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7.楽園にある家
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「ところで、カイルさんが見せたかった場所ってここなんですか?」
「いや、ここからちょっと離れているんだ。リィナには少し遠いかも知れないからこうして行こう」
「……」
多分、少しどころか凄く離れてる……そう確信した瞬間。
「ひゃっ!?」
視界がぐるんと上を向く。
その体躯に似合わぬ力強さでカイルさんが私をお姫様抱っこしたのだ。
そしてそのまま走り出す。
私は慌てた。
森の木々の間を縫うように疾走する。
ひえええええ、こんな重たい人間をずっと抱っこして、しかも自動車並みのスピードで走るとか!
「ちょっ、カイルさん! 私重いから! 自分で歩きますから!」
「歩いてたら日が暮れてしまう。それに、リィナは太っていて美人なんだから重いのは当然だろう?」
「ちが、そうじゃなくて! カイルさんの腕が心配なんですっ!」
この世界の褒め言葉なのは頭で理解できるけどやめて! その言葉は私に刺さる!
「リィナ、俺が白金級だってこと忘れてないか? 並のドラゴンの首なら軽く両断出来るほど鍛えてるから問題ない。それにリィナの重さは嬉しいんだ。寧ろ役得だと思ってるから気にしないでくれ!」
叫ぶように会話しながらあっという間に木々の間を抜けると、ぎゅっと抱き込まれる。
「目を閉じて!」と言われたので思わずそうすると、足で地面を蹴るような音が連続し、重力と浮遊感を交互に感じた。
それからまた風を切る音がして暫く――足音が漸く止まった。
「――この辺で良いか」
カイルさんが独りごちる。目を開けると、柔らかい苔の上にそっと降ろされた。
「立てるか、リィナ」
手を引かれて立ってみると、今度はちゃんと立てた。歩くのも大丈夫。
ここは何処だろう。
「何て、大きな木……」
見渡すと、周囲はすっかり様変わりしていた。
巨木の森、何本もの木が一つになったかのように絡み合あったようなそれはそれは大きな木が林立しており、枝葉の隙間から差し込む光が所々苔の毛氈を照らしている。
太古の地球は巨木世界だったそうだが、こんな風だったのかも知れない。
「さあ、行こうか」
え? ここでもないの?
そう目を丸くしながらも苔の道を手を引かれて歩いて行くと。
「うわあ、きれーい!」
私は上ずった声を上げた。
巨木の森を抜けた先。
そこには見渡す限り一面色鮮やかな花畑が広がっていた。
遠くには竜の背から見たであろう雪山が連なり、その姿を花畑の向こうに見える透明度の高い澄んだ湖水が映し出している。
高く上った陽が穏やかに照らす。川のせせらぎが遠くに聞こえ、山鳥が高らかに囀る。
色とりどりの花畑には蝶や蜜蜂が舞い、花の香がふうわりと風に乗って漂う。
極楽浄土や楽園と呼ばれるものがあるとすればさながらこのような景色であろう。清浄で安らぐ、喜びそのものの世界。
得も言われぬ感動がぐるぐると体の中を渦巻き出口を求めて喉に殺到する。
私はカイルさんに向き直るとその両手を握った。
「カイルさん! 凄い、凄く綺麗で素敵な場所ですっ、連れてきてくれてありがとう!」
「気に入ってくれて良かった。リィナが喜んでくれるなら、何度でも」
カイルさんは眩しいものを見るように目を細め、照れたように笑った。
***
リィナ、こっちとカイルさんに呼ばれて行くと、人が通れるぐらいの石畳があった。
花畑の中を貫くように置いてあるそれを、あの花は何て名前ですか?等と会話しながら伝って歩く。
この幻想的な景観を楽しみながらも、この石畳はどこまで続いているんだろうと不思議に思う。
なんとなく、湖の方へ伸びてる気がするけど……。
