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第五章 聞いてない!って言いたいのに
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「美優ちゃんは優しいなあ」
と。
背中にあったもやが、しゅるりとひとまわり小さくなった。私は目をぱちくりする。
え? なんで?
「なんかね、美優ちゃんと話していると、ささくれ立ってた気持ちが、こう、すーっと穏やかになるの。きっと、美優ちゃんがいつもにこにこ話を聞いてくれるからだね」
「そ……う?」
「うん。それに比べて私なんて、きっと今日のあれで、きつい委員長だと思われただろうなあ」
楓ちゃんは、ぐったりと机につっぷした。
その背中にあった黒いもやは、さっきより少しだけ小さくなっていた。
私は、楓ちゃんのその黒いもやを見ながら言った。
「でも、私、もやもやしているくせに自分では何も言えなかったから、楓ちゃんが言ってくれたのを聞いて、私はすごいなって思ったよ」
私が言えなかった言葉。楓ちゃんだって、言いたくなかった言葉。
それを口に出す勇気が、私には足りなかった。
「そうかな?」
「うん、そうだよ。ありがとう、楓ちゃん。私も楓ちゃんみたいに、これからは自分で言えるようにがんばるね」
私は、少し大げさに胸を張ってみせた。
すると、えへへ、と嬉しそうに笑った楓ちゃんの背中のもやが、また小さくなってほとんど見えなくなってしまった。
なんとなく、わかってきた。
あのもやは、自然に消えているんだと思っていたけど、違うんだ。きっとこうやって、誰かが誰かの光になって、黒いもやを消していたんだね。
私が嬉しいと思った気持ちを伝えて相手も嬉しくなってくれたら、あのもやって私でも消せるのかもしれない。
萌ちゃんは、人を楽しくさせたり嬉しくされたりすることが、人の心に光をもたらすって言っていた。そうかあ、これがその力なんだね。
そんなことを話していると、下校の音楽が鳴り始めた。楓ちゃんが立ち上がる。
「遅くなっちゃったね。帰ろ」
「うん」
私もすっきりした気分で、いきおいよく立ち上がった。
☆
せっかく見つけた黒いもやを消す方法を試したかったけど、帰ってきたママには黒いもやはほとんどついていなかった。ほんの少しついていた黒いもやも、おかえり、と言って私と話しているうちにしゅるしゅると消えちゃった。
ママは私と一緒にいて、本当に幸せなんだなあ。なんて思うと、私の方が幸せになっちゃうよ。
でもやっぱり、そんな風に人に気持ちを読んでしまうようなことはよくないことだよね。絶対、人には知られないようにしなきゃ。
☆
次の日の朝、莉子ちゃんと学校へ向かっていた私は、前の方に大きな黒いもやをみつけて思わず足を止める。
うわあ。宮崎さんほどじゃないけど、あんなに大きなもや、みたことない。
そこにいたのは、二人の女の子だった。
莉子ちゃんが、その二人を指差す。
「莉子ちゃん、人を指さしたらだめだよ」
「うん。ね、あれ、安永さんと菊池さん?」
「……だね」
うつむいたまま道のはじに立っている安永さんを、菊池さんが気づかうように肩を抱いてのぞきこんでいる。
あれ? もしかして……安永さん、泣いている?
「どうしたんだろうね」
あの大きなもやは、安永さんの背中に乗っていた。怒っている感じじゃないから、何か、すごく悲しいことでもあったのかな。
「さあ。でも、うかつに私たちが声かけるものまずいでしょ。行こ」
さっさと歩いて莉子ちゃんは二人に近づいていく。二人を追い越さないと、学校には行けない。
気にはなるけれど、確かに私がいきなり声をかけたらびっくりするだろう。
あまり見ないようにして二人の横を通り過ぎようとする。
すると私たちに気づいた安永さんに、なぜか思い切りにらまれてしまった。ぞくり、と鳥肌がたつ。
私と合ったその目が潤んで赤い。
「り、莉子ちゃん、なんかすごいにらまれた」
二人から離れてから、私は莉子ちゃんの手をつかんだ。ちょっと、怖かった。
「え、なんで?」
「わかんない」
前に萌ちゃんは、安永さんの態度は私のせいじゃない、みたいなことを言ってたけど、あんなふうに見られるとすごい気になる。
安永さんは、莉子ちゃんではなく、確かに私を見ていた。
なんで、私なんだろう。気にはなるけど、怖くて振り向けない。私たちは急ぎ足でその場を離れた。
安永さんの背中にあった黒いもや、怖いくらい大きかった。
昨日の楓ちゃんみたいに、あれ、小さくしてあげることって、できないかなあ。
☆
と。
背中にあったもやが、しゅるりとひとまわり小さくなった。私は目をぱちくりする。
え? なんで?
