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三章 “夜降る宵朧”殺髏編
第48話 “お話”
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「これはどうでしょう?」
「ふむ……」
ある会社の社長室。
寺上と書かれた机の上に、一枚の書類が置かれる。
「……なかなかだな! この人物なら私の理想にぴったりだ! 君ならやってくれると思っていたよ!」
「過ぎたお言葉です、社長」
「いや~しかしうちの飛彩優香があの宝晶千縁と知り合いだったとは……教えてくれて助かったよ。おかげで私たちが更なる高みに登れる可能性が出てきた! ハッハッハッハッ!」
社長席に座る寺上が、メガネの男を称賛する。
控室で、優香の担当をしていたスタッフだ。
彼は優香の言っていたことを密かに、社長へ流していたのだ。
「君のおかげで彼を味方に引き入れられたら、是非感謝せねばならんな!」
「いえいえ、社長のために尽力するのは当然のことですよ」
寺上がニヤリ、とある資料を眺める。
「……うむ。彼ならもし“革命児”が自らの力を過信して乗り込んできたとしても……返り討ちにしてくれるだろう。所詮は超級なりたてレベルよ……フフフ」
「……」
メガネの男は、無言で社長の言葉を待つ。
その資料には、ある男の情報が書かれてあった。
『バット・テイラー:38歳 超級探索社歴4年 備考……“無敵要塞”ドイル・バレンシアを除けば極級を含めても指折りの防御能力者であり、金に目がない。金さえ払えば殺人を行ったことさえあるという噂をもっている』
「さて、彼が日本に来れるのはいつになるんだろうか?」
「確か、社長の言った通りの金額を提示すると速攻で飛んでくるとの返事がありましたので……二日、三日後には到着すると思われます」
「まぁ、飛行機も飛びづらい世の中であるし、仕方あるまい。それなら、安心だな。……ところで、今飛彩優香はどうしてる?」
寺上は資料を見てにやつきながら、メガネの男に尋ねる。
「今日は仕事がないので、恐らく家に……いや、宝晶千縁のところへ行っているかもしれませんね」
その答えに、寺上はうむうむ、とゆっくり頷いた。
「おおむね、予想通りに行っているな。あとは飛彩優香が“革命児”をちゃんと誘惑出来るかだが……まぁ、あの様子じゃ無理だろうな」
「いえ、わかりませんよ? 優香の彼を語る表情は、まさに恋する乙女……珍しくも、彼女の年相応の顔でしたからね。社長の言葉に反抗していても、結果的に社長の思い通りに動いてくれるでしょう」
「ハッハッハッ! そうだな! 私にもツキが回ってきたかもしれない!」
寺上は優香の担当者に向かって、大きな笑いを向けた。
「この件が片付いたら、君には専務兼秘書の座を与えなければな!」
「!? あ、ありがとうございますっ!!」
一般の平社員だったメガネの男にとって、それはあり得ない大出世だった。
専務といえば、社長の次に偉い立場だ。
たった一つの功績でそんなに立場が上がるなんて、数十年前には考えられなかったことだ。
それが一人の探索者によって引き起こされていることから、世界が探索者によって大きく変わってしまったことが目に見える。
強い探索者を一人引き入れるという事の大きさが、よく分かる一例である。
優香の担当者は、嬉々とした表情で社長室を退出していった。
「ふむ……」
ゆっくりと立ち上がった寺上は、振り返ってガラス張りの窓から街を見下ろす。
「“革命児”宝晶千縁……ぜひうちの傘下に来てもらいたいものだ」
その時だった。
「断る」
「──!?」
寺上が気取った顔で呟いた瞬間、どこからか影が蠢き、音もなく寺上の首元にナイフを突きつける。
「な、なにも──」
「【暗器】」
「っ!!」
光を吸収する、一切光沢のない漆黒のナイフが、寺上の喉笛を撫でる。
(どっどういうことだ!? いつの間に……!?)
