妖怪会談部の日常

星月

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九尾の狐~夕~

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「おばあちゃーん!!  帰ってきたよー!」

  私は大きな声で叫ぶと家の中からはっきりとした声で「はーい」と言ったおばあちゃんの声が私の耳に届いた。私は後ろに立っている先輩に中へどうぞ、と言って家の中に先輩を進め、そのまま長い廊下を歩いた。

「静かだな…」

  私と並んで歩いている先輩は辺りを見回しながら言った。

「ああ。たぶん台所におばあちゃんがいるからだと思います。ここの台所結構玄関から距離があるので」

「ほぅ…」

  私たちはしばらく歩くと台所の暖簾の奥でおばあちゃんが忙しく動いているのを見つけた。

「お前の言った通りだな」

「そうですね」

  私と先輩は台所の入口の所からおばあちゃんの後ろ姿を見ると楽しそうに何かを準備をしているようだ。まあ、だいたい何をしているのかは想像がつくけど。

  私は忙しく動いているおばあちゃんに声をかけた。

「おばあちゃん。お菓子は後でいいよ」

  おばあちゃんは呼ばれるとこちらに顔を向け、私の顔を見て微笑んだ。

「あら稲穂じゃない。気づかなくてごめんなさいね。久しぶりのお客様だから気合い入っちゃって」

「いえ。お気遣いどうもありがとうございます」

  先輩は私の後ろから暖簾を片手で避けながら軽く一礼し、おばあちゃんに挨拶をした。

「初めまして。東山霞ヶ丘大学文学化二年の闇ノ堂白夜と申します。今日はいきなりお伺いしてしまって申し訳ございません」

「あら、ご丁寧にどうも。まさかこんな紳士的なお方がこの子の正体を聞きに来るとは思ってもいませんでしたよ」

  おばあちゃんは鮮やかな桜の着物を身に纏い、長い白い髪を後ろに束ねて簪を挿し、美しい佇まいで私の後ろにいる先輩に軽く会釈した。初めて先輩がまともに人と話しているの見るので新鮮すぎて、何というか感動しています。やっぱりこの人も人間なんだなぁ、と改めて思う。

  その間に二人淡々と話を続けていた。

「では、ここで立ち話もなんですし和室の方でお話をしましょうか。稲穂、申し訳ないんだけどお茶を、持ってきてくれるかしら」

「え?  お茶だけでいいの?」

「ええ。お菓子は私が持っていくわ」

「あ、うん。わかった」

  私は机の上に出ている湯呑みとお茶の入れ物をお盆の上に乗せようとした時、先輩に一つ言わなければならないことを思い出した。

「あ、先輩。おばあちゃんについて行かないと置いて行かれますよ…って」

  私はお盆の上に頼まれたお茶を乗せながら先輩の方へ振り向くと先輩がポツンと後ろに立っている。ああ、遅かったか。

「…お前の言う通りだな。もう、置いて行かれた」

  言うのが遅かったせいかおばあちゃんはあっさりと先輩を置いて部屋に行ってしまったらしい。先輩はその場に放置され、ただ突っ立っていた。

  私はおばあちゃんに言われたお茶を持って、先に行ってしまったおばあちゃんの元へと急いだ。何で急ぐかというと、あの人も何だかんだいって時間にはうるさい人で時間通りに事が進まないと後で話を聞いてくれなくなってしまう。そのことを早足で先輩に伝えながら一刻も早くおばあちゃんの元へと急いだ。

「先輩。急いで下さい!」

「落ち着け。そのままだとお前お茶を零すぞ」

「そんなこと言ってる場合じゃ…」

「黙れ。ったく…忙しないやつだな。少しは静かにしろ」

  先輩はスッとこちらに手を伸ばすとお盆の上に乗っている大きいお茶の入れ物を取り、また歩き出した。

「は?  ちょっ、先輩!?」

「なんだ。少しは軽くなっただろ。早く来い」

「軽くなりましたけどどうしてですか?」

「何がだ」

  私は小走りで先輩に追いつくと先輩に問うた。

「なんで持ってくれるんですか?」

「…当然のことをしたまでだ。なにか問題でもあるか」

「え、問題って言われましても…別に問題はありませんけど?」

「なら、早く行くぞ」

  変に優しい先輩になってしまった。何だろう…別に嫌いじゃないな。ああいう先輩。って、また変なこと考えてるし!!

