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第五章 最後の約束
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「研究者としては呆れるほど、なんともロマンチックな理由だよ。だが、ロマンチックだろうがなんだろうが、そのチャンスを我々は使うことにした。AIに感情を記憶させて行動をさせることはすでにあちこちで見かけるが、逆にAIが経験した記憶を人間に移し替えることは、今だ世界の他のラボでも、少なくとも公式には成功した事例がない。高校生活を送った藍の記憶と経験を、いつか目覚めるはずの藍に移し替えるんだ」
カップを手に立ち上がった木暮は、サーバーからコーヒーを入れる。ついでももう一つカップを取ると、陽介にも同じものを入れて渡した。
「ありがとうございます」
じ、とその黒い表面を陽介は見つめる。木暮は、もう一度椅子に座りなおした。
「素体は比較的簡単に作ることができた。だが頭脳の方は、想像以上に大変だった。予想外のバグの発生が頻繁に発生した。そのたびに藍は保健室に入り浸ることになったよ」
「ああ」
「なに他人事みたいな顔してる。とどめをさしたのはお前だぞ」
「俺?ですか?」
「喜怒哀楽を持つことが目標だったとはいえ、まさかAIが恋愛感情を発動するとは予想していなかった。それがプログラムに想定以上の負荷をかけたんだ」
「恋愛感情を発動……それってつまり」
息をのんだ陽介を、木暮はすがめた目でみている。
「まあそういうことだ。とにかく、その結果、本当ならもう一年、藍が高校を卒業するまでこのプロジェクトを続けるつもりだったが、とりあえず一度停止させてシステムの構築を見直すという結論になった」
そう言った木暮のげんなりした表情に、陽介は硬い声で聞いた。
「この藍は、どうなるんですか?」
「記録のチップだけ取り出して廃棄する」
「廃棄って」
陽介の顔色が変わる。
「言葉そのままの意味だよ。再利用という案もあったんだが」
そこで木暮は不自然に言葉を止めた。
「……いや。幸いこの体はプロトタイプだ。すでにいくつかの体も用意されている」
木暮は苦々し気に言って一気にコーヒーを飲み干した。
「この体は、分解して必要なものを取り出したら基本的には廃棄となる」
陽介は立ち上がると、だん、と持ってたカップを机にたたきつける。
「なんでだよ!」
表情を変えずに、木暮が陽介を見上げた。
「なんで、廃棄なんて簡単に言えるんだよ! だって、藍は……」
陽介は、藍に視線を向ける。
「使えなくなったって……この体で、藍は、生きてたんだ……星がきれいだって言って……友達と楽しそうに笑ってたんだ! それを廃棄なんて簡単に」
「俺たちが平気だとでも思っているのか!!」
陽介の言葉をさえぎって、弾けるように立ち上がりながら木暮が怒鳴った。おどろいた陽介は思わず振り向く。
「はっ。たかだか数週間一緒に過ごしただけのお前に藍のなにがわかる。こっちはあの子が生まれた時からあの笑顔を見てきたんだ」
なげやりに言われた言葉には、木暮に対して陽介が初めて見る苛立ちが含まれていた。
「最初は、ただの機械だ、と思っていた。しょせん、チタンとシリコンに作られた藍のまがい物だと……だが、君も知っているだろう? この子の、温かさ、柔らかさを」
陽介が、く、と目を見開く。木暮はどさりとまた椅子に腰を落とすと、悲痛な目を横たわる藍にむけた。
「まさか、ただのプログラムにこんな感情を持つことになるとは……誰も、予想もしなかったよ。AIで作られた藍は、本当に、あの子が、動いているみたいで……だから次は、藍の顔じゃない、数種類の女子高生のサンプルを組み合わせた顔を持つアンドロイドを使用することになった。でなければ……俺たちは……」
次第に細くなっていく語尾を、陽介は立ちすくんだまま聞いている。今まで淡々としていると思っていた木暮にもこれほど激しい感情があるんだと、ぼんやりと考えながら。
カップを手に立ち上がった木暮は、サーバーからコーヒーを入れる。ついでももう一つカップを取ると、陽介にも同じものを入れて渡した。
「ありがとうございます」
じ、とその黒い表面を陽介は見つめる。木暮は、もう一度椅子に座りなおした。
「素体は比較的簡単に作ることができた。だが頭脳の方は、想像以上に大変だった。予想外のバグの発生が頻繁に発生した。そのたびに藍は保健室に入り浸ることになったよ」
「ああ」
「なに他人事みたいな顔してる。とどめをさしたのはお前だぞ」
「俺?ですか?」
「喜怒哀楽を持つことが目標だったとはいえ、まさかAIが恋愛感情を発動するとは予想していなかった。それがプログラムに想定以上の負荷をかけたんだ」
「恋愛感情を発動……それってつまり」
息をのんだ陽介を、木暮はすがめた目でみている。
「まあそういうことだ。とにかく、その結果、本当ならもう一年、藍が高校を卒業するまでこのプロジェクトを続けるつもりだったが、とりあえず一度停止させてシステムの構築を見直すという結論になった」
そう言った木暮のげんなりした表情に、陽介は硬い声で聞いた。
「この藍は、どうなるんですか?」
「記録のチップだけ取り出して廃棄する」
「廃棄って」
陽介の顔色が変わる。
「言葉そのままの意味だよ。再利用という案もあったんだが」
そこで木暮は不自然に言葉を止めた。
「……いや。幸いこの体はプロトタイプだ。すでにいくつかの体も用意されている」
木暮は苦々し気に言って一気にコーヒーを飲み干した。
「この体は、分解して必要なものを取り出したら基本的には廃棄となる」
陽介は立ち上がると、だん、と持ってたカップを机にたたきつける。
「なんでだよ!」
表情を変えずに、木暮が陽介を見上げた。
「なんで、廃棄なんて簡単に言えるんだよ! だって、藍は……」
陽介は、藍に視線を向ける。
「使えなくなったって……この体で、藍は、生きてたんだ……星がきれいだって言って……友達と楽しそうに笑ってたんだ! それを廃棄なんて簡単に」
「俺たちが平気だとでも思っているのか!!」
陽介の言葉をさえぎって、弾けるように立ち上がりながら木暮が怒鳴った。おどろいた陽介は思わず振り向く。
「はっ。たかだか数週間一緒に過ごしただけのお前に藍のなにがわかる。こっちはあの子が生まれた時からあの笑顔を見てきたんだ」
なげやりに言われた言葉には、木暮に対して陽介が初めて見る苛立ちが含まれていた。
「最初は、ただの機械だ、と思っていた。しょせん、チタンとシリコンに作られた藍のまがい物だと……だが、君も知っているだろう? この子の、温かさ、柔らかさを」
陽介が、く、と目を見開く。木暮はどさりとまた椅子に腰を落とすと、悲痛な目を横たわる藍にむけた。
「まさか、ただのプログラムにこんな感情を持つことになるとは……誰も、予想もしなかったよ。AIで作られた藍は、本当に、あの子が、動いているみたいで……だから次は、藍の顔じゃない、数種類の女子高生のサンプルを組み合わせた顔を持つアンドロイドを使用することになった。でなければ……俺たちは……」
次第に細くなっていく語尾を、陽介は立ちすくんだまま聞いている。今まで淡々としていると思っていた木暮にもこれほど激しい感情があるんだと、ぼんやりと考えながら。
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