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一章
俺が愛してるのは
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シャワーが終わり、がくがくと震える脚を折檻して無理矢理動かしながらダイニングへ。
「う゛ぅ~……いい匂いするぅ……」
痛みに唸りながら鼻をひくつかせる。先程から何かが焼ける音と一緒に香ばしい匂いが漂ってきていてお腹が鳴る。
「ふふ、大丈夫ですか?今日はずっと守られててくださいね」
「守るって……足になりゃいいんだよ。俺んが強い」
「そうですね」
手を腰に当ててふんと鼻息荒くそう言うが、本当に子供のようだ。柔らかく微笑むフィルクの方がよっぽど大人。
「さ、できましたよ。座ってください」
◇◆◇
お腹が満たされたノイラはいつものこと。ただ、今日からは心や身体まで満たされていく。
喉が渇いたら言わずとも「喉渇きました?」とフィルクが茶を淹れる。
眠いなと思ったら言わずとも「横になってください。楽な姿勢でいたら痛みも和らぎますよ」とブランケットをかけてくれる。
お腹空いたなと感じたら言わずとも「今日も胃に優しいものにしますか」と愛情たっぷり込められた手料理を作ってくれる。
いつもより至れり尽くせりだった。
「俺廃人なる……」
「いいですよ、なっても」
「ダメだろ!」
にこにこ笑顔で恐ろしいことを言い放つフィルクをむぅと睨む。
「……甘やかすのは、今日で終わりだ。そろそろ痛みも引いてきたし、明日からはいつも通りな。マジで生活能力なくなっちまう。お前は駄目人間製造機だ」
一目惚れ製造機でもある。恋敵が増えるだろうが。ブスになれ。
「え~、俺ノイラさん限定ですよ?他の人にはこんな世話焼いたりしません」
「嘘つけ。歯の浮くようなセリフばっか言いやがって。一緒に暮らしてるからだろ。お前が他の人と住んだら全員駄目人間になる。……恋人も……多くなるよな……」
「恋人って……俺の好きな人はノイラさんだけですよ」
「あーはいはい。わかってる」
一時の気の紛れだ。どうせ離れてくなら期待はよして今だけの夢を見よう。
「ノイ――」
――コンコン。
言い募ろうとしたフィルクの言葉を遮る扉をノックする音が聞こえる。
「あ?誰だよ」
「さあ……出てきますね」
俺の幸せな時間を邪魔しやがって。人が人だったらシバき倒してやろ。
凶悪な目付きになるノイラに苦笑しながらフィルクが立ち上がる。
「フィー?いる?」
ノイラが固まった。
レイランだ。
フィルクも一瞬動きを止めたが慌てて小走りで扉に向かう。
「フィルク!」
無意識的に呼び止める言葉が飛び出た。
「え?なんですか?」
きょとんとしたフィルクの顔にはっと我に返る。
「……え?あ、いや、なんでも……」
「?そうですか」
さっと振り返って「待ってー」と間延びした声でレイランを迎えに行く。
「……俺バカだろ……てか、俺絶対邪魔だよな。挨拶だけしたら自分の部屋行こ。失礼だとか知んねぇよ、急に来たのはそっちだろ」
なんで闇属性が住んでるって知ってるだろうに来たんだよ。無防備すぎるんじゃねーの。
ちくちくとした痛みが嫉妬によるものだと自覚してから、ぶつくさとお偉い様のアポなし訪問に文句を垂れる。
どうぞ、入って。そんな優しげなフィルクの声を聞いて、立ち上がる。未だ痛みを感じる身体を引きずって二人のいる場所へ向かった。
「こめんなさい、事前に言っておくこともしないで」
「いやいいよ。気にしないで」
そんな会話が聞こえてきてむっと顔をしかめる。
良くねーよ、俺が気にする。
周囲に花が咲いたような華やかな二人を見て、今日はフィルクと一緒に過ごすはずだったのにと不貞腐れる。後ろの護衛が空気だ。
ノイラが向かっていると、対となる属性の者が近付いてくると気づいてレイランが顔を歪める。そして、ノイラに聞こえないように声をひそめてフィルクに囁く。
「……ねぇ、いくら弾けるからってずっと一緒にいるのは貴方によくない影響を及ぼすわよ」
「……それもそうだね」
二人の会話が聞こえていないノイラは蚊帳の外にいる自分を自覚してにこりと不慣れな笑顔を歪に浮かべる。
「こんにちは。今日はなにをしにいらしたのですか?」
「ごきげんよう。ごめんなさいね、事前に来ることを言っておけばよかったのだけれど、こんな危険な山奥では手紙も届かなくて。でも空気は澄んでていい場所だと思うわ」
(この家の周りは瘴気で薄汚れているのだけれど)
そんな口には出せない思いをレイランは笑顔の裏に隠す。
「ああ、ありがとうございます」
「ふふ。私が今日ここに来たのは、ただフィルクとお話する為だけ。迷惑だとはわかってるけど、なんだか心配で」
「……そうですか。うちのフィルクがなにかご迷惑をおかけしてしまったのかと思ってしまいましたが、粗相を仕出かしていないのなら良かったです」
レイランは数言交わしただけでなにか通ずるものを感じたのか若干の棘が言葉に含まれていた。負けじと若干の嫌味を織り交ぜた言葉をレイランに送る。
フィルクと付き合ってからの初めての恋敵。
いや。
今は恋敵とか勘違いできるが近いうちに浮気相手とも認識されなくなるだろう。
「……ああ、すみません。今日は少し体調が優れないもので」
「えっ!?そんなこと言ってな……」
「お前は少し黙ってろ。自室で休ませて頂いても?」
お前が俺の体調悪くしたんだろうが。体調と言うよりは痛み……。
焦ったように口を挟んでくるフィルクを睨むとピクリとレイランが反応するが口には出さなかった。
「ええ、お休みになって。そんな時に来てしまってごめんなさい」
「いえ、俺の体調管理がなってなかっただけのことです。フィルクとゆっくりしてってください」
「そうさせてもらうわ」
そう言うと二人を残して自室へと向かった。
ぱたんと扉を閉め、ベッドにダイブする。
「……どーせお邪魔ですよー。フィルクの野郎、守るっつってたじゃん、嘘つき」
口を尖らせて仰向けに大の字で寝っ転がる。
「……あ、そういやあいつら忘れてた」
今頃地下室にいるだろう三人組だ。家に来るかと誘ったのに来ていない。
「でも俺瘴気……、あっ、少し離れた所に新しく家建てりゃいいよな」
すぐさま見つかった瘴気への対策。
「暇だし呼んでこよ」
よい、っしょ!と勢いつけてベッドから立ち上がって部屋から出ようと扉に。
ドアノブに触れようとすると、数個先の部屋から楽しげに笑い合う二人の声が聞こえてきた。思わず手を止め、廊下に出たくないなと呟いた。
「……窓からで、いいや」
音を立てないよう窓を開放し、窓枠に足をかける。痛みを我慢して乗り上がり、浮遊魔法を唱えて飛び上がった。
◇◆◇
「いるかー?いるよなー」
「ノイラ様!大丈夫!?」
お馴染みの光景、断りもせずに扉を開け、中の三人が切羽詰まった顔で駆け寄ってくる。
「は?なにが?」
「フィルク様になにかされたか!?」
「なにって……な、なんだよ!?なんでそんなこと聞くんだ!?」
「……え?」
なにかされたかと聞かれ、まず思い浮かべたのは色々と乱れた映像。かぁっと赤くなってなんだよ!と捲し立てるノイラの表情に悟った三人は顔を青くする。
「……え、え……も、もう付き合ったのか……?」
「つ……っ!?な、んで知って……!?」
「あああっ!?くっそあのいけ好かない野郎!横取りしやがって!」
「……嘘だろ……」
「へっ……?ノ、ノイラ様マジっすか……?」
「……」
赤い顔のままこくりと顔を縦に振る。
三人の悲鳴が地下室中に響き渡った。
「や、違うんだ、フィルクは多分遊びだ」
「……遊び?」
「あ、ああ、だって有り得ないだろ?その、あんなにみんなから好かれてるフィルクが、歳もいってて闇属性の俺なんか本気で好きになるとか。フィルクも結構バカだよな、おじさんがガチになるってわかってねぇもんな」
なるべく暗い空気にならないようふへへと笑いながらおどける。
「……遊び。遊び、ね。……そうだよね」
肯定の言葉にノイラは笑顔のまま固まって唇の端が少し下がった。
三人には否定してほしかったのかもしれない。フィルクは、俺を好いているはずだと。だから勝手に裏切られたような気分になって。
「フィルク様とは遊びかもしれないけど、俺たちは本気だよ」
予想だにしなかった言葉に今度こそ笑顔を保てなかった。
「……は……?」
「今、こんなこと言ったらノイラ様は混乱するだろうけど……俺、ノイラ様が好きなんだ」
「おいずりーぞ。俺だってノイラ様のこと好きだ!」
「ちょっと!僕が空気薄くなっちゃうじゃないっすか!僕だって好きなのに!」
「へ、え……?」
情報過多でヤバい。頭クラクラする。
我慢していた痛みも祟ってふっと身体の力が抜けた。
だが、目の前にいたツフリに抱きとめられる。
「……んぇっ!?」
ま、俺こんな貧弱だったか!?歳!?
「ちょ、大丈夫で……っ、……え」
色々とごちゃまぜになって整理しきれない頭では考えることができず、大人しくツフリの腕に収まっているノイラは、呆然としたツフリの声には気づかなかった。
「これ……」
「ん?……は?」
「なんすか……え」
「ん……?」
三人がノイラの服の隙間から覗く白い肌の至る所にある赤い痕に目が釘付けになる。
「……?」
気づかないノイラはぽすっとツフリに身体を預ける。
「あ~……疲れた……ひっ、あ゛っ!?」
突然襟を開いて顔をそこに埋めるツフリ。すると鋭い痛みと、ぢゅっ、という音が首から鳴った。服では隠れない首の上の方に赤い花が咲いていた。
「ツフリ……っ!?な、なに……っ」
「ん~……俺のだって示さないと?」
ぺろっと口の端を舐める仕草に色気を感じて顔が赤くなる。
「えっずるいっすよ!僕もやるっす!」
「え、へっ!?あ゛っ、んぅ……っ!」
なぜかヒルカまでも反対側に顔を寄せ、また小さく鋭い痛みと、ほんのりとした甘い気持ちよさがノイラを襲った。
「……」
「ひぁっ!ん゛ぅ~……っ!」
項にも。ストークは無言だった。ノイラの首を掴んで押さえ、ふっと熱い息をかけてから柔らかいものが触れた。
「な、なにして……っ!」
首を守るように押さえてキスマだと認識したノイラは顔をこれでもかと真っ赤にしながらぱくぱくと鯉のように口を開閉する。
「だから、言ったでしょ?印。俺たちのものだって」
「俺はっ、物じゃない!ってか、なんで印なんか……!」
「子供じゃないんだからわかるだろ?自分の物、好きな物には自分の印をつけとくんだよ」
自分の物、好きな物……?
……俺のことを言ってるのか……?
「……まともじゃねぇだろ。お前ら狂ってんのか。……あ、あれか?闇属性だから珍しい的な気分で?……それも結構ひでーな」
はははーと笑い飛ばして水に流そうとしたのに三人は逆にノイラを逃がさないよう囲んでくる。
「はぁ?なんだよ、狂ってるとか。別に闇属性だから好きなんじゃねーよ。大体ノイラ様以外の闇属性は嫌いだ。見境なく人を殺すからな。ノイラ様だから、好きなんだ」
「そうっすよ。他の闇属性どころかノイラ様以外の人間に興味はないっす。ノイラ様だから好きで、ノイラ様だからたくさん愛を囁きたい。うわっ、僕キザっすね~!惚れました?」
「惚れるわけ、ねーだろが……」
なんだか、デジャブ。三人の表情は至って真剣で軽くあしらっていいものではないと気づく。
「……お前らの気持ちは嬉しいけど、俺フィルクと一応付き合ってるらしいから……」
「わかってる。でも遊びでしょ?ノイラ様、我慢できなくなったら別れて、俺たちのところ来て。俺たちは絶対にノイラ様を不安にさせることなんてしない」
「……それを女の子に言ってたらカッコついたぜ」
「ノイラ様だから言ったの」
「ん……」
流石にこれは受け入れざるをえない告白。顔を少し赤くして、背けながらありがとうとぽつりと呟いた。
「……でもさすがに告白する前に痕つけんのは急すぎるぞ」
「あ、あれは、勝手に身体が動いて……!」
「苦しー言い訳」
「あそういやノイラ様なんで来たんだ?」
あっ!とここに来た目的を思い出した。
「お前ら俺の家近くに住まないか?ここではお前らの成長に支障をきたす」
「……服もらっただけでもありがたすぎるのに家までもらったら恩が尽きないよ」
「俺に尽くせ」
「……どうせ申し訳ないって断っても無理矢理連れていくんでしょ。行くよ」
「そうっすね!ずっとノイラ様の家に入り浸って監視もできるっす!」
「あ、ずっと一緒にいるのはやめてくれ。お前らに瘴気を弾けないだろ?いっそ金だけ残して俺がいなくなりゃいいんだろうがフィルクの傍にいたくてな……」
申し訳ないと謝るノイラを困ったように見る三人。
「なんで謝るんすか。……でも確かに僕たちには弾けない、ってゆーのもそうっすね……」
「……どっかで。どっかの書物で読んだことあった。聖属性の魔法が込められている物を身につけていれば瘴気は問題ないはずだ」
ツフリの言ったことにはノイラにも覚えがあった。
聖属性がいない歳でも闇属性は必ずいた。人間を身体的にも精神的にも蝕む闇の瘴気の対策として聖女が溜めていた聖水。聖属性の力が込められているその水をペンダントなどの簡単に身につけられる物にかけるとその物には聖魔法がかかる。目に見えないバリアのようなものだと思ってもらえばいい。
「今うちに聖女がいるぞ」
何を思ってかおもむろにそんなことを言い出す。
聖女は最低限の護衛しか引き連れていなかった。恐らく王族の保護下にありながら内密に抜け出してきたのだ。ノイラとフィルク以外に知られては聖女の居場所を洩らしたとして二人は首が飛ぶ。
そもそも聖女がいるからっておいそれと国家遺産級の聖水を生成してもらえるわけがない。
そのことを頭の中では理解しているノイラだったが口から滑り出てしまった。
「え……」
「……え?え、あっ、俺、なに言って……っ?今の忘れてくれ、ああ、もう……」
今日は色々なことがありすぎて身体が言うことを聞かない。
「……うっ!?……もう、帰らないと。今週までに家を建てる依頼するからそれまでの辛抱だ」
「辛抱って……」
「こんな部屋が住み心地言い訳ねーだろ。もう帰る」
なぜか悪寒を感じぶるっと身体が震える。言い知れぬ本能が今すぐ家に帰れと告げていた。困ったように眉をひそめる三人たちにぶっきらぼうに別れを言ってすぐさま家へと転移する。
◇◆◇
「……最初から部屋から転移すりゃ良かったわ……」
なぜわざわざ窓から出たのだろう……。
自室に転移すると如何に自分がみっともなく嫉妬に駆られて、まともな判断すらできなくなっていたと思い知らされた。
「くそ、バカバカしい。フィルクなんかどうせ俺の事、飽きて捨てられんだから……」
「まーだそんなこと言ってんの?」
「ひっ!」
フィルクの声がしたと思ったらドンッ!と顔の真横の壁に強く手をついていた。
「ねぇ、勝手に家出たでしょ」
「はへ……な、なんのことで――」
「一人で無断外出は恋人として失格じゃないですか?さっき覗いたらいなかったんですよ。で、なぜか魔力の残穢が残ってるし。いつもなら残さないのに。俺に追いかけられたいとでも思ったんですか?行先はあの三人のところですよね?なにしに行ったんですか?浮気?」
「まっ、待って、触んな、なんだその手つき!?それにいっぱい喋りすぎて頭がついてかねーよ……!」
笑顔の質問攻めに頭がサァッと血の気が引く。一人で外出くらい何度もあったのに付き合ったから、と言ってフィルクの中で一人の外出はダメになったようだ。
