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二章 “憐れみ掠する地獄の王”悪鬼編

第35話 地下ダンジョン

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「そのダンジョン、異様なまでにんだ」

「小さい……?」

「ああ。入り口は一人くらいしか通れず、一人づつ複数人で入って行ったとしても、中は通常の何倍も狭い……とにかく、小さなダンジョンなんだ」

 一絺さんが俺の言葉に、そう返す。

 なるほど……。
 上級探索者となればそうそう何百人もいるわけではない。
 しかし推奨級というのはあくまでパーティでの指標であって、中級探索者一人では中級ダンジョンを攻略するなんて不可能だ。
 それに、推奨級があるのは探索の場合であって、じゃない。
 
 他のモンスターと一線を画すボスモンスターを倒すなら、上級探索者パーティが必要だろう。

 それを一人で……なるほど、どうりで超級依頼になんてなるわけだよな。

「二人以上で入ると魔法は味方を巻き添えにする確率がほぼ100、一人で倒すのが一番効率いいのさ。そうなると自然に超級依頼になり……こうして君が来るまで2年半も待ったわけだ」

「二、二年半も待ってたんですか!?」

 俺の言葉に、一絺さんは少し遠い目をする。

「昔からボスモンスターを解剖できれば、何かこの世界にモンスターが現れた理由を解明できるんじゃないかと思ってな……。それに、スキルの仕組みとかもわかるかもしれない」

 そうすれば人工的にスキルを発現させることができるかもしれないな、と一絺さんは付け足した。

 人工的にスキル……

 もし、そんなことができれば……

(探索者になる夢を叶えられない、なんていうことはなくなる!)

「流石大研究家ですね! 人々の助けになる糸口を……」

「しかし、思いついたはいいも当然、私の考えは馬鹿げてる、と全ての伝手つてに断られてしまった。それでもどうしても諦められず依頼を出したままだったんだが……」

 そこで一絺さんがグルッとこちらを振り向く。
 なんでだ? 嫌な予感が……

「そこで君が来たというわけだ! 若き超級探索者!! だから、君には必ず成功して欲しいんだ! 超級探索者の君なら……!」

「ち、近いですって!」

 一絺さんが俺の肩を両手で掴み、揺さぶる。
 そしてその衝撃で、俺の胸元から一枚の赤いカードが床へと落ちる。

「だからぜひたの──ん? 何か落ち……」

「あっ!」

 一絺さんはそのカードを拾って、ピシッと固まる。

「じょ、上級探索者?」

 え……えっ? と一絺さんは俺の方を何度か見て、探索者証と示し合わせる。

「えー……まぁ、一応上級探索者なんですよねー……」

「何!? それなら、どうして……!」

 まずいな……バレたか。
 いや、そりゃそうだよな。バレずに行けるかもと思ってた自分が恥ずかしい。

(どうするか……力を証明してもいいけど……そもそも違法依頼ってことが連絡されたら……)

 この人は金持ちの生まれらしいし、聞く感じかなりの数のパイプを持ってそうだ。もし通報されたら……

「……まぁ、協会長が君を行かせたんだよな?」

「!! はい、そうです」

「はあ……それなら何かしら、理由があるんだろうな。超級依頼を君に任せた、何かが……」

 あぶねえええええ!!
 助かったか!?

 一絺さんが規則に寛容な、頭の回転が早い人でよかった……。

 てか、大阪代表の協会長もそうだけど、偉い人に限ってルールを破ったり、その辺フランクな人多いよな。

 この国大丈夫か。誰目線なんだよって言われたらそうなんだけど。

 って、まてよ? いくらなんでもそれで許されるのか? 協会長が言ったんだろうって……もしかして?

「……とりあえず、案内しよう。中で準備運動しておけばいい。は十階層しかないからな。すぐ奥まで下見はできるはずだ」

「はい! ……って、?」

「ああ。この家の地下に、入り口があるからな」

 そう言うと、一絺さんは俺の手を取ってエレベーターまで案内してくれた。

(やたら不自然に庭が広いなとは思ったけど……まさかここの地下にダンジョンがあったとは)

 庭が不自然に向かって左側にだけ広かったからな。どうなってんだとは思ってたけど……

「じゃあ先に行っておいてくれ。一時間後には一階層集合で」

「え、一絺さんも入るんですか!?」

 俺の驚愕の声に一絺さんは反応せず、さっとどこかへ姿を消してしまった。

「まあ……いいか」

 それよりさっき、結構実力疑われちゃったしな。
 さっさと道中掃除しておきますか!!


