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二章 “憐れみ掠する地獄の王”悪鬼編

第30話 教会長と転校生

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「いや~まさか俺の【隠形おんぎょう】を見破るとは。普通協会長ギルマスが直接くるとは思わんだろうし、いっちょサプライズと思ったんだが……」

「まあ、勘ですよ」

 先ほどは、何やら不穏な気配を感じて調べてみたところ、協会長からの伝言とか言う男の後ろに協会長がいるのを知ってムッとしただけだったのだ。

「勘だぁ? 完全に気配を消すって言う効果のスキルなんだがなぁ……それに、何か部下の思考を読んでいたかのような……まあいい、宝晶、とりあえず試験を──」

「失せろ」

 いきなり打ち上げに押しかけて試験を始めようとする協会長に俺は、シッシッと片手で振り払う。

「今打ち上げ中なんで、明日行きますと部下にお伝えしましたが」

「……」

 俺が強調して言うと、大阪協会長は真顔で俺のことを睨む。

 緊迫感が、当たりを包み込んだ。
 そして……

「……そうだな! すまんすまん! 今はクラスメイト水入らずの宴中だったか!」

「う、宴……? まあはい、そうですね」

 な、なんだ、咎めないのか?

 協会長が、ハハハ、と笑ってあっさりと引いく。
 一瞬にして解かれた警戒感に、俺もつい敵意が霧散して柔らかい物腰になる。

「じゃあ明日待っているぞ! 場所は……」

「ああ、わかりますよ。大阪鉱物メギド支部ですよね?」

 探索者協会は、素早く正確な管理のためにダンジョンのすぐそばに作られる。
 大阪協会長代表のこの人が治めるのが、鉱物属性のゴーレムなどが出現するダンジョン、通称メギドとゴブスラダンジョンに隣接する大阪中央支部だ。

 俺はいつもゴブスラダンジョンに入り浸っていたし、大阪で最も大きな支部とだけあってここで昇格ランクアップ試験を受けたのだ。

 つまり、重吾さんから話を通されたこの協会長は、日本最大の探索者都市、大阪の代表者。

 そんな人に意見を通せるようになるとは……

(ほんと、この数ヶ月で一気に変わったんだなぁ)

「そうか、それもそうだな! ではまた明日」

「はい」

 協会長が踵を返す。
 それを見て、俺も店に戻ろうとして……

「……っ!?」

 気配を感じて、バッ! と向き直る。

 そこには、協会長ではなく、一人の美少女がいた。

「お前は……」


~~~~~


「全く! 情けないにも程がある! 貴様らやる気あるのか!!」

「はあ……」

 元第二学園、すなわち新第三学園では、学園長の怒りの雷が轟いていた。

「惨めに降参する間抜けもいるわ、敵に教えを解く阿呆もおるわ、挙句“氷姫”も“悪童”も何してる!!」

「……すみません」

「チッ」

 “氷姫”とは、千縁が言うお姉さんこと水月由梨みなづきゆりのことだ。

 第二学園が卒業までに上級探索者に上がれそうな超優秀生徒として優遇していたところが露見し、更に試合後インタビューで由梨がサービスした【氷雪華】によるパフォーマンスと相まって、インターネットではすっかりトレンド入りしていた。

 『裏の支柱“氷姫”』と。

「まぁ、神童を倒したわけだし、お前ら二人が勝てなかったのは言い訳が着く。だが、前三人は何してる! 下級探索者ごときにやられて恥ずかしくないのか!!」

「っ……!」

 第二学園長は更に糾弾する。

「そもそも、本当に中級探索者になったのか!? 試合に出たいから嘘ついたんじゃ……」

「もう、やってられるか!!!」

「!?」

 第二学園長が更に当たろうとすると、一人の生徒から声が上がった。
 第四学園次鋒の盾使い、剛田と戦い、戦い方を教えた本田義道ほんだよしみちだ。

「俺たちが負けたのはなぁ……実力不足じゃない! だ!」

「!!」

「仲間のために自爆しようなんて、思いもしなかった! そりゃ、あんたみたいな勝手なやつの勝ちのために身を捨てられる訳が無い!」

「なっ、貴様……!!」

 本田が学園長に反旗を翻すと、他の出場者も次々に声をあげる。

「そうだそうだ!」

「いつも暴言ばっか吐きやがって!」

「ぐ、ぐぬぬ……卒業出来なくなってもいいのか!!」

「別に中級探索者なら、十分探索者としてやっていける。それに……第三に落ちた学園の箔なんて、興味無い!」

「きっさまぁ……!!」

 本田が言い放つと、周りの生徒たちが本田の後ろに控える。皆意思は同じようだ。

「もうあんたの身勝手にはついていけない」

 ここに元第二学園は、空中分解した。


