約束してね。恋をするって

いずみ

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第三章 自覚

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「何があったんだ?」

「わ、わかんない……勝君が急に怒りだして……、ど、怒鳴るから……怖くて……」

 すべてを言えずに、藍は座り込んだまま陽介にしがみついて泣き始めた。陽介はその背をあやすようにぽんぽんと叩き続ける。

 しばらく待っていると、ようやく藍は泣き止んだ。



「落ち着いたか?」

 しばらく迷っていた藍が、こくりと頷く。

「うん。ありがと」

 ごしごしと涙を拭く藍を、陽介は、じ、と見つめる。

「ごめん。ちょっと聞こえちゃったんだけどさ。さっきの……」

「何をしている」

 ふいに低い声が聞こえて、陽介は顔をあげた。校舎から出てきたのは、木暮だ。



「とっくに下校時間は」

 言いながら振り向いた藍に視線を向けた木暮は、その目が真っ赤になっているのに気づいてまなじりを吊り上げる。

「彼女に何をした」

 足早に近づいて来る木暮がどう誤解したか陽介にはわからなかったが、とてもまずい状況になっていることだけは瞬時に理解した。あわてて立ち上がる。



「ち、違います! 俺は何もしてません!」

「女性を泣かすとは、お前、それ相応の覚悟はできているんだろうな」

 目の座った木暮に、陽介に手を引かれて立ち上がった藍が口を挟む。

「本当だよ。陽介君は、助けてくれただけ。これは、違うの」

「こんな奴かばわなくても」

「信じて下さいよ! 何もしてませんってば!」

 うさんくさげな視線を向けながら、木暮はそっと藍の腕をとる。



「具合悪そうだな。とりあえず保健室に行こうか」

「あ、うん。じゃあ、陽介君、ありがと。また明日」

「藍……」

「君も、用がないながら早く帰りたまえ」

 陽介が声を掛けようとするが、木暮はにべもない言葉をかけると藍の手を引いて校舎へと向かう。



 ちらちらとこっちを見ながら小さく藍が手を振った。釈然としない思いで、陽介もそれに手を振り返す。

(先生が一緒なら大丈夫だろうけど……なんだよ、あの二人)

 何か言いたげな藍の視線が、陽介の瞳の奥に残った。



  ☆



「またそんな恰好で。ちゃんと暖かい支度して来いって言ったじゃないか」

 その夜も薄いワンピース姿で現れた藍に、陽介は余分に持ってきたコートをかけてやる。

「寒くない」

「そんなわけないだろう。それで風邪なんかひいたら、来週の修学旅行、行けなくなっちゃうぞ」

「風邪なんてひかない」

 あいかわらず昼間と違う抑揚のない声にも、陽介は慣れてしまった。



 藍とここで星を見るようになって、毎度繰り返されるやり取りだ。藍は何度言っても薄いワンピース姿で現れる。そんな藍のために陽介は、余分なコートを1枚持ってくるのが常になってしまった。望遠鏡と合わせたら大荷物だ。



 放課後の出来事で心配していたが、いつも通りの藍の様子に、とりあえず陽介はほっとする。

 二人は並んで、あずまやのベンチに腰掛けた。

 陽介は紙コップに温かいコーヒーをついで藍に渡しながら言った。



「修学旅行といえば、二日目の夜、天文部で流星群の観測会をやるんだ」

 数日前に観測会の申請書を出して、天文部は許可をもらっていた。

「流星群?」

「そう。藍も一緒に行ってみないか?」

 藍は、しばらく黙ってから言った。

「考えとく」

 それきり、二人の間に沈黙がおちる。
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