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11.帰る場所
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空の向こうは黄金の光と茜色に染まっていて、そこから桜色、空の青へと移り変わる。
夕焼けの光と群青の影に染まった雲が、高みにある白い雲の下をゆっくりと移動していく。
遠くに連なる雪山が淡い紅色に染まり、静かに燃えているようだった。
「綺麗……言葉にならないぐらい」
「俺も初めてここで見た時、そう思った。ここに来て夕焼けを見る度に、いつか好きな人が出来たら見せたいと。今日、それが叶って嬉しいよ」
「カイルさん……」
空を何羽かの鳥が鳴き声を上げながら森の方へ飛んでいく。きっとねぐらに帰るのだろう。
それを見送るカイルさんの横顔は、少し寂しそうに見えた。
「少し、風が出てきたな。リィナ、俺達も家へ帰ろう」
確かに風が冷たくなってきていた。
***
先刻まで酔っ払って寝ていた私が物珍しさに家の中をきょろきょろしていると、カイルさんが案内してくれた。
リビングルームはキッチンと一繋がりになっている。
火が入っている暖炉は料理にも使うのだろう、鍋を掛けたり肉を焼いたり出来るように金属の棒が渡せる構造になっており、キッチンの傍に鎮座していた。
石と煉瓦が組み合わさった壁には、角のある動物の剥製やタペストリーが飾られている。
その下には座り心地の良さそうなソファー。ふわふわの毛皮がクッション替わりに置かれていた。
剥き出しの石畳には絨毯が敷かれ、その上に木製のダイニングテーブル。
テーブルの上には開かれた本がうつ伏せになっていて、飲みかけのコップがその隣にあった。
その他には立派な燭台が2つ。
天井を見ればランタンのようなものが数個。それぞれにガラス玉のようなものが入っている。
カイルさんがパチンと指を鳴らすと、ぱっと明るくなった。ガラス玉が電球のように光っている。
暖炉周辺以外薄暗かった部屋が昼間のようになった。
キッチンの流しには蛇口があった。これ、水道管通っているんだろうか。
どうなっているのかカイルさんに聞くと、蛇口には水魔法、排水口には転移魔法が組み込んであるとか。
お風呂やトイレも同じ原理らしい。
他の部屋も見て回った。面白かったのは、広い地下室。
そこはカイルさんが使うらしい冒険の為の作業部屋になっていて、区画ごとに分けられ、本棚びっしりの魔法の本や防具武器を着せられたマネキン、簡単な鍛冶設備(と言っても私には結構本格的に見えた)や、何かの魔法的な作業台、薬の調合台等があって、とても興味深かった。
ただ、一番気になったのは、食器やベッドが二人分あった事。
リビングに戻って、カイルさんが用意してくれた夕食を二人でテーブルに並べながらそれとなく切り出した。
「そう言えば、この家ってどれぐらい前に建てられたんですか?」
「ええと、5年ぐらいだろうか」
「今日、オークの人が来ましたよね。他にお友達とか来たり泊めたりするんですか?」
「いいや、滅多に来ないし人を泊めた事もない。あいつは……多分ギルドから俺の居場所を聞いて来たんだろう」
「そうなんですか、こんなに素敵な家なのに」
「まあ俺もたまに来るぐらいだからな」
カイルさんにとって、この家はどういう存在なのだろうか。
家というものは、その人の内面・心を映し出すものでもあると私は思う。
昼間、彼自身も言っていた。
ここは一人になりたい時とか辛いことがあった時に帰ってくる場所だって。
いつもは宿住まいだということはここは別荘というよりも、本当の意味での自宅。
だとすれば。
彼はそれ程心の中に望んでいるんだ。この家が建てられてからずっと。
一緒に住んで、使われない食器やベッドを使ってくれる誰かを。
お帰りなさい、と迎えてくれる人が居る温かい家庭を。
私は堪らなくなった。
「……何て、いじらしい」
「ん?」
「ああ、いえいえ、私もこんなお家に住んでみたいなぁ、なんて」
「そっ、そうなのか、それは良かった」
少し頬を染めて手を慌ただしく動かしながら動揺を見せたカイルさん。「さ、食べようか」
カイルさんの外見に慣れてきたのは良いけど、中身でもしっかり絆されかけてしまってるよ、私。
我ながら、ちょろいなぁ。
***
夕食は、中華料理っぽかった。
小分けにされた皿に少しずつ違うおかずが盛られていて、炊かれた白米がある。
私は感動した。よもやお米が存在しようとは!