「本当、夢みたい――人気が無い割りに人の手が入ってるみたいですけど、そもそもここってどういう場所なんですか?」
カイルさんは笑って湖の方角を指さした。
少し逆光が眩しくて、額に手を翳して目を細める。
「ん? あそこ……家がある?」
「あれ、俺の別荘みたいなものなんだ。普段は定住せずに宿に泊まっているけれど、疲れた時や一人になりたい時なんかは、いつもあそこに帰るんだ。あそこで昼食にしよう」
別荘! セレブだなぁ。
テンションが上がりっぱなしで辿り着いたカイルさんの別荘は、石造りの壁に屋根が草で葺いてある、おとぎ話に出てきそうな家だった。
屋根は大きく急こう配で作られていた。合掌造りに似ている。きっと冬は雪が凄いのかも知れない。
苔が生え、種子が飛んできて発芽でもしたのか花も咲いていた。なかなかいい感じである。
煉瓦で組んだ煙突も付いている。暖炉だろうか。
「可愛いお家ですね!」
「ありがとう。俺も気に入ってるんだ」
カイルさんは家の扉を開けようとして――ふと止めた。
「今の時間、家の中は暗いからテラスで食べようか。天気も良いし」
こっち、と案内されて家の反対側へ回り込むと、そこにはテラス――ウッドデッキがあった。
デッキの階段を上る。テラスからは花畑の風景を一望出来た。確かにこっちの方が良い。
そこに素朴なテーブルと椅子が据え付けてある。
カイルさんはどこからか大きなバスケットを取り出した。
あれ? 今、何も持ってなかったよね?
不思議そうに見ていると、「ああ、これか? ぺトラ王国でも指折りの人気店で買ってきたんだ、口に合えば嬉しい」と中身をテーブルに並べ始めた。
いや違う、そうじゃない。
というか、ぺトラ王国って……ブリオスタ王国からはかなり遠くにあるドワーフの国、だった筈。今更だけど昨日一日今日の為に一体何をしていたんだカイルさん。
「いや、ここからちょっと離れているんだ。リィナには少し遠いかも知れないからこうして行こう」
「……」
多分、少しどころか凄く離れてる……そう確信した瞬間。
「ひゃっ!?」
視界がぐるんと上を向く。
その体躯に似合わぬ力強さでカイルさんが私をお姫様抱っこしたのだ。
そしてそのまま走り出す。
私は慌てた。
森の木々の間を縫うように疾走する。
ひえええええ、こんな重たい人間をずっと抱っこして、しかも自動車並みのスピードで走るとか!
「ちょっ、カイルさん! 私重いから! 自分で歩きますから!」
「歩いてたら日が暮れてしまう。それに、リィナは太っていて美人なんだから重いのは当然だろう?」
「ちが、そうじゃなくて! カイルさんの腕が心配なんですっ!」
この世界の褒め言葉なのは頭で理解できるけどやめて! その言葉は私に刺さる!
「リィナ、俺が白金級だってこと忘れてないか? 並のドラゴンの首なら軽く両断出来るほど鍛えてるから問題ない。それにリィナの重さは嬉しいんだ。寧ろ役得だと思ってるから気にしないでくれ!」
叫ぶように会話しながらあっという間に木々の間を抜けると、ぎゅっと抱き込まれる。
「目を閉じて!」と言われたので思わずそうすると、足で地面を蹴るような音が連続し、重力と浮遊感を交互に感じた。
それからまた風を切る音がして暫く――足音が漸く止まった。
「――この辺で良いか」
カイルさんが独りごちる。目を開けると、柔らかい苔の上にそっと降ろされた。
「立てるか、リィナ」
手を引かれて立ってみると、今度はちゃんと立てた。歩くのも大丈夫。
ここは何処だろう。
「何て、大きな木……」
見渡すと、周囲はすっかり様変わりしていた。
巨木の森、何本もの木が一つになったかのように絡み合あったようなそれはそれは大きな木が林立しており、枝葉の隙間から差し込む光が所々苔の毛氈を照らしている。
太古の地球は巨木世界だったそうだが、こんな風だったのかも知れない。
「さあ、行こうか」
え? ここでもないの?
