しらすの彼

いずみ

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「お……の、せんせい?」
「誰もいないな。今日はあの男はいないのか」
 小野先生は、暗い部屋に目を向けていた。

「なんで……」
 声が震えた。立とうとしたけれど、足に力が入らない。そんな私の横に、小野先生はしゃがみ込む。外からの淡い光に、小野先生のめがねがざらりと光った。

「言ったでしょう? 私は、あきらめないと」
「だからって、こんな……帰ってください! 人を呼びますよ!」
「やれるもんならやってみろよ」
 言うなり小野先生は、私の口を手でふさぎながら、私をその場に押し倒した。

「!」
「おとなしそうな女だと思って声をかけてやったのに。俺を馬鹿にした報いだ」
 静かに笑うその顔が怖かった。

「静かにしていれば、痛い思いはしないですむ。いや、逆に気持ちよくしてやるよ。ついでに撮影会までつけてやるぜ」
「……いやっ!」
 私が暴れると小野先生は手を離したけれど、その分、体を押さえつけられてしまう。

「こんなの、犯罪ですよ?! 何考えているんですか?!」
「うるさい。女のくせに、俺にたてつこうなんて思いあがるな。どうせ女なんて、抱いちまえばこっちのもんだ」
「お、女だからって……馬鹿にしないでください!!」
 私は、目の前にあった小野先生の腕に思い切り噛みついた。

「痛っ! なにしやがる!」
「力で思い通りになるなんて思わないで! 私はっ……」
「浅木さん!」
 その時、ドアが開いた。

 は、として小野先生が振り返る。直後、すごい音がして小野先生が吹っ飛んだ。
 何が起こったのかわからずぽかんとしていると、小野先生を蹴り飛ばした誰かが部屋の中に飛び込んでいった。

「こい、つ……!」
「おらあっ!」
「相良さん?!」
 狭い廊下でもつれているのは、相良さんだった。小野先生が、相良さんの腕をつかむのを見て思い出す。

 そうだ、小野先生、武道のできる人だった。

 手助けしようにも、狭い廊下では私が近寄ることもできない。その場で体をおこして座り込んだまま、私は二人の様子を見守るしかなかった。
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