23 / 58
第三章 自覚
- 3 -
しおりを挟む
昼間と違って、夜の藍は口数が少ない。夜空を見ている時はたいてい陽介がその時その時の天体や星座の話をしていることが多いが、藍はたまに相槌を打つくらいしか口を開かない。だからこんな風に沈黙が落ちることもしばしばだ。
けれど、そんな沈黙も、藍と一緒なら心地いいと陽介は思えた。
「えーと、藍?」
いまさら蒸し返すのも野暮な気がしたが、陽介はどうしても聞かずにはいられなかった。
「なに」
「その……今日みたいなことって、何度もあるのか?」
「今日みたいなこと?」
昼間と違って淡々とした声が返る。
「いわゆる、その、痴話げんかみたいな……」
言いかけて陽介は、恋人同士でないならあれは痴話げんかと言わないのかとしばし考える。
「ほら、近藤と言い争っていただろ。あんなふうに、男子と喧嘩することってあるのか」
「何度か」
半分予想はしていた答えだが、ざりざりとした嫌な気持ちが陽介を包む。
「……何人もの男と同時に付き合っていたって、本当なのか?」
ただの噂だと思っていた皐月の話が、にわかに現実味を帯びてきた。
藍は、ふーっと紙コップの珈琲に息を吹きかける。冷ましているのではなく、白い湯気が動くのが面白いのだと、藍が以前言っていた。
「遊びに行こうって誘われたから行っただけ。そうしたら、いつの間にかそういうことになっていた」
「遊びにって……つきあっていたんじゃなくて?」
「遊園地につきあって、とか映画につきあって、って言われたから、つきあっていたことにはかわりない」
「ええと」
どうやら、藍の言う『つきあう』は、皐月の思っているような『つきあう』とは違うらしいと陽介はわかってきた。
「藍は、そいつらのこと好きだったのか?」
「好きか嫌いかと言われれば好き。怒る前は、みんな優しかったし一緒に遊んでくれて楽しかったし」
「そういうんじゃなくて……特別に好き、って思っていたのか?」
「特別に好きって、どういうこと?」
深い闇のような黒い目が振り返って、陽介の鼓動が速くなる。
「他の人より、ずっと好き、ってこと。そういうやつは、いなかった?」
しばらく考えていた藍が、ポツリと言った。
「お兄ちゃん」
そうくるとは思わず面食らったが、藍の新しい情報を知ることができたのは嬉しかった。
「お兄さん、いるんだ」
こくり、と藍は頷く。
「遊びに行った友達よりも、お兄ちゃんの方が好き。パパも、ママも同じくらい好き」
「そっか。仲のいい家族なんだね。それも、好き、だけど、恋人を好き、とは違うかなあ」
「恋人って、勝君が言ってた彼氏ってこと?」
「そう。恋人、は、その名の通り恋をした相手のことだよ」
「恋」
藍は、その言葉に何か納得したようにうなずいた。
「うん。そいつの事を考えたら嬉しくてドキドキしたり、逆に会えないとすごく悲しくなったり。他の友達とは違う特別ってこと。一緒にいると幸せになる人のことだよ。だから、そいつが他の奴と一緒にいるとやきもち妬いて……」
そこで陽介は、藍が木暮と話していた時のことを思い出した。
(あれ? ……やきもち?)
それから、まじまじと藍を見つめる。
けれど、そんな沈黙も、藍と一緒なら心地いいと陽介は思えた。
「えーと、藍?」
いまさら蒸し返すのも野暮な気がしたが、陽介はどうしても聞かずにはいられなかった。
「なに」
「その……今日みたいなことって、何度もあるのか?」
「今日みたいなこと?」
昼間と違って淡々とした声が返る。
「いわゆる、その、痴話げんかみたいな……」
言いかけて陽介は、恋人同士でないならあれは痴話げんかと言わないのかとしばし考える。
「ほら、近藤と言い争っていただろ。あんなふうに、男子と喧嘩することってあるのか」
「何度か」
半分予想はしていた答えだが、ざりざりとした嫌な気持ちが陽介を包む。
「……何人もの男と同時に付き合っていたって、本当なのか?」
ただの噂だと思っていた皐月の話が、にわかに現実味を帯びてきた。
藍は、ふーっと紙コップの珈琲に息を吹きかける。冷ましているのではなく、白い湯気が動くのが面白いのだと、藍が以前言っていた。
「遊びに行こうって誘われたから行っただけ。そうしたら、いつの間にかそういうことになっていた」
「遊びにって……つきあっていたんじゃなくて?」
「遊園地につきあって、とか映画につきあって、って言われたから、つきあっていたことにはかわりない」
「ええと」
どうやら、藍の言う『つきあう』は、皐月の思っているような『つきあう』とは違うらしいと陽介はわかってきた。
「藍は、そいつらのこと好きだったのか?」
「好きか嫌いかと言われれば好き。怒る前は、みんな優しかったし一緒に遊んでくれて楽しかったし」
「そういうんじゃなくて……特別に好き、って思っていたのか?」
「特別に好きって、どういうこと?」
深い闇のような黒い目が振り返って、陽介の鼓動が速くなる。
「他の人より、ずっと好き、ってこと。そういうやつは、いなかった?」
しばらく考えていた藍が、ポツリと言った。
「お兄ちゃん」
そうくるとは思わず面食らったが、藍の新しい情報を知ることができたのは嬉しかった。
「お兄さん、いるんだ」
こくり、と藍は頷く。
「遊びに行った友達よりも、お兄ちゃんの方が好き。パパも、ママも同じくらい好き」
「そっか。仲のいい家族なんだね。それも、好き、だけど、恋人を好き、とは違うかなあ」
「恋人って、勝君が言ってた彼氏ってこと?」
「そう。恋人、は、その名の通り恋をした相手のことだよ」
「恋」
藍は、その言葉に何か納得したようにうなずいた。
「うん。そいつの事を考えたら嬉しくてドキドキしたり、逆に会えないとすごく悲しくなったり。他の友達とは違う特別ってこと。一緒にいると幸せになる人のことだよ。だから、そいつが他の奴と一緒にいるとやきもち妬いて……」
そこで陽介は、藍が木暮と話していた時のことを思い出した。
(あれ? ……やきもち?)
それから、まじまじと藍を見つめる。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる