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三章 “夜降る宵朧”殺髏編
第54話 異変と急変
しおりを挟むなんで……俺……
「……【影棺】」
とりあえず、死体やら血痕やらを影に引きずり込み、琴葉ちゃんに惨状を見せないよう隠す。
「え、えっと……ありがとうございます……?」
「……」
なにかが、おかしい。
人を殺すことは探索者なら無きにしも非ずではある。
探索者の犯罪者は壮絶な被害をだし、探索者でなければ止められないため、見つけ次第殺すことが義務ですらある。
ただ、たとえ犯罪者が相手だとして、こんなにも心が軽いなんてことがあるか?
門で初めて暗殺依頼を受けた時は、盛大に吐き散らしたし、客観的に精神不安定状態になった。
それが何年後かには一切の心苦しさ無し……?
おかしい。
(何か……自分が……怖い……)
覚悟はしていた。でも……
どうしてこんなにも、当たり前のことのようにしてるんだ?
「……ちよ!!」
「っ!!」
俺はその声に振り返る。
そこには、空いた穴から入ってきた悠大の姿が。
「あ……」
「琴葉! 無事か!? それに……母さん!?」
「お兄ちゃん!」
悠大が琴葉の方へ駆け、抱きかかえる。
きょろきょろと周りに誘拐犯がいないのを確認して、悠大は俺の方を向いた。
「もしかして……ちよが助けてくれたのか?」
「そうそう! 宝晶さんが助けてくれたんだよ! 本当にお兄ちゃんの友達だったの!?」
「そうだぞ~……ちよ、ありが──」
そこまで言って、悠大は喋らない俺の顔を見て固まった。
「……血?」
「……」
俺の顔の返り血に気づいたのだろう。
「……あぁ、まぁ、追い払うときにな。俺の血じゃない」
「そ、そうか……ならいいけど。てか、あいつらは……?」
悠大が拳を握り締める。
初めて誘われたパーティに即裏切られたのだから当然だろう。
「……もう協会に突き出した」
「えっ? はやすぎね?」
俺の主張だと、俺が『サンドワームの実家』の全員を叩きのめし、その後協会まで行って帰ってきたということになるからだ。
いくら俺が高速で向かったとはいえ、協会と悠大の家は離れているし、違和感を覚えるのも当然だ。
「拘束して、その辺の探索者に任せた」
「そうか……ありがとな」
「……」
悠大が礼を言う。
しかし、俺は応えられなかった。
(覚悟を決めて殺したんだから、それでいい……犯罪でもない。でも、何も感じないのは、やっぱりおかし──)
そこまで考えて、俺はふと、新たな疑問を感じる。
(ちょっと待て……結果的に良かったとはいえ、悠大が頑なに自分で稼ぐって言ったのもおかしくないか?)
そうだ。
親の命がかかってるのに、普通そんな危ない方法を取るか?
それに、実の母と妹が誘拐、監禁されたにしては冷静のような……
(俺の母親だったらそもそも助けないから、あんまり考えに至らなかったが……やっぱり何かがおかしい)
「まてよ……そもそも助けない?」
この空間はどこか……異質だ。
「……? お兄ちゃん?」
「? どうした、琴葉?」
「いや、なんでも……なんか今日のお兄ちゃん変だなって。もうしばらく会えないかもとか言ってたのに」
~~~~~
「なんだ? 何かがおかしい」
『ふむ……妾が【憑依】しても構わんが……まぁ、厳しいのぉ』
「ああ……それはちょっときつすぎる。悪鬼、何かわからないか?」
『俺様はそういうのは無理だ。殺髏でも分からなかったなら無理じゃねぇのか?』
『……調べてみる?』
「ああ……どうしようか」
不吉な予感に駆られて、俺は仲間たちと緊急で会議をする。
(絶対になにかおかしいんだよな……悠大があの頼みをしてきた時から……いや……もしかしてもっと前?)
