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「そ、そうよ。拾ってくれてありがとう」
「ほら。もう落とすなよ」
 言われて、私はそれを受け取ろうと手を出す。

「よく、がんばったな」
 微かに聞こえた声に、私は顔をあげた。薄いガラスの向こうの目が、驚くほど優しい。
「え……?」
「……あんたの方が、早かった。俺がもう少し早く気づいていれば、あんたにあんな怖い思いさせなくて済んだんだ」
 さっきとは打って変わった優しい声に、私はぽかんとしたまま男を見上げている。照れくさいのか、少し視線をそらして男はパスケースを私に押し付けた。

「バカなんて言ってごめん。あんた……勇気あるよ。でも、無理はするな。俺みたいに、絶対、他に助けてくれる人はいるから」
 え。まさか、謝ってもらえるなんて思わなかった。しかも、心配してくれてる……?
 ……今怒鳴ったばかりの女に、ごめんて言える方こそ勇気あるでしょ。

「ありがと……」
 なんだかこっちも照れちゃって、戸惑いながらパスケースを受け取った。
 じゃあ、と言ってそのまま駅に向かう男をなんとなく目で追っていると、ふいにふらりと体勢をくずして男はその場にしゃがみこんでしまう。

「え?! あの、どうしたの?!」
 驚いた私は、膝をついてしまった男の横に同じようにしゃがみこむ。
「ああ……気にするな」
 マスクのせいでよくは見えないけど、顔色が悪いような気がする。

「どこか具合でも悪いの?」
「そうじゃない。平気だから。じゃあな」
 追い払うように私に手を振って立ち上がるけど、歩き始めた足元がふらふらと心もとない。

「ねえ、本当に大丈夫なの?」
「なんでもない。ほっといてくれ」
 苛立たし気に男が言った直後、すごい音が聞こえた。

「……もしかして、おなかすいてるの?」
 私が言うと、男はあきらめたようにくたりと壁にもたれる。
「くっそ。昼も抜いたから限界……」
 私は、パスケースをバッグにしまいながら、代わりに財布を取り出す。中を見て眉をしかめた。
 ……仕方ないか。

「はい」
「……なんだよ、これ」
 男は、私が差し出した一万円札を見て不機嫌そうに言った。
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