社長室の扉は開いていないし、窓や壁に変わった様子は見受けられない。しかし、寺上が気づいた時には、影が背後にいた。
「全く笑わせてくれるな、クズが」
「~!」
寺上が顔を真っ赤にして怒鳴ろうとするも、その前に影がナイフで喉に切れ込みを入れ、寺上は一瞬で顔を真っ青にする。
「てめぇが優香に脅しをかけたやつか」
「ま、まさか……!?」
影のその言葉に、寺上はハッと影の正体に気づいた。
「“革命児”……!?」
「宝晶千縁だ。お話しにきたぜ」
~~~~~
「お話しにきたぜ? 寺上社長」
俺は天井裏から、先ほどの会話を全て聞いていた。
(優香の担当スタッフがそんなこと……)
「は、話ってなんだ!? 私が誰かわかっているのか! 少し力が強いからと言ってあまり調子に……!」
「あぁ、その通り。調子に乗らないほうがいいぞ?」
俺はグッと寺上を掴む腕に力を入れる。
「っ……!」
「残念だったなぁ? バット・テイラー? とかいう外人を呼べてなくて」
俺の淡々とした物言いに、寺上は震え声になりながらも上から目線で叫ぶ。
「わ、私を殺せばただでは済まん! 警察もそうだし、私の知り合いには協会長達や政治家もいる! ただでは済まないことは君にも分かるだろう!?」
「……遺言はそれでいいのか?」
「っ!?」
寺上の言葉に、俺はあえて引かない意思を見せる。
実際、殺す気なんてさらさらない。
このお話で、優香に関与するのはやめさせてやる。
「おい、待て! 何が望みだ!!」
「こっちの条件は一つ。優香にもう関わるな」
「……それだけ、か?」
「クズから得られるものがあるとでも?」
寺上の呼吸から、ほっとしているのがわかる。殺髏の力によって、暗殺や潜入などで使う技術力が向上しているのだ。心拍数を聞き分けるなんて、朝飯前だ。
しかし、それと同時に寺上が全く油断していないのも感じられる。
(腐っても人の上に立つ野郎ってわけか)
「正直俺の周りに迷惑をかけなければ、お前のことはどうでもいい」
「……そう、か。金とかはいらないんだな?」
「……ああ」
その言葉に、ちょっと惹かれてしまうが、それならただの強盗と変わらない。
俺は邪念を振り払って、手に持つナイフを消した。
【暗器】スキルによるものだ。【暗器】スキルは特定の武器を作り出せ、いつでも消すことができる。それに、特定の武器の扱いも上手くなるためかなり万能なスキルと言えるだろう。
というか、悪鬼といい殺髏といい……聞いたこともないようなぶっ壊れスキルが多すぎないか? 現世の人間では考えられないような種類、性能のスキルだ。
いや、案外悪鬼は基本的なスキルが多いか……
「……!!」
突如消えたナイフに、寺上が目を丸くする。
「もう優香には関わるなよ」
俺はそう言い残し、音もなく姿を消す。
「!?!?」
【瞬影強襲】だ。
本来このスキルは、姿を完全に消し、一定範囲内に再出現するスキル。
俺はこれを利用し、壁をすり抜けたのだ。
「ばかな……あ、あぁ……くそッ!」
社長室に一人残された寺上は、緊張が解けて崩れ落ち……悔しさのあまり床を叩くのだった。
「ふむ……」
ある会社の社長室。
寺上と書かれた机の上に、一枚の書類が置かれる。
「……なかなかだな! この人物なら私の理想にぴったりだ! 君ならやってくれると思っていたよ!」
「過ぎたお言葉です、社長」
「いや~しかしうちの飛彩優香があの宝晶千縁と知り合いだったとは……教えてくれて助かったよ。おかげで私たちが更なる高みに登れる可能性が出てきた! ハッハッハッハッ!」
社長席に座る寺上が、メガネの男を称賛する。
控室で、優香の担当をしていたスタッフだ。
彼は優香の言っていたことを密かに、社長へ流していたのだ。
「君のおかげで彼を味方に引き入れられたら、是非感謝せねばならんな!」
「いえいえ、社長のために尽力するのは当然のことですよ」
寺上がニヤリ、とある資料を眺める。
「……うむ。彼ならもし“革命児”が自らの力を過信して乗り込んできたとしても……返り討ちにしてくれるだろう。所詮は超級なりたてレベルよ……フフフ」
「……」
メガネの男は、無言で社長の言葉を待つ。
その資料には、ある男の情報が書かれてあった。
『バット・テイラー:38歳 超級探索社歴4年 備考……“無敵要塞”ドイル・バレンシアを除けば極級を含めても指折りの防御能力者であり、金に目がない。金さえ払えば殺人を行ったことさえあるという噂をもっている』
「さて、彼が日本に来れるのはいつになるんだろうか?」
「確か、社長の言った通りの金額を提示すると速攻で飛んでくるとの返事がありましたので……二日、三日後には到着すると思われます」
「まぁ、飛行機も飛びづらい世の中であるし、仕方あるまい。それなら、安心だな。……ところで、今飛彩優香はどうしてる?」
寺上は資料を見てにやつきながら、メガネの男に尋ねる。
「今日は仕事がないので、恐らく家に……いや、宝晶千縁のところへ行っているかもしれませんね」
