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舞姫の着付け

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「はぁ~…何でお風呂掃除なんかしなきゃなんないんだろ?相浦みたいに玄関先の掃除の方をやりたかったぜ…」

練習終わりの夕刻頃、旅館へのお礼を込めて生徒全員で掃除のお手伝いをする事になり男湯を任せられた立川はステッキを片手に一人愚痴る。

「そんな事を言っているとお前だけ倍の時間で掃除をしてもらう事になりますけど…宜しいですか?」

「ひっ…」

監視役として男湯にいた神崎に笑みを向けられすぐに止めていた手を動かす。

あおちゃん先輩って何気になぎちゃん先輩と似てるんだよなぁ…

奥薗同様、目だけは笑わない怖すぎる笑みを向ける神崎に背中に悪寒が走り身震いをした。

「あ~あ…何で俺だけこんなむさ苦しい男だらけの場所なんだよ」

「文句を言わないで手を動かしなさい!」

「はいはい、動かしてるっつーの!」

唯一の女子である雪は玄関先であり旅館の看板娘のつぐみはと言うと剣道部と一緒に西武道館の清掃となっていた。昨日までの立川ならつぐみと一緒の剣道部を羨ましがっていたが掃除前に告白を断った手前顔を合わせずらくなってしまったせいか、つぐみと離れ何処かホッとしていたのだった。

別に後悔はしてないけど、女の子傷つけたの初めてだから申し訳なさが少しあるんだよな…

妹的存在である真奈は例外として、今まで女子に大して傷つけるような真似はした事がなかった立川にとって勇気を出して告白したであろう秋月の気持ちを無下にし傷つけてしまった事に少し胸が痛んだ。

だけど、あの時つぐみちゃんと相浦の事を考えた時に大切だと感じたのは相浦の方だった…

抱き締めた腕の中で体を小さく震わせながら泣いていた雪の姿を思い出し頬が熱くなる。

っ…何で相浦の事を思い出すだけで熱くなるんだよ!?

どうしていいか分からない感情に頭を横に振る立川の様子に傍で見ていた神崎が疑問の顔を見せていた。

あいつ何してるんだ…?

立川が初めての感情と戦っている頃、その原因である雪はというと…

「…これとこれは…部屋に…」

「了解しました…では…」

何話してるんだろう…?

箒を持って玄関先の掃除に向かった雪だったが、玄関先にて黒服姿のサングラスを掛けた厳つい男性と話し合っていた奥薗を見つけ慌てて傍にあった樹木の鉢植えに身を隠していた。

あれは…着物?

厳つい男性が玄関先のすぐ側に止めていた黒い車から取り出した木箱を奥薗に向けて少し開けると中には色鮮やかな綺麗な着物らしき物が入っていた。

「いいですね…これなら気に入ってもらえるでしょう」

「では、お運びさせて頂きます…」

そう言うと厳つい男性は服に付けていたマイクらしきものに話かけると玄関先に止めていた車の後ろから次々に同じように車が止められ似たような厳つい男性が次々と木箱を持ち現れると旅館の中へと入って行った。

あの人達、いったい奥薗先輩とどういう関係なんだろう…?

全員の厳つい男性が旅館の中へと消えた後、一人携帯を見ている奥薗を見つめながら疑問を抱く。

「そろそろですね…」

そろそろ…?

「そこに隠れている相浦さんも如何ですか?浴衣の試着」

「え!?…うわっ!?」

バタンッ!

急に名前を呼ばれどうしていいか分からず慌てふためくと持っていた箒の裾を踏み前に倒れた。

「まったく、おっちょこちょいにも程がありますね…貴方は」

「す、すみません…」

目の前に差し出された奥薗の手を掴み苦笑いを浮かべながら立ち上がる。

「では、行きましょうか…」

「へ?行く?いったい何処に…うわっ!?」

質問の途中で掴んだままの手を引っ張られそのまま流されるようについて行くと奥薗先輩と神崎先輩の部屋の前へと足を止め中に入ると沢山の木箱が並べられ傍には厳つい男性達がいた。

「これで全部です」

「ご苦労様です、もう帰って宜しいですよ」

「はい、了解しました」

奥薗の言葉に厳つい男性達が部屋から出て行くと奥薗が雪に振り返り微笑みかける。

「では、試着致しましょうか…?」

「へ?試着?それって…」

ジリジリと近づく距離に壁際まで追い詰められると上着に奥薗先輩の手が伸ばされ思わず目を瞑る。

 ……あれ?

