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裏で動く影

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「…かな?」

トンッ…!

「かな…!本当に大丈夫か?」

葉山は、呆然と固まる雪の肩に手を置き覗き込むとようやく問いかける声に気づいたのか振り向き作り笑いを浮べた。

「あ…ごめんごめん!ちょっと考え事してただけだから…それより早く入ろ?」

ガラッ…

「…優希、大丈夫か?」

中に入ると緑の心配する声が聞こえ見渡すと何故か立川の衣服がお茶で濡れており畳の上にまで広がっていた。

もしかしてあの大きな音ってお茶が零れた音…?

「どうしたんだ?優希」

その様子を見た葉山が雪の背後から顔を出し問いかけるとなんでもない様に前で手を振りながら笑いかける。

「全然大丈夫っす!ちょっとお茶かかっちゃっただけなんで…」

「…私には秋月さんがわざと立川にかけたように見えましたけどね」

ガタッ…!

奥薗の言葉に立川は目の前のテーブルに手を置き身を乗り出す。

「つぐみちゃんはそんな事するわけない…っ!なぎちゃん先輩、勝手に決めつけるのはよくないよ!」

「ふっ…それもそうですね、申し訳ありません」

口元を片手で隠し謝罪しながら笑みを浮かべる奥薗に立川は身を引くとその様子を奥薗の隣で黙って見ていた神崎が問いかける。

「渚…どうしてそのように思ったのですか?」

「クスッ…私はこれでも女形の端くれですから女性の意図が分かるのですよ…悪い影は特にね」

「そうですか…あながち渚の洞察力は間違ってないかもしれませんね」

奥薗の言葉に神崎が小さく漏らす中、未だに秋月を信じる立川を覗いてその場にいた葉山・緑・桂馬・雪の四人は奥薗と神崎の言葉に顔をしかめていた。

ガラッ…!

「遅れてすみません…!優希君、大丈夫ですか?」

室内が静まり返っていた中、入口の襖が開かれ拭き物を持った秋月の心配する声が響き渡る。

「これくらい平気!平気!」

心配して駆け寄る秋月に立川は笑いかけながら返事をすると秋月はホッと安堵したような表情を見せお茶で濡れた衣服に触れ持って来た拭き物で丁寧に拭き取りながら潤んだ瞳で見上げる。

「本当に…ごめんなさい…っ!」

「っ…い、いいよ!全然大丈夫だから…」

秋月の表情に頬を染め言葉を詰まらせる立川にすぐにニッコリと笑みを浮かべると後ろを振り返りその様子を冷ややかな目で見ていた奥薗に笑みを零す。

「ふふ…奥薗様、いかがなされましたか?その様な怖い表情で…」

「ふふふ…その様な表情に見えたのなら申し訳ありません」

「いえ…せっかく楽しい朝食の時間なんですからその様な顔はせず楽しくお食べになってくださいね?」

「ええ…勿論です」

笑みを向け頷く奥薗だがその目だけは一切笑っていなかった…


その後、何事もなく朝食を終え皆が練習や業務に出て行く中で雪も追いかけるように大広間から出て行こうと入口の襖に手をかけると背後からまだ残っていた桂馬の声がかかった。

「雪…っ!その…渡したい物があるんだが」

「渡したい物?」

桂馬の声に足を止め振り返ると翔先輩はポケットから無くしていたはずのイルカのストラップを取り出し目の前に差し出す。

「これ雪に返したくて…」

「え…これどうしたんですか?」

イルカのストラップを受け取るとそれは秋月が持っていたのと同じ様に自分自身が持っていたイルカのストラップと同じ物だった。

「…秋月から取り返して来た」

「秋月さんから…?じゃあ、あれは間違いなく私の…」

「ああ…本人も盗んだ事を認めたが確実な理由は定かじゃない」

「そう…ですか…」

何で秋月さんはあんな事したんだろ?それにあの言葉…

すれ違いざまに言われた秋月の言葉を思い出し不安そうに手の中にあるイルカのストラップを見つめていると励ますかのように翔先輩の声がかかった。

「一応、またこんな事がないように釘は刺しておいたがまた何かあれば俺に言ってほしい…」

「翔先輩…」

桂馬の優しい言葉に俯いていた顔を上げると真剣な眼差しで再度付け足すように口を開く。

「雪を守りたい…」

「嬉しいです…っ」

「っ…」

頬を赤くしながらも嬉しそうに笑みを向ける雪の姿にときめきながらも誤魔化すように赤く染まる顔を片手で覆う。

秋月さんと違って地味で取り柄もない私にそう思ってくれるなんて…少しは甘えてもいいのかな?

