シャハルとハルシヤ

テジリ

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第一章 シャハルとハルシヤ

ラルムータの教え

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 学者ラルムータ、生没年不詳。歴史に埋もれていた彼の遺作は近年再注目され、私達の教本にもなっていた。

* 

 ゴトバル師は、学問所にやって来る学者の先生方の一人だ。その日はソピリヤ様が彼に指名され、黒板に教本の一節を書いていた。

“国とは本来、国土つまりは土地という意味しか無い”

ソピリヤ様が書き終えて席に戻ると、ゴトバル師の話が始まった。

「先日もお話しした通り、太守国にとってシビル連邦政府は事実上の代表機関です。しかしこれを指して国と呼ぶことは、我々の国家観を歪め、やがて完全にその下に組み込まれるということです。よって、シビル連邦政府はこの国そのものではありません」

そう言ってゴトバル師は、今の話から簡単な図を描くようにと白紙を配り、私は後ろの席で最後に受け取った。私がさっき聞いた内容を思い出しながら、まず大きな丸を描いて、その中のほんの一部を黒く塗りつぶしている間に、ゴトバル師は前から順に見回っていた。

「おやおや、皆さん実に惜しいですね。これは図ですから、字で説明してはなりません。絵、のみで表すのです。難しく考える必要はありません」

ゴトバル師は私の机の横で立ち止まると、図を描いた紙をひょいと取り上げた。

「ハルシヤ、君は良く分かっていますね。うーん、素晴らしい。さあ、立ち上がって私達に説明して下さい」

「えっ、発表するんですか」

「勿論。席に立ったままで構いませんよ。他の皆様は後ろを向きましょうか」

周りに一族親戚しかいなかった頃と比べて、今は全然気安くない。それに私はじろじろ見られることに緊張するたちで、とにかく早く終わらせるために、片手で紙を掲げた。

「えっと、この大きい丸がスミド…じゃなかった、シビルです。で、この黒いぐじゃぐじゃが、シビル連邦政府です」

一気に言い終わり、私は椅子に座ってほっとした。教室の前に戻っていたゴトバル師が、私が描いたのと似たような図を黒板に描いた。そこへ、ゴルシッダ様がだるそうに手を挙げて言った。

「ゴトバル師。たった今思い出したのですが。国が国土だけを指すなら、誰だったか遠い昔の詩人が詠んだ、“国破れても山河あり”の“国”とは何だろうか」

「ゴルシッダ様は良くご存知ですね、素晴らしい。それは古い詩の一節で、城春草木深・感時花濺涙・恨別鳥驚心・烽火連三月・家書抵萬金・白頭掻更短・渾欲不勝簪と続きます。要するに、まま成らない人生の悲哀を詩ったものですね。この場合、山河は自然です。このような大自然は、例えその場所が国土と呼べなくなったとしても残るでしょう」




  学問所には小さいながらも池があり、勉強がいったん終わると、6人のご学友方は庭に降りて玉砂利を拾い出した。

「あーあ、あんなに小さい所で水切りしたら、すぐ反対側にぶつかりますよね。ソピリヤ様」

私が話し掛けると、予習復習をしていたソピリヤ様は、鉛筆を放り出して縁側まで走って行った。

「今すぐ止めてっ」

「不味い、逃げろっ」

ラフェンドゥ様が声を上げ、レジーヴォ様が真っ先に逃げ出した。

「あ痛っ。ぐええ、重い重いっ」

ザブリョス様は転び、そこへソピリヤ様が馬乗りになった。

「卑怯者ーっ。何故いつも私を狙うんだ」

私は、足が遅いエリシュ様を追い掛けて捕まえた。

「はあ…、私は見張っておりました」

「えっ何」

面倒くさがりのゴルシッダ様は最初から逃げも隠れもせず、ラフェンドゥ様はいつものようにぼうっとして、たった今気が付いたようだった。

「良くご覧なさい。それらは私が邸から持参した唯一のもの、元はお父様が大切に飼っておられた鯉のうちの1匹だ」

覗き込んでみると、真っ黒な鯉が1匹、確かに池の中を泳いでいた。そこへ丁度良くイェラ尼がやって来た。

「ソピリヤ様、トビラス=イェノイェが何やらお目通り願いたいと。その上どこぞの男子を一人連れておりますが…」

「えっ、…分かりました。取り敢えずここにお通しして下さい。それから尼殿。この者達は、危うく無駄な殺生をするところでした」



    久しぶりに見たトビラス伯父さんは、私も全然知らない男の子を連れていた。男の子は、片手に握った水飴の瓶に、棒を突っ込んでは舐めてを繰り返していた。それにたぶん泣き過ぎて、目元が赤く腫れていた。

「訳あって、この御子様を、しばらく学問所に置いていただきたいのです」

ソピリヤ様はまだトビラス伯父さんと話していた。イェラ尼は更なるお説教のため、さっき逃げ出したレジーヴォ様とラフェンドゥ様を探しに行った。
ところが二人のご学友方は、イェラ尼と入れ違いになって戻って来てしまった。私は、伯父さんが連れて来た子に群がるご学友方に近付いて様子を見た。

「触るでないっ、大体その態度は何だ」

男の子は、ラフェンドゥ様に水飴の瓶を取られそうになり、慌てて引き離しながら叫んだ。

「私はジズ・サペリだぞ。ナルメ太守、カナート・サペリは私の父だ」


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