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第六章 大きくなりすぎた心の闇は
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うまくいかない時もあるけど、嬉しいこと、楽しいことを一緒に喜べれば、あれを小さくすることはできる。反対に、ただのお世辞を言っていい気にさせても、うまくはいかなかった。私が心から楽しいと思って口にしたことしか、あのもやは晴れてくれない。人の心に寄り添うって、難しいんだなあ。
莉子ちゃんの黒いもやも、早く小さくなればいいのに。
私は、バケツを片付けると、莉子ちゃんを探しに教室を出た。
☆
トイレに行ってくる、と言ってたけどそこに莉子ちゃんはいなかった。あちこち探したら、ベランダの端の方でうつむいている莉子ちゃんを見つけた。
やっぱりその背中には、黒いもやがゆらゆらと揺れている。大きさは、さっきと変わってない。
私はその後ろから、そ、と近づく。
「莉子ちゃん」
黙って振り向いた莉子ちゃんは、怒っているというより、なんだか途方に暮れているような顔をしていた。
「もう五時間目始まるよ? 教室に戻ろう」
「やだ。私なんて、いない方がいいんだよ」
そう言って、また中庭に目を向けてしまう。
「そんなことないよ。ね、一緒に、戻ろう」
隣りに座って、きゅ、とその手を握ると、莉子ちゃんは向こうを向いたまま呟いた。
「あんな言い方したら、菜月が怒るのは当然だよね」
「莉子ちゃん、わかっていたの?」
「うん……」
菜月ちゃんは、うなだれたように地面を見た。
「私ね、最近、自分の気持ちがコントロールできないの。まるで、自分が自分じゃないみたい」
その言葉に、どきりとした。
もしかして、莉子ちゃんはもう乗っ取られかけているの……?
莉子ちゃんは、小さい声で続けた。
「あんなこと言ったら、みんなに迷惑をかけるのも嫌な思いさせるのも、途中で気づいたの。なのに止められなかった。家でも、そうなの。毎日毎日、ママとけんかばかり……きっとこんなんじゃ、皆に嫌われちゃうね」
「じゃあ、謝ろうよ」
「美優……」
莉子ちゃんは、ゆっくりと振り向く。泣きそうな莉子ちゃんの目を、まっすぐに見つめた。
「悪いと思ったら、謝ろう。それで、また一緒に遊んだりお掃除したりしよう。今度はけんかしないで。一人で謝るのが嫌なら、私も一緒に謝るから」
「美優が謝る必要ないじゃん」
「そうだけど……でも、ほら、いつも一緒だよ、って、私言ったもん。私が莉子ちゃんの青い羽根になるって、前に約束したでしょ? 私はずっと、莉子ちゃんの味方だよ」
しばらく私の顔をまじまじと見ていた莉子ちゃんは、少しだけ笑った。
「美優なんて、ドジだしのんきだし……味方にしてはずいぶん頼りないよね」
う。
「そ、それはそうだけど、でも、誰もいないよりは少しはましかなあって……」
とほほ。やっぱり、人を嬉しくさせることって難しいなあ。
がっくりとしょげかけた時、莉子ちゃんの背中にあった黒いもやが急に一回り縮んで、私は目を丸くした。
え? なんで急にあの黒いの小さくなったの? あの黒いのが小さくなるってことは……
は、と、そのことに気づいて、私も嬉しくて泣きそうになってしまった。
莉子ちゃん、口ではあんなこと言ってるけど、喜んでくれたんだ。私は莉子ちゃんの味方だって、信じてくれたんだ。
すごく、すごく、嬉しい。
人を嬉しくさせることって、自分もこんなにも嬉しくなれるものなんだね。
「……ありがと」
弱々しく言った莉子ちゃんに、私はにっこりと笑い返した。
☆
莉子ちゃんの黒いもやも、早く小さくなればいいのに。
私は、バケツを片付けると、莉子ちゃんを探しに教室を出た。
☆
トイレに行ってくる、と言ってたけどそこに莉子ちゃんはいなかった。あちこち探したら、ベランダの端の方でうつむいている莉子ちゃんを見つけた。
やっぱりその背中には、黒いもやがゆらゆらと揺れている。大きさは、さっきと変わってない。
私はその後ろから、そ、と近づく。
「莉子ちゃん」
黙って振り向いた莉子ちゃんは、怒っているというより、なんだか途方に暮れているような顔をしていた。
「もう五時間目始まるよ? 教室に戻ろう」
「やだ。私なんて、いない方がいいんだよ」
そう言って、また中庭に目を向けてしまう。
「そんなことないよ。ね、一緒に、戻ろう」
隣りに座って、きゅ、とその手を握ると、莉子ちゃんは向こうを向いたまま呟いた。
「あんな言い方したら、菜月が怒るのは当然だよね」
「莉子ちゃん、わかっていたの?」
「うん……」
菜月ちゃんは、うなだれたように地面を見た。
「私ね、最近、自分の気持ちがコントロールできないの。まるで、自分が自分じゃないみたい」
その言葉に、どきりとした。
もしかして、莉子ちゃんはもう乗っ取られかけているの……?
莉子ちゃんは、小さい声で続けた。
「あんなこと言ったら、みんなに迷惑をかけるのも嫌な思いさせるのも、途中で気づいたの。なのに止められなかった。家でも、そうなの。毎日毎日、ママとけんかばかり……きっとこんなんじゃ、皆に嫌われちゃうね」
「じゃあ、謝ろうよ」
「美優……」
莉子ちゃんは、ゆっくりと振り向く。泣きそうな莉子ちゃんの目を、まっすぐに見つめた。
「悪いと思ったら、謝ろう。それで、また一緒に遊んだりお掃除したりしよう。今度はけんかしないで。一人で謝るのが嫌なら、私も一緒に謝るから」
「美優が謝る必要ないじゃん」
「そうだけど……でも、ほら、いつも一緒だよ、って、私言ったもん。私が莉子ちゃんの青い羽根になるって、前に約束したでしょ? 私はずっと、莉子ちゃんの味方だよ」
しばらく私の顔をまじまじと見ていた莉子ちゃんは、少しだけ笑った。
「美優なんて、ドジだしのんきだし……味方にしてはずいぶん頼りないよね」
う。
「そ、それはそうだけど、でも、誰もいないよりは少しはましかなあって……」
とほほ。やっぱり、人を嬉しくさせることって難しいなあ。
がっくりとしょげかけた時、莉子ちゃんの背中にあった黒いもやが急に一回り縮んで、私は目を丸くした。
え? なんで急にあの黒いの小さくなったの? あの黒いのが小さくなるってことは……
は、と、そのことに気づいて、私も嬉しくて泣きそうになってしまった。
莉子ちゃん、口ではあんなこと言ってるけど、喜んでくれたんだ。私は莉子ちゃんの味方だって、信じてくれたんだ。
すごく、すごく、嬉しい。
人を嬉しくさせることって、自分もこんなにも嬉しくなれるものなんだね。
「……ありがと」
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