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第二章 雪けぶる町
あんた家んた何処さ
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亡き祖法学者・シェイマスの娘であるシェイマは、シャハルの動画がもたらすであろう、その母レラムへの悪影響を懸念していた。
そこで、元使用人だったトビラス、いやシャマシュが死の直前まで、彼が定期的に書き溜めては手紙で寄越していた手記の束を持参し、夫の本名すら露知らずに居た彼の妻、レラムを訪ね、彼女に深く謝罪すると共に、手記公開の承諾を求めた。
「レラムさん。貴方にはシャハルという子供まで居るのに、それなのにずっと騙していて、本当にごめんなさい。しかも私は再婚後に、セウロラまで育てていただいて……」
「読んで驚きました。母と弟が同時に亡くなってから孤児院に入り、そこからシェイマス様にお仕えしたと聞いていたので。なるべく虚実織り交ぜた方が、嘘はバレにくいものですね」
「許してくれとは言いません。返す返すお詫び申し上げます。
シャマシュはあの男から、息のかかった都合のいい女――それこそ夫の死後に息子を差し出せと言われれば、一も二もなく承知するような女を何度か紹介されていたけど、そんなのは絶対に御免被ると言ってはね付けていたのに。
突然10は下の貴方と結婚すると言い出して…」
「ああ、それは単なる利害の一致ですよ。ほら、ここにも書いてあるじゃないですか。私はどうしても家を出たくて、彼は子供が欲しかったんですよ。
だから、落馬事故で入院していたタハエ義兄さんとフラム姉さんの恋を実らせるという名目で、お見舞いに来ていたトビラス、じゃなかったシャマシュに近付いたんです。
ご存知のように、私の父は何かとお金に執着する人で――姉さん達の結婚を認める代わりに、高給取りの娘婿も一匹付いて来るんですから。あっさりと掌を返してくれましたよ」
こうしてレラムから手記公開の承諾を得たシェイマは、彼女達の引越し準備を手伝い始めた。
手記を直接ヨウゼン家まで届け出たのは、シェイマが再婚先で産んだコトヅ家の跡取り息子だった。ハンムラビはしげしげとそれを眺めつつ、自身についての記述を探した。
「ふむ、確かに見覚えのある字だ。…あやつめ、私に関しては悪口ばかりじゃないか。毎回名前の直後に死ねがくるのは何故だ、もはや死ねが私の蔑称と化しているものまであるぞ」
その頃クサンナは、1本の電話を受けていた。
「信じたくなかったよ。あまりに惨い……クサンナ、君はそれを間近で知りながら、何故のうのうと生きていけるんだ。おかしいとは思わないのか」
「思いますよ。でも無駄ですもの、死にたくなければ従うのみです。それにジズ様だって、わたくしが相手だからそう言えるのです」
✳
どう考えたって、ソピリヤ様は関係無い。でもその身内で後継者だ。だからもう、私がこんな所に居るのは良くない。私は急いで荷物をまとめ、ソピリヤ様に退職を願い出た。
「…ただでさえ行方不明にさせてるのに、その原因である虐待行為まで発覚したな。ハルシヤ、お前はヨウゼン家、引いては私の事も恨んでいるだろう」
「No, と言いたいところですが、私には無理でした。お暇致します。長い間ありがとうございました」
「勿体無いな。復讐すれば良いじゃないか、私を介して」
「じゃあ今すぐ殺して下さいよっ、あんたのクソ親父。どうせ出来ない癖に」
「その通りだ、今はまだ。だがハルシヤ、お前の協力無くしてそれは成り立たない。だから私は、この命に懸けて誓う。それに私だって、シャハルとの付き合いは長いんだ。彼を突き飛ばそうとした池のほとりで、返り討ちにあって以来の仲だからな」
こうして私の進退は決まった。直後、スミド太守からの命令で、亡き伯父が残したという手記を元に反論を作成し、緊急記者会見の場でカウンタースピーチをせよと指示が下った。
