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第一章 シャハルとハルシヤ
集会所の喧騒
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タハエ=イェノイェは広場を横切り、集会所に到着した。中ではヨウゼン家にお仕えするイェノイェの人々が話し合いに入ろうとしていたが、遅れて入って来たタハエのために一時中断した。既に集まっていた中で最年長の男が訳を尋ね、また馬にかまけていたのかと問いかけた。
「面目ない。おっしゃる通りです」
照れ臭そうに笑い、タハエが座ると、隣合わせた者が経緯を話した。曰く、今日の結婚披露宴に合わせ、ヨウゼン家長ハンムラビ・ヨウゼンが後継者を指名した。にわかに信じがたいが、その人物とは彼の六女ソピリヤ・ヨウゼンであるという。
「あのお嬢様が早婚ですか…」
「もしそうであれば、こうして集まったりしませんよ」
あまり好ましくはないが、男子に恵まれなかった家の娘が家付き娘として夫を迎え、裏で実権を握るというのはままあることだ。しかし、この場合はソピリヤ・ヨウゼン自身に教育を施し、彼女を次の家長とするのだ。
「最悪の場合ヨウゼン家は潰れることになります。例え何とかなったとしても、今の権勢は衰えることでしょう」
これにトビラス=イェノイェが反論した。
「大袈裟な。誰が家長になったとしても大元は変わりませんよ。ソピリヤお嬢様とて同じことです」
「ではお訊ねしますが、これをきっかけに他家に言いがかりを付けられて責められでもしたら、貴方どうなさるおつもりですか」
これが皮切りとなって、他の参加者達も口々に言い出した。
――守上のご乱心を、何故どなたもお諌めなさろうとしないのか。
――トビラスなど、秘書としてお側近くに仕えておきながら、今日になるまで黙っている始末。
――ああ嫌だ。せっかくいいお家にお仕えすることができたのに。
――何も娘に継がせることないのにね…。
――そろそろお嫁に行こうかな。
煽られたこともあるだろうが、事態を好意的に受け止める者は居ないようだった。タハエは傍らで聞いて、思ったことを口に出した。
「皆さんごもっともです。しかし、我々は雇われの身。嫌なら辞めて、何処へなりと移ればいいだけではありませんか」
「いや、確かにそれはそうだが…」
最年長者は一定の理解を示したが、他の者からは簡単に言うなと怒りの声が上がった。
「タハエの言う通りです。他家に舐められるとはおっしゃいますが、どうも真に舐め腐っているのはあなた方のようだ。他家が付け込むとすれば、それを嗅ぎとってのことでしょうね」
ようやく口を挟むことが出来たトビラスが舌鋒を振るうと皆押し黙り、しばらく沈黙が続いた後、最年長者の提案でこの場はお開きとなった。皆がそそくさと帰っていく中、トビラスとタハエも帰路に就いた。二人は終始黙々と歩き、分かれ道に差し掛かった。タハエが別れの挨拶くらいしようと立ち止まったが、トビラスは気付かずそのまま歩み去った。
「……」
「ハルシヤのお父さん、こんばんは」
「うぉっ、ああ…こんばんはシャハル」
シャハルはただ微笑みを返して、タハエの横をすり抜けて行った。
「お父さん」
トビラスが歩いていると、シャハルが駆けてきて横に並んだ。
「今日さ、…あ」
「どうした」
「ううん、やっぱり何でもない。それより家まで競走しようよ」
「…まあいいだろう。先に玄関の扉に手をついた方が勝ちだ。行け」
シャハルはしばらく走ったが、やがてトビラスが着いてきていないことに気づいて立ち止まった。振り返って見ると、トビラスはまだ歩いていた。
「お父さん、ちゃんと勝負してよっ」
「わかっている。いいから行け」
シャハルは納得がいかなかったものの、再び走り出した。トビラスが追い付く気配はしなかったが、そのままひた走り、家の前に着いた。シャハルは走り終えて息も絶え絶えの状態で、玄関に近づいていった。
「……けっきょく、…やらないじゃんか」
シャハルが玄関前に立ったその時、後ろから伸びてきた腕が勢いよく扉を開け放った。シャハルは驚いて土間に倒れ込み、呆然としていると、廊下の入口に掛けられた暖簾をくぐってアナンが現れた。