そう目を丸くしながらも苔の道を手を引かれて歩いて行くと。
「うわあ、きれーい!」
私は上ずった声を上げた。
巨木の森を抜けた先。
そこには見渡す限り一面色鮮やかな花畑が広がっていた。
遠くには竜の背から見たであろう雪山が連なり、その姿を花畑の向こうに見える透明度の高い澄んだ湖水が映し出している。
高く上った陽が穏やかに照らす。川のせせらぎが遠くに聞こえ、山鳥が高らかに囀る。
色とりどりの花畑には蝶や蜜蜂が舞い、花の香がふうわりと風に乗って漂う。
極楽浄土や楽園と呼ばれるものがあるとすればさながらこのような景色であろう。清浄で安らぐ、喜びそのものの世界。
得も言われぬ感動がぐるぐると体の中を渦巻き出口を求めて喉に殺到する。
私はカイルさんに向き直るとその両手を握った。
「カイルさん! 凄い、凄く綺麗で素敵な場所ですっ、連れてきてくれてありがとう!」
「気に入ってくれて良かった。リィナが喜んでくれるなら、何度でも」
カイルさんは眩しいものを見るように目を細め、照れたように笑った。
***
リィナ、こっちとカイルさんに呼ばれて行くと、人が通れるぐらいの石畳があった。
花畑の中を貫くように置いてあるそれを、あの花は何て名前ですか?等と会話しながら伝って歩く。
この幻想的な景観を楽しみながらも、この石畳はどこまで続いているんだろうと不思議に思う。
なんとなく、湖の方へ伸びてる気がするけど……。
「本当、夢みたい――人気が無い割りに人の手が入ってるみたいですけど、そもそもここってどういう場所なんですか?」
カイルさんは笑って湖の方角を指さした。
少し逆光が眩しくて、額に手を翳して目を細める。
「ん? あそこ……家がある?」
「あれ、俺の別荘みたいなものなんだ。普段は定住せずに宿に泊まっているけれど、疲れた時や一人になりたい時なんかは、いつもあそこに帰るんだ。あそこで昼食にしよう」
別荘! セレブだなぁ。
テンションが上がりっぱなしで辿り着いたカイルさんの別荘は、石造りの壁に屋根が草で葺いてある、おとぎ話に出てきそうな家だった。
屋根は大きく急こう配で作られていた。合掌造りに似ている。きっと冬は雪が凄いのかも知れない。
苔が生え、種子が飛んできて発芽でもしたのか花も咲いていた。なかなかいい感じである。
煉瓦で組んだ煙突も付いている。暖炉だろうか。
「可愛いお家ですね!」
「ありがとう。俺も気に入ってるんだ」
カイルさんは家の扉を開けようとして――ふと止めた。
「今の時間、家の中は暗いからテラスで食べようか。天気も良いし」
こっち、と案内されて家の反対側へ回り込むと、そこにはテラス――ウッドデッキがあった。
デッキの階段を上る。テラスからは花畑の風景を一望出来た。確かにこっちの方が良い。
そこに素朴なテーブルと椅子が据え付けてある。
カイルさんはどこからか大きなバスケットを取り出した。
あれ? 今、何も持ってなかったよね?
不思議そうに見ていると、「ああ、これか? ぺトラ王国でも指折りの人気店で買ってきたんだ、口に合えば嬉しい」と中身をテーブルに並べ始めた。
いや違う、そうじゃない。
というか、ぺトラ王国って……ブリオスタ王国からはかなり遠くにあるドワーフの国、だった筈。今更だけど昨日一日今日の為に一体何をしていたんだカイルさん。
応援ありがとうございます!
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