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18.ガバージュ

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 「ゲイナ。ほら、あーん」

 「うふふ、フィード様ったら」

 私とカイルさんは、ピンクで甘々な雰囲気の中――ただただひたすら耐え、黙々とハンバーガーもどきを食べていた。
 フィードさんとゲイナさんは、こっちが恥ずかしくなる程のラブラブっぷりで、正直目のやり場に困る。

 「リ、リィナ」

 カイルさんが意を決したようにこちらを向いた。
 その手には小型ナイフと綺麗に剥かれたロドクル水蜜桃が。
 何もない空中からお皿とフォークを取り出して、彼は一口サイズに切っていく。
 そして、それをフォークで刺して。

 「あ、あーん」

 カイルさんの顔が赤い。
 ラブラブカップルが近くにいるせいか、初デートの時よりも恥ずかしい。
 私も顔が熱いから、きっと赤くなってる事だろう。

 ぱくり、と食べる。うん、美味しい。

 お返しにサルドオレンジを剥いて、一房カイルさんの口元へ持っていく。

 「まあ、初々しいわね」

 「ははっ、僕達も負けてられないな、ゲイナ」

 いや、もうお腹一杯ですんで対抗しないでください。

 私達が食べ終わっても、フィードさんとゲイナさんは食べ終わっていなかった。
 というか、彼らの昼食の量がかなり多いのである。
 二人は健啖家けんたんかなのだろうか?

 食べ終わって飲み物をゆっくり飲んでいる私達に、フィードさん達は沢山あるからと果物をくれた。
 お腹はいっぱいだったけど、それを食べながら二人が食べ終わるのを待つ間、私は違和感を感じた。

 フィードさん自身は、あまり食べていない。
 ゲイナさんにばかり食べさせているのである。

 注意深く観察してみると、フィードさんはゲイナさんを見ているようでどこか遠いところを見ているような印象を受ける。
 ゲイナさんはゲイナさんでほんの時折だけれども、寂しそうな、どこかへ置きざりにされたような表情を浮かべていた。

 ――何かがおかしい。

 やっと食事が終わると、フィードさんはカイルさんに仕事の話があるようで。
 その間、少しゲイナさんの相手をしていて欲しいと頼まれたので、先ほどの事もあり、私は話を聞いてみようと思った。


***


 「ゲイナさん、先程は簡単なご挨拶しか出来ませんでしたね。改めまして、ご結婚おめでとうございます」

 「……ありがとう、リィナさん」

 話をどう切り出したものか悩んだ結果、お祝いを述べる。
 ゲイナさんは、やはりどことなくうれいを含んだ表情で笑っている。

 「あの、フィードさんは優しそうで素敵な人ですね。宜しければ、お二人のめを教えてくれませんか?」

 切り出すと、彼女ははにかんで小さく頷いた。

 「ええ、良いですよ。お恥ずかしながら……私は貧しい農村の出身で、元々はここまで美しく太っていなかったんです。むしろ逆で、ガリガリに痩せていました。年頃になると、父と母は少しでも金持ちの家と縁を結ぼうと、私を太らせる事にしたんです」

 「太らせるって……貧しいのにどうやって?」

 「リィナさんはご存知無かったのですね。イロニアという家畜の乳を、大量に飲まされるんです。飲めなかったり吐いたりすれば、罰として叩かれたり指を締め上げられたりします。効率よく太る為、外に出ることも許されず家に閉じ込められますから逃げ場はありません」

 「酷い……」

 私は眉をしかめた。

 これってあれだ。

 地球で、太っている事が美しいとされる国で行われている事と同じ。
 確か、『ガバージュ』とかいう奴。
 フォアグラを作るためにガチョウやアヒルに強制的に食べさせるように、人に食べることを強いて太らせる。

 「これは何も私の家だけではなく、近隣の家も年頃の娘が居れば同じような事をしていました。私は特にイロニアの乳が嫌いで、今思い出しても地獄のような毎日でした。本当に耐えきれなくなって、従順を装い両親を油断させたところで、夜陰に乗じて家からこっそり抜け出したんです」

 ゲイナさんが語ったところによると。

 彼女は森に逃げたのだけれど、家に閉じ込められていたのもあり、丁度その時大きな蛇の化け物が森に出没していた事を知らなかったらしい。
 不運にも出くわしてしまって、逃げ惑うも大蛇に目を付けられ、とうとう食べられる直前までいってしまった。
 もうダメだと覚悟を決めた時、颯爽さっそうと現れて助けてくれたのがフィードさんだったそうだ。

 フィードさんはギルドから依頼を受けて大蛇を退治しに来ていたとの事。
 彼はゲイナさんの手当てをし、家に送ろうと申し出た。
 その道すがら、ゲイナさんは自分の境遇をフィードさんに話す。
 フィードさんは同情してくれたのか、ゲイナさんの両親に少なくないお金を払って、ゲイナさんを連れ出してくれたそうだ。

 「――フィード様はあの家から私を解放して下さったんです。何の取柄もない、醜かった私を。それからは幸せでした。フィード様は料理がお上手で、私に美味しいものを沢山食べさせて下さったんです。それまで貧しい食事しかしていなかった私には、何もかも美味しくて、もう夢中になって食べました。
 フィード様は私が美味しそうに食べるのを見ると幸せな気持ちになる、といつも穏やかに微笑んでいらっしゃって。そんな日々を過ごす内、私はこの幸せを下さったフィード様の事を心からお慕いするようになりました」

 黙ってゲイナさんの話を聞く。
 だんだんと、抱いた違和感が明確なものになって浮かび上がっていく。
 私は嫌な予感がしていた。

 「それから、折に触れてフィード様の事をお聞きする事がありました。フィード様はA級冒険者でいらっしゃいますが、あの通りの外見です。外見に見合った女性を探してお付き合いされていたそうですが、どの女性もフィード様の料理を食べて美しく太ったら最後、すぐ別れを切り出す方ばかりだったそうです。
 私と会った時も、女性に振られたばかりで辛いお気持ちを誤魔化す為に依頼を何件も受けて、忙しくされていたのだと聞きました。
 だから、私は。私だけは、フィード様のお傍にずっと居ようと思ったのです。勇気を出して愛を告げると、フィード様は受け入れて下さって。晴れて両想いになり、今に至るのです」

 「そうだったんですか……」

 やはり、と思う。
 ゲイナさんの話を聞いて、私はある悲しい確信を持った。

 「あの、ゲイナさん。変な事を聞くようですが、ゲイナさんはフィードさんの為に死んでも良いと思うぐらい、フィードさんの事を愛していますか?」

 ゲイナさんの顔から、表情が抜け落ちる。
 一瞬の後、彼女は何もかも受容した聖人のようなほほ笑みを浮かべた。

 「お昼に私が食べた量の事でしょう? やっぱり驚かせてしまいましたよね」

 ああ、彼女はのだ。
 私は瞑目めいもくした。
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