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4.劣等感の鏡像
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素敵って、素敵って……と、ブツブツ言いながら呆けて残念になっているカイルさんをどうにかすべく、私は会話を仕掛けた。
「カイルさん、カイルさん。朝ご飯、何にします? いつもどんなもの食べてるんですか?」
「えっと……果物とかで軽く済ませる事が多いな」
「成程、朝はあまり入らない派ですか~。じゃあ、好きな食べ物は?」
「好きなもの……よく食べるのは、サルドかな」
「サルド、美味しいですよね!」
サルド、この世界のオレンジは酸っぱさ控えめで甘くて美味しい。オレンジだけじゃなくて、果物はどれもこれも美味しい。なんでこんなに美味しいのか人に聞いたら、ドワーフの技術の賜物だそうだ。
「リィナは何が好きなんだ?」
「うーん、色々好きですけど、一番好きなのはロドクルです。氷魔法で冷やしたお店で食べると最高だって思います!」
「じゃあ、今日はそれを買おうか」
「ええ、サルドも買いましょう」
「反対に、カイルさん嫌いなものはありますか?」
「いや、俺は特にないよ。何でも食べられる。ああ、でも、辛くて苦いものはあまり……」
『食べられる』っていうのは変な言い方だなぁ、と思い彼を見上げる。
虫とか草とか……と呟きながらカイルさんは遠い目になっていた。
あ、そうか。
冒険者だから何でも食べないとっていう状況もあったんだろうな。たとえそれがどんなに苦手なものでも。
「そ、そうなんですね、私は強過ぎる味が苦手かな。何事も程々の味が美味しいって思います」
何が好きか嫌いか、などと会話している内に、私達は市場に辿り着いた。
その日採れたての野菜や果物、肉なんかは朝早くから売りに来ている。その人達をターゲットにした朝食の屋台もちらほらとあり、いい匂いが漂っていた。
「リィナ、いらっしゃい! 今日は早いね!」
私はいつも買う果物のお店に行って、早速サルドとロドクルを買う事を告げた。
最初市場に来た時ぼったくられたこともあったけど、仲良くなったおばちゃんがやってるそこは結構誠実な商売をしているのだ。
「はい、サルドとロドクル二つずつ。お代は20銅貨ね」
銅貨を20枚支払うと、おばちゃんはひいふうみいよと数える。
「確かに。ところでその人、白金級冒険者のカイルって人じゃないかい?」
「ええ、デート中なんです」
おばちゃんはへぇっと声を上げて目を丸くした。
しばらくじっとカイルさんを見つめていたが、「これ、おまけ。持っておいき」とアメテュスを一房渡す。
驚きながらも受け取ったカイルさん。おばちゃんは楽しんできな!とニッと笑った。
おばちゃんに手を振って別れ、その後は揚げパンとミルクティーを買う。
そのまま公園に行き、ベンチに一緒に座って朝食を分け合う。
「おばちゃん、いい人でしょう? って、どうしたんですか?」
「俺、騙されてたんだ……」
シュンと意気消沈しているカイルさんに詳しく聞くと、彼は馴染みの果物店で5倍もぼったくられていたらしい。
他の店で塩対応される中、愛想良くしてくれたからそこで買ってたそうだけれど、その笑顔は有料だった模様。
じゃあ今度からあのおばちゃんのお店で買えばいいですよ、頼んでおきますからと慰める。
それでも元気が出ない。
やっぱり世の中外見か、などと呟いている。このままデート中ずっと落ち込まれてるのも困るなぁと思いながら私は一計を案じた。
アメテュスを一つ剥いてカイルさん、と呼びかける。
こちらを向いた彼に、笑顔で差し出した。
「はい、あーん!」
「え、あ……ング!?」
戸惑いに口が開いた隙に無理やり捻じ込む。
目を白黒させたカイルさんは顔を真っ赤にして葡萄を咀嚼した。
「美味しいですか?」
にっこり笑って聞くと、彼はこっくりと頷く。
「もう一つどうぞ」
ぱくり、もぐもぐ。
にっこり。
「美味しいですか?」
こっくり。
結局延々とあーんでカイルさんに朝食を食べさせてやった。