加えて、壁をついてる手とは反対の手がいつの間にかローブを退けて腰に触れて、しばらくそこで落ち着いていたと思ったらスス……と上に移動して、腰、脇腹、脇の下、肩、鎖骨、首、顎、頬へと。ゆっくりと堪能しているかのように移動していって、その優しげな手つきはあの夜を思い出させてよくない。
「話を逸らさないでください。浮気なんですか?」
「浮気!?俺が!?なんの冗談だよ、誰がこんなオジサンと付き合うってんだ!嫌味か!?遠回しに俺の顔が良くないってんだな!?」
「……違うんですか?」
「それ言ったらお前だって……!あ、いや、なんもない」
お前だって聖女と浮気しようとしてるだろ?そう言おうとして慌てて口を閉ざす。
フィルクはそんな素振り見せてない。俺の勝手な嫉妬で浮気なんて言ったら失礼だ。人間的に問題ありすぎるし束縛激しすぎてフィルクが離れていくことを早めてしまう……。
「お前だって?俺がなんですか」
「いや、なんでも、ん、?んだよ……?」
唇をふにふにと触ってなんだか落ち着かない。てかいつまでこの壁ドン体制なんだよ。他の人に見られでもしたら俺セクハラ疑われる側だぞ。
他の人……。
「あっ!?聖女様は!?」
「リビングにいますけど?」
さも当然のことかのように言っているフィルクだがノイラの心は一瞬で荒波立つことになる。
未来の結婚相手ほっぽって何してんだよマジで!?
「は!?いや、お前なにしてんだよ!早く行けよ!なんでここにいるんだよ……」
唇に触れていた手を慌てて払って両手をフィルクの肩に、ぐっと力を込めて押す。
正確には、押そうとした。
「ん!?おま、なに抵抗して……っ!?」
「いや、必死で可愛いなぁって」
「んなこと言ってる場合じゃねーんだよ!この……っ、わからずや!フィルクのバカ!」
思わず口走った言葉にはっとなるがもう口に出してしまっては戻せない。
「わからずや?俺が?」
「……ああ、そうだ。俺が珍しくお前に配慮してやってんのにお前はノロノロして動こうともしねぇ」
「配慮?どこが?」
「はぁ!?んなこと言ってる場合じゃねぇって何回も……」
「どこが?」
「へ……っ」
圧。
笑顔の圧に押し潰されそうだった。
こんな子じゃなかったよな、フィルクって。俺育て方間違えた?いや闇の魔力にあてられておかしくなったのか……?
「え……っと、いや、お前が聖女と仲良くできるように俺が一人でいる……?」
「なんで俺がレイと仲良くするようにするんですか?」
「へ、なんで、って……」
未来の、結婚相手、だから……?
「……また変なこと考えてません?俺がレイのことが好きだとか」
「へっ!?」
「まあ好きっちゃ好きだけどそれは――」
「えっ!?」
え?
ノイラの驚きの声の後に明らかにおじさんではない、若い女の子の驚いたような、嬉しそうな声がする。
「フィー、私の事好きなの……?」
いつの間にか、扉が少し開いていて、その隙間からレイランが、熟れた林檎のような恥じらいの朱が差した頬を惜しげも無く晒していた。
まるで恋する乙女の象徴のように美しく、愛らしかった。
フィルクもまた、視線をノイラからレイランに移して。
これ以上ないほどお似合いの二人が見つめあっているようで、ノイラはあられもなく泣きそうになる。
ちくりと、また胸の痛み。
「……いや、それは」
「私、フィーのことが好き。出会った頃からずっと好きだったの。一目惚れで。初めて会った時、私がまだ聖女じゃなかった時。平民の私に価値なんてなかったのにたまたま通りかかっだけの公爵家の貴方が、魔物に襲われてる私を助けてくれた。その時から、ずっと……」
熱に浮かされたようにぽつぽつとフィルクへの愛を語り出すレイランに、今度こそノイラは我慢できなかった。溢れ出そうになった涙を、誰にも見つからないように堪え、滲む程度になんとか抑える。フィルクの方が背が高く、俯いていたノイラの涙には気づくことがなくて、安心したような傷ついたようなもやもやとした心境だった。
「……これが、私からフィーへの愛」
「……驚いた。レイがそんな俺のことを想っててくれてるなんて……でも……」
ちらりとノイラを申し訳なさそうに見る。ノイラは、その目で、ああ、もう俺捨てられるんだ。と一層胸の痛みが増す。
「フィルク」
親のような気持ちで。息子を晴れやかに送り出すように。
できるだけ罪悪感を生ませない笑顔を浮かべるよう努める。
フィルクが言葉を失って目を見開いた。
「別れよう。ごめんな、今まで付き纏って。そんで、お前は幸せな人生歩め」
「……は……?のい、らさん、は……」
静かにそう告げたノイラにフィルクは目から瞳が零れ落ちそうなほど大きく見開いた。そんな時でも顔は変わらずいいんだからずるい。
「……俺?……心配すんなって、老いぼれになってもツフリたちの所でなんとか寂しく死なないように頼むからさ。お前が気にすることじゃねぇ」
「……え?フィーと貴方、付き合ってたの?本当に?」
疑ってます、と顔全体で語るレイラン。
そりゃそんな顔にもなるよな。貴族の華とただちょっと魔法が使えるだけのジジイ。しかも闇属性の嫌われ者ときた。俺だって他にこんなやつがいたらまず疑う。てか信じねぇ。
「まーな?すげぇでしょう。魔法でフィルクなんざ一発です。ま、ハリボテみたいなモンですけど。真実の愛ってやつを聖女様に感じたらしいんで。安心してくださいよ、未練なんかないですし、お二人で幸せな家庭を築いてください」
あれ俺なに言ってんだろう。勝手に言葉が出てくる。
いつになく流暢に話すノイラは頭が真っ白だった。
もうここにいたくない。フィルクの俺以外の恋人なんて見たくない。幸せなんてなくていいから一緒にいたい。
別れたくなんか、ない。
「……っ、そうですか……!」
本当に嬉しそうに顔を輝かせ、期待の瞳をフィルクに向ける。
「はい。なので俺は……えっあ、んっ……ん!?んんっ、ん~っ!……っ、あぅ……ん、……!んゃあっ!な、なにぃ……っ!?あふ……っ」
「ん……」
俺は身を引いて、ゆっくり暮らしますよ。そんな言葉は唇を塞がれて言えなかった。
顔を掴まれてフィルクの方に向かせられ、瞳孔が開いても綺麗な瞳がめいっぱいに広がった。次には唇に熱い吐息がかかり、唇同士が触れた。今までにないくらいの乱暴な接吻で、唇が触れた途端にフィルクの舌でノイラの唇をこじ開けた。くちゅ、ちゅ、と音を立てて、突然のことに呆然とするレイランに見せつけるように時折唇を離して艶やかな糸を引く。
口腔を犯されたような気分になったノイラはふっと腰が砕けて全身の力が抜け落ちる。フィルクに抱きとめられ、顔をフィルクの肩に埋めた。いや、フィルクに後頭部を押さえられて埋めざるをえなかった。
口付けの後のノイラの顔は蕩けきって唇の端からとろりと二人の混ざりあった涎が垂れていた。扇情的で、とてもフィルク以外の人間には見せられなかった。ノイラは自己評価が最低だが他人から見たら整っている方なのだ。ただもさい髪型で隠れているだけで。太陽ではなく、月。月下美人の容貌にピッタリ。