  なんだかんだ考えていると、やっとおばあちゃんが待つ部屋に着くともう座布団に座り、私たちの分の座布団を敷いて待っていた。私たちはどこか急かされるように座ると私は頼まれたお茶を湯呑みに入れ、一人ひとりの前に静かに置いた。そしてあまりのおばあちゃんの気迫に耐えかねた先輩がいきなり直球なこと言った。

「今日は稲穂さんの話をお聞きしたく参りました」

「ええ。そのことは稲穂から聞いています。どうもこの子の正体。要するに何の妖怪なのかを聞きに入らしたのでしょう?」

  何処かしら似ている二人は顔色一つ変えずに会話を始めた。今回は私が変に首を突っ込むとおばあちゃんが話をしてくれなくなりそうなので私は静かに先輩たちの話を聞くことにした。

「はい。稲穂さんが妖怪の血で書かれた文字を読めたのにも関わらず、自分が妖怪だと知らなかった。だから、稲穂さんには自分が何の妖怪なのか知って欲しいんです」

  先輩はいつもの淡々とした話し方でおばあちゃんに言うと、思ってもいなかった言葉が返ってきた。

「ふふ。ご冗談を。この子が自分の正体が知りたくなったのはあなたがこの子に妖怪だと言ったからでしょう?  そしてここに来たのもあなたのただの好奇心で来たに過ぎない。勝手にこの子を巻き込んでおいてこの子に何の妖怪か知って欲しいですって?  あまりに身勝手な行動です。言葉を慎みなさい」

  あまり人に怒らないおばあちゃんがこんなに言葉を並べて人を怒るなんて思ってもいなかったことだ。それだけ先輩の事が気に入らないんだ。

  先輩はまさかのおばあちゃんの反論に戸惑い、さっきまで余裕を見せていた顔がいつもより暗く静かなものになっていた。こんな事になるとは先輩は予想していなかったはずだ。どうやってここまで言ったおばあちゃんに言い返すんだろう。

  私は二人の様子を静かに見ていると先輩は閉じていた口を開いた。

「確かにあなたの言う通りです」

「えっ!!」

  私は驚きのあまりに声が出てしまった。まさかの開き直りとはー。

「私は妖怪のことになるとどうも好奇心が抑えきれなくなってしまい、現に稲穂さんが聞いてもいないのに彼女が妖怪だと言ってしまいました。彼女には辛い思いをさせてしまったのは事実です」

「先輩…」

「ですが…」

「ですがー…何です?」

  急に黙り込んだ先輩の顔を横から見つめると先輩はその視線に気がついたのか私の顔を見て、微かに微笑んだー。
えっ。先輩が…笑った?

「ですが稲穂さんを傷つけてしまった分、私が彼女を守ります。決して彼女の正体を聞いて彼女を拒絶するなんてことはしません。ですからどうか彼女の正体を我々に教えてもらえないでしょうか」

  私は横でおばあちゃんに頭を下げて人に頼んでいる先輩の姿を見て、私は目から一筋の涙が流れた。

「稲穂?」

  目の前に座っているおばあちゃんが驚いた顔で私を見る。私…泣いてるの?

「えっ…あっ。ごめんなさい。な、泣くつもりは…なかったんだけど…」

  だが、言葉とは反対に目からポロポロと涙が溢れるのが止まらない。ああ。そうか。先輩の土下座に驚いているのと先輩がそこまで自分のことを考えてくれていたことが嬉しいのといろいろ混じって感情が不安定なんだ。だから、こんなにも涙が出るんだ。

  先輩は泣いている私を目つきの悪い目で見たが、なにも言わずまた頭を下げた。

「先輩…もういいですよ…」

「…」

  どうしてここまで誰かのためにこんなことをー。私は涙を流しながら考えていると一つ思い出したことがある。始めて自分が妖怪だと知ったとき、とても嫌な気分にならなかった。自分が人間では無いものだとは薄々感づいていたからのもあるかもしれないが、たぶん先輩が妖怪である自分を拒絶しなかったからだと、私は思う。やっぱり、この人はおかしい人だー。

「先輩…ありがとうございます」

「何がだ」

「私を拒絶しないでくれて…」

「…もう一度言うが俺は当然のこと言ったまでだ。例を言われる筋合いはない」

  先輩はまだ土下座したまま、私に言った。

「いいえ。お礼くらい言わせて下さい。先輩。私を拒絶しないでくれてありがとうございます」

  先輩は黙ったままー。

「…ああ」

「何ですか…ああって…。本当にわからない人だな。でも、私はー」

  私は自分の正体を知る権利がある。だから、今私が何の妖怪なのか聞いたとしても何も恐れない。おばあちゃんは私が覚悟したのが伝わったのか、さっきまで険しい顔をしていたおばあちゃんの顔がいつの間にか穏やかに笑っていた。
  
「ふぅ。あれくらい厳しく言えば引き下がってくれると思ったのですが…完敗です」

  おばあちゃんは溜息をつきながら言うと私たちの方に向き直り言った。

「いいでしょう。あなたたちに稲穂の正体を教えましょう」

「ほんとっ!  おばあちゃん!」

「ええ。それに隠し続けられる事でもないし、いずれ知らなければならなかった事ですから。ちょっと時期が早いだけでね」

  おばあちゃんは机の上に置いておいたお茶を飲むと一息つき、真剣な眼差しで私たちを見た。さっきまでの緊張が解放されたかと思った矢先、新たな緊迫の空気が私たちを飲み込んだ。私はこの緊迫の空気に飲み込まれそうになり、体がブルっと身震いがした。

「そうね…。いきなりだけど闇ノ堂さん?  この子が捨て子だと言うことは知っていますね?」

「はい」

「あれはまるっきりの嘘なのよ。この子はー。稲穂は二千年生きている稲荷神社の神使だった空狐の子なのよ」

「空狐?  先輩、空狐って妖怪なんですか?」

「空狐!!  そんな歴史のある妖狐の娘なのか!」

  初めて興奮状態の先輩が前のめりになって私の顔を見ながら問い詰められる。

「し、知りませんよ!  おばあちゃん!  空狐って?」

  私は顔が赤くなる顔を抑えきれず、そして耐えきれず、やむを得ずおばあちゃんに助けを求めた。

「あらあら、空狐も知らないの?  空狐とは尻尾が九尾あり、二千年から三千年生きていて狐耳を持つ人型になるのが得意な妖狐なの。稲荷神社の神使にならやすい。強いて言えば妖狐の中で二番目に神格が弱い妖狐なんだけど…」

「なんだけど?」

  初めて聞く妖怪の名前に私は首を傾げ、おばあちゃんの言った言葉を整理した。つまり空狐は妖狐でありながら神様の使いで狐耳を持っていて人の姿している。ということほ私は神様の使いの子供ってこと!

「ちょっと待って!  私はてっきり悪い感じの妖怪かとー」

「まぁ、落ち着きなさい。ここからが本題よ」

  落ち着きを無くした私に優しく言い聞かせると部屋の中に生暖かい風と共に桜の花弁が吹き荒れ、その中から現れた人物に私たちは驚いた。

  その時、目の前にいたはずのおばあちゃんの姿が若く美しい女性へと変わり、白く長い髪を見ると付け耳とは違い、無造作に動いている白い狐耳が目に入った。私も先輩もいきなりの出来事に唖然としていると若く美しい女性がふわりと優しく笑いながら、私の元に座り、頭を撫でた。

