リィナ・カンザーの美醜逆転恋愛譚

譚音アルン

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6.貴方と私の常識

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 「今からロルスに乗って綺麗な場所に行こう。リィナにあの素晴らしい景色を見せたいんだ」

 えっ、これに乗って?
 さっき……かなりの高度飛んでたと思うけど。

 尻込みし、躊躇う私にカイルさんは「大丈夫、結界も張るしリィナは俺が全力で守るから」と拳骨を胸に置く。
 ロルスロイズも、「案ずるな。低く穏やかに飛ぶようにと昨日こやつに耳が腐るほど言われ、練習もしたのだ」と請け負った。

 白金級冒険者とその相棒である彗尾竜スウェプテイル・ドラゴン
 二人(一人と一頭)がそう言ってくれるなら…と、安易に信じたのがいけなかった。


***


 うっ、嘘つきいいいいい!!!


 私は内心絶叫した。
 一瞬ちらりと下界を見ると雪山が遥か下に見え、ぶるりと震えて目を瞑る。

 もう一度言おう。

 山ではない、『雪山』だ。

 近くの雲があっという間に後ろに流れていく。
 結構なスピードが出ているのだ。

 私は恥ずかしいとか、そういう事を考えている余裕すら無くなって、カイルさんの胸に顔を埋めてぎゅうぎゅうしがみ付いていた。
 カイルさんの心臓が早鐘の如く打っているのが分かる。きっと私の心臓も……違う理由でそうなっている。

 恐らくこれは白金級冒険者及びその相棒である彗尾竜スウェプテイル・ドラゴンの持つ常識と私の持つそれとの、それはそれは不幸なすれ違いであるのだろう。

 でもね、流石にこれはないと思うんだ。

 低く穏やかに飛ぶって言われて精々低い山ぐらいの高度をイメージをしていた私にとっては、予想外な高さなんだけど!
 高度どれぐらいあるんだろ。落ちたら、確実に四散して死ぬ(白目)。

 不幸中の幸いとして、カイルさんの結界とやらがあるのか、普通に呼吸出来るし風も寒さも全く感じない。
 穏やかに飛ぶと宣言したロルスロイズの体もあまり揺れなかった。

 まるで飛行機の機体を透明にしたような感じだ。
 惜しむらくは高度が高すぎて恐怖の余り景色を楽しむどころではない事である。

 恐怖と闘いながら、かれこれ30分ぐらい経過しただろうか。

 体に浮遊感を感じ始め、暫くすると振動と共に停止した。

 「――リ、リィナ、着いたぞ」

 カイルさんの声に私は恐々こわごわと顔を上げた。
 はた、と目が合うと、彼は灰色の瞳をうっとりと潤ませて頬を染めて微笑む。

 「うひゃっ!」

 そのまま私を抱き上げて、ロルスロイズの体表を滑り落ちるようにして降りる。

 しかしである。

 今の私は、カイルさんのそんな艶めいた微笑みにも抱き上げられた事にも動じなかった。
 正直、怒りを抱いていたのである。


***


 地面にそっと降ろされると、私は立ち上がろうとして――足腰に力が入らずにその場にへたり込んでしまった。
 ずっと力を込めて掴んでいた両手の指も強張っている。

 「リィナ!? ――どうし、」

 異変に気付いたのか慌てたカイルさん。私は顔を上げてギッと笑顔を作る。
 その異常さに彼は怯んだのか仰け反った。

 「カイルさん、良く聞いてください。私は普通の人間なんです、白金級冒険者のあなたとは体の作りが違うんです。いきなり竜に乗って天空高く、あんな勢いで飛ぶなんて恐怖の余り心臓発作を起こしかねないんですよ? ただでさえデブで普通の人より体力無くて血管も詰まりやすいんです、わかってますか? 私、怒ってるんです!」

 「リ、リィナ……」

 まくし立てる言葉を聞いて顔を赤くしたり青くしたりしていたカイルさんは、私を怒らせた事を理解したのかこの世の終わりのような表情になる。
 見かねたのか、リィナ、と重低音の声が宥めるように降ってきた。

 「そうカイルを責めずにやってくれ。何時もはあれの2、3倍は高く飛ぶ。我なりにリィナを驚かせぬよう低く穏やかに飛行するように心がけたのだが、そなたにとってはそうではなかったとはついぞ思わなかったのだ。そうだ、今からいつもどんな風に飛んでいるのか見せよう――カイルよ、我はそのままブラブラしておるから後はお前が誠意を見せるのだぞ」

 言い終わるなりロルスロイズは飛び立った。
 ある程度高度を上げると、そのままどこかへ飛んで行ってしまった。

 暫くすると、カイルさんがこちらの顔色を窺いながらおどおどと空を指差す。
 小さくなった彗尾竜スウェプテイル・ドラゴンの姿が向かってくるのが見えた。

 尾羽がエメラルドグリーンの光を帯びている。風を操るという魔法だろうか。
 翼はあまり広げていない。きっと空気抵抗が邪魔なんだろう。
 しかしここからでも分かるほど凄まじい速さで飛んでいるのが分かる。

 ロルスロイズが一声鳴いた、その瞬間。



 ドンッ!

 ドンッ!



 二度程何かが爆発するような音がして、竜の尾羽に白い円錐状の雲が纏わりついたかと思うと轟音と共に大気が震え――あっという間にその姿が空の反対側の彼方へと消えた。

 「……」

 私はこの航空ショーに絶句していた。
 先程の怒りは上書きされて、もうとうに無い。
 ロルスロイズもカイルさんも確かに普段よりは遥かに低く穏やかに飛んでいた事を理解したからだ。

 この世界でソニックウェーブを目の当たりにするなんて。

 彗尾竜スウェプテイル・ドラゴン、ロルスロイズは高級車どころか、マッハ戦闘機だったのだ。



***



 「……リィナ、本当にごめん。俺は女の子と付き合った事がなくて、分からなかった」

 「もう、怒ってないですよ。でも、やっぱりあんな高さは私には怖いから――」

 私は帰りの飛行中は眠らせて貰う事を条件にカイルさんを許した。
 想像していた高度は低い山程度だったという事もついでに話すと、彼はきまり悪そうに頭を掻く。

 悪気は無かったんだし仕方がない。

 それに、と思う。

 一度怒りを覚えたせいかカイルさんの外見にも慣れてきた気がする。
 良い傾向だ。


【後書き】
参考に。
リィナを乗せて飛ぶ時:高度3~4000メートルぐらい
通常時:高度10000メートルぐらい
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