触れられた感触もない感じに恐る恐る瞼を開けると小さく笑う奥薗先輩の姿があった。

「クスッ…貴方は、いつも期待通りの反応をしてくれますね」

「ま、まさか!?わざとこんな事を…っ」

真っ赤になって反論しようとした瞬間、不敵な笑みで頬に手を伸ばされ顔が近づき言葉が途切れた。

「…わざとじゃなかったらどうされていたと思っていたのですか?」

「っ…そ、それは…」

先程の出来事が脳内に浮かび益々顔を赤らめると奥薗先輩はまた小さく笑みを向けた。

「クスクスッ…冗談ですよ」

「なっ…意地悪しないでください!」

「難しいお願いですね…貴方があまりにも可愛らしいので」

「っ…」

するりと頬を撫でられ息が詰まるとすぐに手を離され何事も無かったかのように再度口を開く。

「…相浦さんは、どんな柄がお好みですか?」

「へ?柄?」

急に問いかけられた質問にぽかんと口を開いていると、奥薗は足元に並べられ木箱を一つ一つ開き中を見せる。

「私としては、この桜柄が似合うと思いますね…」

その言葉に近寄ると奥薗の手には桃色の桜の花びらが散りばめられた白色の浴衣があった。

「うわぁ…綺麗ですね!」

「試着してみますか?」

「是非!お願いします!」

「では、そのままでいいですから両手を広げてもらえますか?」

「はい…っ」

言われるがまま立った状態で両手を広げると桜柄の浴衣が上から重なり奥薗先輩の綺麗な手が手際よく着付けしていく。

「あの…奥薗先輩っていつから私があの場所にいるって知ってたんですか?」      

玄関先での出来事を思い出し再度疑問を質問する。

「そうですね…初めからですかね?」 

「え!?初めからって…」

私が隠れてるの最初からバレバレだったの!?

「足音からして相浦さんのものだとすぐ分かりましたし…クスッ…何よりあんな鉢植えの場所に隠れたら体の一部は丸見えですよ?」

「あははは…」

頭隠して尻隠さずですか…

自分の間抜けさに苦笑いを浮かべているといつの間にか終わっていた着付けに自身の姿を見下ろす。

「お似合いですよ」

「あ、ありがとうございます…っ」

奥薗の褒め言葉に照れながらも言葉を返すと正面にいた奥薗が背後に回り一つに束ねていた髪ゴムを解く。

「えっ…あ、あの…」

「そのまま動かないでくださいね…?」

「は、はい…」

解かれた髪に奥薗の指先が入ると胸ポケットから取り出された櫛によって綺麗にとかれお団子状にされると再度胸ポケットから桃色の桜の形をした簪が取り出されると結い上げた髪を纏めるようにして挿された。

ジャラッ…

「後ろを向いてもらえますか…?」

「はい…っ」

言葉通りに後ろを振り向くと中腰で座る奥薗に合わせてその場に座り込む。

「…予想通りお似合いですね」

髪に飾られた簪に手が伸ばされ体を硬直させつつも口を開く。

「この簪どうして…?」

「相浦さんに似合うと思って前もって用意してたのですよ…予想通りお似合いで良かったです」

「え、でもこんないい物を…」

「私の気まぐれなのでお気になさらず、それよりも…」

簪から手が離されゆっくりと唇に指先が触れた。

「明日はこちらに口紅をお塗りしましょうね…?」

「っ…」

薄い紫色の瞳が吸い込まれるように真っ直ぐに見つめられトクンッと胸が跳ねる。

「明日が楽しみですね…」

触れた唇を弧を描くようになぞるとゆっくりと顔を近づけられたじろぐ。

…ち、近い…っ!

精悍せいかんな顔が目の前に迫り思わず瞼を閉じると同時に助け舟かのような神崎の声が入口から聞こえ瞼を開け互いに振り向く。

「渚、浴衣はしっかり人数分用意出来ま…えっと…これはいったい何をやられていたのですか?」

「うわっ!?」

部屋を見渡した瞬間、奥薗と雪の姿を捉えるとさりげなく雪の手を引きよせ背後から守るように抱き竦めると奥薗に向かって冷ややかな眼差しを送った。

「何と申されましても…着付けですが?」

神崎の冷ややかな眼差しにも臆せず微笑みながら答えると、神崎はフッと笑みを零し微笑み返した。

「着付けですか…それはそれはどの様にして着付けていたのか拝見したいものですね」

「大丈夫ですよ、明日はの着付けをするつもりですので…」

「そうですか…それは楽しみに期待していますね?」

「ええ…ご期待にお応えしますよ」

えっと…とりあえず私を挟んで火花散らさないで欲しいです…

逃げ場のない二人の威圧感に引き攣り笑いを浮かべながらしみじみそう感じたのだった。


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