「お米! お米があるなんて!」
小麦製品的なものばかりだと思っていただけに、これは非常に嬉しい。
ニコニコしてスプーンを使って(箸は無かった)おかずとご飯をほうばり、口中調味に勤しむ私にカイルさんは少し驚いたようだった。
「食べ方が随分と慣れているみたいだが――リィナは米が好きなのか?」
「はい、故郷ではお米を食べていたんです」
「そうなのか。俺は最初、何も知らずに米だけ食べて味がしないから不味いって思ってたんだ。リィナの故郷ってどこなんだ? フェイパン帝国か?」
「いいえ、遠い所なんです。とても遠い……」
きっと、ロルスロイズでも辿り着けないような、と言うのは飲み込んだ。
諦め、押さえつけていた望郷の念が俄かに蘇ってきて胸が締め付けられる。
口ごもった私を、カイルさんはじっと見つめた。
「リィナはやっぱり、故郷に帰りたいのか?」
「……帰りたくても、帰れないんです」
「済まない、悪い事を聞いた」
私は黙って首を振った。
ドワーフの技術がいくら発達していると言っても、その最新技術でさえ異世界に行く事はきっと不可能だろう。
この世界で前を向いて生きていくしかない。
夕焼けの光と群青の影に染まった雲が、高みにある白い雲の下をゆっくりと移動していく。
遠くに連なる雪山が淡い紅色に染まり、静かに燃えているようだった。
「綺麗……言葉にならないぐらい」
「俺も初めてここで見た時、そう思った。ここに来て夕焼けを見る度に、いつか好きな人が出来たら見せたいと。今日、それが叶って嬉しいよ」
「カイルさん……」
空を何羽かの鳥が鳴き声を上げながら森の方へ飛んでいく。きっとねぐらに帰るのだろう。
それを見送るカイルさんの横顔は、少し寂しそうに見えた。
「少し、風が出てきたな。リィナ、俺達も家へ帰ろう」
確かに風が冷たくなってきていた。
***
先刻まで酔っ払って寝ていた私が物珍しさに家の中をきょろきょろしていると、カイルさんが案内してくれた。
リビングルームはキッチンと一繋がりになっている。
火が入っている暖炉は料理にも使うのだろう、鍋を掛けたり肉を焼いたり出来るように金属の棒が渡せる構造になっており、キッチンの傍に鎮座していた。
石と煉瓦が組み合わさった壁には、角のある動物の剥製やタペストリーが飾られている。
その下には座り心地の良さそうなソファー。ふわふわの毛皮がクッション替わりに置かれていた。
剥き出しの石畳には絨毯が敷かれ、その上に木製のダイニングテーブル。
テーブルの上には開かれた本がうつ伏せになっていて、飲みかけのコップがその隣にあった。
その他には立派な燭台が2つ。
天井を見ればランタンのようなものが数個。それぞれにガラス玉のようなものが入っている。
カイルさんがパチンと指を鳴らすと、ぱっと明るくなった。ガラス玉が電球のように光っている。
暖炉周辺以外薄暗かった部屋が昼間のようになった。
キッチンの流しには蛇口があった。これ、水道管通っているんだろうか。
どうなっているのかカイルさんに聞くと、蛇口には水魔法、排水口には転移魔法が組み込んであるとか。
お風呂やトイレも同じ原理らしい。
他の部屋も見て回った。面白かったのは、広い地下室。
そこはカイルさんが使うらしい冒険の為の作業部屋になっていて、区画ごとに分けられ、本棚びっしりの魔法の本や防具武器を着せられたマネキン、簡単な鍛冶設備(と言っても私には結構本格的に見えた)や、何かの魔法的な作業台、薬の調合台等があって、とても興味深かった。
ただ、一番気になったのは、食器やベッドが二人分あった事。
リビングに戻って、カイルさんが用意してくれた夕食を二人でテーブルに並べながらそれとなく切り出した。
「そう言えば、この家ってどれぐらい前に建てられたんですか?」
「ええと、5年ぐらいだろうか」
「今日、オークの人が来ましたよね。他にお友達とか来たり泊めたりするんですか?」
「いいや、滅多に来ないし人を泊めた事もない。あいつは……多分ギルドから俺の居場所を聞いて来たんだろう」
「そうなんですか、こんなに素敵な家なのに」
「まあ俺もたまに来るぐらいだからな」
カイルさんにとって、この家はどういう存在なのだろうか。
家というものは、その人の内面・心を映し出すものでもあると私は思う。
昼間、彼自身も言っていた。
ここは一人になりたい時とか辛いことがあった時に帰ってくる場所だって。
いつもは宿住まいだということはここは別荘というよりも、本当の意味での自宅。
だとすれば。
彼はそれ程心の中に望んでいるんだ。この家が建てられてからずっと。
一緒に住んで、使われない食器やベッドを使ってくれる誰かを。
お帰りなさい、と迎えてくれる人が居る温かい家庭を。
私は堪らなくなった。
「……何て、いじらしい」
「ん?」
「ああ、いえいえ、私もこんなお家に住んでみたいなぁ、なんて」
「そっ、そうなのか、それは良かった」
少し頬を染めて手を慌ただしく動かしながら動揺を見せたカイルさん。「さ、食べようか」
カイルさんの外見に慣れてきたのは良いけど、中身でもしっかり絆されかけてしまってるよ、私。
我ながら、ちょろいなぁ。
***
夕食は、中華料理っぽかった。
小分けにされた皿に少しずつ違うおかずが盛られていて、炊かれた白米がある。
私は感動した。よもやお米が存在しようとは!
「お米! お米があるなんて!」
小麦製品的なものばかりだと思っていただけに、これは非常に嬉しい。
ニコニコしてスプーンを使って(箸は無かった)おかずとご飯をほうばり、口中調味に勤しむ私にカイルさんは少し驚いたようだった。
「食べ方が随分と慣れているみたいだが――リィナは米が好きなのか?」
「はい、故郷ではお米を食べていたんです」
「そうなのか。俺は最初、何も知らずに米だけ食べて味がしないから不味いって思ってたんだ。リィナの故郷ってどこなんだ? フェイパン帝国か?」
「いいえ、遠い所なんです。とても遠い……」
きっと、ロルスロイズでも辿り着けないような、と言うのは飲み込んだ。
諦め、押さえつけていた望郷の念が俄かに蘇ってきて胸が締め付けられる。
口ごもった私を、カイルさんはじっと見つめた。
「リィナはやっぱり、故郷に帰りたいのか?」
「……帰りたくても、帰れないんです」
「済まない、悪い事を聞いた」
私は黙って首を振った。
ドワーフの技術がいくら発達していると言っても、その最新技術でさえ異世界に行く事はきっと不可能だろう。
この世界で前を向いて生きていくしかない。
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