~~~~~


「えーこのたび、我々旧第四学園は第一学園となった!」

「「「「「うおおおお!!!!」」」」」

「……」

 月曜朝の朝礼。
 滝上学園長がそういうと同時に、新第一学園の生徒が雄叫びを上げるのを、俺は真顔で聞いていた。

「ちよ、どうしたんだ? そんな不満そうな顔して」

「そりゃ……まあ、聞いてりゃわかる」

「そして、そんなうちに転校してくる生徒がいる!」

 続いた滝上学園長の言葉に、生徒たちはざわめきだす。
 探索者高校での途中転校なんて、前例が一度もないのだから当然と言えば当然だが。

「では、挨拶を頼む」

 転校生が、雨天練習場体育館の檀に立つ。

「え……? あれって……」

「嘘……」

 生徒たちのどよめきが一層大きくなる。
 綺麗な金髪に、日本人を象徴する黒目。少し高めの身長に、痩せも太りもしてない引き締まった身体。

「……神崎美穂かんざきみほ。今日から第一学園に転入する」

 そう、彼女は紛れもなく“神童”、神崎美穂だった。

「うぇっ!?!? “神童”!?」

「ちょっ……あ、兄貴、恨まれたりしてないですよね?」

「兄貴から目を離すなよ……!」

「いや、お前ら“神童”のことなんだと思ってんの?」

 まさかの“神童”の登場に、一周回ってほとんどの生徒が口をつぐむ。

「じゃあ、今日から一年A組に行ってくれ。皆、拍手!」

 パチパチパチ……?

 と、未だどよめく生徒達の、まばらな拍手が体育館に響き渡る。

「それでちよは機嫌良くなかったのか……」

 まあ、“神童”は俺の憧れの人だったし、むしろ嬉しいことではあるはずだった。
 俺が気が乗らない理由は、昨日の打ち上げに遡る。


~~~~~


「お前は……」

「……さっきぶり」

 大阪探索者協会長が去ってすぐ。
 店に戻ろうとした俺に、後ろから声がかかる。

 俺が振り返ると、そこには“神童”、神崎美穂がいた。

「“神童”……!?」

「……バカにしてるの」

「い、いや、別に……」

 なんであの“神童”がこんなところにいるんだ!?
 まさか俺に会いに来たとか? いや、そんなわけ……しかねえよな。うん。

「……見せて」

「え?」

 困惑している俺に、美穂が無表情に言う。
 “神童”は特段、感情がないとか言うわけでもないが、基本的には無口な正確らしい。昔テレビで見た。
 このぶっきらぼうな態度を見ると、どうやら本当だったようだ。

 ま、女探索者ってだけで少し前はバカにされるようなことがあったもんな……強気な方がいいに決まってるか。てかそれより。

「何をだよ」

「……さっきのスキル」

「あ?」

「“悪童”と同じスキルだった。珍しい」

「……【憑依】のことか?」

 美穂が頷く。
 いきなり何を言い出したかと思えば……急に俺にスキルを見せろとは。
 次戦う時のために弱点でも探る気か?

「なんのためにだよ。従う義理がない」

「……そう」

 というか、元第一学園長の言い振りから、こいつうちに来るんじゃなかったっけ? 絶対第一学園長がもう無理やりでも話通してそうだ。

「なら、戦って」

「はぁ??」

 俺が断ると、美穂が引き下がるどころかぶっ飛んだことを言い出す。

「さっきやったろうが! てか、お前まだ完全に感覚は戻ってないはずだぞ? しばらく安静にしとけ……」

「戦って!!!!」

「っ!?」

 避けようとした俺の言葉を遮った美穂は、本気の眼差しで俺の襟元を掴む。

「いいから! 私は……!」

「……悪鬼!!」

 俺はさっきから続く不愉快に、少し頭に来て、一瞬能力を発動した状態で美穂の土手っ腹を蹴り飛ばした。

「ガフッ──!!」

 美穂は超速度で電柱に突っ込み、電柱にヒビをいれる。

「……もう帰れよ。なんでそんな執着すんのか知らないけど、俺は一番ここを譲る気はないから。どうせ新第一学園うち来んだろ?」

「……っ」

 美穂は、悔しそうに唇を噛んだ。
 それを無視して、今度こそ俺は打ち上げに戻る……。

「──私は、一番じゃないといけないのに……」

「……」

 そんな時だった。
 テレビや噂、先ほどの試合も通して、初めて。
 
 美穂のを聞いたのは。


~~~~~


(俺のせいか知らんけど、どちらにせよ相当めんどくさそうだな~……)

 “神童”は“神童”だ。
 俺がその代わりを埋められるわけではない。
 国民には相当な数のファンもいるだろう。もし彼女が探索者を引退などしてしまったら、悲しむ人が多すぎる。
 美穂の事情は知らないが、俺のせいだった場合良心的にも名声や夢的にもまずいのは確かだ。

 それになにより、俺の探索者としての憧れであった“神童”に、俺がきっかけで探索者をやめて欲しくない。

(はー、考えがまとまらねぇ)

 これから第一学園、やることも多いし、これからどうしたもんか……

 まだ俺のせいと決まった訳じゃないのに、俺は憂鬱な気分になってため息をついた。
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