「なんかね、美優ちゃんと話していると、ささくれ立ってた気持ちが、こう、すーっと穏やかになるの。きっと、美優ちゃんがいつもにこにこ話を聞いてくれるからだね」
「そ……う?」
「うん。それに比べて私なんて、きっと今日のあれで、きつい委員長だと思われただろうなあ」
楓ちゃんは、ぐったりと机につっぷした。
その背中にあった黒いもやは、さっきより少しだけ小さくなっていた。
私は、楓ちゃんのその黒いもやを見ながら言った。
「でも、私、もやもやしているくせに自分では何も言えなかったから、楓ちゃんが言ってくれたのを聞いて、私はすごいなって思ったよ」
私が言えなかった言葉。楓ちゃんだって、言いたくなかった言葉。
それを口に出す勇気が、私には足りなかった。
「そうかな?」
「うん、そうだよ。ありがとう、楓ちゃん。私も楓ちゃんみたいに、これからは自分で言えるようにがんばるね」
私は、少し大げさに胸を張ってみせた。
すると、えへへ、と嬉しそうに笑った楓ちゃんの背中のもやが、また小さくなってほとんど見えなくなってしまった。
なんとなく、わかってきた。
あのもやは、自然に消えているんだと思っていたけど、違うんだ。きっとこうやって、誰かが誰かの光になって、黒いもやを消していたんだね。
私が嬉しいと思った気持ちを伝えて相手も嬉しくなってくれたら、あのもやって私でも消せるのかもしれない。
萌ちゃんは、人を楽しくさせたり嬉しくされたりすることが、人の心に光をもたらすって言っていた。そうかあ、これがその力なんだね。
そんなことを話していると、下校の音楽が鳴り始めた。楓ちゃんが立ち上がる。
「遅くなっちゃったね。帰ろ」
「うん」
私もすっきりした気分で、いきおいよく立ち上がった。
☆
せっかく見つけた黒いもやを消す方法を試したかったけど、帰ってきたママには黒いもやはほとんどついていなかった。ほんの少しついていた黒いもやも、おかえり、と言って私と話しているうちにしゅるしゅると消えちゃった。
ママは私と一緒にいて、本当に幸せなんだなあ。なんて思うと、私の方が幸せになっちゃうよ。
でもやっぱり、そんな風に人に気持ちを読んでしまうようなことはよくないことだよね。絶対、人には知られないようにしなきゃ。
☆
次の日の朝、莉子ちゃんと学校へ向かっていた私は、前の方に大きな黒いもやをみつけて思わず足を止める。
うわあ。宮崎さんほどじゃないけど、あんなに大きなもや、みたことない。
そこにいたのは、二人の女の子だった。
莉子ちゃんが、その二人を指差す。
「莉子ちゃん、人を指さしたらだめだよ」
「うん。ね、あれ、安永さんと菊池さん?」
「……だね」
うつむいたまま道のはじに立っている安永さんを、菊池さんが気づかうように肩を抱いてのぞきこんでいる。
あれ? もしかして……安永さん、泣いている?
「どうしたんだろうね」
あの大きなもやは、安永さんの背中に乗っていた。怒っている感じじゃないから、何か、すごく悲しいことでもあったのかな。
「さあ。でも、うかつに私たちが声かけるものまずいでしょ。行こ」
さっさと歩いて莉子ちゃんは二人に近づいていく。二人を追い越さないと、学校には行けない。
気にはなるけれど、確かに私がいきなり声をかけたらびっくりするだろう。
あまり見ないようにして二人の横を通り過ぎようとする。
すると私たちに気づいた安永さんに、なぜか思い切りにらまれてしまった。ぞくり、と鳥肌がたつ。
私と合ったその目が潤んで赤い。
「り、莉子ちゃん、なんかすごいにらまれた」
二人から離れてから、私は莉子ちゃんの手をつかんだ。ちょっと、怖かった。
「え、なんで?」
「わかんない」
前に萌ちゃんは、安永さんの態度は私のせいじゃない、みたいなことを言ってたけど、あんなふうに見られるとすごい気になる。
安永さんは、莉子ちゃんではなく、確かに私を見ていた。
なんで、私なんだろう。気にはなるけど、怖くて振り向けない。私たちは急ぎ足でその場を離れた。
安永さんの背中にあった黒いもや、怖いくらい大きかった。
昨日の楓ちゃんみたいに、あれ、小さくしてあげることって、できないかなあ。
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