イェノイェという繋がりが否定されても、私とシャハルが変わらず母方の従兄弟同士という関係で結ばれていて、それと少しばかりポンチェト=プリューリで外国語をかじっていたのを見込まれての事だった。ある意味で、これはチャンスだ。許される限り伯父を擁護して、シャハルへのメッセージも伝えられる。
といっても、私の拙い外国語ではまだ高度な内容のスピーチは難しいので、私はポンチェト=プリューリで外国語を習った、マリー=ルイッサ布教師に連絡を取った。
「ハルシヤ、あなたは即刻辞めるべき。そして布教の道に入りましょう。あなたは素晴らしい布教者になれます」
「いえ、私には無理です。ちゃんとしたスピーチの翻訳が完成しなければ、殺されるんで」
これは嘘だったが、布教師には絶大な効果を発揮した。やがて迎えた記者会見本番では、私はまず始めにシビル語でスピーチを終え、その次に布教師の翻訳原稿を読み上げて退壇した。
後はクサンナが、撮影しておいてくれたビデオ映像に字幕を添付して、シビル語圏の動画投稿サイトにアップロードしてくれた。その反響は、国内外で全く違う物となった。
シビル連邦独自の細かい事情など、一切関係ない国外では、シャハルへの同情論や、国内事情に耳を疑う声が圧倒的多数を占めていた。
国内では、同情論以外にシャハルの容姿や素性を揶揄する声や、その後ろ盾に対する流言飛語、スミドや私に対する非難が飛び交い、正に混沌としていた。シャハルの言葉じゃないけど――何が正しく、何が間違っているのか?
そもそもシャハルはおそらく、自身の被害を訴え出るというよりは、ハンムルーシフが起こした暗殺未遂事件を擁護したかっただけのはずなのに。
チャイルド・マレスターであるハンムラビ・ヨウゼンは、罰せられることも無く太守の地位に居座って、のうのうと息を吸っている。
原稿作成の時に同席していたこいつは、いけしゃあしゃあと、潜伏生活中、屋根裏に食事を運んで来た伯父を殴り、脅迫したのが関係の始まりだったという手記の記述を破り捨て、今となっては懐かしい思い出だと笑った。こんな奴がのさばる中では、シャハルからの連絡や続報も一切無いのは無理もない。
でも私は、他でもないシャハルに、伯父の手記を読んで欲しかった。
そこで、元使用人だったトビラス、いやシャマシュが死の直前まで、彼が定期的に書き溜めては手紙で寄越していた手記の束を持参し、夫の本名すら露知らずに居た彼の妻、レラムを訪ね、彼女に深く謝罪すると共に、手記公開の承諾を求めた。
「レラムさん。貴方にはシャハルという子供まで居るのに、それなのにずっと騙していて、本当にごめんなさい。しかも私は再婚後に、セウロラまで育てていただいて……」
「読んで驚きました。母と弟が同時に亡くなってから孤児院に入り、そこからシェイマス様にお仕えしたと聞いていたので。なるべく虚実織り交ぜた方が、嘘はバレにくいものですね」
「許してくれとは言いません。返す返すお詫び申し上げます。
シャマシュはあの男から、息のかかった都合のいい女――それこそ夫の死後に息子を差し出せと言われれば、一も二もなく承知するような女を何度か紹介されていたけど、そんなのは絶対に御免被ると言ってはね付けていたのに。
突然10は下の貴方と結婚すると言い出して…」
「ああ、それは単なる利害の一致ですよ。ほら、ここにも書いてあるじゃないですか。私はどうしても家を出たくて、彼は子供が欲しかったんですよ。
だから、落馬事故で入院していたタハエ義兄さんとフラム姉さんの恋を実らせるという名目で、お見舞いに来ていたトビラス、じゃなかったシャマシュに近付いたんです。
ご存知のように、私の父は何かとお金に執着する人で――姉さん達の結婚を認める代わりに、高給取りの娘婿も一匹付いて来るんですから。あっさりと掌を返してくれましたよ」
こうしてレラムから手記公開の承諾を得たシェイマは、彼女達の引越し準備を手伝い始めた。
手記を直接ヨウゼン家まで届け出たのは、シェイマが再婚先で産んだコトヅ家の跡取り息子だった。ハンムラビはしげしげとそれを眺めつつ、自身についての記述を探した。
