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 MV、返し損ねちゃったな。
 あれ以来、久遠からなんの連絡もない。

 名前の事、後ろめたい気持ちと嫌われる恐怖感で、訂正する機会を逃してしまっていた。
 久遠はどう思っただろう。騙されていたこと、すごい怒っていた。当然だよね。嘘つかれて傷つけられて、怒らないわけないもの。

 謝りたい。
 何度もスマホを取り出しては、手を止める。ブロックされてたら、謝る機会すら与えてもらえない。それを確かめてしまうのが怖くて、結局私からも何も連絡できなかった。

 仕事をしながら、一つため息をつく。
 今日はあれほど楽しみにしていたコンサートなのに。
 余裕持って会場に行くために半日休むつもりだったけど、明日大事な取締役会議があるから準備のために休めなかった。
 コンサート……ステージの上には、久遠がいるんだ。

 うん。今日が終わったら連絡してみよう。もしもまだつながっているなら、ちゃんと謝ろう。嫌われるのはしょうがないとしても、騙していたわけじゃないことだけはわかって欲しい。久遠を傷つけたまま終わるなんて……絶対、嫌だ。
 そう思いながら準備を終わらせ、明日の会議の最終チェックをしていた時だった。

「え……」
 私は、用意していた書類を見て絶句した。
「た、高塚さん」
「なんですかあ」
 あきらかに五十嵐課長に対する返事よりワントーン低い声で、高塚さんが答えた。手鏡を見ながら、前髪をきれいに整えることに一生懸命らしい。

 あの後、高塚さんが久遠のことを言い出すことはなかった。よほど、あの時の久遠が怖かったのかな。
「なんでこのデータ、去年のしか載せてないの? 過去10年分のデータを出すように言っておいたでしょ」
「えー? 聞いてませんよお」
 鏡をしまいながら、だるそうに高塚さんは答えた。まともにこちらを見ない態度にさすがに口調が強くなる。
「いいえ、確かに言ったわ。主任と一緒にあの時3人で確認しています。だから、聞いたら必ずメモを取っておきなさいって……」
「そうですよねー。メモをとっておけば、水無瀬さんが言ってないって証明できましたよねー」
「な……」
 怒りで頭が真っ白になった。でも今はもめている場合じゃない。

「なら、これすぐデータを直して。明日の会議で使うから」
「ええー? もう終業ですよお?」
 時間を見れば、あと30分で終業時間だ。

 主任がデータの確認した時に、できてます、と高塚さんは言っていた。その後二人で何やら資料を見ていたので、とっくにできているものだと思っていた。
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