リィナ・カンザーの美醜逆転恋愛譚

譚音アルン

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34.さあ、帰ろう

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 「ぎゃあっ、嫌っ、ぶつかり稽古は止めて!」

 王子のねっとりした声。そのまま私は絨毯の上に強い力で引き倒された。
 伸し掛かってくる重量。それに嫌悪感を感じる間も無く。

 「ぐぇっ……」

 私は身動きを封じられうめいた。
 太ももや下半身を這いまわる手。それ以上に――ちょっとマジで重たい。息が苦しい、ヤバいんだけど!

 犯される以上に生命の危機を感じ始めた私。
 しかし指輪もネックレスも無情にも全く効力を発揮しなかった。多分これが攻撃じゃないからだ。

 バシバシ王子を叩いても退いてくれない。もうダメかと思ったある瞬間、王子が不意にうめいて倒れこんで来た。
 全重量が私にかかってくる。いよいよ気が遠くなりかけた時、王子の体が宙に浮いた。
 そのまま私の横に転がされる。

 「リィナ嬢、大丈夫か?」

 テレポートしてきたように現れたウーコンさん。

 「ごめんな、すぐ助けてやれなくて。でも、カントリア王子があんたに乱暴しようとした証拠はばっちり記録出来たから」

 咳き込む私に済まなさそうに言って、水晶玉のようなものを片手でポンポンともてあそぶ。
 魔法か何かで動画を記録出来るものなのだろうか。

 「い、何時から……」

 「カントリア王子がこの部屋に入ってきた時に便乗したのさ」

 ウーコンさんニシシッと笑ってドアを開けた。
 すると、見張りの騎士の人が入って来て兜を脱ぐ。
 その下から現れた顔は――

 「あっ、ウーシンさん、でしたよね?」

 「リィナ嬢、災難だったな。怪我はないか?」

 言われて、私はメイドさんの事を思い出した。

 「あの、メイドさんが! 椅子に盛大に倒れこんじゃって、気を失っているんです。頭とか打ってるかも……」

 「了解した。ここは私に任せて、リィナ嬢はウーコンと一緒に行って欲しい」

 「でも」

 「ウーシンは伊達に澄明ちょうめいの僧侶と言われてる訳じゃない。治癒魔法極めてるから大丈夫。さ、行こうぜ。早くしないと白金級がこの国滅ぼすかもしれねぇし」

 「ほら、これを被って」と透明マントを渡される。
 ちょっとワクワクしながらもそれを身に着けると、しゃ(薄く透き通る絹織物)のような感触だった。しかし視界は全くの透明で、まるでビニールを被っているような感じだった。

 ウーコンさんの後に続いてこそこそしながら向かった先は、重厚で大きな扉のある部屋。
 その扉の両サイドにはフル装備の騎士が立っている。
 そこから見えない廊下の曲がり角までやってくると、ウーコンさんが足を止めた。

 「もう取って良いぜ」

 ウーコンさんが透明マントを脱いだ。言われて、躊躇ためらいながらも続く。

 「リィナ嬢。あの中にイグレシアが居る」

 真っ直ぐ指された先はやはりと言おうか重厚な扉だった。

 あの中にカイルさんが!

 私は食い入るように扉を見詰める。

 「ここから先は堂々と行くぜ。大丈夫、あいつらに手出しは出来ねぇよ」

 ウーコンさんは言って歩き出した。
 扉の手前まで来ると、騎士達が「止まれ!」と槍先を扉の前でクロスさせるように構える。

 「俺はハッガイ王子の冒険者仲間の衝天の棍使い、ウーコン・ズゥ! 第三王子カントリア殿下がさらい! また監禁していた! カイル・シャン・イグレシア殿の婚約者、リィナ・カンザー嬢を救出して来た!!」

 仁王立ちになったウーコンさんは、耳がどうにかなりそうな程の大音声を上げる。
 それを聞いた騎士達は「おい」とか「待て」とか明らかに狼狽うろたえていた。

 成程、上手い手だと思った。堂々としていた方が効果があると感心する。
 そこら中に響き渡る声で第三王子が他人の婚約者を拉致監禁していたと言い放ってしまえば、下手に手出しは出来ない。

 すぐさま大きな扉が歴史を重ねてそうなきしみの音を立てて開かれる。
 カイルさんが出てきた。
 会いたくて会いたくて仕方が無かった人の姿。瞼が熱くなり、視界が滲む。

 「ほら、白金級。あんたの大事な人だ」

 ウーコンさんが背を押してくれる。私は手を広げるカイルさんに駆け寄ると、思い切り抱き着いた。
 カイルさんも、強く抱きしめ返してくれる。
 その温もりと匂いに安心しながらも、私は思いの丈をぶちまけた。

 「カイルさん、カイルさん、カイルさん! 会いたかった、凄く会いたかった……!」

 「……ごめん、リィナ。俺がもっと君の安全に気を付けていれば良かった」

 心底後悔の色を滲ませる声に、私はいいえと首を振る。

 「助けに来てくれるって信じてましたから……」

 彼の手が私の背中をなだめるようにポンポンと叩いた。「もう大丈夫だ、リィナ」
 優しい声にゆっくりと顔を上げる。
 カイルさんを見上げると、彼はもう冷たい目で扉の方を見ていた。
 私もそちらを見ると、ブリオスタ王国の王様らしき人とカントリア王子にどことなく似ているぽっちゃりとした男性が二人。
 恐らく兄王子達だろうと見当をつける。