一方ノイラは頭がはてなマークで埋め尽くされていた。だがそんな頭もフィルクを見ればすぐに吹っ飛んで“フィルクの色気がヤバい”としか考えられなかった。
憂いを帯びた影のある顔、白肌の中にぺろりと唇を舐める赤、さらさらで光沢のある柔らかな色味の金髪がさらりと顔にかかる。
ノイラもレイランも、遅れてやってきた護衛でさえも見蕩れてしまう美貌だった。“容姿端麗”とはまさにフィルクの為のようで。
「ぁ……フ、フィー……?」
「ん?なに?」
「え……私のことが好き、なんじゃ……」
「あはは、誰がそんなこと言ったの?間違ってるよ、それ。レイのことは好きだけど親愛の意味だ。決して恋愛じゃない。俺が愛してるのは、ノイラさんだけだ」
「ふぁ……?」
撫でるように頭を抱え込み、甘ったるい声で“愛してます”と繰り返す。
「な……っ、な、なっ、なんなの!?なんでそんなおじさんを選ぶの!?闇属性だし、ゴミほども役に立たない!顔だって平凡だし、平民で身分もつり合ってない!なにより、私の方がフィルクを満足させられる!胸もあるし、身体だって柔らかい!そんなおじさんの身体のどこがいいの!?」
捨てられた羞恥とありえないという嫉妬心がノイラを貶す言葉を捲し立てる。
「……っ、ぅ……そ、そうだ、ふぃるく、おれ、お、おれ……っ、おまえ、と、なんにも、つりあってない、んだぜ……?はは……っ、わらえるよな……だ、から、ぅ、ひきとめるような、まねすんの、やめて……お、おれが、みじめになる……!」
ぶり返してきた涙。今度は滲むだけにとどめられなくてぼろぼろと堰を切ったように溢れ出して止められない。
レイランの言葉は全部合ってる。
闇属性なんかでは人を助けることはできない。人を傷つけることしかできなくて役に立たない。産まれてこの方一切自分の顔になんて気を遣ったことがなくて身なりも酷い。伯爵位から落とされて平民だなんて貴族としての恥じで傷。ジジイの身体なんて見てても勃たないし興奮だってしない。胸は無いし身体はあちこちにガタがきてて無理はできないし固い。穴は入念に解さないと入らない。汚いし、気持ちよくない。
「惨め?誰がそんな気分にさせるんです?」
「ひぐっ、う、おまえだっ、ばか……っ!うぅ~っ、もう、となりに、いたくない……!」
「そんな素っ気ないこと言わないでください。うっかり閉じ込めちゃいそうなんです」
「う、とじ……?」
にこりといい笑顔で物騒なことを言って、思わずノイラの頭がその言葉を否定して上手く飲み込めない。
「ね、ねぇ!私のこと忘れてない!?」
「……ごめん、帰ってもらっていい?ノイラさんに色々と教えこまないといけないから」
「はぁ!?ねぇえ!ほんとに意味わっかんない!ねぇ私と一緒に来てよぉ!私フィルクとじゃなきゃ結婚できないぃ!他の男とか攻略対象じゃレベルが低すぎるの!ってかなんで悪役のはずのノイラに恋しちゃってるわけ!?あぁもうっ!この世界で一番スペックが高くて顔がいいのはフィルクだけなのにっ!」
ドタドタと地面を踏みしめるような足音と共に誰かの金切り声が聞こえるが、フィルクに耳を塞がれて内容がよく聞こえない。不安になってフィルクを見上げる。
「んぇ……?ふぃ、ふぃるく……っ、なに……?」
「いえ、なんでもないですよ。戯言をほざいてるだけですので。……んだよ……レイ。前世のことはノイラさんの前で話すな」
声が低くなる。
フィルクは日本から来た転生者で、乱雑な性格なうえに粗暴。それが本性らしい。
「…………へっ?……前世?……フィルクも……?」
「そうらしいな。いいから黙れ。ノイラさんに毒だ」
「え、?えじゃあもっと私たち結婚すべきじゃない!同じ境遇者同士助け合うべきよ!」
「……はぁ……うるせーな、俺が愛してんのはノイラさんだけっつったろ。いいから早く帰れよ。これ以上居座んなら強硬手段も手だよな?」
「っ……、わ、わかったわよ!今日はこれまでだからね!次来た時は承諾させてみせるから!」
笑みすら浮かべずに無表情でそう言い放つフィルクの目は据わっていた。聖女をどうこうするという犯罪者の目だった。しかも聖属性なのにどす黒い魔力を放出している。
得体の知れない魔力に怯え、慌てて家から出ていったレイランを見て、ようやくノイラの耳から手を離す。
「ん……っ、なに……聖女様、帰っちゃったじゃねーか……」
「ノイラさん」
「なんだ……ひゅっ」
目尻に涙が残っていた目でフィルクを睨むが、怒りのタガが外れたフィルクは、かじろうて作った笑顔が逆に般若のように見える。
恐ろしさに喉がしまってカタカタと身体が震え出す。
「今から俺の部屋来てください」
「はひぃ……」
「ああ、あとこれも。自白魔法」
「へっ!?な、なんで……っ」
「いいから。行きますよ」
有無を言わせないフィルクの声に従わないはずがなかった。
「う゛ぅ~……いい匂いするぅ……」
痛みに唸りながら鼻をひくつかせる。先程から何かが焼ける音と一緒に香ばしい匂いが漂ってきていてお腹が鳴る。
「ふふ、大丈夫ですか?今日はずっと守られててくださいね」
「守るって……足になりゃいいんだよ。俺んが強い」
「そうですね」
手を腰に当ててふんと鼻息荒くそう言うが、本当に子供のようだ。柔らかく微笑むフィルクの方がよっぽど大人。
「さ、できましたよ。座ってください」
◇◆◇
お腹が満たされたノイラはいつものこと。ただ、今日からは心や身体まで満たされていく。
喉が渇いたら言わずとも「喉渇きました?」とフィルクが茶を淹れる。
眠いなと思ったら言わずとも「横になってください。楽な姿勢でいたら痛みも和らぎますよ」とブランケットをかけてくれる。
お腹空いたなと感じたら言わずとも「今日も胃に優しいものにしますか」と愛情たっぷり込められた手料理を作ってくれる。
いつもより至れり尽くせりだった。
「俺廃人なる……」
「いいですよ、なっても」
「ダメだろ!」
にこにこ笑顔で恐ろしいことを言い放つフィルクをむぅと睨む。
「……甘やかすのは、今日で終わりだ。そろそろ痛みも引いてきたし、明日からはいつも通りな。マジで生活能力なくなっちまう。お前は駄目人間製造機だ」
一目惚れ製造機でもある。恋敵が増えるだろうが。ブスになれ。
「え~、俺ノイラさん限定ですよ?他の人にはこんな世話焼いたりしません」
「嘘つけ。歯の浮くようなセリフばっか言いやがって。一緒に暮らしてるからだろ。お前が他の人と住んだら全員駄目人間になる。……恋人も……多くなるよな……」
「恋人って……俺の好きな人はノイラさんだけですよ」
「あーはいはい。わかってる」
