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第四章 星の降る夜
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「鹿だ」
「鹿だね」
「鹿だわ」
「聞いてはいたけど、ここまで鹿だらけだとは思わなかった」
道にも公園にも、あちこちに鹿があふれている。平日にも関わらず、陽介たちのような修学旅行生や観光客で奈良公園はにぎわっていた。
二泊三日の修学旅行。行き先は修学旅行の王道、奈良京都だ。
初日、バスと新幹線を乗り継いで、全体行動の始まりは春日大社からだった。そこから歩いて興福寺へと向かう。
途中、奈良公園には紅葉したもみじがあちらこちらに見られ、まだ色づいていない緑と赤の対比が綺麗な色合いを見せていた。
その中で、まるでここの主であるかのようにたくさんの鹿たちがのんびりと過ごしている。
「なあなあ、あそこに鹿せんべい売ってる。食べさせてもいいかな」
諒がわくわくしながら財布に手を出しかけている。
「うん……」
「一枚いくらするんだろ。うまいのかな。人が食べてもいいのかな」
「うん……」
そう言っている間にも、別のクラスのお調子者がどうやら鹿せんべいを買ったらしい。みるみるうちに鹿に囲まれていく。
「うわあ。買わなくて正解。な、陽介」
「うん……」
面白がって諒は鹿団子を指さすが、陽介は生返事を繰り返すばかりだ。
「なんだよ、まだバスに酔ってるのか?」
「ん? バスがなんだって?」
陽介の視線は、あちらこちらにさまよっている。その様子を見て、諒は陽介が何を気にしているか気づいた。
「誰か、探しているんでしょ」
諒とおなじことに気づいていた皐月が、隣から声をかけた。陽介は気まずそうに顔をそむける。
「いや、別に……」
「嘘。2組はとっくに興福寺よ」
は、と陽介はその言葉に反応してしまう。半分はかまをかけたようなものだったが、皐月は自分の勘があたってしまったことにため息をつく。
あまりそのことには触れたくはなかったが、陽介の姿を見ていてたまらずに口にした。
「陽介、最近、藍ちゃんと全然話ししてなくない?」
「……」
皐月は、複雑な表情で続けて聞く。
「藍ちゃんと、何かあったの?」
クラスの流れに乗って興福寺に向かいながら、陽介は小さく呟いた。
「俺、嫌われたのかも」
「陽介が? 何か藍ちゃんに嫌われるようなことしたの?」
「そんなつもりは……ないんだけど……結果的に、藍を傷つけたのかもしれなくて……」
歯切れの悪い陽介に、皐月は肩をすくめて意図的に明るく言った。
「藍ちゃんが誰かをそこまで避けるのって、見たことないわ。よほど怒ってるんじゃないの?」
「そうなのかなあ」
からかったつもりだったのに、不安そうな顔で振り向かれて皐月は内心驚いた。
「そんなに……藍ちゃんのこと……」
「え? なんだって?」
「ううん」
皐月は、にっこりと笑う。
「大丈夫よ。何やったか知らないけど、藍ちゃんならちゃんと謝れば許してくれるわよ」
そう言った皐月を、百瀬たちが前の方で呼んだ。
「はーい! ……いつまでもそんな顔してないで、気になるならさっさと謝っちゃいなさいよ。陽介なら大丈夫よ。せっかくの修学旅行なんだから、一緒に楽しも」
皐月の言葉に、陽介は目を瞬くと笑った。
「ありがと。お前、本当にいい奴だな」
それを聞いて、皐月は目を細めると少しだけ顔をゆがませた。
「そんなの、褒め言葉じゃない」
「そうか?」
「そうよ」
そう言って皐月は、思い切りあっかんべーをすると百瀬たちのところへと走っていった。
「鹿だね」
「鹿だわ」
「聞いてはいたけど、ここまで鹿だらけだとは思わなかった」
道にも公園にも、あちこちに鹿があふれている。平日にも関わらず、陽介たちのような修学旅行生や観光客で奈良公園はにぎわっていた。
二泊三日の修学旅行。行き先は修学旅行の王道、奈良京都だ。
初日、バスと新幹線を乗り継いで、全体行動の始まりは春日大社からだった。そこから歩いて興福寺へと向かう。
途中、奈良公園には紅葉したもみじがあちらこちらに見られ、まだ色づいていない緑と赤の対比が綺麗な色合いを見せていた。
その中で、まるでここの主であるかのようにたくさんの鹿たちがのんびりと過ごしている。
「なあなあ、あそこに鹿せんべい売ってる。食べさせてもいいかな」
諒がわくわくしながら財布に手を出しかけている。
「うん……」
「一枚いくらするんだろ。うまいのかな。人が食べてもいいのかな」
「うん……」
そう言っている間にも、別のクラスのお調子者がどうやら鹿せんべいを買ったらしい。みるみるうちに鹿に囲まれていく。
「うわあ。買わなくて正解。な、陽介」
「うん……」
面白がって諒は鹿団子を指さすが、陽介は生返事を繰り返すばかりだ。
「なんだよ、まだバスに酔ってるのか?」
「ん? バスがなんだって?」
陽介の視線は、あちらこちらにさまよっている。その様子を見て、諒は陽介が何を気にしているか気づいた。
「誰か、探しているんでしょ」
諒とおなじことに気づいていた皐月が、隣から声をかけた。陽介は気まずそうに顔をそむける。
「いや、別に……」
「嘘。2組はとっくに興福寺よ」
は、と陽介はその言葉に反応してしまう。半分はかまをかけたようなものだったが、皐月は自分の勘があたってしまったことにため息をつく。
あまりそのことには触れたくはなかったが、陽介の姿を見ていてたまらずに口にした。
「陽介、最近、藍ちゃんと全然話ししてなくない?」
「……」
皐月は、複雑な表情で続けて聞く。
「藍ちゃんと、何かあったの?」
クラスの流れに乗って興福寺に向かいながら、陽介は小さく呟いた。
「俺、嫌われたのかも」
「陽介が? 何か藍ちゃんに嫌われるようなことしたの?」
「そんなつもりは……ないんだけど……結果的に、藍を傷つけたのかもしれなくて……」
歯切れの悪い陽介に、皐月は肩をすくめて意図的に明るく言った。
「藍ちゃんが誰かをそこまで避けるのって、見たことないわ。よほど怒ってるんじゃないの?」
「そうなのかなあ」
からかったつもりだったのに、不安そうな顔で振り向かれて皐月は内心驚いた。
「そんなに……藍ちゃんのこと……」
「え? なんだって?」
「ううん」
皐月は、にっこりと笑う。
「大丈夫よ。何やったか知らないけど、藍ちゃんならちゃんと謝れば許してくれるわよ」
そう言った皐月を、百瀬たちが前の方で呼んだ。
「はーい! ……いつまでもそんな顔してないで、気になるならさっさと謝っちゃいなさいよ。陽介なら大丈夫よ。せっかくの修学旅行なんだから、一緒に楽しも」
皐月の言葉に、陽介は目を瞬くと笑った。
「ありがと。お前、本当にいい奴だな」
それを聞いて、皐月は目を細めると少しだけ顔をゆがませた。
「そんなの、褒め言葉じゃない」
「そうか?」
「そうよ」
そう言って皐月は、思い切りあっかんべーをすると百瀬たちのところへと走っていった。
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