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【1】大魔術師
26.光の刃
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「さて……」
ウルガが幽霊のように消えた後。老魔術師セルヴェイは倒れて動かない弟子ゼーウェンをじっと見つめていた。
心の内で葛藤が生じる。
ゼーウェンをあの女性から引き取った時から、殺さねばならぬかもしれない事は、重々承知してきたつもりだった。
しかしこの時になってなお、老魔術師は迷っていた。
幼い頃からその面倒を見続けてきた老人にとって、ゼーウェンは息子とも孫とも思え、また孤独を癒してくれたかけがえの無い家族であった。
身を切られる思いでセルヴェイは目の前に横たわる弟子を見つめ続けた。
――儂は……この子を殺さねばならないのか。
しかしやらねば。
先程もあれの『片鱗』は水面から顔を出してきていたではないか。しかも自分を認め、憎悪を込めた眼差しを向けた。
あの時、あの瞬間。確かに自分の愛する弟子ではなかった。
あれが完全に『目覚めて』しまえば、もう――。
そこまで考えた時、飛竜グルガンが着地して鳴いた。
黒髪の娘が何事かを言い、老魔術師セルヴェイは我に返ってそちらを振り返った。愛弟子が心術で伝えて来ていた、花の継承者である娘だろう。
「お前さんは……そうか、マナといったか。可哀想にの。恐ろしい目に遭うただろう。よしよし、今痛いところを治してやる」
老魔術師セルヴェイは娘マナの傷口に意識を集中し、治癒の呪文を唱えた。
心術はお互いの信頼が不可欠である。魔術も知らないようだという話なのでいきなり心に話しかけるのも躊躇われた。言葉が分からないので安心させる為に頭を一撫でする。
動けるようになった、と悟った娘は驚きの表情を浮かべながらもゼーウェンに近寄り、寄り添っていた。
セルヴェイは他に怪我人がいないかどうかを確かめるべく動き始める。
「――傷が無い。追い詰められた継承者が力を暴走させたのは分かったが、それが良い方向へ働いたのか……」
霊気を透かし見て確かめていると、何と全員生きていた。
膨大な力の奔流はセルヴェイとて感じていたが、よもや死人を蘇らせる程の奇跡とは。
娘が何事かを叫ぶ。恐らく手伝うとでも言ったのだろう、老魔術師セルヴェイがまだ見ていない男達の方に向かって心臓に耳を当てたりし始めた。
セルヴェイは内心苦笑しながらも娘を止めなかった。
体に傷が無いか確かめただけで、ここに居る全員生きている。
それよりも、とゼーウェンに視線を戻す。
――花さえ継承していれば。
このまま生きながらえさせる事はかえって、ゼーウェンに苦しみを与える事になるのだ。
――ここで殺した方が、苦しむことは無い。その方が。
これが、自分の傲慢さだという事は老魔術師セルヴェイは分かりすぎるほど分かっていた。
「『光よ、刃となれ』」
言葉は力をなし、太陽の光を織り成すと、一振りの短剣へと転じた。魔力の篭った、光の結晶。
これを突き立てれば、光はあれを消滅させ、弟子ゼーウェンの魂は護られて安らかに輪廻の輪へと巡ってゆく事が出来る。
――苦しみならば、一瞬で終わるのだ。それに、気を失っている今、そう苦しむ事は無いだろう。
長い逡巡の末、老魔術師セルヴェイは決意してその刃を高々と振り上げた。横たわるゼーウェンの左胸を狙って。
ウルガが幽霊のように消えた後。老魔術師セルヴェイは倒れて動かない弟子ゼーウェンをじっと見つめていた。
心の内で葛藤が生じる。
ゼーウェンをあの女性から引き取った時から、殺さねばならぬかもしれない事は、重々承知してきたつもりだった。
しかしこの時になってなお、老魔術師は迷っていた。
幼い頃からその面倒を見続けてきた老人にとって、ゼーウェンは息子とも孫とも思え、また孤独を癒してくれたかけがえの無い家族であった。
身を切られる思いでセルヴェイは目の前に横たわる弟子を見つめ続けた。
――儂は……この子を殺さねばならないのか。
しかしやらねば。
先程もあれの『片鱗』は水面から顔を出してきていたではないか。しかも自分を認め、憎悪を込めた眼差しを向けた。
あの時、あの瞬間。確かに自分の愛する弟子ではなかった。
あれが完全に『目覚めて』しまえば、もう――。
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黒髪の娘が何事かを言い、老魔術師セルヴェイは我に返ってそちらを振り返った。愛弟子が心術で伝えて来ていた、花の継承者である娘だろう。
「お前さんは……そうか、マナといったか。可哀想にの。恐ろしい目に遭うただろう。よしよし、今痛いところを治してやる」
老魔術師セルヴェイは娘マナの傷口に意識を集中し、治癒の呪文を唱えた。
心術はお互いの信頼が不可欠である。魔術も知らないようだという話なのでいきなり心に話しかけるのも躊躇われた。言葉が分からないので安心させる為に頭を一撫でする。
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セルヴェイは他に怪我人がいないかどうかを確かめるべく動き始める。
「――傷が無い。追い詰められた継承者が力を暴走させたのは分かったが、それが良い方向へ働いたのか……」
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膨大な力の奔流はセルヴェイとて感じていたが、よもや死人を蘇らせる程の奇跡とは。
娘が何事かを叫ぶ。恐らく手伝うとでも言ったのだろう、老魔術師セルヴェイがまだ見ていない男達の方に向かって心臓に耳を当てたりし始めた。
セルヴェイは内心苦笑しながらも娘を止めなかった。
体に傷が無いか確かめただけで、ここに居る全員生きている。
それよりも、とゼーウェンに視線を戻す。
――花さえ継承していれば。
このまま生きながらえさせる事はかえって、ゼーウェンに苦しみを与える事になるのだ。
――ここで殺した方が、苦しむことは無い。その方が。
これが、自分の傲慢さだという事は老魔術師セルヴェイは分かりすぎるほど分かっていた。
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言葉は力をなし、太陽の光を織り成すと、一振りの短剣へと転じた。魔力の篭った、光の結晶。
これを突き立てれば、光はあれを消滅させ、弟子ゼーウェンの魂は護られて安らかに輪廻の輪へと巡ってゆく事が出来る。
――苦しみならば、一瞬で終わるのだ。それに、気を失っている今、そう苦しむ事は無いだろう。
長い逡巡の末、老魔術師セルヴェイは決意してその刃を高々と振り上げた。横たわるゼーウェンの左胸を狙って。
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