上 下
90 / 105
ケット・シー喫茶奮闘記

ケット・シー喫茶奮闘記2

しおりを挟む
 イシュラエア王国ケット・シー喫茶の招き猫プロモーション(命名byアイギューン)が成功してから早三ヶ月が経とうとしていた。

 それは最初のご祝儀来店、満員御礼時期も過ぎ、お客の入りも大分大分落ち着いて来た頃の事である。
 ケット・シー達も最初の頃よりは接客の仕事に慣れて来て、失敗する事も少なくなってきていた。
 ミミも今では立派に喫茶店の采配が出来るようになり、エアルベスも大神殿での己の務めに戻る事が可能となっていた。

 喫茶店はこのまま順調に維持していけそうである、そんな時。
 実は、ある問題が発生していたのである。

 「お客様が、ケット・シーの愛らしさに夢中になり、『お触り』や『お相伴』を求められて業務に支障が出ている、ですか……」

 終業後、迎えに行ったエアルベスにミミが深刻な面持ちで話があると切り出してきた。
 そのままミミ、タレミミ、ハチクロと共にテーブルを囲む。

 「そうでしゅのにゃ…特に、わたくちのケナミをもふもふ触りたいっていうオキャクしゃまが多くて困っていましゅのにゃ…」

 「そうにゃ、エアルベスしゃん。ミミはここ数日、色んなオキャクサンにずっと捕まっていたのにゃー」

 「このままではシゴトににゃらないでしゅのにゃ。わたくちだけならまだちもタレミミしゃまやハチクロや他の子も時たま……」

 ニンキモノはちゅらいでしゅのにゃ…と頬杖をついてミミはアンニュイに溜息を吐く。
 しかしどこか嬉しそうなのは、きっと自分が他の子よりもお客様に人気ナンバーワンなのだという自負があるのだろうとエアルベスは思った。
 ミミはお嬢様気質も手伝ってちやほやされたがりなのだ。

 「それだけじゃにゃいにゃっ! タレミミなんかはオキャクしゃんからオカシを貰いすぎてふとってきているのにゃっ! ヒトがイッショウケンメイ働いてるヨコで、オキャクしゃんにあざとくコビを売ってるのにゃっ!!!」

 ハチクロがタレミミを指さして他の問題点も指摘する。
 非難の音が混じっているのはきっと僻みも入っているに違いない。

 エアルベスは無言でタレミミの脇に手を回し、抱き上げた。確かに重量は増している気がする。
 下ろしたついでにお腹を摘まんでみる。
 むにっとした感触――タレミミのお腹に、脂肪が付き始めているのが分かった。

 「タレミミ…」

 ゆらり、エアルベスは黒いオーラを背負って立ち上がる。

 お菓子の食べ過ぎは健康に良くない。
 いや、そればかりかタレミミはお客さんにお菓子をねだっているのだ。
 ケット・シーが十分にご飯を貰ってないとかそういう噂も立つかも知れないのだ。

 タレミミは今まで見た事がないエアルベスの様子に首を横にぶんぶんと振った。

 「――ちっ、違うにゃ!!! しょーだにゃ、ハチクロ! オマエだって貰っていたじゃないかにゃ!?」

 「ぎにゃっ、ボクの腹を掴むんじゃにゃいにゃっ!!」

 タレミミは冷や汗をかきながらハチクロに飛びかかってお腹をひっつかんだ。
 エアルベスの目にはタレミミ程ではないがハチクロのお腹にも肉が付きだしているのが分かった。

 「……ほほう…」

 「ほら見るにゃ、ハチクロも太ってきているのにゃーって、イキナリ何をするのにゃ、ミミ!!!」

 どさくさに紛れてミミはタレミミのお腹を掴んでいた。
 先程とは違ってショックと絶望に顔を染め、よろよろと後退する。

 「にゃ…にゃんということでしゅのにゃ……このままじゃ、わたくちのタレミミしゃまがプクプクのようにおデブケット・シーになってしまいましゅにゃー!!!!」

 ミミは顔に両手を当てるなり、わっと泣き伏した。

 ちなみにプクプクというのは他所のケット・シー保護区から連れて来られ、最近仲間に加わった一番食いしん坊でおデブな子、現在絶賛ダイエット中のケット・シーである。
 ミミの言い放った『おデブケット・シー』の言葉に撃沈した二匹を見て、エアルベスはおっとりしたまんまるのプクプクの姿を脳裏に思い描く。

 まぁ健康であるかはさておけば、あれはあれでも可愛いのに。

 「今更禁止するのも反発が出るでしょうし…」

 どうしたものかと考え始めたその時、喫茶店の入り口のドアがバーンと勢い良く開けられた。

 「にゃー、久しぶりなのにゃー!!!」

 「――失礼する」

 ドアの外から入って来た小さい影と大きい影――

 「ニャンコじゃないですか、それに、ティリオンさんも!」

 「「ニャンコしゃん(にゃん)!!」」

 この国の英雄となった、ケット・シーの希望の星、ニャンコ=コネコ。
 そして仲間のダークエルフ、ティリオンである。

 「王都にヤボ用があって、そのついでに遊びに来たのにゃ」

 「先に大神殿に行こうとしたのだが、こちらだと地の精霊が」

 エアルベスとタレミミ、ハチクロはぱっと明るい表情になる。
 太陽のような元気な声にそれまでの暗い雰囲気が一気に吹き飛ばされる思いである。
 それまでどよよんとしていたミミも顔を上げると泣きながらニャンコに突進していった。

