ちーとにゃんこの異世界日記

譚音アルン

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【1】ちーとにゃんこと世界樹の茶畑ドタバタドラゴン大戦争!

84にゃん

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 「霧にゃっ!」

 ケット・シーの誰かの声。それに気づいたのか、他の人たちも口ぐちに霧だと叫んでいるのが聞こえる。
 気が付くと、世界樹の畑に、霧が立ち込め始めていた。
 霧はあっという間に濃くなり、やがて畑全体を覆ってしまった。

 食中毒も効かない、生理的に影響を及ぼすような魔法もダメなようだ。
 焦るあまり考えがまとまらないまま魔法を掛け続けていると、ゾンビドラゴンが再びブレスを吐こうと口を開けた。
 後ろから霧が溢れ、ぼうっとした光と風を感じた。

 「『ゾンビドラゴンに対する――』」

 ゾンビドラゴンの喉の奥に凄まじいエネルギーを感じる――間に合わないかも知れない!
 案の定、ドラゴンがブレスを吐く方が早かった。

 馬の嘶き。それが私の横を駆け抜け。
 翻るマントを見た――世界樹の葉に剣の紋章。
 あれは、ライオット?いや、髪の色が違う。

 その不思議な騎士は、緑の紋様が入った銀の剣を掲げる。
 ゾンビドラゴンが結界を破壊したのと同時に、横なぎに切り払った。
 シャラン、と清浄な音。
 勢い余ったゾンビドラゴンのブレスはその剣の不思議な力で無効化されたようだ。

 「――あの人は!!?」

 ライオットが叫ぶ。コルト家と同じ紋章をマントに刻んでいる騎士が気になっているのだろう。

 私も騎士に気を取られていると、目の前を緑色の何かがふわりと飛んで横切った。
 はっとして見ると、頭の両サイドにお団子頭を作ったどこか古代中華風な衣装を着た小さな女の子。
 彼女は長い袖を目の前で合わせ――所謂拱手と呼ばれるお辞儀をする。

 "遅ればせながら初めまして、ニャンコ=コネコ。私はこの世界の世界樹の精霊王ドリアードです"

 「初めましてにゃ…にゃっ!!?」

 そうだ、ゾンビドラゴンは!!?

 はっとしてドラゴンに目を向ける。
 無数の世界樹の精霊に取りつかれ、もがき苦しんでいた。
 不思議な騎士が剣を両手で捧げ持つようにして掲げ、何やら呪文を唱えている。

 "禁じられた力で産み出されたあのドラゴンは世界の有り様を歪めます。だから、こちらの世界樹の畑を精霊界と繋げました――我ら世界樹の母、精霊女王たる、大世界樹の精霊の御意志です。そして、彼は精霊騎士。元はこちらの世界の人間でしたが、精霊となり、女王の守護をしています"

 ドリアードはそう語った。

 "霧のあるところは、精霊界とこの世が混ざり合っています。だから私達世界樹の精霊も存在出来ますし、あちらからの介入も少しは出来ます。今は精霊騎士と私の同胞がゾンビドラゴンを抑えていますが、長くは持たないでしょう。ですから、その前に――"

 ドリアードは私の鈴に近づき、両手で包む込むようにして触った。
 鈴の全体に、唐草模様のように緑の模様が描かれていく。
 同時に、力が満ちて来るのを感じた。

 "世界樹の力をニャンコに託しました。あのドラゴンは古き時代、神とまで崇められた程の存在。神に近いあなたも、全力で戦わなければ勝てません。"

 私は頷く。するとどこからか、ドリアードの優しげな声とは別の、玲瓏な声が聞こえた。

 "ニャンコ、よく聞いてください。いびつな生命を与えられた憐れな生き物の弱点は、死の力ではなく、命の力……。"

 「もしかして、精霊女王しゃま……?」

 呟くと、ドリアードがにっこり笑って頷いた。
 精霊女王の言葉にそうか、と思う。

 命の力――恐らく、回復魔法だ。
 考えてみれば、ゾンビドラゴンも無理矢理この世に呼ばれ、苦しんでるんだ。
 それを何とかしてあげなきゃいけなかった。
 それに、ジュゲムのおばあさんだし。

 私はきっと顔を上げるとゾンビドラゴンに向き直った。
 一歩一歩、近づいて行く。

 「光の神イーラしゃま、闇の神アンシェラしゃま――あのドラゴンしゃんとみんなを助ける力を貸してちょーらいにゃっ!」

 "やっと我らを呼んだな"

 "他ならぬニャンコの頼みとあれば是非もなし"

 「風の精霊王シルフィード、地の精霊王ノーム、火の精霊王サラマンダー、水の精霊王ウンディーネ――周りに被害が及ばないように力を貸してちょーらいにゃっ!」

 "結界を支えればいいのねー!"