一時の気の紛れだ。どうせ離れてくなら期待はよして今だけの夢を見よう。
「ノイ――」
――コンコン。
言い募ろうとしたフィルクの言葉を遮る扉をノックする音が聞こえる。
「あ?誰だよ」
「さあ……出てきますね」
俺の幸せな時間を邪魔しやがって。人が人だったらシバき倒してやろ。
凶悪な目付きになるノイラに苦笑しながらフィルクが立ち上がる。
「フィー?いる?」
ノイラが固まった。
レイランだ。
フィルクも一瞬動きを止めたが慌てて小走りで扉に向かう。
「フィルク!」
無意識的に呼び止める言葉が飛び出た。
「え?なんですか?」
きょとんとしたフィルクの顔にはっと我に返る。
「……え?あ、いや、なんでも……」
「?そうですか」
さっと振り返って「待ってー」と間延びした声でレイランを迎えに行く。
「……俺バカだろ……てか、俺絶対邪魔だよな。挨拶だけしたら自分の部屋行こ。失礼だとか知んねぇよ、急に来たのはそっちだろ」
なんで闇属性が住んでるって知ってるだろうに来たんだよ。無防備すぎるんじゃねーの。
ちくちくとした痛みが嫉妬によるものだと自覚してから、ぶつくさとお偉い様のアポなし訪問に文句を垂れる。
どうぞ、入って。そんな優しげなフィルクの声を聞いて、立ち上がる。未だ痛みを感じる身体を引きずって二人のいる場所へ向かった。
「こめんなさい、事前に言っておくこともしないで」
「いやいいよ。気にしないで」
そんな会話が聞こえてきてむっと顔をしかめる。
良くねーよ、俺が気にする。
周囲に花が咲いたような華やかな二人を見て、今日はフィルクと一緒に過ごすはずだったのにと不貞腐れる。後ろの護衛が空気だ。
ノイラが向かっていると、対となる属性の者が近付いてくると気づいてレイランが顔を歪める。そして、ノイラに聞こえないように声をひそめてフィルクに囁く。
「……ねぇ、いくら弾けるからってずっと一緒にいるのは貴方によくない影響を及ぼすわよ」
「……それもそうだね」
二人の会話が聞こえていないノイラは蚊帳の外にいる自分を自覚してにこりと不慣れな笑顔を歪に浮かべる。
「こんにちは。今日はなにをしにいらしたのですか?」
「ごきげんよう。ごめんなさいね、事前に来ることを言っておけばよかったのだけれど、こんな危険な山奥では手紙も届かなくて。でも空気は澄んでていい場所だと思うわ」
(この家の周りは瘴気で薄汚れているのだけれど)
そんな口には出せない思いをレイランは笑顔の裏に隠す。
「ああ、ありがとうございます」
「ふふ。私が今日ここに来たのは、ただフィルクとお話する為だけ。迷惑だとはわかってるけど、なんだか心配で」
「……そうですか。うちのフィルクがなにかご迷惑をおかけしてしまったのかと思ってしまいましたが、粗相を仕出かしていないのなら良かったです」
レイランは数言交わしただけでなにか通ずるものを感じたのか若干の棘が言葉に含まれていた。負けじと若干の嫌味を織り交ぜた言葉をレイランに送る。
フィルクと付き合ってからの初めての恋敵。
いや。
今は恋敵とか勘違いできるが近いうちに浮気相手とも認識されなくなるだろう。
「……ああ、すみません。今日は少し体調が優れないもので」
「えっ!?そんなこと言ってな……」
「お前は少し黙ってろ。自室で休ませて頂いても?」
お前が俺の体調悪くしたんだろうが。体調と言うよりは痛み……。
焦ったように口を挟んでくるフィルクを睨むとピクリとレイランが反応するが口には出さなかった。
「ええ、お休みになって。そんな時に来てしまってごめんなさい」
「いえ、俺の体調管理がなってなかっただけのことです。フィルクとゆっくりしてってください」
「そうさせてもらうわ」
そう言うと二人を残して自室へと向かった。
ぱたんと扉を閉め、ベッドにダイブする。
「……どーせお邪魔ですよー。フィルクの野郎、守るっつってたじゃん、嘘つき」
口を尖らせて仰向けに大の字で寝っ転がる。
「……あ、そういやあいつら忘れてた」
今頃地下室にいるだろう三人組だ。家に来るかと誘ったのに来ていない。
「でも俺瘴気……、あっ、少し離れた所に新しく家建てりゃいいよな」
すぐさま見つかった瘴気への対策。
「暇だし呼んでこよ」
よい、っしょ!と勢いつけてベッドから立ち上がって部屋から出ようと扉に。
ドアノブに触れようとすると、数個先の部屋から楽しげに笑い合う二人の声が聞こえてきた。思わず手を止め、廊下に出たくないなと呟いた。
「……窓からで、いいや」
音を立てないよう窓を開放し、窓枠に足をかける。痛みを我慢して乗り上がり、浮遊魔法を唱えて飛び上がった。
◇◆◇
「いるかー?いるよなー」
「ノイラ様!大丈夫!?」
お馴染みの光景、断りもせずに扉を開け、中の三人が切羽詰まった顔で駆け寄ってくる。
「は?なにが?」
「フィルク様になにかされたか!?」
「なにって……な、なんだよ!?なんでそんなこと聞くんだ!?」
「……え?」
なにかされたかと聞かれ、まず思い浮かべたのは色々と乱れた映像。かぁっと赤くなってなんだよ!と捲し立てるノイラの表情に悟った三人は顔を青くする。
「……え、え……も、もう付き合ったのか……?」
「つ……っ!?な、んで知って……!?」
「あああっ!?くっそあのいけ好かない野郎!横取りしやがって!」
「……嘘だろ……」
「へっ……?ノ、ノイラ様マジっすか……?」
「……」
赤い顔のままこくりと顔を縦に振る。
三人の悲鳴が地下室中に響き渡った。
「や、違うんだ、フィルクは多分遊びだ」
「……遊び?」
「あ、ああ、だって有り得ないだろ?その、あんなにみんなから好かれてるフィルクが、歳もいってて闇属性の俺なんか本気で好きになるとか。フィルクも結構バカだよな、おじさんがガチになるってわかってねぇもんな」
なるべく暗い空気にならないようふへへと笑いながらおどける。
「……遊び。遊び、ね。……そうだよね」
肯定の言葉にノイラは笑顔のまま固まって唇の端が少し下がった。
三人には否定してほしかったのかもしれない。フィルクは、俺を好いているはずだと。だから勝手に裏切られたような気分になって。
「フィルク様とは遊びかもしれないけど、俺たちは本気だよ」
予想だにしなかった言葉に今度こそ笑顔を保てなかった。
「……は……?」
「今、こんなこと言ったらノイラ様は混乱するだろうけど……俺、ノイラ様が好きなんだ」
「おいずりーぞ。俺だってノイラ様のこと好きだ!」
「ちょっと!僕が空気薄くなっちゃうじゃないっすか!僕だって好きなのに!」
「へ、え……?」
情報過多でヤバい。頭クラクラする。
我慢していた痛みも祟ってふっと身体の力が抜けた。
だが、目の前にいたツフリに抱きとめられる。
「……んぇっ!?」
ま、俺こんな貧弱だったか!?歳!?
