ちーとにゃんこの異世界日記

譚音アルン

文字の大きさ
上 下
94 / 105
【2】ちーとにゃんことカミを巡る奇しき不可思議大冒険!

1にゃー

しおりを挟む
 「ああ、どうしよう。お金がもうこれだけしか無いわ……」

 食卓でお金を数えながら頭を抱える美しい母。
 蝋燭に照らされるその横顔は苦悩を浮かべ、以前より少しやつれたように思えた。

 それをモミジはピコピコと耳を動かしながらじっと物陰から見つめていたが、拳を握ってある決意をするとそっと踵を返した。
 倉庫の扉をそっと開けるとそこは深い闇。しかし黒いお友達に頼むと視界が利くようになる。
 懐に手をやり、お守りとして首から下げているそれを取り出して眺める。
 美しい花の彫刻がされているそれは、名工と謳われた自慢の父が自分の為に作ってくれた逸品だ。

 くるりと見上げると、同じように精巧に彫り上げられた芸術品とも呼べるものが数多陳列されている。
 再び黒いお友達にお願いして、モミジは父の作ったそれらを次々に『内緒の袋』に納めて行った。

 父が突然出て行ったのはかれこれ数か月も前の事。
 それっきり、音沙汰も無く戻ってこない。
 元々少なかった蓄えはそこを突き始め、大好きな母が困っている。

 お金を得るためにはどうすればいいか、モミジにだって分かる。
 大きな街で、お父さんの作ったものをピカピカのお金と交換すれば良い。
 商品を売るお手伝いだってした事があるのだから。

 「お願い、大きな街に行きたいの」

 そう乞うと、黒いお友達は深い闇を以て彼女を包み込んでくれる。
 一瞬の後には、モミジの姿は闇に溶け込んだように忽然と消え失せていた。


***


 所変わって、魔族の王国レトナークのある平和な昼下がり。
 その王であるスカーレット=ユクトマ=レトナークは、花咲き乱れる庭園の東屋で寛ぎながら書類に目を通していた。

 かの人間の国イシュラエア王国でのドラゴン騒動――魔族が保護しているドラゴンが誘拐され、ケット・シー保護区の地下に捕えられていた事件がつい昨日の事の様である。
 スカーレットがドラゴンを取り戻す為に協力してくれた、神と精霊達に愛された稀有なケット・シーであるニャンコ=コネコ。
 イシュラエア王国で英雄に認められ、そのままケット・シー保護区で暮らすのかと思いきや。
 ニャンコは先日仲間と共にやってきて、この国を拠点にあちこち色んな場所を旅して見て回っているのである。

 ふとした折にスカーレットが国の経済状況について悩んでいた時に、そのニャンコが

 「これからは人間の国と密かに交流して、ショウケンカクダイと魔族のイメージを変えることをしていった方が後々この国にとって良いんじゃないのかにゃー?」

 と進言してきた。

 ニャンコの仲間もそれには賛同していたので大臣達にも諮ってみると、魔術の基幹技術的な事を機密にした上で、最初は警戒されない様に獣人の王国経由からひっそりと始めてはということで一致した。

 今彼女が読んでいるのは、試算された見込める利益関連の書類である。
 数字ばかりで実に頭が痛い。

 そろそろ休憩を入れようか、とスカーレットが書類をテーブルの上に伏せた、その時。

 "スカーレット! なんか凄ぇ事になってんぞ!"

 彼女を愛し子としている火の精霊サラマンダーが笑いを堪えるような表情ですっ飛んできた。

 呆気に取られていると、廊下をバタバタと駆けてくる数人の足音。

 「何事ですか!?」

 控えていたスカーレットの取り巻き――近衛である女騎士達が万が一に備え武器を構えて誰何する。
 駆け込んできた足音の主達はその声に東屋を見ると、

 「へ、陛下ぁぁぁぁ!!」

 何とも情けない声を上げてやってきて、入り口に倒れ込んだ。

 「何があったのです、アントム財務大臣。その慌てよう、まさか魔王陛下に仇なす者が反乱でも起こしたのですか?」

 まさか大した事ない事でそんな風に不作法に駆け込んで来たんじゃないでしょうね? との副音声付きで女騎士がじと目でへたりこんでいる彼らを見下ろす。
 アントム財務大臣の他、マツィロ公爵、シャノー侯爵、ウスタイン政務官他数名……これといって仲が良いとも聞かない面々に首を傾げる。

 ただ、共通している事と言えば。

 「その帽子は何です? 陛下の御前です。脱ぎなさい」

 そう、全員帽子を被っていた。
 基本、目上の者と謁見する時は、礼儀として帽子を脱がねばならない。

 しかし彼らは一様にそれだけは、と蒼褪めて首を振る。

 「怪しい、もしやその帽子の中に凶器でも仕込んでいるのではあるまいな!」

 女騎士達は一斉に武器の切っ先を彼らに向けた。
 震えあがる大臣達。

 槍を持った一人が帽子を引っ掛けて取ろうとするも、「どうかそれだけは……」と泣きそうな顔で手で押さえて必死に阻止している。

 「まあ、待ちなさい」

 スカーレットは何かがあると直観で思い、近衛達を宥めた。

 「どうしたというの、あなた達。数日見なかったかと思うと帽子を被ってきて。それに、何故脱がないのかしら?」

 「へ、陛下っ……! 一大事なのですぞ!」

 「もう生きてはいられません!」

 「こ、こんな非道が許されるのでしょうか!!」

 アントム財務大臣の悲痛な声を皮切りに、次々と男達が涙を流して訴え始める。

 「はぁ……?」

 うざい。むさくるしい。そして、訳が分からない。
 スカーレットがひとまず何があったのか詳しく説明させようとした、その時。

 "きゃーっはっはっは! くらえー、シルフィード特製かまいたちー!"

 幼女達が大勢笑う声が聞こえ、一陣の風が吹き抜けて行き。
 そして、大臣達の帽子が一斉に細かな糸くずと化して地面にハラハラと崩れ落ちて行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 ***************************** ***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。*** ***************************** マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家にミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

処理中です...