「ふむ、確かに見覚えのある字だ。…あやつめ、私に関しては悪口ばかりじゃないか。毎回名前の直後に死ねがくるのは何故だ、もはや死ねが私の蔑称と化しているものまであるぞ」
その頃クサンナは、1本の電話を受けていた。
「信じたくなかったよ。あまりに惨い……クサンナ、君はそれを間近で知りながら、何故のうのうと生きていけるんだ。おかしいとは思わないのか」
「思いますよ。でも無駄ですもの、死にたくなければ従うのみです。それにジズ様だって、わたくしが相手だからそう言えるのです」
✳
どう考えたって、ソピリヤ様は関係無い。でもその身内で後継者だ。だからもう、私がこんな所に居るのは良くない。私は急いで荷物をまとめ、ソピリヤ様に退職を願い出た。
「…ただでさえ行方不明にさせてるのに、その原因である虐待行為まで発覚したな。ハルシヤ、お前はヨウゼン家、引いては私の事も恨んでいるだろう」
「No, と言いたいところですが、私には無理でした。お暇致します。長い間ありがとうございました」
「勿体無いな。復讐すれば良いじゃないか、私を介して」
「じゃあ今すぐ殺して下さいよっ、あんたのクソ親父。どうせ出来ない癖に」
「その通りだ、今はまだ。だがハルシヤ、お前の協力無くしてそれは成り立たない。だから私は、この命に懸けて誓う。それに私だって、シャハルとの付き合いは長いんだ。彼を突き飛ばそうとした池のほとりで、返り討ちにあって以来の仲だからな」
こうして私の進退は決まった。直後、スミド太守からの命令で、亡き伯父が残したという手記を元に反論を作成し、緊急記者会見の場でカウンタースピーチをせよと指示が下った。
イェノイェという繋がりが否定されても、私とシャハルが変わらず母方の従兄弟同士という関係で結ばれていて、それと少しばかりポンチェト=プリューリで外国語をかじっていたのを見込まれての事だった。ある意味で、これはチャンスだ。許される限り伯父を擁護して、シャハルへのメッセージも伝えられる。
といっても、私の拙い外国語ではまだ高度な内容のスピーチは難しいので、私はポンチェト=プリューリで外国語を習った、マリー=ルイッサ布教師に連絡を取った。
「ハルシヤ、あなたは即刻辞めるべき。そして布教の道に入りましょう。あなたは素晴らしい布教者になれます」
「いえ、私には無理です。ちゃんとしたスピーチの翻訳が完成しなければ、殺されるんで」
これは嘘だったが、布教師には絶大な効果を発揮した。やがて迎えた記者会見本番では、私はまず始めにシビル語でスピーチを終え、その次に布教師の翻訳原稿を読み上げて退壇した。
後はクサンナが、撮影しておいてくれたビデオ映像に字幕を添付して、シビル語圏の動画投稿サイトにアップロードしてくれた。その反響は、国内外で全く違う物となった。
シビル連邦独自の細かい事情など、一切関係ない国外では、シャハルへの同情論や、国内事情に耳を疑う声が圧倒的多数を占めていた。
国内では、同情論以外にシャハルの容姿や素性を揶揄する声や、その後ろ盾に対する流言飛語、スミドや私に対する非難が飛び交い、正に混沌としていた。シャハルの言葉じゃないけど――何が正しく、何が間違っているのか?
そもそもシャハルはおそらく、自身の被害を訴え出るというよりは、ハンムルーシフが起こした暗殺未遂事件を擁護したかっただけのはずなのに。
チャイルド・マレスターであるハンムラビ・ヨウゼンは、罰せられることも無く太守の地位に居座って、のうのうと息を吸っている。
原稿作成の時に同席していたこいつは、いけしゃあしゃあと、潜伏生活中、屋根裏に食事を運んで来た伯父を殴り、脅迫したのが関係の始まりだったという手記の記述を破り捨て、今となっては懐かしい思い出だと笑った。こんな奴がのさばる中では、シャハルからの連絡や続報も一切無いのは無理もない。
でも私は、他でもないシャハルに、伯父の手記を読んで欲しかった。
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