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5.彗尾竜(スウェプテイル・ドラゴン)

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 私の言葉に、カイルさんは唇を引き結び、決然とした意思を眼中に宿した。

 「そ、それならリィナ。これからのデートは俺に任せてくれないか。行く場所も考えてあるし、昼食も夕食も用意してあるんだ」

 彼は彼なりにデートプランを考えてくれていたらしい。勝手にでしゃばってリードしたの、悪いことしたかも。

 「じゃあ、お任せします」

 にこやかに言って、手を差し出した。
 そっと握られたカイルさんの掌は湿っていて。

 ……緊張しているなぁ。

 ぎゅっと握り返すと視線を合わせてきたので、緊張しなくても大丈夫と伝えたくて小さく頷いて笑いかけた。
 そのまま手と手を握り合って、カイルさんが向かったのは私が行ったことの無いエリアだった。
 知らない道や路地を通り抜け、途中で果実ジュースをテイクアウトしたりして――しばらく歩いて辿り着いた先。
 街の城壁に沿う様にそこにはかなり大きく開けた広場があって、天馬ペガサス鷲獅子グリフィンドラゴンといった翼有る生き物が沢山居た。
 もちろん私が見たことのない生き物も。

 「カイルさん、ここは?」

 「リィナは知らない場所だったのか? ここは発着場なんだ。見てのとおり、空飛ぶ獣――飛獣ウィングビーストが飛び立ったり着陸したりするための場所」

 言って、カイルさんは空を見上げた。
 私もつられてそちらに目を向けると、孔雀のような鳥が飛んでいるのが見えた。
 カイルさんが手を振ると、ケアアアーン……と応えるように鳴いたのが聞こえて来る。

 鳥は、旋回を始めていた。


***


 「リィナ、ここで待っていてくれ」

 カイルさんは繋いでいた手を放して、周囲の人達に向かって「済まないが場所を開けてくれないか」と言って回りだした。
 何か文句を言っているらしき人も、鳥を見るや慌てて飛獣ウィングビーストを連れて脇に避けていく。
 孔雀っぽいけど、凄い冒険者のカイルさんの飛獣ウィングビーストの様だし、実は危険な生き物だったりするのかな、と思いながら手持無沙汰になった私は鳥を眺めていた。

 鳥は旋回しながら高度を下げていっていた。それにつれてその姿も大きくなっていく。


 降りてくる――見えてるのは孔雀ぐらいの大きさ。つまり孔雀よりは大きい。

 降りてくる、降りてくる――翼によって引き起こされる風を感じる。姿は牛ぐらいの大きさ……あれ?

 まだまだまだ降りてくる――え?


 脳みその処理が追いつかない内に、あれよあれよという間にその姿が大きくなり――台風の最大瞬間風速もかくやという程の強風が叩きつけられた。
 砂埃が舞い、思わず縮こまって飲み終わってなかったジュースと顔を庇う。

 暫くして風が収まったので、そろそろと顔を上げると。

 「でっ、でけえええええ!!!」

 思わず零してしまった品のない驚きは、周囲のどよめきにかき消されてしまう。
 私はまじまじとそれを観察した。

 大きな生き物の傍らに立っている比較対象のカイルさんの身長が190センチ弱……約2メートルだとすると。
 ひいふうみいよ……ええと、ざっと計算して体は15メートルぐらいか。
 鮮やかな青い羽毛、孔雀のような長く美しい尾羽もまた15メートルぐらい。つまり全長30メートルはある。ただ孔雀とは違い、翼についた鉤爪と顔は始祖鳥を思わせる生き物。

 「見ろよ、彗尾竜スウェプテイル・ドラゴンだ、すげぇ。あの長い箒のような尾で風を操って、遥か高い場所を凄い速さで飛ぶんだぜ」

 「あれが彗尾竜スウェプテイル・ドラゴン!? 初めて見た。知能が高くて魔力も力も強大で、契約できる者はいないだろうと図鑑で読んだことがあったが。何とも美しい。鮮やかで見事だ」

