シャハルとハルシヤ

テジリ

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最終章 ヘイサラバサラ

鈍感な世界

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 シャハルが自宅で悩んでいると、インターホンが鳴った。確認すると、ハルシヤだった。

「ようこそ。珍しいお客様だね、でもその格好は……」

「だってしょうがないだろ。二部式着物じゃ、絶対目立つ」

 ハルシヤは普段の民族衣装を脱いで、首都ポンチェト=プリューリで調達したと思しき、観光客向けのジョークTシャツを着ていた。

「ハルシヤ、何しに来たの。ハイラムはここには居ないよ。兄のケイレブならたまに来るけど」

「ああ、今留学されてるんだってな。立派になられた」

「そうだね。素敵な恋人も出来たし、彼女のおかげでトラウマも治ったって。もうゲイを見ただけで吐くような、悪意は無いけど失礼な癖も無くなったってさ」

 それは良かった。そう言ってスーツケースからハルシヤが取り出したのは、何度薦められてもシャハルが読もうとしない、亡父シャマシュの手記の束だった。

「お前がどうしても読まないなら、私が上手に読み聞かせてやるよ」

――シェイマス師から新しい奥様として紹介された、歌手のティワマトさんには息子が2人。
 兄はトビラス、弟はスノリ。スノリはまだ赤ん坊だから、すぐ泣く、よく泣く、そして笑う。

 羨ましくなって私にもくれと言ったら、トビラスは絶対にやるもんかと舌を出した。困ったなあ、私は親を知らない。親が無ければ、弟も無い。

 トビラスに相談したら、そんなの将来結婚すれば良いじゃないかと呆れられた。親が無いなら自分が親になって、目一杯子供を可愛がれば、その子は必ず自分を愛してくれるのだと、トビラスは当たり前の様にそう言った。


「……………分かったよ。お父さんは僕のことを愛していた」

 シャハルは洗面台で顔を洗ってから、ケイレブを電話で呼び出すと、彼とハルシヤの3人でシビル連邦に帰国した。
 空港到着後、タクシーで真っ直ぐ連邦病院の特別病棟までアポ無し訪問を敢行した3人は、意外にあっさりとネルガルの前まで通された。

「掛け給え、そこのソファに」

「どうも。精神科医シュリンク、今日はカウンセリングを受けに来ました」

 シャハルはそこからしばらくの間、これまでの人生であった出来事や考え事、閃きや疑問、答えの見いだせない葛藤や真理について延々と、思い付く限りの内容を喋り続けた。

 話はあちこちに飛んでまとまりや一貫性は無く、途中まで聞いていたハルシヤはいつの間にか寝ていた。ケイレブは既に最初の方で、恋人と連絡を取るために部屋を出て行った。

 元精神科医シュリンクのネルガルは、クライアントの話しを決して遮らず、時折相槌を打ちながら熱心に耳を傾け、シャハルがとりあえず言いたかった事は喋り尽くしてから、ネルガルにどう思ったか訊ねると、こう答えた。

 聞いた限りだと、君は、“とても敏感な人”のようだ。Highly Sensitive Person――これは病気でも障碍でもない。

 あくまで心理学上の概念であり、精神医学上の概念ではないが…要するに、生得的に備わった気質のことだ。

 君の生きづらさの根本は、勿論辛い過去にも原因はあるが、それとは別に、産まれながらにして備わった、生涯変わることのない気質に基づいている部分も大きいと、私は考える。

「ところでシャハル、私が何故精神科医シュリンクという天職と大事な妻を捨て、こんな所で王子様ごっこなぞ演っていると思う?」


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