「遅いぞシャハル。お前ちょっと出ていくって言ったきり、どれだけ掛かっているんだよ。…あれっ、トビラスさんおかえりなさい」
「面目ない。おっしゃる通りです」
照れ臭そうに笑い、タハエが座ると、隣合わせた者が経緯を話した。曰く、今日の結婚披露宴に合わせ、ヨウゼン家長ハンムラビ・ヨウゼンが後継者を指名した。にわかに信じがたいが、その人物とは彼の六女ソピリヤ・ヨウゼンであるという。
「あのお嬢様が早婚ですか…」
「もしそうであれば、こうして集まったりしませんよ」
あまり好ましくはないが、男子に恵まれなかった家の娘が家付き娘として夫を迎え、裏で実権を握るというのはままあることだ。しかし、この場合はソピリヤ・ヨウゼン自身に教育を施し、彼女を次の家長とするのだ。
「最悪の場合ヨウゼン家は潰れることになります。例え何とかなったとしても、今の権勢は衰えることでしょう」
これにトビラス=イェノイェが反論した。
「大袈裟な。誰が家長になったとしても大元は変わりませんよ。ソピリヤお嬢様とて同じことです」
「ではお訊ねしますが、これをきっかけに他家に言いがかりを付けられて責められでもしたら、貴方どうなさるおつもりですか」
これが皮切りとなって、他の参加者達も口々に言い出した。
――守上のご乱心を、何故どなたもお諌めなさろうとしないのか。
――トビラスなど、秘書としてお側近くに仕えておきながら、今日になるまで黙っている始末。
――ああ嫌だ。せっかくいいお家にお仕えすることができたのに。
――何も娘に継がせることないのにね…。
――そろそろお嫁に行こうかな。
煽られたこともあるだろうが、事態を好意的に受け止める者は居ないようだった。タハエは傍らで聞いて、思ったことを口に出した。
「皆さんごもっともです。しかし、我々は雇われの身。嫌なら辞めて、何処へなりと移ればいいだけではありませんか」
「いや、確かにそれはそうだが…」
最年長者は一定の理解を示したが、他の者からは簡単に言うなと怒りの声が上がった。
「タハエの言う通りです。他家に舐められるとはおっしゃいますが、どうも真に舐め腐っているのはあなた方のようだ。他家が付け込むとすれば、それを嗅ぎとってのことでしょうね」
ようやく口を挟むことが出来たトビラスが舌鋒を振るうと皆押し黙り、しばらく沈黙が続いた後、最年長者の提案でこの場はお開きとなった。皆がそそくさと帰っていく中、トビラスとタハエも帰路に就いた。二人は終始黙々と歩き、分かれ道に差し掛かった。タハエが別れの挨拶くらいしようと立ち止まったが、トビラスは気付かずそのまま歩み去った。
「……」
「ハルシヤのお父さん、こんばんは」
「うぉっ、ああ…こんばんはシャハル」
シャハルはただ微笑みを返して、タハエの横をすり抜けて行った。
「お父さん」
トビラスが歩いていると、シャハルが駆けてきて横に並んだ。
「今日さ、…あ」
「どうした」
「ううん、やっぱり何でもない。それより家まで競走しようよ」
「…まあいいだろう。先に玄関の扉に手をついた方が勝ちだ。行け」
シャハルはしばらく走ったが、やがてトビラスが着いてきていないことに気づいて立ち止まった。振り返って見ると、トビラスはまだ歩いていた。
「お父さん、ちゃんと勝負してよっ」
「わかっている。いいから行け」
シャハルは納得がいかなかったものの、再び走り出した。トビラスが追い付く気配はしなかったが、そのままひた走り、家の前に着いた。シャハルは走り終えて息も絶え絶えの状態で、玄関に近づいていった。
「……けっきょく、…やらないじゃんか」
シャハルが玄関前に立ったその時、後ろから伸びてきた腕が勢いよく扉を開け放った。シャハルは驚いて土間に倒れ込み、呆然としていると、廊下の入口に掛けられた暖簾をくぐってアナンが現れた。
「遅いぞシャハル。お前ちょっと出ていくって言ったきり、どれだけ掛かっているんだよ。…あれっ、トビラスさんおかえりなさい」
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