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31.望まぬ求婚

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 サラダとスープを食べ終わり、肉のソース煮込みをお代わりしたパンと一緒に食べている時だった。
 外で男の人の声で何か言い合う声がしたかと思うとドアが開かれる。

 「!」

 私は食事の手を止めた。
 入ってきたのは、あの第三王子。
 何時でも逃げられるように私は腰を浮かせた。

 「カントリア様!? ここには誰も入れぬようとのご命令です。いらっしゃってはいけません。お帰り下さいませ!」

 メイドさんは余程驚いたのか、ポーカーフェイスが崩れかけていた。
 王子の体を必死で押しとどめている。

 「お前の立場は分かっている。ただ、妹となる娘と親交を深めに来ただけだ。心配なら、お前が見張ればいいだろう」

 しかしカントリア王子は強引に押し通した。
 というか、その力士体型を押しのけるのはややぽっちゃりだけののメイドさんには荷が重い。

 王子がこちらにゆっくりと近づいてくる。
 恐怖に立ち上がって距離を取るべく後ずさりをした。

 「こ、来ないで!」

 カントリア王子は怯える私の言葉に歩みを止める。
 そして困ったような笑みを浮かべた。

 「久しぶりだ、リィナ。そなたに会いたかった……」

 「会いたかったですって? あなたの騎士団は随分なお出迎えをしてくれたんですけど」

 あの恐怖を思い出し、私は王子を恨みつらみを込めて睨み付ける。しかし、王子は素直に頭を下げてきた。

 「それについては、済まない。私の命令が言葉足らずだった」

 「何のために私を誘拐したの?」

 「リィナの事が忘れられなかったのだ。どうしても、もう一度会いたかった。そして話をしてみたかった。そなたは他の女性とは違う。私の容姿に惑わされず、変に媚びたりしない。得難えがたき人だと思った」

 「……私には話すことなんてないです」

 「良いのか? これから話す事はあの男の事も関わっているのに」

 「カイルさんの事ですか?」

 「ああ、そうだ。カイル・シャン・イグレシアの事だ」

 「……」

 「カントリア様、それはお話ししてはならない筈です!」

 カイルさんの事も関わる話――どうしたものか考えて立ち尽くしていると、メイドさんが叫んだ。カントリア王子は小馬鹿にするように鼻を鳴らす。

 「話そうが話すまいがどの道いずれ分かる事だ。隠していたって意味がない。彼女はここから逃げられないのだから」

 「ですが……」

 「父上には私が押し入って話したと報告すればいい。それでお前へのおとがめもないだろう」

 カントリア王子の言葉に、メイドさんはおし黙った。
 暫くして、一歩下がって控える。それを見て頷いた王子は、こちらへ向き直った。

 「そう怯えないでくれ。ここにはメイドもいるし、何もしない。食事中だったのだろう? 椅子に座るといい。食べながらで良いから話そう」

 言って、カントリア王子は私の座っていた場所の対面にある椅子を引いてさっさと腰かけた。
 警戒を解かず王子から目を離さずに、私は恐々移動して椅子に再び座る。
 メイドさんが私の傍にやってきて立ってくれた。