その答えに、寺上はうむうむ、とゆっくり頷いた。
「おおむね、予想通りに行っているな。あとは飛彩優香が“革命児”をちゃんと誘惑出来るかだが……まぁ、あの様子じゃ無理だろうな」
「いえ、わかりませんよ? 優香の彼を語る表情は、まさに恋する乙女……珍しくも、彼女の年相応の顔でしたからね。社長の言葉に反抗していても、結果的に社長の思い通りに動いてくれるでしょう」
「ハッハッハッ! そうだな! 私にもツキが回ってきたかもしれない!」
寺上は優香の担当者に向かって、大きな笑いを向けた。
「この件が片付いたら、君には専務兼秘書の座を与えなければな!」
「!? あ、ありがとうございますっ!!」
一般の平社員だったメガネの男にとって、それはあり得ない大出世だった。
専務といえば、社長の次に偉い立場だ。
たった一つの功績でそんなに立場が上がるなんて、数十年前には考えられなかったことだ。
それが一人の探索者によって引き起こされていることから、世界が探索者によって大きく変わってしまったことが目に見える。
強い探索者を一人引き入れるという事の大きさが、よく分かる一例である。
優香の担当者は、嬉々とした表情で社長室を退出していった。
「ふむ……」
ゆっくりと立ち上がった寺上は、振り返ってガラス張りの窓から街を見下ろす。
「“革命児”宝晶千縁……ぜひうちの傘下に来てもらいたいものだ」
その時だった。
「断る」
「──!?」
寺上が気取った顔で呟いた瞬間、どこからか影が蠢き、音もなく寺上の首元にナイフを突きつける。
「な、なにも──」
「【暗器】」
「っ!!」
光を吸収する、一切光沢のない漆黒のナイフが、寺上の喉笛を撫でる。
(どっどういうことだ!? いつの間に……!?)
社長室の扉は開いていないし、窓や壁に変わった様子は見受けられない。しかし、寺上が気づいた時には、影が背後にいた。
「全く笑わせてくれるな、クズが」
「~!」
寺上が顔を真っ赤にして怒鳴ろうとするも、その前に影がナイフで喉に切れ込みを入れ、寺上は一瞬で顔を真っ青にする。
「てめぇが優香に脅しをかけたやつか」
「ま、まさか……!?」
影のその言葉に、寺上はハッと影の正体に気づいた。
「“革命児”……!?」
「宝晶千縁だ。お話しにきたぜ」
~~~~~
「お話しにきたぜ? 寺上社長」
俺は天井裏から、先ほどの会話を全て聞いていた。
(優香の担当スタッフがそんなこと……)
「は、話ってなんだ!? 私が誰かわかっているのか! 少し力が強いからと言ってあまり調子に……!」
「あぁ、その通り。調子に乗らないほうがいいぞ?」
俺はグッと寺上を掴む腕に力を入れる。
「っ……!」
「残念だったなぁ? バット・テイラー? とかいう外人を呼べてなくて」
俺の淡々とした物言いに、寺上は震え声になりながらも上から目線で叫ぶ。
「わ、私を殺せばただでは済まん! 警察もそうだし、私の知り合いには協会長達や政治家もいる! ただでは済まないことは君にも分かるだろう!?」
「……遺言はそれでいいのか?」
「っ!?」
寺上の言葉に、俺はあえて引かない意思を見せる。
実際、殺す気なんてさらさらない。
このお話で、優香に関与するのはやめさせてやる。
「おい、待て! 何が望みだ!!」
「こっちの条件は一つ。優香にもう関わるな」
「……それだけ、か?」
「クズから得られるものがあるとでも?」
寺上の呼吸から、ほっとしているのがわかる。殺髏の力によって、暗殺や潜入などで使う技術力が向上しているのだ。心拍数を聞き分けるなんて、朝飯前だ。
しかし、それと同時に寺上が全く油断していないのも感じられる。
(腐っても人の上に立つ野郎ってわけか)
「正直俺の周りに迷惑をかけなければ、お前のことはどうでもいい」
「……そう、か。金とかはいらないんだな?」
「……ああ」
その言葉に、ちょっと惹かれてしまうが、それならただの強盗と変わらない。
俺は邪念を振り払って、手に持つナイフを消した。
【暗器】スキルによるものだ。【暗器】スキルは特定の武器を作り出せ、いつでも消すことができる。それに、特定の武器の扱いも上手くなるためかなり万能なスキルと言えるだろう。
というか、悪鬼といい殺髏といい……聞いたこともないようなぶっ壊れスキルが多すぎないか? 現世の人間では考えられないような種類、性能のスキルだ。
いや、案外悪鬼は基本的なスキルが多いか……
「……!!」
突如消えたナイフに、寺上が目を丸くする。
「もう優香には関わるなよ」
俺はそう言い残し、音もなく姿を消す。
「!?!?」
【瞬影強襲】だ。
本来このスキルは、姿を完全に消し、一定範囲内に再出現するスキル。
俺はこれを利用し、壁をすり抜けたのだ。
「ばかな……あ、あぁ……くそッ!」
社長室に一人残された寺上は、緊張が解けて崩れ落ち……悔しさのあまり床を叩くのだった。
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