上 下
91 / 105
ケット・シー喫茶奮闘記

ケット・シー喫茶奮闘記3

しおりを挟む
 ケット・シー喫茶が徐々に事業を拡大し始めれば、同時に客も千差万別貴賤問わず色んな人がやって来るようになる。
 勿論良いお客様ばかりではない。
 中にはあまり性質の宜しくないお客様もいる。
 そう、例えば今ミミが接客しているあの幼女の様に。

 「オキャクサン、いらっしゃいませですにゃ! わたくちがケット・シー喫茶ナンバーワンのミミでしゅにゃ」

 わたくちをゴシメイと聞きまちたにゃ、とにこやかに続けるミミ。
 ふりふりのメイド服を着たその姿は、ケット・シー好きなら思わず抱きしめてもふもふし、チューの一つでも送っているところだろう。
 しかし、彼女の挨拶を受けたその客――明らかに身形が良い品のある顔立ちの美しい幼女は、ふんっと鼻を鳴らした。

 「ふーん。ナンバーワンだと聞いたからどんな子が来りゅのかちらと思ったけど。毛が長いのね。お茶に毛が入ったりちないのかちら?」

 そのあんまりな言い草にミミはフシャー! と毛を逆立てさせかけ……はっと我に返ると「……毛の短い子を呼んで来ましゅにゃ」と一礼して、成り行きをハラハラしながら見ていたエアルベスの所へ戻る。

 「ミミ、良くぞ怒らず耐えてくれました」

 「……しかたにゃいでしゅにゃ。皇女しゃまにしゃからって、エアルベシュしゃんをこまらしぇるわけにはいきましぇんものにゃ」

 そう、あの困ったお客はグルタニア帝国の皇女、ビルギッテ=ルイズ=グルタニア殿下、御年4歳なのである。
 皇女のお付きと思われるグルタニア帝国の衣装を纏った厳格そうな男性と、護衛のイシュラエア王国の騎士がこちらを見ていた。特に後者の眼差しは、「申し訳無いが、何とか頑張ってくれ。」と如実に物語っている。

 今、イシュラエア王国とグルタニア帝国は和平交渉の真っ最中。皇女はグルタニア帝国の名代としてやってきていると聞いている。
 しかし先程ミミがやられたように、彼らもまた、皇女に悩まされているのだろう。

 エアルベスは嘆息した。

 普通の困った客なら彼女も対処(水精霊による物理)出来るのだが、高貴な方、しかも国賓が相手である以上それも出来ない。
 頼りになりそうなアイギューンもニャンコも居らず、兎に角穏便にもてなして帰って貰わなくてはいけないのだ。

 しょれにしたって、とミミはしょげている。

 「汚くなんてありましぇんにゃ。ちゃんとふわふわで良い匂いがするように洗って、毛並みには人一倍気を付けていましゅのににゃー……」

 それを見たタレミミが、「ミミ!オレがカタキをとってやるにゃ!」と息巻いた。
 エアルベスが引き留める間も無く皇女様の所へ向かって行く。

 「あら、おミミがたれてりゅのね。ほかの子みたいにサンカクじゃないのは何でなの? 病気なの?」

 しかし皇女様は膨れっ面で塩対応。
 タレミミもお気に召さなかった模様である。

 憤慨したタレミミが戻って来た。

 「何にゃ、あのオキャクサン! あんにゃの、誰もオショウバンしたがらにゃいにゃっ!!」

 その後も他のケット・シーを向かわせたが駄目だった。
 ハチクロに至っては、「変なの、顔の上と下で色が違うなんて。仮面被ってりゅみたい、ぷふっ」と言われて、隅でのの字を書いている。

 「どうしましょう……」

 恐らくどの子を向かわせても同じ結果になるに違いない。
 エアルベスはそう考え、最悪自分が土下座でもして……と覚悟を決めた時。
 ふと一人のケット・シーが決然とした様に皇女様に近づいて行くのが視界に入った。

 「あの子は……」


***


 「ビルギッテ皇女しゃま、はじめましてにゃ。コマルといいますにゃ。よろしくおねがいしますにゃー」

 目の前に現れたケット・シー。
 ビルギッテ皇女はお茶の入ったカップから顔をを上げ、今度はどんな事を言って困らせてやろうかと考えかけ――呆気に取られた。
 まじまじと、コマルと名乗ったケット・シーを見る。

 「……いつもしょんな顔なの? 困ってりゅの?」

 「どうしてかは知らないけど、色んな人にそう言われるのにゃー」

 コマルは首を傾げながら答える。

 「だって、困ってる顔してりゅわ!」

 ビシッとコマルを指さすビルギッテ皇女。
 その指の先には、コマルの額。
 そこには、白の毛並みに見事なハの字の黒い模様が入っていた。

 「しょれ、マユゲでしょ! ケット・シーにもマユゲありゅのね!」

 「コレは模様にゃ。マユゲはこれにゃ」

 凄いものを発見したように顔を紅潮させて言う皇女。
 コマルは自分の眉毛を引っ張って見せながら冷静にツッコんだ。
 人間から見ると分からないかも知れないが、これでもミミやタレミミ達より年上、いい大人のケット・シーなのである。

 それからもビルギッテ皇女はコマルにいろいろな事を言った。
 しかしコマルがハの字眉顔を傾げて、

 「しょんな事を言われるとコマル、困ってしまうにゃー」

 とあしらえば、それ以上何も言えなくなってしまう。
 そしてとうとうビルギッテ皇女は、

 「……いちゅも困ってりゅならしょうがないでしゅわね!」

 と言って大人しくなった。
 あしらわれている内に、皇女はコマルの顔立ちにすっかり毒気を抜かれた様だった。
 それまでの拗ねた態度やワガママな言動はすっかり鳴りを潜めてしまっている。

 成り行きを見守っていたエアルベスは、これはどうしたことかと皇女のお供と視線を合わせる。
 エアルベスは勿論だが、彼らもコマルと皇女の様子に驚いている様子だった。

 コマルはそっと大人しくなったビルギッテ皇女に寄りそうと、顔をのぞき込んだ。

 「皇女しゃま、みんな皇女しゃまのおコトバに困っていましたにゃ。どうしてイジワルばかりを言ったのにゃ?」

 静かに優しく問いかけるコマル。
 皇女の顔がくしゃりと歪む。
 そのぱっちりしたお目目にみるみる内に涙が盛り上がった。

 「……だって、だって!いちゅもわたくちは皆にアレはダメ、コレはダメ、皇女らしくしなしゃいってイジワル言われて困ってましゅわ! だからハンタイに皆を困らせてやりゅのでしゅ!」

 皆の困った顔を見るのが楽しかった、とビルギッテ皇女は泣いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜

みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。 …しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた! 「元気に育ってねぇクロウ」 (…クロウ…ってまさか!?) そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム 「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが 「クロウ•チューリア」だ ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う 運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる "バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う 「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と! その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ 剣ぺろと言う「バグ技」は "剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ この物語は 剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語 (自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!) しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺わかば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 ***************************** ***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。*** ***************************** マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

処理中です...