「ちょ、大丈夫で……っ、……え」
色々とごちゃまぜになって整理しきれない頭では考えることができず、大人しくツフリの腕に収まっているノイラは、呆然としたツフリの声には気づかなかった。
「これ……」
「ん?……は?」
「なんすか……え」
「ん……?」
三人がノイラの服の隙間から覗く白い肌の至る所にある赤い痕に目が釘付けになる。
「……?」
気づかないノイラはぽすっとツフリに身体を預ける。
「あ~……疲れた……ひっ、あ゛っ!?」
突然襟を開いて顔をそこに埋めるツフリ。すると鋭い痛みと、ぢゅっ、という音が首から鳴った。服では隠れない首の上の方に赤い花が咲いていた。
「ツフリ……っ!?な、なに……っ」
「ん~……俺のだって示さないと?」
ぺろっと口の端を舐める仕草に色気を感じて顔が赤くなる。
「えっずるいっすよ!僕もやるっす!」
「え、へっ!?あ゛っ、んぅ……っ!」
なぜかヒルカまでも反対側に顔を寄せ、また小さく鋭い痛みと、ほんのりとした甘い気持ちよさがノイラを襲った。
「……」
「ひぁっ!ん゛ぅ~……っ!」
項にも。ストークは無言だった。ノイラの首を掴んで押さえ、ふっと熱い息をかけてから柔らかいものが触れた。
「な、なにして……っ!」
首を守るように押さえてキスマだと認識したノイラは顔をこれでもかと真っ赤にしながらぱくぱくと鯉のように口を開閉する。
「だから、言ったでしょ?印。俺たちのものだって」
「俺はっ、物じゃない!ってか、なんで印なんか……!」
「子供じゃないんだからわかるだろ?自分の物、好きな物には自分の印をつけとくんだよ」
自分の物、好きな物……?
……俺のことを言ってるのか……?
「……まともじゃねぇだろ。お前ら狂ってんのか。……あ、あれか?闇属性だから珍しい的な気分で?……それも結構ひでーな」
はははーと笑い飛ばして水に流そうとしたのに三人は逆にノイラを逃がさないよう囲んでくる。
「はぁ?なんだよ、狂ってるとか。別に闇属性だから好きなんじゃねーよ。大体ノイラ様以外の闇属性は嫌いだ。見境なく人を殺すからな。ノイラ様だから、好きなんだ」
「そうっすよ。他の闇属性どころかノイラ様以外の人間に興味はないっす。ノイラ様だから好きで、ノイラ様だからたくさん愛を囁きたい。うわっ、僕キザっすね~!惚れました?」
「惚れるわけ、ねーだろが……」
なんだか、デジャブ。三人の表情は至って真剣で軽くあしらっていいものではないと気づく。
「……お前らの気持ちは嬉しいけど、俺フィルクと一応付き合ってるらしいから……」
「わかってる。でも遊びでしょ?ノイラ様、我慢できなくなったら別れて、俺たちのところ来て。俺たちは絶対にノイラ様を不安にさせることなんてしない」
「……それを女の子に言ってたらカッコついたぜ」
「ノイラ様だから言ったの」
「ん……」
流石にこれは受け入れざるをえない告白。顔を少し赤くして、背けながらありがとうとぽつりと呟いた。
「……でもさすがに告白する前に痕つけんのは急すぎるぞ」
「あ、あれは、勝手に身体が動いて……!」
「苦しー言い訳」
「あそういやノイラ様なんで来たんだ?」
あっ!とここに来た目的を思い出した。
「お前ら俺の家近くに住まないか?ここではお前らの成長に支障をきたす」
「……服もらっただけでもありがたすぎるのに家までもらったら恩が尽きないよ」
「俺に尽くせ」
「……どうせ申し訳ないって断っても無理矢理連れていくんでしょ。行くよ」
「そうっすね!ずっとノイラ様の家に入り浸って監視もできるっす!」
「あ、ずっと一緒にいるのはやめてくれ。お前らに瘴気を弾けないだろ?いっそ金だけ残して俺がいなくなりゃいいんだろうがフィルクの傍にいたくてな……」
申し訳ないと謝るノイラを困ったように見る三人。
「なんで謝るんすか。……でも確かに僕たちには弾けない、ってゆーのもそうっすね……」
「……どっかで。どっかの書物で読んだことあった。聖属性の魔法が込められている物を身につけていれば瘴気は問題ないはずだ」
ツフリの言ったことにはノイラにも覚えがあった。
聖属性がいない歳でも闇属性は必ずいた。人間を身体的にも精神的にも蝕む闇の瘴気の対策として聖女が溜めていた聖水。聖属性の力が込められているその水をペンダントなどの簡単に身につけられる物にかけるとその物には聖魔法がかかる。目に見えないバリアのようなものだと思ってもらえばいい。
「今うちに聖女がいるぞ」
何を思ってかおもむろにそんなことを言い出す。
聖女は最低限の護衛しか引き連れていなかった。恐らく王族の保護下にありながら内密に抜け出してきたのだ。ノイラとフィルク以外に知られては聖女の居場所を洩らしたとして二人は首が飛ぶ。
そもそも聖女がいるからっておいそれと国家遺産級の聖水を生成してもらえるわけがない。
そのことを頭の中では理解しているノイラだったが口から滑り出てしまった。
「え……」
「……え?え、あっ、俺、なに言って……っ?今の忘れてくれ、ああ、もう……」
今日は色々なことがありすぎて身体が言うことを聞かない。
「……うっ!?……もう、帰らないと。今週までに家を建てる依頼するからそれまでの辛抱だ」
「辛抱って……」
「こんな部屋が住み心地言い訳ねーだろ。もう帰る」
なぜか悪寒を感じぶるっと身体が震える。言い知れぬ本能が今すぐ家に帰れと告げていた。困ったように眉をひそめる三人たちにぶっきらぼうに別れを言ってすぐさま家へと転移する。
◇◆◇
「……最初から部屋から転移すりゃ良かったわ……」
なぜわざわざ窓から出たのだろう……。
自室に転移すると如何に自分がみっともなく嫉妬に駆られて、まともな判断すらできなくなっていたと思い知らされた。
「くそ、バカバカしい。フィルクなんかどうせ俺の事、飽きて捨てられんだから……」
「まーだそんなこと言ってんの?」
「ひっ!」
フィルクの声がしたと思ったらドンッ!と顔の真横の壁に強く手をついていた。
「ねぇ、勝手に家出たでしょ」
「はへ……な、なんのことで――」
「一人で無断外出は恋人として失格じゃないですか?さっき覗いたらいなかったんですよ。で、なぜか魔力の残穢が残ってるし。いつもなら残さないのに。俺に追いかけられたいとでも思ったんですか?行先はあの三人のところですよね?なにしに行ったんですか?浮気?」
