ちーとにゃんこの異世界日記

譚音アルン

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【2】ちーとにゃんことカミを巡る奇しき不可思議大冒険!

3にゃー

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 「にゃー、キレイだにゃー!」

 近くで見る櫛は、素人目にも見事な品だった。
 木彫りで、雄々しい幻獣の彫刻が精緻に施してあり、櫛の歯も滑らかで均等に揃っている。
 一応、櫛には直接触らずハンカチごと受け取ってスカーレットさんに見せる。

 「……これ、『チュゲの櫛』? 獣人部族連合国家クースゥーからの献上品にあったものと酷似しているわね」

 「にゃっ、『チュゲの櫛』?」

 なんだそれ?

 「えっと、確か。『チュゲの櫛』を専用の髪油と共に使うと髪が滑らかになり、艶が出る。使い込めば使い込む程色が飴色に変わり、魔力増強や若返りの効果、身を守る強力なお守りの効果があるとか。
 狸獣人の使者が得意げに説明していたわね、作るのに何年もかかり、その分希少。高級品で、滅多に出回らない。もし買おうとするならば――」

 小さな物でも千金は下らないそうよ、と続けたスカーレットさんの説明に、成程セレブご用達の超高級櫛だったんだと納得する。

 「ああ、そう言えば櫛が献上されたその場にいたわね、あなた達」

 スカーレットさんが呆れたように見詰めると、彼らは観念したように項垂れた。
 大臣が喉から涙声で語り出す。

 「……髪の毛の後退が気になっていた私としては喉から手が出るほど欲しかったのです……陛下が退出された後、あの狸が申したのです、櫛には増毛の効果もある、と」

 「……」

 「私達も櫛を手に入れたいと言えば、陛下が仰った通り、莫大な価格を提示され……その時はとても手が出るものでは無く。泣く泣く諦めたのでございます。
 数か月前にあの櫛と同じようなものを街の視察で見つけた時、私がどれだけ嬉しかった事か……それでも少なくない金額を支払ったのに、この様な事に……」

 言って、大臣は両手で顔を覆った。
 一人の貴族が声を上げる。

 「わ、私達は偽物、粗悪品を掴まされたのでございます、陛下!!」

 「そうでございます、クースゥーにもこの件に関して責任を取って貰わなければ!」

 「偽物や粗悪品を売る者を厳罰に!商法をもっと厳しくするべきです!」

 それを皮切りにわあわあと訴え始めた男達を前に、スカーレットさんは溜息を吐いた。

 「まったく……大体、おかしいとは思わなかったの? 櫛一つに大臣や好事家の大商人とかなら兎も角、下位の貴族や官はおいそれと簡単に買えない筈よ。
 それに、クースゥーに伝えるまでもなく、売ってる者を捕えれば済む話なのではないの? どこの出身であれ、この国で商売している者はこの国の法が適用されるのだから」

 もっともな意見である。
 それまで成り行きを見ていたライオットが頷いた。

 「そうだよな、売ってる奴が犯人だろ? さっさと捕まえればいいじゃないか」

 しかし男達は言葉を詰まらせる。
 アントム財務大臣が隣に居た人を小突いた。

 「それにつきまして……私からご説明を」

 「マツィロ公爵」

 マツィロ公爵と呼ばれたのはダンディーな美形中年だった。
 髪さえあれば、だけれども。
 バーコードハゲが全てを台無しにしていて憐れを誘う。

 「アントム財務大臣は多忙故、私が主に櫛を売った商人について調査しておりました。市井で櫛を買ったアントム財務大臣やウスタイン政務官を含む街の者に商人の特徴などを聞きましたが……皆が口を揃えて言うには、思い出せないそうなのです」

 「「「「思い出せない?」」」」

 その場に居た皆、首を傾げた。
 櫛を買ったのなら、一人や二人は商人の顔を覚えていても良さそうなものなのに。

 スカーレットさんはハゲの男達を見る。
 アントム財務大臣、ウスタイン政務官と思われる人、他数名が頷いて肯定の意を示した。

 「商人の顔を覚えている者も居た事は居ましたが、その商人を突き留めて問い詰めた所。その者も別の商人から仕入れたと言うものの、肝心の顔を思い出せないと申しました。
 つまり、仕入れた商人にしろ直接買った者にしろ、櫛を手に入れた事自体は思い出せるものの、櫛の出所だと思われる商人の肝心の風貌は靄がかかったように思い出せない――そういう事になります」

 「思い出せない――記憶操作?」

 スカーレットさんの目が鋭くなった。
 それまで話半分に聞いていたのが、マツィロ公爵の報告で見過ごせない事態だと判断したらしい。

 「私もそう考えました。足が付かないように何らかの精神操作系の術を使っていると思われます。もしかしたら高位の魔族を弱めんとするクースゥーの陰謀やも!」

 くわっとした形相で、語気強く訴えるマツィロ公爵。
 頭髪の有無というものはここまで人を追い詰めるのか。凄い迫力だ。
 しかし、スカーレットさんは少し考えるように虚空を見つめ――ややあって視線を公爵に戻すと静かに頭を横に振った。

 「髪に悩みがある人間以外にはあんな馬鹿高い櫛にあまり興味を持たない筈だから、クースゥーの陰謀というのはちょっと考え過ぎだと思うわ」

 「しかし!」

 「ただ――市井の者なら兎も角、貴族程の魔力持ちなら、ちょっとやそっとの目くらましや記憶操作の魔術を掛けるのは難しい筈よ。
 となると可能性は、大臣以上の魔力持ち、もしくは精霊を使った――それも高位の、という所かしら。属性は恐らく光か闇。
 どっちにしても厄介ね。その櫛の商人の目的が何なのかは分からないけれど、引っかかってるのはそこなのよ」

 私のカンは良く当たるのよね、と魔族の頂点に立つ女王様は優雅な所作で長椅子から体を起こした。
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