「ごめんなさい稲穂。私はあなたのお父さんと契りを交わし、あなたが産まれてどうにかしてあなたが幸せに生きる術を探しているうちにあなたを捨て子ということにし、自分が妖怪だと教えず私が育てようと心に決めたの」

  おばあちゃんは悲しい顔をしながら細い声で私に言った。

  すると、横に座っている先輩が細い指を口元に持っていくと納得したかのように頷いた。

「なるほど…要するに彼女に嘘をついて老人の姿に化け、彼女を育ててきたということですか?」

「…ええ。さすが陰陽師家の子ね。少し話しただけでそこまでわかってしまうとはー」

「な、何故それを!」

「さあ。何故でしょう」

  私はご覧の通り今の出来事に頭がついて来ておらず、その場に硬直したまま、私はおばあちゃんにー…じゃなくて !  お、お母さんの言ったことをまとめるため頭を回転させ、今の状況を把握し、頭を撫で続けているお母さんの顔を見た。こんな綺麗な人が私のお母さんなんて…私は夢でも見ているのかな。

「あの…お母さん?」

「…!」

「え?  ど、どうしたの!」

  お母さんは撫でていた手を止めると私の顔を見て、涙を流していた。

「ご、ごめんね。やっと実の娘に『お母さん』って言われたものだから…感動して…」

「お母さん…」

  わかる。この人は人じゃなくて妖怪だけど間違いなく私のことを愛してくれてる。昔も今もー。

  だから、この人は本当に私のお母さんなんだと心から納得した。

  そして、あえて聞かないでおこうと思っていたことを口にした。

「唐突なんだけど…お母さんは神使なの?  それとも妖怪なの?」

  まさかの質問に目の前座っているお母さんは戸惑いの顔を見せたが直ぐに苦笑いを浮かべ、答えた。

「…そうね。今は…いや、神使になる前も今も妖怪よ」

「え?」

「確かに稲穂を産んだ時は空狐だったわ。けれど空狐と呼ばれる前は九尾の狐だったの」

「九尾の狐!!」

「そ、それは本当なんですか!!」

「ええ。本当よ」

  ま、まさか。お母さんが車の中で話していた九尾の狐だったなんて…。でも、九尾の狐は死んだんじゃ…。

「稲穂。九尾の狐はなにも玉藻前だけではないのよ。あれは中国から来た異国者だからね」
  
「じゃ、お母さんは日本の九尾の狐ってこと?」

「そういうことよ…」

  庭に咲いている大きな桜に視線を預けているお母さんはまるで過去を見ているかのようで何か嫌な感じが流れ込んでくる。

  私はその時、きっとお母さんに今まで辛い思いさせてきたのだろうと思った。いや、そうなんだ。だって…心の中のお母さん。泣いてる。泣いてるお母さんが見える。そうか…お母さんは私のせいで…泣いてるんだー。

「そうか。お母さんは…私を産んだ事に後悔してるんだ」

  予想だにしない言葉を私が言ったことに目の前と横にいる二人は驚いていた。私は直ぐに我に返り、急いでついさっき言った言葉を修正した。

「いや、あの。その…ごめんなさい。そういう意味じゃなくて…」

「稲穂…。あなた今ー」

「ちょっと今お母さんを見ていたら見えたの。お母さんが辛い顔させているのは私がいるからだって…。はは、考えすぎかな」
  
  そう後付けして私はお母さんの方を見ると悲しい顔をしていた。ほら、やっぱり私がお母さんを悲しませている元凶。辛い思いをさせている元凶。私はー。

「産まれてきてはいけなかった災いの子ー」

「いけない稲穂!  闇ノ堂さん!!  稲穂を気絶させて!」

「え!  気絶ですか!?」

「いいから早く!  早くしないと稲穂が消えてしまう!」

  先輩は少し躊躇ったがお母さんの言った通りにし、直ぐに私の首に重い衝撃が走った。ああ。気が遠くなる…。そんなことを思った後にフッと意識がなくなった。
  

  
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