 "全力を出しますですじゃー!"

 "良いぜ、力いっぱいやってやる!"

 "世界の命運がかかっておりますもの、全てを出し切りますわ!"

 更に私は歩き続ける。

 ――ゾンビドラゴンを救うのは、命の力。

 命の力――回復魔法に関わる単語を頭の中に呼び起こしながら言葉を考える。
 その時、複数の足音が私の歩みに加わった。

 「ニャンコ、俺達も共に行こう」

 「死ぬも生きるも一緒よ、ニャンコ」

 「私達では何の役にも立てないかも知れません。それでも共にある事でニャンコの支えになれます」

 「ニャンコは私達の仲間です。一人では行かないで下さい」

 ライオット、スィル、マリーシャ、サミュエルの声。
 み、みんな! ――止まっていた涙が再び流れ始める。

 「俺も行くぞ」

 「私も行きます、ニャンコ」

 その声はティリオンとエアルベスさん。
 私を両側から挟むようにして皆が一緒に歩き、心を一つにする。

 "このアラグノールも忘れてもらっては困る、主よ!"

 見ると、結界の上空を立ち直ったジュゲムが飛んでいる。

"契約の絆を通じて我もあらん限りの魔素を主に捧げよう! 存分に力を振るわれるがよい!"

 とうとう、世界樹の畑の結界を抜ける。

 突如、私の心にそれが湧いて来た。
 ゾンビドラゴンを、世界を救う、命の力の言葉が!

 私はイメージを構築した。
 共に歩んでいた彼らごと、絶対防御をイメージした黄金の繭に包まれる。
 そして繭ごと宙に浮かび上がり、ゾンビドラゴンの顔の前まで飛ぶ。

 しかし、その時番狂わせが起こった。

 "ニャンコ――精霊騎士も、私達ももう持ちません!"

 ドリアードの悲鳴。
 ゾンビドラゴンが体をゆすり、世界樹の精霊達を体から振り落とし始めたのだ。
 剣を掲げていた精霊騎士も焦っているようだ。

 えっ、ちょっといきなり!?
 もっと持つかと思ってたんだけど!!?

 私は慌てて呪文を唱えた。

 「『天と地の全ての神々よ、精霊よ、すべての命ある者よ!歪な生命を生み出すために犠牲になりし者達全てをあるべき姿に戻し、憐れな姿に成り果てた古代の竜神に命を分け与えことを――我が力、我が鈴の力をすべて解放し、成就させたまえ』にゃ!!!!!」


 ――ピキィィィィン!!!


 高音の波動が鈴を中心として広がり。
 天地が、鳴動した。






 "――ちょっ、せ●こそれ、魔法やのうて魔法やああああっ!"






 ツッコミ関西風な…あれは玲瓏な精霊女王様の声?
 あれ、何だかキャラが違う。聞き間違いだろうか?

 黄金の繭が薄れていく。
 世界に、黄金の粒子が溢れた。

 魔法な力が失われ、私の体から、何かがごっそり抜かれていくのを感じた。
 意識が薄れかけ、力すら入らなくなっていく。
 鈴も、その役目を終えたのか、黄金から灰色に変化していった。

 あ、やばい。

 「ニャンコ!」

 ぐらりときた私をマリーシャさんが抱き止めてくれる。

 「シルフィード!」

 「ノーム!」

 スィルとティリオンが叫んで落下速度を緩めた。

 ゾンビドラゴンは黄金に包まれて、その間にも変化していく。

 腐臭あふれる赤黒い体は、瑞々しい灰青色へ。艶のあるなめらかな鱗、その下に脈打つしなやかな筋肉。
 虚ろな暗黒の瞳は理知の光溢れる黄金の瞳へ。

 私達が地に足を付けた時にはもう、その巨大な体を持つ古のドラゴン――エンシェントドラゴンは、再びこの世に生命持つ存在として蘇っていた。
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