「まっ、待って、触んな、なんだその手つき!?それにいっぱい喋りすぎて頭がついてかねーよ……!」
笑顔の質問攻めに頭がサァッと血の気が引く。一人で外出くらい何度もあったのに付き合ったから、と言ってフィルクの中で一人の外出はダメになったようだ。
加えて、壁をついてる手とは反対の手がいつの間にかローブを退けて腰に触れて、しばらくそこで落ち着いていたと思ったらスス……と上に移動して、腰、脇腹、脇の下、肩、鎖骨、首、顎、頬へと。ゆっくりと堪能しているかのように移動していって、その優しげな手つきはあの夜を思い出させてよくない。
「話を逸らさないでください。浮気なんですか?」
「浮気!?俺が!?なんの冗談だよ、誰がこんなオジサンと付き合うってんだ!嫌味か!?遠回しに俺の顔が良くないってんだな!?」
「……違うんですか?」
「それ言ったらお前だって……!あ、いや、なんもない」
お前だって聖女と浮気しようとしてるだろ?そう言おうとして慌てて口を閉ざす。
フィルクはそんな素振り見せてない。俺の勝手な嫉妬で浮気なんて言ったら失礼だ。人間的に問題ありすぎるし束縛激しすぎてフィルクが離れていくことを早めてしまう……。
「お前だって?俺がなんですか」
「いや、なんでも、ん、?んだよ……?」
唇をふにふにと触ってなんだか落ち着かない。てかいつまでこの壁ドン体制なんだよ。他の人に見られでもしたら俺セクハラ疑われる側だぞ。
他の人……。
「あっ!?聖女様は!?」
「リビングにいますけど?」
さも当然のことかのように言っているフィルクだがノイラの心は一瞬で荒波立つことになる。
未来の結婚相手ほっぽって何してんだよマジで!?
「は!?いや、お前なにしてんだよ!早く行けよ!なんでここにいるんだよ……」
唇に触れていた手を慌てて払って両手をフィルクの肩に、ぐっと力を込めて押す。
正確には、押そうとした。
「ん!?おま、なに抵抗して……っ!?」
「いや、必死で可愛いなぁって」
「んなこと言ってる場合じゃねーんだよ!この……っ、わからずや!フィルクのバカ!」
思わず口走った言葉にはっとなるがもう口に出してしまっては戻せない。
「わからずや?俺が?」
「……ああ、そうだ。俺が珍しくお前に配慮してやってんのにお前はノロノロして動こうともしねぇ」
「配慮?どこが?」
「はぁ!?んなこと言ってる場合じゃねぇって何回も……」
「どこが?」
「へ……っ」
圧。
笑顔の圧に押し潰されそうだった。
こんな子じゃなかったよな、フィルクって。俺育て方間違えた?いや闇の魔力にあてられておかしくなったのか……?
「え……っと、いや、お前が聖女と仲良くできるように俺が一人でいる……?」
「なんで俺がレイと仲良くするようにするんですか?」
「へ、なんで、って……」
未来の、結婚相手、だから……?
「……また変なこと考えてません?俺がレイのことが好きだとか」
「へっ!?」
「まあ好きっちゃ好きだけどそれは――」
「えっ!?」
え?
ノイラの驚きの声の後に明らかにおじさんではない、若い女の子の驚いたような、嬉しそうな声がする。
「フィー、私の事好きなの……?」
いつの間にか、扉が少し開いていて、その隙間からレイランが、熟れた林檎のような恥じらいの朱が差した頬を惜しげも無く晒していた。
まるで恋する乙女の象徴のように美しく、愛らしかった。
フィルクもまた、視線をノイラからレイランに移して。
これ以上ないほどお似合いの二人が見つめあっているようで、ノイラはあられもなく泣きそうになる。
ちくりと、また胸の痛み。
「……いや、それは」
「私、フィーのことが好き。出会った頃からずっと好きだったの。一目惚れで。初めて会った時、私がまだ聖女じゃなかった時。平民の私に価値なんてなかったのにたまたま通りかかっだけの公爵家の貴方が、魔物に襲われてる私を助けてくれた。その時から、ずっと……」
熱に浮かされたようにぽつぽつとフィルクへの愛を語り出すレイランに、今度こそノイラは我慢できなかった。溢れ出そうになった涙を、誰にも見つからないように堪え、滲む程度になんとか抑える。フィルクの方が背が高く、俯いていたノイラの涙には気づくことがなくて、安心したような傷ついたようなもやもやとした心境だった。
「……これが、私からフィーへの愛」
「……驚いた。レイがそんな俺のことを想っててくれてるなんて……でも……」
ちらりとノイラを申し訳なさそうに見る。ノイラは、その目で、ああ、もう俺捨てられるんだ。と一層胸の痛みが増す。
「フィルク」
親のような気持ちで。息子を晴れやかに送り出すように。
できるだけ罪悪感を生ませない笑顔を浮かべるよう努める。
フィルクが言葉を失って目を見開いた。
「別れよう。ごめんな、今まで付き纏って。そんで、お前は幸せな人生歩め」
「……は……?のい、らさん、は……」
静かにそう告げたノイラにフィルクは目から瞳が零れ落ちそうなほど大きく見開いた。そんな時でも顔は変わらずいいんだからずるい。
「……俺?……心配すんなって、老いぼれになってもツフリたちの所でなんとか寂しく死なないように頼むからさ。お前が気にすることじゃねぇ」
「……え?フィーと貴方、付き合ってたの?本当に?」
疑ってます、と顔全体で語るレイラン。
そりゃそんな顔にもなるよな。貴族の華とただちょっと魔法が使えるだけのジジイ。しかも闇属性の嫌われ者ときた。俺だって他にこんなやつがいたらまず疑う。てか信じねぇ。
「まーな?すげぇでしょう。魔法でフィルクなんざ一発です。ま、ハリボテみたいなモンですけど。真実の愛ってやつを聖女様に感じたらしいんで。安心してくださいよ、未練なんかないですし、お二人で幸せな家庭を築いてください」
あれ俺なに言ってんだろう。勝手に言葉が出てくる。
いつになく流暢に話すノイラは頭が真っ白だった。
もうここにいたくない。フィルクの俺以外の恋人なんて見たくない。幸せなんてなくていいから一緒にいたい。
別れたくなんか、ない。
「……っ、そうですか……!」
本当に嬉しそうに顔を輝かせ、期待の瞳をフィルクに向ける。