「【憑依】──悪鬼」


~~~~~


私は、急いで事務室に向かっていた。

「全く、無駄に広い家になってしまったものだ……!」

 普段運動をしなすぎて、家の階段を登るだけで汗が止まらない。
 
 研究施設や書類整理室、資料室など色々作った上に、普通に住むためのスペースまであるもんだから、スマホを取りに行くだけで地下一階から三階まで移動しなくてはならないじゃないか。

(くう……階段が長い……)

 地下一階はダンジョンの入り口と防衛機構があるからいっぱいで、一階は客間と資料室。
 二階には研究施設を置いたもんだから、自分のスペースは三階にしかない。

 実験とかをしているからスマホを常時持つこともできないし……

「はぁ、はぁ、やっとついた……」

 私はベッドの横に置いてあったスマホを手に取り、連絡帳を漁る。

 プルルルルルルルル……

『よお、日月ひづきか!? 珍しいな、お前が連絡を取ってくるなんて!』

「はあ、はぁ……お前とそこまで親しいつもりは……ないしな……はぁ、はぁ」

『なんだ? まーた階段で息切らしてんじゃないだろな!? しっかり運動もしろよ。ダンジョンにはどうせお前も入るんだろ?』

「はお、はぁ……ふぅ。……お前、分かっててやってるのか?」

『あん?』

 全く! 理解の悪いやつだな!
 あいつとはかなり幼い頃からの付き合いだが……と言っても、私にとっては叔父のような者だ。年も20ほど離れてるんだからそんな友達みたいに話しかけるなよ!

「大阪探索者協会長ともあろうおっさんが頭悪いときた……協会大丈夫か?」

『おい! 辛辣だなぁマジで! ……で、わざわざ電話してきたのは宝晶のことか?』

 大阪探索者協会長の海原真が、確信めいた声色で私に言った。

「そうだ。あいつ、上級探索者だったぞ! 何か理由があるんだろうが……どういうつもりであいつに許可したんだ?」

『あー……そうか。お前、研究ばっかで引きこもってて、ネットもテレビも見ないんだったな。それなら知らないか』

「……何?」

 海原は何やら知ってる前提で送ってきていたらしい。

『安心しろ、あいつはな……大阪四校対抗祭で“神童”に勝った男だぞ』

「何!? 超級探索者の“神童”か!?」

 神童といえば……最年少超級探索者とか騒がれてたやつだよな?
 ああ、そうか。神童は確か女……男で学生レベルの若さなのに超級かと勘違いしていた私がバカだった。学生で超級探索者になったやつは神童以外聞いてない。
 流石に出れば私の耳にさえ入って来るだろうからな。
 最初から超級ではなかったのは確実だった。

 それでも、海原は千縁君をよこしたんだ。

『ああ。しかもあいつは第四学園だったんだぜ!? ほぼ一人で勝ち抜いたってわけよ! しかも神童以外はスキルも使わずに!!』

「……」

 開いた口が塞がらない。
 妙に礼儀正しかったし、“悪童”が超級になったわけじゃなさそうだったが……まさか第四学園出身だったとは。
 しかも一年らしい。第四学園に入学するレベルの魔力値だったのに、数ヶ月で超級になった?

(これは……)

 私は何か、確信めいたものを感じた。

(あいつなら……!)

『まあ、だから大丈夫だ。……それより、心配なのはお前だな、日月。あんまり前に出過ぎるなよ? それに、宝晶に近づきすぎたら巻き添えを喰らうかもしれないし、あと……』

「わかった、わかった! 十分だ! 注意する!」

 過保護な親の如く小言を言う海原の電話を切り、私は急いでバッグに用意を詰める。

「あ……そういえば」

『なんでそんな奴がこんな依頼を?』

『家買いたいらしい』

「…………」

 メッセージを送って1秒で返ってきた。
 まさか大抵なんでも叶えられる超級探索者レベルの探索者が家のためにこんな依頼を受けるとは……

「家……か」

(……そういえば毎日研究室の椅子でばかり寝ていて、この部屋は最近ずっと使ってないな)

 海原によると、この依頼を終えてもなお、一億ほど足りないらしい。

(いや……何考えてるんだ)

 私は何か、とんでもないことを考えてしまいそうになって、被りを振る。

「……さっさと行くか」

 恐らく、一時間あればアップは十分だろう。



(やっと……私の夢が叶うかもしれないな)
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