葉山や桂馬の優しさに不安や恐怖心を一人で抱え込んでいた雪は少しだけ甘えようと思った。


昼間前の頃、東武道場にてバスケ部部員達は鬼顧問である葉山の元でキツい練習に勤しんでいた。

キュッ…キュッ…

「…優希!パス!」

「……あ、おう!」

トンッ!トントントン…

声をかけられ上の空にあった意識を慌てて戻しボールを投げるが力なく床に転がっていった。

「優希!何してんだっ!!」

「す、すみません…っ!!」

鬼の形相で怒る葉山に勢いよく頭を下げ謝罪する。

「優希、お前練習始まってからずっとミスばっかりだな…?」

「…本当にすみません」

「はぁ…やる気ないなら帰れ…他の奴らの迷惑だ」

「っ…そんなんじゃないです!そんなんじゃないんすけど…」

葉山の冷たくも正論と言える言葉に慌てて顔を上げ叫ぶ立川だが何か悩みがあるのかすぐに俯き言い淀む。

「優希、ずっと練習中上の空だよな~…」

「何か悩みでもあんのか~?」

見兼ねた同じ部員達が心配するように問いかけるが口を開こうとしない立川に皆お手上げだと言わんばかりに視線を葉山に移す。

「もういい…優希!お前だけ先に休憩取れ!」

「で、でも…」

「俺の言う事が聞けないなら今日一日練習に参加させないが…どうする?」

「分かりました…休憩取ります」

立川は葉山の苦渋の二択に渋々頷き言う通りに休憩を取るため練習から抜け端に座り込む。

「…かな、優希の悩み聞き出してやってくれ」

「うん、分かった」

耳打ちで葉山にそう言われ端に座り込み何か悩んでるような立川に近づくと隣に腰を下ろす。

「立川先輩、何か悩み事ですか?」

「相浦…別に大した事じゃないんだが…」

「役に立つかは分かりませんが、私でよければ話聞きますよ?」

悩む立川に笑いかけ覗き込むと一瞬考えるような顔をしつつも重々しい表情で口を開いた。

「実は…昨日の夜につぐみちゃんから告白されたんだけど、初めて告白されてどうしていいか分かんなくて…それにつぐみちゃん本人からも伝えたかっただけって言われて」

それって昨日の夜練の時の事か…ん?待てよ?初めて告白された?

「は、初めてされたんですか!?」

「ま、まぁな…」

雪の問いかけに立川は耳まで真っ赤にし蹲る。

「今まで一度もないんですか!?」

「あ、ああ…」

あんなに女子のファンが多くてモテてるはずなのに何で一度も告白された事ないんだ?もしかして…立川先輩が鈍感過ぎて勘違いして近づいても告白までいけずに遠目で見てるだけの女子が多いからだったりして…

自分の鈍感差を棚に上げ結論づける雪は告白出来ずファンでいる女子達に同情しつつも隣で蹲る立川に向き直る。

「立川先輩は、秋月さんの事好きなんですか?」

「好き…かどうかって言われればそりゃあつぐみちゃん可愛いくて気遣い出来るいい子だなとは思うけど…」

「けど…?」

「何かそう言う好きとは違うっていうか…恋愛的な意味の好きにはなれないっていうか…それに俺ずっと気になってる子いるし…」

「気になってる子…?」

腕を抱えて顔を上げ言う立川を見つめ聞き返すと間を置くように視線が泳ぎ真っ赤になって再度俯いた。

「ひ、秘密だ…っ!」

う~ん…立川先輩の気になる人も気になるけど、まずは秋月さんの事だよね…

「今日一日、秋月さんの事恋愛的な意味で好きなのか違うのか考えてそれでも違うなら違うで好きなら好きで正直に立川先輩の気持ち秋月さんに返事すればいいと思いますよ?…でも練習中は除いてですけどね?」

「そうだな…相浦の言う通り今日一日考えてみるわ」

「はい!」

「…サンキュ」

笑みを浮かべお礼を言う立川に笑いかけながら提案として口を開く。

「なら早速考えやすくなるように飲み物でも飲んで頭冷やしましょうか?皆も暑くて頭回ってないみたいだし…」

武道場の密集された真夏の空間に既に暑すぎてミスが多くなっている練習中の部員達を見渡しながら呟く。

「確かに、こんな暑くちゃ頭回らないな…」

暑そうにタンクトップをパタパタと風邪を煽ぐ立川に苦笑いを浮かべつつ立ち上がると厳しい目で部員達を見つめる葉山に駆け寄り耳打ちをする。

「れいにぃ!皆、暑そうだから昨日余ったままの飲み物台所から持ってくるね?」

「…分かった、頼む」

葉山に承諾得て台所まで向かうと料理中の板前さんに断りを入れ飲み物が入ったクーラーボックスを担ぎ持ち出すと東武道場に向かって歩く。

お、重い…!何か昨日とデジャブ感じるんだけど…

昨日との同じデジャブ感を感じつつもバスケ部の葉山を含めた部員全員分の飲み物が入ったクーラーボックスを担ぎ直した瞬間、背後から冷たい水が勢いよくかけられた。

バシャァーンッ!!

「え…」

頭からつま先までびしょ濡れの状況に何が何だか唖然と固まっていると背後から秋月の慌てた声が飛んできた。

「…ごめんなさいっ!水撒きしていたら誤って掛けてしまって…」

「秋月…さん?」

振り返ると申し訳なさそうに両手を合わせ謝罪する秋月の姿に益々困惑していると秋月は視線を肩に担いであったクーラーボックスを移し手を叩く。

パチンッ!

「そうだ!それバスケ部の皆さんに持って行くんですよね?良かったらお詫びに私が持って行きましょうか?」

「で、でも…」

突然の事に戸惑っている雪を他所に秋月は肩に担いであったクーラーボックスを奪うとニッコリと笑みを向けた。

「遠慮しないでください…お客様のお世話をするのも仕事ですので」

「え…」

そう言い残すと唖然とする雪を残し武道場へと向かって行った。

ポチャン…ポチャン…

びしょ濡れになった全身から水滴が落ちる音だけがその場に響き渡る中、その様子を遠目から見ていた人物は顔を顰め窓ガラス越しに呟く。

「やはり秋月は黒か…」

それがどういう意味を指しているのか秋月本人はまだ知るよしもなかった…





















































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