はんぶんこ天使

いずみ

文字の大きさ
上 下
1 / 67
プロローグ

- 1 -

しおりを挟む
「はあっ、はっ……」

 少女は、息を切らしてその黒いもやを見上げる。煙のような霧のような大きな黒い塊。それは、少女がふらつくのを見逃さずに襲いかかってきた。

「きゃっ……!」
 体勢を整えようと少女が身構えるが、間に合わない。

「!」

 とっさに硬く目を閉じて体を縮こまらせる。
 だが、しばらくたっても何も起こらない。

「……?」
 少女はそ、と目をあけると、自分の背よりも大きかったその影が、ゆっくりとほどけて消えていくところだった。

「大丈夫かい?」
 声をかけられて振り向いた少女は、目を見開いた。

 そこにいたのは、長い金髪の男性だ。
 本来なら、自分のような下っ端が直接会うこともかなわない、遠くの大きな存在。

 なのに彼は、なにかといえば彼女の前に姿をあらわす。
 始めこそ口もきけないほど驚いて緊張したが、最近は彼のおちゃめな性格も手伝って、小言すら彼女の口から飛び出すこともある。

「あ……ありがとう、ございます」
 またこんなところに、と言いたいところだが、彼がこなかったら自分はどうなったかわからない。今度こそ本当に、消えてしまうところだったのかもしれない。

 助かったことを実感した少女は、足から力が抜けてその場にへたり込んでしまった。

「また、ご迷惑をかけてしまいましたね」
「とんでもない。思ったよりあの闇は大きかったようだね。少し、君の手にはあまる相手だった」
「いえ。私の力不足です」
 少女は、じ、と自分の手を見つめる。

 もう少し、力があったら。きっと、あの闇だって自分で消すことができたはずだ。
「そんな風に言うものではないよ」

 穏やかな声をかけられて、少女は顔をあげる。膝をついて少女と同じ目線に座り込んだ男性は、優しく彼女を見つめた。

「君はよくやっている。君たちがどの闇を相手にするか、見極めるのは僕の仕事だ。だから、君を危ない目に合わせてしまったのは僕の責任だ。すまなかった」
「そんな……いつも助けられるばかりで……私……」
「どうも僕はどこか抜けているみたいでね。君には苦労ばかりかける」
 そして男性は、力いっぱい首を振る少女の手をとって立たせた。

「けがはないかい?」
「はい」
「しばらくは休むといい。そしたら、次の場所へ行ってもらう」
 は、と少女の顔が厳しくなった。

「次は、どこへ?」
「それはその時に。まずは体を休めよう」
「いいえ、大丈夫です」
「だが」
「次の仕事が決まっているという事は、もうすでに闇ができているという事なのでしょう? だったら、少しでも早い方がいいです」
 男性は、困ったように少女を見つめた。

「いいのかい?」
「もちろんです」
 しばらく考えていた男性は、ふ、と軽く息を吐いた。

「わかった。では、すぐ準備をしよう」
 そう言って軽くうつむいた男性の背から、ばさりとその背の倍もある白い翼が現れた。

 きれい。

 光がこぼれてくるような、一点の曇りもない真っ白な翼。
(いつ見ても、大天使様の翼はきれいだわ)

 少女も同じようにして自分の翼を開く。だが、彼女の翼は、半透明で大きさも彼の半分ほどしかない。
 彼とは違う、借り物の翼のせいだ。

「行こうか」
「はい」
 二人は、うなずき合うと、ふい、と空へと飛び立った。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

おおみそかのふしぎなネコ

パラリラ
児童書・童話
大みそかに家の中で出会った不思議な子ネコと「ボク」と家族の物語です。 SFテイストになっていますが、ほのぼの系。

おばあちゃんとランドセル

いずみ
児童書・童話
学校からちょっとへこんで帰ってきたこうくん。そんなこうくんのランドセルに、おばあちゃんは素敵な翼をつけてくれました。二人でお空の散歩に出たところで、こうくんは、こうくんをいじめたりゅうくんが怒られているのを見てしまいます。

魔法少女はまだ翔べない

東 里胡
児童書・童話
第15回絵本・児童書大賞、奨励賞をいただきました、応援下さった皆様、ありがとうございます! 中学一年生のキラリが転校先で出会ったのは、キラという男の子。 キラキラコンビと名付けられた二人とクラスの仲間たちは、ケンカしたり和解をして絆を深め合うが、キラリはとある事情で一時的に転校してきただけ。 駄菓子屋を営む、おばあちゃんや仲間たちと過ごす海辺の町、ひと夏の思い出。 そこで知った自分の家にまつわる秘密にキラリも覚醒して……。 果たしてキラリの夏は、キラキラになるのか、それとも? 表紙はpixivてんぱる様にお借りしております。

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

リンネは魔法を使わない

ことは
児童書・童話
小学5年生の藤崎凛音は、水沢奈々に誘われ、ゲームセンターで願いを叶えるジュエルを手に入れる。 二人は同じダンススクールに通う親友だ。 ナナとリンネの願いは、次々と叶っていくかのように見えた。 しかし、ダンススクールに通うマリナに、ジュエルは危険なものだと教えられる。 リンネは、ジュエルを手放すようにナナを説得するが、ナナの願いはどんどんエスカレートしていき……。 全14話 完結 【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。 https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl

月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏
児童書・童話
初めての夜は不気味な洋館で?! 満月の夜、級友サトミの家の裏庭上空でおこる怪現象を見せられたケンヂは、正体を確かめようと登った木の上で奇妙な物体と遭遇。足を踏み外し落下してしまう……。  話は昼間にさかのぼる。 両親が泊まりがけの旅行へ出かけた日、ケンヂは友人から『旅行中の両親が深夜に帰ってきて、あの世に連れて行く』という怪談を聞かされる。 その日の放課後、ふだん男子と会話などしない、おとなしい性格の級友サトミから、とつぜん話があると呼び出されたケンヂ。その話とは『今夜、私のうちに泊りにきて』という、とんでもない要求だった。

ペンギン・イン・ザ・ライブラリー

深田くれと
児童書・童話
小学生のユイがペンギンとがんばるお話! 図書委員のユイは、見慣れた図書室の奥に黒い塊を見つけた。 それは別の世界を旅しているというジェンツーペンギンだった。 ペンギンが旅をする理由を知り、ユイは不思議なファンタジー世界に足を踏み入れることになる。

猫神学園 ~おちこぼれだって猫神様になれる~

景綱
児童書・童話
「お母さん、どこへ行っちゃったの」 ひとりぼっちになってしまった子猫の心寧(ここね)。 そんなときに出会った黒白猫のムムタ。そして、猫神様の園音。 この出会いがきっかけで猫神様になろうと決意する。 心寧は猫神様になるため、猫神学園に入学することに。 そこで出会った先生と生徒たち。 一年いわし組担任・マネキ先生。 生徒は、サバトラ猫の心寧、黒猫のノワール、サビ猫のミヤビ、ロシアンブルーのムサシ、ブチ猫のマル、ラグドールのルナ、キジトラのコマチ、キジ白のサクラ、サバ白のワサビ、茶白のココの十人。 (猫だから十匹というべきだけどここは、十人ということで) はたしてダメダメな心寧は猫神様になることができるのか。 (挿絵もあります!!)

処理中です...