「俺……もう死んでもいい……」
食べさせ終わるや否やプルプル震えながらベンチに倒れこんでしまったカイルさん。
彼が再起動するまでに、私は自分の分をさっさと片付けるのであった。
***
朝食を済ませ、カイルさんもまだ挙動不審気味ながらも再起動したので私達は散歩する事にした。
市場周辺に構えている店もそろそろ開店する頃だし、そこをぶらぶらと覗いて回るのも良いかも知れない。
歩きながら告白された時や今朝の事、さっきの事を考える。
何しろいきなりお付き合いすっ飛ばして結婚申し込んできたくらいである。
彼は明らかに女慣れしていない、しかもちょっと残念な人だから、今日のデートは私がリードした方が良い気がしてきた。
店舗を構えているエリアを歩いていると、道行く人からの視線が突き刺さる。
まあ外見差が激しすぎるカップルだもんなぁと思ってカイルさんを見ると、俯きながら歩いていた。
あ、と思う。
かつての私の姿だわこれ。
開き直れず自分の容姿に劣等感を感じていた時、私もこんな風にしか歩けなかった。
道行く人に、「見ろよあのデブス」と笑われている気がして。
私は慌てて周囲を見渡して、喫茶店を見つけるとカイルさんを引っ張った。
「カイルさん、少し疲れたからここで休みませんかっ?」
しかしカイルさんは店のガラス窓を見つめると、首を振る。
「リィナは休んでくればいいよ。俺はここで待ってるから……」と悲しそうに言った。
はっと私も店内を見ると、養豚畜…いやいや相撲部屋……違った、この世界では美男美女だらけなのか?
私はこの中になら違和感なく溶け込めるだろうけどカイルさんにはさぞかしアウェーに違いない。
バカバカ私!
自分もスリムな人の多い小洒落たお店には入れなかったのに!
気持ちが痛いほど分かるだけに、どうして付き合ってくれないのと彼に怒る気にはなれなかった。
「い、いやいやいやいや、大丈夫です! 疲れてるって言っても少しだけだしっ」
言いながら、元の世界で劣等感持ってた自分だったらどういうデートが良いかなと考える。
「そ、そうだ! お昼はお弁当を買って、どこか綺麗な景色の場所で、あんまり人が来ない所へ行きませんか? カイルさんのお勧めとかあります?」
「カイルさん、カイルさん。朝ご飯、何にします? いつもどんなもの食べてるんですか?」
「えっと……果物とかで軽く済ませる事が多いな」
「成程、朝はあまり入らない派ですか~。じゃあ、好きな食べ物は?」
「好きなもの……よく食べるのは、サルドかな」
「サルド、美味しいですよね!」
サルド、この世界のオレンジは酸っぱさ控えめで甘くて美味しい。オレンジだけじゃなくて、果物はどれもこれも美味しい。なんでこんなに美味しいのか人に聞いたら、ドワーフの技術の賜物だそうだ。
「リィナは何が好きなんだ?」
「うーん、色々好きですけど、一番好きなのはロドクルです。氷魔法で冷やしたお店で食べると最高だって思います!」
「じゃあ、今日はそれを買おうか」
「ええ、サルドも買いましょう」
「反対に、カイルさん嫌いなものはありますか?」
「いや、俺は特にないよ。何でも食べられる。ああ、でも、辛くて苦いものはあまり……」
『食べられる』っていうのは変な言い方だなぁ、と思い彼を見上げる。
虫とか草とか……と呟きながらカイルさんは遠い目になっていた。
あ、そうか。
冒険者だから何でも食べないとっていう状況もあったんだろうな。たとえそれがどんなに苦手なものでも。
「そ、そうなんですね、私は強過ぎる味が苦手かな。何事も程々の味が美味しいって思います」
何が好きか嫌いか、などと会話している内に、私達は市場に辿り着いた。
その日採れたての野菜や果物、肉なんかは朝早くから売りに来ている。その人達をターゲットにした朝食の屋台もちらほらとあり、いい匂いが漂っていた。
「リィナ、いらっしゃい! 今日は早いね!」
私はいつも買う果物のお店に行って、早速サルドとロドクルを買う事を告げた。
最初市場に来た時ぼったくられたこともあったけど、仲良くなったおばちゃんがやってるそこは結構誠実な商売をしているのだ。
「はい、サルドとロドクル二つずつ。お代は20銅貨ね」
