれてありがとうございます!」

「ああ…ついでに見つけられて良かった」

大事そうに抱えながら笑顔を向ける雪に本当に見つけられて良かったと安堵すると雪が不意に少し照れくさそうに口を開いた。

「私も見つけてもらって良かったです」

これは駄目だな…手放したくなくなる…っ

内心トクンッ…と高鳴る鼓動を鎮めながらも顔に出ないようにからかう様なセリフを口に出してみる。

「ははっ、次からは何か手錠をしないとな」

すると怒った様にみるみる頬を膨らませる雪に小さく笑みを零しながらもそれがまた可愛いと思ってしまう。

「なっ…私は犯罪者じゃないですよっ!犯罪者なら…あ!芋男さん!」

「芋男さん?」

何だそれは?名前なのか?

不思議な言葉に首を傾げていると雪が急に血相を変えて途切れ途切れに話し出す。

「私、交番に用事があって!芋男さんというかナンパさん?が神崎先輩と奥薗先輩に捕まって…あれ?捕まって?」

自分の言葉がめちゃくちゃになっている事にようやく気づいたのか首を傾げる雪に笑いが吹き出しそうになるが途中不審なワードが出たので先を促す事にした。

「ゆっくりでいい、もう一度話してくれないか?」

雪の頬にそっと触れ顔を上げさせると安心させるように笑みを向けた。

「は、はい…っ!」

突然の事に顔を赤く染め返事をする雪に可愛い衝動が起きるが今はそれどころじゃない。

…早く事情を聞き出さなくては

焦る心と反比例し雪はゆっくりと今までの経緯を話し出した。

「…て感じなんです。だから、早く警察の人を呼んであげないと芋男さん達が蜂の巣にされちゃいますっ!」

「ふっ…蜂の巣って…さすがに葵達もそこまではしないだろ」

むしろ、葵達には感謝しなくてはな。葵達が来なければ今頃雪は…いやいや、なかったんだから考えるのはよそう。それより、雪には悪いが葵達の手で蜂の巣にされていてくれた方が俺としては助かるがな…

「いえ、あのお二人ならやりかねないです」

真剣な表情で否定する雪にほんの僅かだが葵達に同情した。

雪にそこまで言わせるなんて…だが、今はそれよりも…

「分かった。雪がそこまで言うなら何とかしないとな…木吉さん、後はお願い出来ますか?」

先程からずっと後ろで様子を見ていた木吉さんに声を掛けるとわざとらしい口調が返ってきた。

「おやおや、バレてたんですか?」

「初めからバレバレです」

あれでバレてないとでも思っていたのか?

ずっと見ていたのか時折聞こえてきていた笑い声やチラッと視線を背後にやればずっとニヤついている顔に内心呆れた。

「はぁ…」

…もはや、ため息しか出ないな

「え?…木吉さん?知り合いなんですか?」

状況が飲み込めていない雪の声が掛かり視線を戻すと淡々と説明を口にする。

「父と同期で幼い頃に世話になった」

「なるほど…」

「幼い頃の翔くんは泣き虫でよく泣きついてきてそれはもう可愛かったのに今となっては可愛らしい彼女さんとお祭りに来るようになるとはねぇ…大きくなったな、翔くん!」

「か、か彼女なんてとんでもないですっ!?」

一体この人は急に何を言い出すんだっ!?か、彼女だなんて…

チラッと雪の様子を伺おうとすると同時に雪の口からチクリと胸を刺すような言葉が返ってきた。

「そ、そうですよっ!私が翔先輩の彼女だなんてとても…」

雪には否定して欲しくなかったんだが…

分かっていても雪の口から出た否定の言葉にチクリと胸を刺されながらも少しの抵抗とばかりに逆の言葉で返してみる事にした。

「…俺にはこんなに可愛すぎる彼女は勿体ないです」

抵抗と言ってもこれは限りなく本心だ

「へ?」

すると予想通り驚いた声が返ってきた雪に本心だと思って貰う為真っ直ぐに揺らぐ瞳を見つめ返すとそれが伝わったのかみるみる顔を赤く染め上げ顔を逸らされた。

俺にはこんな感情はないと思っていたんだがな…もっとそんな表情を見たい

嫌がると分かっていても自分の言葉に顔を赤くする彼女に不思議と満足感が沸いた。そして、それを分かっている上で彼女の顔を覗き込もうとすると思いもよらぬ言動が飛び込んできた。

「…嬉しい」

「っ…」

覗き込もうとしたタイミングが悪かったのかタイミングよく顔を上げた雪の表情とその言動に一瞬にして胸を打たれ時が止まった。いつもなら何かしらアクションを起こす所だがただただ彼女の…雪の顔から目が離せず頭の中で小さく漏れた言葉がこだまする。だが、一分後その不自然な姿に困惑したような雪の表情が目に入り我に返るとすかさず存在自体忘れていた木吉へと首を回す。

「き、木吉さん!すみませんが、早く行ってもらってもいいですか?」

普段なら自分も同行すると言う所だが今はそんな余裕は一切無かった

「ああ、そうするよ。これ以上若い子達のらぶらぶっぷりに口を出す訳にはいかないからね」

「だ、だからそういうのでは…」

一言余計だ…っ

ニヤつきながら手を振り後にする木吉に若干イラッときながらも今はそんな事がどうでもいいと感じた。そんな事より今は…

「え…」

自分より一回り小さく柔らかい雪の手にそっと触れると驚く雪の表情を満足気に笑みを向けた。

「やっと二人になれた」

「え…えっと…」

突然の行動に驚くのは分かっていた。それでも少しでも伝わればいいと思ったのだ。

「翔先輩…?」

全ての意識を自分に向けさせるように触れた手を握り少し力を入れると思い通りに驚いていた表情から一瞬にして先程のように顔を赤くする雪に無意識にそのまま攫うように人混みの中を歩いた。

 *

「すみません、そのお面一つ貰えますか?」

無意識に連れ着いた場所は様々なお面が並ぶお面屋さんだった。きっとただ口実が欲しかったのだろう。そう、自分自身に言い聞かせ様々なお面の中から狐の面を選び受け取ると戸惑う雪に半ば強引に付けさせた。

「え、ちょっ…」

「少し動かないでくれないか?」

「は、はい」

強引なのは分かっている。だが、今の自分は少しおかしいのだろう。強引になる程に余裕がなくただただ雪に…

お面を被り目を瞑った雪が見えその隙を狙うようにお面越しに唇が触れた。

それは普段ならありえない…ありえない行動だ。自分の理性の加減ぐらい弁えている。それでも尚、お面越しにでも触れたいという衝動に負けるぐらい雪が自分の中で成長し過ぎていた。

…もう手遅れだ

その状況を拒否することも無く受け入れたいと思う感情に既に負けているのだと結論づけた。

「…触れたくてたまらなかった」

理性に負けた自分の甘い声は雪にはどう届いているのだろうか?いや、今はただ伝わればいい…彼女の中で桂馬 翔という一人の男の存在を見てくれればいい…それだけで今はいいんだ。

開かれた揺れる瞳にただ淡い気持ちを抱いた。


















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