 「あの白金級が下して契約したって聞いたが、あいつがそうか。噂通りだな」

 彗尾竜スウェプテイル・ドラゴンっていうのか。
 あれを『下した』ってカイルさん、ガチで『一狩り行こうぜ!』な生活してるんだな……。

 人々が驚嘆の声を上げる中、その存在感と威容に圧倒される余りドン引きしている私。

 カイルさんは馬鹿デカい孔雀……もとい、彗尾竜スウェプテイル・ドラゴンの口先を撫でていたが、こちらに戻ってきた。
 心なしか胸を張って鼻孔を膨らませ、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべている。

 ……もしかしてこれはあれだろうか?
 デートに誘った女に俺のポルシェ(高級車)どうよ? 的なアピール……。

 驚きや恐怖で掻き回された気持ちを一旦飲み下してしまおうと、私は残ったジュースをあおった。
 気を紛らわすように冗談めいた事を考える。

まさか名前までポルシェだったり、なーんて――

「リィナ、紹介しよう。あいつは俺の相棒、彗尾竜スウェプテイル・ドラゴンのロルスロイズだ!」

 カイルさんが高らかに上げた誇らしげな声に、私は飲みかけていたジュースをブフォッと噴いた。
 そっちかい。しかもパチモンみたいな名前。

 ゴホゴホと咳き込む私に、「リィナ、大丈夫か!?」とカイルさん。誰のせいだと思っているのか。
 念仏みたいな声が聞こえたかと思うと、ふわりと熱を感じてすうっと気管支の痛みが引いていった。

 「……楽になった?」

 「こ、これって魔法?」

 簡単な治癒魔法だけど、とカイルさんは何でもない事の様に頷いて、初めての魔法に感動する隙も与えずに私をロルスロイズの元へと誘導した。

 はっきり言おう。
 高級車のパチモンのような名前の移動手段は、某雪山の轟竜よりもデカい。デブスの私だって一呑みだ。
 口の隙間から見える牙も鋭い。正直、ちびりそうな程怖い。

 内心おののきながらも努めて何食わぬ顔をし、カイルさんの傍に寄って手をさりげなく放して彼のウエストに回すと服を掴む。
 食われるなら飼い主と一蓮托生だ。

 「ほ、ほ、ほら! ロルス、リィナに挨拶」

 声が裏返ったカイルさん。
 彗尾竜スウェプテイル・ドラゴンは鳥が物をじっと見る時にそうする様に、口の先ではなく、顔の一方――つまり目の片側をこちらに向けてぬぅっと近づけてきた。
 大きな黒いまなこに映し出される私達。竜はゆっくりとまばたききをする。

 「ほう……カイルにも漸くつがいが現れたか。我には人の美醜など分からぬが、いい奴なのになかなか番が出来なかったこやつを案じておったのだ」

 重低音の声が耳朶を打ち、私は瞠目した。

 「えっ、喋った?」

 「知能が高い生き物は話すことが出来るんだ。姿や生活が違ったり、長生きな分物知りだったりするけれど、基本的に心は人と大して変わらない」

 「言うておくが、我は人は食わぬぞ」

 「あ……」

 笑い交じりにロルスロイズに言われ、私は恥ずかしさに頬が熱くなった。

 会話が出来るなら大丈夫かも。手を緩めて深呼吸をすると、彗尾竜スウェプテイル・ドラゴンを見上げる。

 「我はロルスロイズだ、よろしく頼む」

 「怖がってごめんなさい、リィナ・カンザーです」

 こちらこそよろしくお願いします、と頭を下げた私。

 「カイルよ、良き女子おなごを見つけたな」

 ロルスロイズは優しく目を細めた。

【後書き】
ちなみに。
ロールスロイス・スウェプテイル:言わずと知れた14億円の超ウルトラ高級車。世界で一番高いらしい。箒で掃いたような形、というコンセプトだとか。
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