銅貨を20枚支払うと、おばちゃんはひいふうみいよと数える。
「確かに。ところでその人、白金級冒険者のカイルって人じゃないかい?」
「ええ、デート中なんです」
おばちゃんはへぇっと声を上げて目を丸くした。
しばらくじっとカイルさんを見つめていたが、「これ、おまけ。持っておいき」とアメテュスを一房渡す。
驚きながらも受け取ったカイルさん。おばちゃんは楽しんできな!とニッと笑った。
おばちゃんに手を振って別れ、その後は揚げパンとミルクティーを買う。
そのまま公園に行き、ベンチに一緒に座って朝食を分け合う。
「おばちゃん、いい人でしょう? って、どうしたんですか?」
「俺、騙されてたんだ……」
シュンと意気消沈しているカイルさんに詳しく聞くと、彼は馴染みの果物店で5倍もぼったくられていたらしい。
他の店で塩対応される中、愛想良くしてくれたからそこで買ってたそうだけれど、その笑顔は有料だった模様。
じゃあ今度からあのおばちゃんのお店で買えばいいですよ、頼んでおきますからと慰める。
それでも元気が出ない。
やっぱり世の中外見か、などと呟いている。このままデート中ずっと落ち込まれてるのも困るなぁと思いながら私は一計を案じた。
アメテュスを一つ剥いてカイルさん、と呼びかける。
こちらを向いた彼に、笑顔で差し出した。
「はい、あーん!」
「え、あ……ング!?」
戸惑いに口が開いた隙に無理やり捻じ込む。
目を白黒させたカイルさんは顔を真っ赤にして葡萄を咀嚼した。
「美味しいですか?」
にっこり笑って聞くと、彼はこっくりと頷く。
「もう一つどうぞ」
ぱくり、もぐもぐ。
にっこり。
「美味しいですか?」
こっくり。
結局延々とあーんでカイルさんに朝食を食べさせてやった。
「俺……もう死んでもいい……」
食べさせ終わるや否やプルプル震えながらベンチに倒れこんでしまったカイルさん。
彼が再起動するまでに、私は自分の分をさっさと片付けるのであった。
***
朝食を済ませ、カイルさんもまだ挙動不審気味ながらも再起動したので私達は散歩する事にした。
市場周辺に構えている店もそろそろ開店する頃だし、そこをぶらぶらと覗いて回るのも良いかも知れない。
歩きながら告白された時や今朝の事、さっきの事を考える。
何しろいきなりお付き合いすっ飛ばして結婚申し込んできたくらいである。
彼は明らかに女慣れしていない、しかもちょっと残念な人だから、今日のデートは私がリードした方が良い気がしてきた。
店舗を構えているエリアを歩いていると、道行く人からの視線が突き刺さる。
まあ外見差が激しすぎるカップルだもんなぁと思ってカイルさんを見ると、俯きながら歩いていた。
あ、と思う。
かつての私の姿だわこれ。
開き直れず自分の容姿に劣等感を感じていた時、私もこんな風にしか歩けなかった。
道行く人に、「見ろよあのデブス」と笑われている気がして。
私は慌てて周囲を見渡して、喫茶店を見つけるとカイルさんを引っ張った。
「カイルさん、少し疲れたからここで休みませんかっ?」
しかしカイルさんは店のガラス窓を見つめると、首を振る。
「リィナは休んでくればいいよ。俺はここで待ってるから……」と悲しそうに言った。
はっと私も店内を見ると、養豚畜…いやいや相撲部屋……違った、この世界では美男美女だらけなのか?
私はこの中になら違和感なく溶け込めるだろうけどカイルさんにはさぞかしアウェーに違いない。
バカバカ私!
自分もスリムな人の多い小洒落たお店には入れなかったのに!
気持ちが痛いほど分かるだけに、どうして付き合ってくれないのと彼に怒る気にはなれなかった。
「い、いやいやいやいや、大丈夫です! 疲れてるって言っても少しだけだしっ」
言いながら、元の世界で劣等感持ってた自分だったらどういうデートが良いかなと考える。
「そ、そうだ! お昼はお弁当を買って、どこか綺麗な景色の場所で、あんまり人が来ない所へ行きませんか? カイルさんのお勧めとかあります?」
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