「でも、悠大は普通に本人っぽかったしな。魔力値とか」
『ふむ……』
「それと……俺は怖い」
『え?』『あ?』
「人を殺した時、たとえ正当な理由があったとしても、覚悟を決めていたとしても、何も感じないなんてのはおかしい。……でも俺、さっきなにも感じなかったんだ」
『そりゃ殺髏が憑依したからだろ。三割くらい殺髏なんだから、三割の確率で殺髏の感情がたまたま前面に出てきたってだけじゃねぇの?』
「うーん……でも、悪鬼がそう言うのって怪しいよな。悪鬼ならもっと憶測じゃなくて決めつけて言いそうなもんだけど……そんな細い可能性を追うか?」
『あぁ!? いや…………俺様のことをなんだと思ってやがる!』
ちょっと間があったが。
でも、そうだよな?
数年経ってるうちに(体感)人の心をなくしたとか、そんなわけないよな。
莉緒のことを好きという気持ちはあるし。
(てか、莉緒なかなか会いに来ないな。忙しいのか? それか、まだ花嫁修業とかしてるのかな……)
『東城莉緒……か』
「ん? どうした?」
『いや、ちょっと調べてみようかの、と』
仲間の一人がノートをめくる音が聞こえる。
「それ死者名簿だろ!? 死んでねぇよ!」
いや、ないよな? 生きてるよな?
探索者じゃないし……
あいつが言うとまじで怖いんだよ……
「……そういや莉緒から何の反応もないのもおかしいよな」
とやかく言っても仕方ないか。
とりあえずは納得して、忘れるしかなさそうだ。
「あ~ったく、悠大は大丈夫なのかねぇ」
~~~~~
「今日の晩御飯は……と」
私は、スーパーで晩御飯の買い物に来ていた。
遂に、アイドルを辞めれたのだ。
当然親は猛反対していたが、一時間に及ぶ口論の末、辞めることに成功した。
(ちよ君が話をつけてきてくれたのかな……)
ちよ君は、そんなこと知るか、の一言で済むはずなのに……
(私のために……フフッ)
思わずにやけてしまう。
いけないいけない、早く帰らないと……
「──優香」
「え?」
今から帰るか。そう思った矢先、不意に、背後から聞きなれた声が聞こえる。
振り返ると、そこには陽菜ちゃんと知らない二人の女の子が。
「陽菜ちゃん!?」
「優香、アイドル辞めたんだってね。そんなに意志が弱いとは思わなかった」
「そのおかげで私陽菜ちゃんデビューできるんじゃん!」
「むしろ感謝っていうか~」
陽菜ちゃんの棘を含んだ言葉に、二人は賛同する。
「……そうだね。私よわっちいから……やめちゃった」
「ふーん……そういう、澄ました態度が気に食わないんだよ!」
「キャッ……!?」
突然、陽菜ちゃんは私の頬を叩いた。
私は思わず尻もちをつく。
「あんたのおかげでどれだけ私が影にいたか……それなのにアイドルを辞めるですって!? 私の夢のことどれだけ馬鹿にしたら気が済むわけよ!」
「ちっちがっ! そういうわけじゃなくて……!」
「まぁまぁ、喧嘩はうちらにまかせときな~」
「そそ、まずは陽菜ちゃんからデビューでしょ? デビュー前に問題起こすわけにはいかないじゃん! なりたてだけど探索者だし、任せときなって~」
後ろの二人が、陽菜ちゃんに媚びへつらうように言う。
陽菜ちゃんはそれに気を治めたのか、フンッと鼻を鳴らして二人に命令する。
(もしかして……誰かに仕込まれてた!?)
「わかった……じゃあもうでかい顔できないようにぼこぼこにしちゃって」
「陽菜ちゃん……なんでそんな……!」
「はいはい、うるさいよ~」
「うちらもデビューしたいし? ポッと出のあんたが引っ込んでくれて助かったわ~先輩? お礼にその可愛い顔つぶしてあげるからさ~」
「うっ……うぐっ……! 陽菜、ちゃん……!」
二人は躊躇なく顔を狙って暴力をふるう。
下級のなりたてとはいえ探索者の力に、抵抗空しく、強烈な打撃をもらう。
私が陽菜ちゃんの名前を叫ぶと、陽菜ちゃんはしゃがみ込んで、這いくつばる私に笑いかけた。
「もうアイドルじゃないんでしょ? じゃあその顔ももういらないじゃん」
「ぁ……うっ!」
それだけ言うと、陽菜ちゃんはアハハハハ、と笑って踵を返しす。
私にはそれを止めることも、取り巻きの彼女らから身を守ることもできなかった。
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