 私は残った分を食べてしまうことにした。お上品に取り繕う事はせず、ガツガツと食べる。

 「良い食べっぷりだな。好ましいよ」

 ……嫌われるようにやってたのに逆効果だった。

 内心舌打ちをしながらデザートまで平らげる。
 メイドさんが紅茶を淹れてくれた。
 甘い花の砂糖漬けが入っていて、絶妙な美味しさだった。流石は王宮メイド。

 目の前の男もティーカップを手にし、香りを楽しんで一口すすっている。
 力士体型なのにどこか気品を感じるのはやはり太っても王子だからか。

 「……カイルさんの事、話してください」

 沈黙が長くて、しびれを切らした私は水を向けた。
 しかしカントリア王子はそれに乗って来ず、悠然としている。

 「焦らずとも、時間はある。理解を深める為にもお互いの事について話そうか」

 ふっと笑って王子はティーカップを置いた。

 「リィナの故郷は何処なんだ?」

 「遠い所です」

 「国の名前は?」

 「……」

 私は黙った。
 話せばぽろっと異世界人だとバレてしまう危険性がある。

 「言えない理由でも?」

 「言いたくありません」

 「なら、無理に言わなくてもいい」

 一体何がしたいんだこのトンチンカン野郎。

 尋問を受けているようで、正直イライラしてくる。
 しかし相手の機嫌次第では何も情報が入って来なくなると思い直し、気分を静める為に紅茶を口に含んだ。

 「リィナ、そなたには兄弟姉妹は居るのか? 私には二人の兄がいる。王太子のトンヘンと第二王子のチンデュオ。私、カントリアは末っ子なんだ」

 私は紅茶をぐふぉっと吹き出した。テーブルクロスが紅茶の飛沫しぶきで台無しである。

 そんな、トンキチ・チンペイ・カンタみたいな。兄弟揃ってトンチンカンて。

 咳き込む私の背中をメイドさんが擦ってくれた。

 「紅茶が気管支に入ったのか、大丈夫か?」

 やかましい黙れ。


***


 「兄弟姉妹の話がいけなかったのか?」

 咳が落ち着いてしばらく。カントリア王子は気遣うように問うてきた。

 「いいえ、大丈夫です。私の兄弟姉妹は遥か遠い所に居ります。家族も同じです。もう、会うこともありません」

 それだけ言って伏し目がちにする。
 案の定、カントリア王子は「そうか、申し訳なかった」と勘違いしてくれた。
 これで家族の事を聞かれることはないだろうと思う。

 しかし次の瞬間、王子は聞き捨てならない事を言ってきた。

 「疑問が一つあるんだ。何故リィナはあのような醜男ぶおとこの婚約者になったのだ? 脅されているのか? あのような乱暴な男はそなたに相応ふさわしくない」

 「私に相応しいか相応しくないかを赤の他人の王子殿下に決めて欲しくなんかありません! それにカイルさんはそんな人じゃない――彼の事を良く知りもしない癖に何てこと言うんですか! 私の事なら何と言われようとも構いませんが、カイルさんを侮辱する事だけはやめてください!」

 本気で怒って抗議する。
 カントリア王子は心底驚いたように目をみはった。

 「何と……では、そなたは本当にあの男を好いているのか」

 「当たり前でしょう。そもそも人を好きになったり愛し合ったりするのって理由や資格が要るんですか?」

 文句あるか! と気合を込めて睨むと、王子は溜息を吐き、気だるげに頬杖を突いた。

 「……無い、と言いたいが、生憎あいにく私は王子だから、理由や資格を問われる。身分違いの恋などしてはならないものだ」

 「だったら、庶民でどこの馬の骨とも知れない私は恋愛対象外の筈ですね。食堂に帰して下さい。私は仕事があるんです」

 私は関係ないでしょう、と憤るも、王子はゆっくりと頭を横に振った。

 「……それがそうもいかなくなったのだ。確かにリィナを連れて来るように命じたのは私だが、状況が変わった。私一人の采配ではどうしようもなくなったのだ」

 「それって、どういう――?」

 不安になって問いただすと、何でもない事のように爆弾発言が落とされた。

 「父上は……リィナを赤子の頃行方不明になっていた王女、つまり私の妹姫としてカイル・シャン・イグレシアと結婚させるおつもりだ」

 あまりの事に仰天した。

 「なっ……どういう事なの!?」

 「――冒険者はギルドの協定により、国には縛られない。しかしそれが身内だったら話は違ってくる。貴女は白金級の力を国に取り込むための首輪なのだ」

 淡々と、それがさも当たり前であるかのように述べられる。
 私はだんだんと怒りが沸いてきた。

 「カイルさんを、まるで道具みたいに使おうっての……?」

 胸の奥が熱い。ぐるぐると激情が渦巻いているようだ。
 憤怒の感情を喉の奥から絞り出す私を一瞥いちべつして、カントリア王子は窓の外に視線を向けた。

 「早くリィナを姫として発表しようとはやる父を、私があれやこれや理由を付けて止めている。議論は紛糾ふんきゅうしているが、残された猶予ゆうよはそうないだろう。あの男を救いたいならば、私と結婚すればいい。そうすれば父も諦めるだろうし、白金ss級も国に取り込まれ利用される事はない。皆が幸せになれる」



【後書き】
ちなみに、トンチンカン三王子のフルネーム。

王太子:トンヘン・プロート・ブリオスタ
第二王子:チンデュオ・デウテロ・ブリオスタ
第三王子:カントリア・トリトン・ブリオスタ

考えるだけ考えたけど、多分リィナ視点である以上出番無し。
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