 「ふにゃあああ――ん、ニャンコ―!!!!」

 「にゃっ!!?ミミ、イキナリどうしたのにゃー!?」

 ミミを撫でて慰めながらニャンコは目を丸くして問うようにエアルベスを見た。


***


 エアルベスはとりあえず、折角寄ってくれた二人に席を勧めた。
 ミミがぐずっているのでタレミミとハチクロに給仕を命じ、簡単にこれまでの経緯を説明する。

 「――という訳なんです。ひとまず人員を増やしてローテーションを組ませようかと思っているのですが」

 「成程、貴女も大変だな」

 ティリオンは意味ありげにニャンコを見る。

 「良い考えがあるにゃ、エアルベスしゃん。『オサワリ』と『オショウバン』を別料金にすればいいのにゃー」

 「べ、別料金ですか……?」

 「そうにゃ。別料金にすることで『オサワリ』も『オショウバン』もトクベツになり、シゴトになるのにゃ。お金も儲かるにゃー? ニンゲンだって夜の街では綺麗なおねーしゃんを座らせたり触ったりするだけで別料金にゃ? ケット・シーのケナミと『オショウバン』にだってそれだけの価値はあるのにゃー」

 「……お前、どこでそんないかがわしい商売を覚えて来たのだ」

 …頭痛を堪えるように頭に手をやるティリオンの苦労をエアルベスは何となく察してしまった。

 ニャンコ曰く、触るのもお相伴も別料金制にする。お相伴の際のケット・シーの食べるものもヘルシーな太りにくいものにし、お相伴をした子はその日のご飯の量を減らす事で調整。そうすればお金を稼げる上にケット・シーのごはん代も浮くとの事だった。

 「ケット・シーの訓練次第ではいくらでも儲けられるにゃっ。ただでさえケット・シーは珍しくてキショウで愛らしいのにゃ」

 「なんという…」

 悪びれないニャンコの尻尾が悪魔のそれに見えたエアルベス。
 しかし本当にそんな事で成功するのだろうか?
 丁度その時、タレミミとハチクロがお茶とお茶菓子を持ってきた。
 ニャンコはおもむろに立ち上がる。

 「ミミ、タレミミ、ハチクロ、今からわたちがやることをよーく見てるにゃ?」

 「ニャンコ、何をしゅるのにゃ?」

 泣き止んだミミと二人のケット・シーは首を傾げる。
 ニャンコは運ばれてきたお菓子の皿を持ってティリオンの目の前に置いた。

 「エアルベスしゃん、今からわたちがセッキャクでオショウバン、やってみるにゃ。こういう方法もあるのにゃ。この方法なら、少々ボッタクリしてもモンクは言われないのにゃ」

 言い終わるなりニャンコは両手を動かす。
 魔法を皿にかけるような仕草を大げさにくねくねとしながら歌うように口を開いた。

 「にゃーっ、オキャクしゃーん♪ このおかちに今からニャンコがおいちくなる魔法をかけましゅにゃっ! おいちくなーれにゃっ♪ おいちくなーれにゃーっ♪」

 「は?」

 エアルベスはニャンコの奇妙な言動にきょとんとした。
 もちろんそのお菓子には魔法は一切かかっていない。
 ティリオンはゴミを見るような無機質な目をニャンコに向けていた。
 考えが追いつかない間にもニャンコは『おいちくなる魔法』をかけおえたのか、お菓子を摘まむとティリオンの口元に差し出す。

 「にゃっ、これでおいちくなったにゃ♪ どーじょ、あーんしてくだしゃいにゃっ♪ にゃっ、しょんなにみちゅめられるとニャンコ、はじゅかしくってきゅんきゅんしちゃうのにゃー…ぎにゃっ」

 ごいん。

 ニャンコはお菓子を放り出して机に突っ伏した。
 ティリオンが無言でニャンコの頭に拳骨を落としたのである。

 「ティリオン、にゃにするにゃっ!!!」

 「――俺で良ければ相談に乗ろう」

 「え、ええ…」

 ニャンコの抗議をティリオンはさっくり無視した。
 エアルベスは有無を言わさぬ圧力を感じてコクコクと頷く。
 ニャンコはぷっと頬を膨らませた。

 「にゃっ、べちゅにムシされても構わないにゃっ。三人とも、あっちでさっきのレンシュウするにゃ? キセイジジツにしてしまえば――」

 ガッ!!!

 ティリオンの右手が唸り、ニャンコの頬をひっ掴んだ。
 膨らんだ頬をいきなり掴んだのでニャンコの口から空気がぶふっと押し出される。
 ニャンコは頬を挟まれて満足に喋れない!

 「ぎにゃっ、ひゃなすにゃっ! ひゃなすにゃー!!」

 「大英雄ニャンコ殿――英雄らしく皆のお手本になるように品行方正に振る舞って頂けませんか?」

 ぎりぎりぎり。
 ニャンコはたまらず悲鳴を上げる。

 「わかったにゃ、だからこの手をひゃなすにゃー!!!」

 ニャンコの扱いをいつの間にか心得ているティリオン。
 もしかしたら自分より苦労しているのかも知れない――エアルベスはダークエルフに親近感を抱いた。


***


 結局。

 接客の人員を増やし、ローテションを組む事でお相伴のリスクを分散化させ、また『お触り』と『お相伴』は一定時間以上の場合に限り別料金制になった。
 勿論ボッタクリではない良心的な金額である。
 タレミミやハチクロの体重も元に戻って来たので、エアルベスはホッとしていた。

 しかし彼女は知らない。

 ニャンコに対抗意識を燃やしたミミがニャンコの伝えた接客方法をマスターし、それが更にケット・シー達の常態化となってしまう事を。
 そしてその愛らしさにハートを撃ち抜かれたファンがケット・シー喫茶に通い詰め、やがて事業拡大の運びになる事を。

 この時のエアルベスはまだ、知らなかったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺わかば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...