 「陛下。どうやら第三王子殿下が独断で私の婚約者を連れ去られていた様でしたね。この通り、彼女も無事でしたし、私はこれで失礼致します」

 カイルさんの抑揚も温度も無い声。
 兄王子と思われる二人の片方が「英雄殿」と、右手を上げかけた。

 「待っ――」

 「リィナ嬢を居もしない王女として仕立て上げ、イグレシア殿への人質としようとしている……そのような事を口さがない者の噂から耳に挟んだのですが。
 よもやとは思いますがまことではありますまい。ギルドへの不干渉は国家間の掟。それに背くような事をまさか、ブリオスタの王族が」

 しかしその言葉は、途中で遮られてしまう。
 後ろから現れたハッガイさんによって。
 ハッガイさんの言葉に、王様や兄王子達――彼ら全員の顔色が明らかに悪くなった。

 「もしそれがまことであるならば、私としても我が父に報告せざるを得なくなる。この意味、お分かりですね?」

 脅しとも取れる言葉に、口々に「ハッガイ殿、それは誤解だ」だの「弟がそんな大それた事をしでかしていたとは知らなかったのだ」だの「英雄殿には悪い事をした、第三王子には然るべき罰を受けさせよう」だの慌てて言い募っている。

 「ならば、何も問題ありませんね。それで手打ちにしましょう」とカイルさんが引き取ったので、王族達はそれ以上ぐうの音も出せなくなった。

***

 ウーシンさんとも合流し、メイドさんの無事を知って安心する。
 王宮を出てからは早かった。

 皆で大きくて立派な馬車に乗り込む。向かった先は、大きな建物だった。
 ここは何だろうと思っていると、オークの国の大使館なのだそうだ。ちなみに馬車も大使館所有のもの。
 流石はこの世界の先進国なだけあって、敷地もかなり広かった。王都の地価も安くはないだろうに。

 馬車を降りて大使館内に入る。ハッガイさんが大使と思われるオークの人に作戦成功の旨を話していた。
 大使の人にご挨拶をする。ハッガイさんにも大使の人にも骨を折って貰っていた事に深々と頭を下げてお礼を述べる。
 「どういたしまして。白金級にも恩を売れましたし良いのですよ」と軽口で返され、カイルさんが「ああ、高かったな」と笑う。和やかな雰囲気になった。

 ハッガイさんは今回の件で見過ごせない所もあったらしく、報告も兼ねて国に一旦帰るらしい。
 お仲間のウーコン・ウーシンさんはギルドへの報告。王都ではなく別の場所にあるギルドへ行くそうだ。

 つまり皆が皆、ここで別々になる。

 全員で大使館の敷地にある飛獣発着場に向かった。鮮やかな青――ロルスロイズが待っていてくれた。
 他にもハッガイさん達の飛獣らしきペガサスとグリフィン、巨大な鷲も居るのが見える。
 ロルスは巨大なので、先にハッガイさん達を見送ろうという事になった。

 「ハッガイさん、ウーコンさん、ウーシンさん。この度は本当にありがとうございました。今度食堂に来てくれたら、サービスしますね!」

 笑顔でお礼を述べると、「ええ、楽しみにしています」「旨い酒奢ってくれよな!」「また行った時はよろしく」等と三者三様の返事と会釈。
 ウーコンさんとウーシンさんがグリフィンと鷲で先に飛び、次いでハッガイさんがペガサスに乗り込んだ。

 「ハイヨー! ポルジェ!」

 ポルシェはお前だったんかい!

 ……等と突っ込む時間も無く、ペガサスがいなないて飛び立った。
 彼ら三人が見えなくなるまで手を振った後、私はカイルさんに向き直る。

 王宮にいる間も、ずっと考えていた事。

 心臓がドキドキと脈を打つ。

 「カイルさん……帰ったら結婚式の準備をしませんか? ――私達の」

 カイルさんの目が見開かれた。
 どうしよう、顔が凄く熱い。

 恥ずかしさに下を向いてもじもじしていると、顔に手が添えられて上を向かされる。
 そのまま深く口付けられ、私は全てをゆだねて目を閉じた。

 顔がゆっくりと離れる。灰色の瞳がとろけるような甘い笑みに細められた。

 「ああ、是非ともそうしよう」

 カイルさんにお姫様抱っこされ、ロルスロイズに乗り込む。
 彼の前へ座らせられると、後ろから優しく抱きしめられた。心が温もりに満たされていく。

 「さあ、帰ろうリィナ。俺達の出会った、あの街に」

 「はい」

 嬉し恥ずかし幸せ一杯の気持ちで返事をすると、ロルスロイズが飛び立ち始める。
 しかしこの時浮かれまくっていた私はまだ気付いていなかった――眠らせて貰う事をすっかり忘れていた事を。


【後書き】
頭はすっかり冷えましたん。
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