「はい。なので俺は……えっあ、んっ……ん!?んんっ、ん~っ!……っ、あぅ……ん、……!んゃあっ!な、なにぃ……っ!?あふ……っ」
「ん……」
俺は身を引いて、ゆっくり暮らしますよ。そんな言葉は唇を塞がれて言えなかった。
顔を掴まれてフィルクの方に向かせられ、瞳孔が開いても綺麗な瞳がめいっぱいに広がった。次には唇に熱い吐息がかかり、唇同士が触れた。今までにないくらいの乱暴な接吻で、唇が触れた途端にフィルクの舌でノイラの唇をこじ開けた。くちゅ、ちゅ、と音を立てて、突然のことに呆然とするレイランに見せつけるように時折唇を離して艶やかな糸を引く。
口腔を犯されたような気分になったノイラはふっと腰が砕けて全身の力が抜け落ちる。フィルクに抱きとめられ、顔をフィルクの肩に埋めた。いや、フィルクに後頭部を押さえられて埋めざるをえなかった。
口付けの後のノイラの顔は蕩けきって唇の端からとろりと二人の混ざりあった涎が垂れていた。扇情的で、とてもフィルク以外の人間には見せられなかった。ノイラは自己評価が最低だが他人から見たら整っている方なのだ。ただもさい髪型で隠れているだけで。太陽ではなく、月。月下美人の容貌にピッタリ。
一方ノイラは頭がはてなマークで埋め尽くされていた。だがそんな頭もフィルクを見ればすぐに吹っ飛んで“フィルクの色気がヤバい”としか考えられなかった。
憂いを帯びた影のある顔、白肌の中にぺろりと唇を舐める赤、さらさらで光沢のある柔らかな色味の金髪がさらりと顔にかかる。
ノイラもレイランも、遅れてやってきた護衛でさえも見蕩れてしまう美貌だった。“容姿端麗”とはまさにフィルクの為のようで。
「ぁ……フ、フィー……?」
「ん?なに?」
「え……私のことが好き、なんじゃ……」
「あはは、誰がそんなこと言ったの?間違ってるよ、それ。レイのことは好きだけど親愛の意味だ。決して恋愛じゃない。俺が愛してるのは、ノイラさんだけだ」
「ふぁ……?」
撫でるように頭を抱え込み、甘ったるい声で“愛してます”と繰り返す。
「な……っ、な、なっ、なんなの!?なんでそんなおじさんを選ぶの!?闇属性だし、ゴミほども役に立たない!顔だって平凡だし、平民で身分もつり合ってない!なにより、私の方がフィルクを満足させられる!胸もあるし、身体だって柔らかい!そんなおじさんの身体のどこがいいの!?」
捨てられた羞恥とありえないという嫉妬心がノイラを貶す言葉を捲し立てる。
「……っ、ぅ……そ、そうだ、ふぃるく、おれ、お、おれ……っ、おまえ、と、なんにも、つりあってない、んだぜ……?はは……っ、わらえるよな……だ、から、ぅ、ひきとめるような、まねすんの、やめて……お、おれが、みじめになる……!」
ぶり返してきた涙。今度は滲むだけにとどめられなくてぼろぼろと堰を切ったように溢れ出して止められない。
レイランの言葉は全部合ってる。
闇属性なんかでは人を助けることはできない。人を傷つけることしかできなくて役に立たない。産まれてこの方一切自分の顔になんて気を遣ったことがなくて身なりも酷い。伯爵位から落とされて平民だなんて貴族としての恥じで傷。ジジイの身体なんて見てても勃たないし興奮だってしない。胸は無いし身体はあちこちにガタがきてて無理はできないし固い。穴は入念に解さないと入らない。汚いし、気持ちよくない。
「惨め?誰がそんな気分にさせるんです?」
「ひぐっ、う、おまえだっ、ばか……っ!うぅ~っ、もう、となりに、いたくない……!」
「そんな素っ気ないこと言わないでください。うっかり閉じ込めちゃいそうなんです」
「う、とじ……?」
にこりといい笑顔で物騒なことを言って、思わずノイラの頭がその言葉を否定して上手く飲み込めない。
「ね、ねぇ!私のこと忘れてない!?」
「……ごめん、帰ってもらっていい?ノイラさんに色々と教えこまないといけないから」
「はぁ!?ねぇえ!ほんとに意味わっかんない!ねぇ私と一緒に来てよぉ!私フィルクとじゃなきゃ結婚できないぃ!他の男とか攻略対象じゃレベルが低すぎるの!ってかなんで悪役のはずのノイラに恋しちゃってるわけ!?あぁもうっ!この世界で一番スペックが高くて顔がいいのはフィルクだけなのにっ!」
ドタドタと地面を踏みしめるような足音と共に誰かの金切り声が聞こえるが、フィルクに耳を塞がれて内容がよく聞こえない。不安になってフィルクを見上げる。
「んぇ……?ふぃ、ふぃるく……っ、なに……?」
「いえ、なんでもないですよ。戯言をほざいてるだけですので。……んだよ……レイ。前世のことはノイラさんの前で話すな」
声が低くなる。
フィルクは日本から来た転生者で、乱雑な性格なうえに粗暴。それが本性らしい。
「…………へっ?……前世?……フィルクも……?」
「そうらしいな。いいから黙れ。ノイラさんに毒だ」
「え、?えじゃあもっと私たち結婚すべきじゃない!同じ境遇者同士助け合うべきよ!」
「……はぁ……うるせーな、俺が愛してんのはノイラさんだけっつったろ。いいから早く帰れよ。これ以上居座んなら強硬手段も手だよな?」
「っ……、わ、わかったわよ!今日はこれまでだからね!次来た時は承諾させてみせるから!」
笑みすら浮かべずに無表情でそう言い放つフィルクの目は据わっていた。聖女をどうこうするという犯罪者の目だった。しかも聖属性なのにどす黒い魔力を放出している。
得体の知れない魔力に怯え、慌てて家から出ていったレイランを見て、ようやくノイラの耳から手を離す。
「ん……っ、なに……聖女様、帰っちゃったじゃねーか……」
「ノイラさん」
「なんだ……ひゅっ」
目尻に涙が残っていた目でフィルクを睨むが、怒りのタガが外れたフィルクは、かじろうて作った笑顔が逆に般若のように見える。
恐ろしさに喉がしまってカタカタと身体が震え出す。
「今から俺の部屋来てください」
「はひぃ……」
「ああ、あとこれも。自白魔法」
「へっ!?な、なんで……っ」
「いいから。行きますよ」
有無を言わせないフィルクの声に従わないはずがなかった。
応援ありがとうございます!
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