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【1】大魔術師
21.隠された王子
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それから歩き続けて、更に2クロー程経っただろうか。
やがて風が強くなってくる。
それに混じる、土や植物の匂い。出口だ。
ゼーウェン達が外へ出た時には空には満天の星が輝いていた。
長く暗闇にいたせいで、月の優しい光さえ眩しいように感じる。
「ここから、少し言った所に我々の拠点の村がある。そこへは明日の朝行くことにして、今日はここで野営しよう」
ルブルの号令の下、皆で枯れ枝を集めて火を焚いた。
マナは相変わらず体がだるいようだったが、回復はしてきている。震えも無く、熱は下がっていた。
周りは鬱蒼とした森だった。さっきからある方向が妙に気になっていた。何かあるような気がしてならない。
ゼーウェンがそちらをちらちら気にしていると、デストーラも同じ事を感じていたのだろう。
「やはり、お判りになりますか。あちらには古代の祭壇の遺跡があるのです。
どのような儀式が行われていたのか分かりませんが、祭る人が耐えた後も猶、土地の持つ力の場は働き、私達のような者を惹きつけて止みません」
「あなたも……感じているんだろうな」
「ええ。元々あのような遺跡とかは奇妙なほど一致した場を持っています。即ち、『場の渦』に当たる所ですね。もっとも、昔と違って、世界の周期や月星の運行によって生じる変化のせいで渦の場所が変わってしまった所もありますが」
「力の渦は術師にとって格好の地点だな。庵もそういう場所にあった」
セルヴェイがそこに庵を結んだのは偶然ではない。
「――行ってみますか? 遺跡に」
「え?」
「ただ、その周りを見るだけです。直ぐそこですから」
「――良いだろう。済まないが、マナを暫くの間頼む。何か変化があれば呼んでくれ」
「分かった。直ぐ戻れよ」
ルブル達にマナを託し、デストーラとゼーウェンは遺跡の方向へ向かって歩き出した。
「――ここです」
暫く歩いて直ぐの所にそれはあった。
そこは小さく円を描くように木々に囲まれていて、その中央に丁度人一人の棺大の岩がある。
確かにそこから力と特殊な波動が漏れ出しているのが分かった。
「これは?」
「私にもこれが何なのかは分かりません。恐らく、祭壇か何かだと思いますが」
ゼーウェン達はその周りを遠巻きにゆっくりと歩き始めた。
一陣の夜風が沢山の枝葉を揺らし、ざわざわと穏やかな歌を奏でる。二人とも、暫く無言で歩く。
先に口火を切ったのはゼーウェンにだった。
「さて、兄弟デストーラ。遺跡の話は単なる呼び水に過ぎないと思うが。私に何か話があるんだろう?」
水を向けると、デストーラははっとして顔を上げた。困ったように笑う。
「……お判りでしたか。ご配慮嬉しく思います。」
デストーラは軽く頭を下げ、ゼーウェンをじっと見つめた。
「あなたの話を聞いて、私はある事に気がつきました。きっと、ご存じない事だろうとお見受けいたします」
ゼーウェンは僅かに頷き、続きを促す。デストーラは記憶を辿るように遺跡に視線を移した。
「全てはサーカ戦役の頃に遡ります。当時の王、ユーバ・キル・グノディウスには隠された一人の王子がいて、その所為で大乱へと発展しました。
かつて、わが師ロヒロは心を痛められ、その乱を阻止せんが為に修行していた山を捨て、グノディウス王国に向かいました」
デストーラは既に考えが固まっているらしく、その声はよどみない。
「ロヒロ様は乱の終結の際、その王子を擁護していた大貴族の屋敷に乗り込みました。
当時、私は15、師に特別に従軍する資格をあたえられていました。
その時屋敷には王子の母である女が王宮から持ち出した王家の指輪――継承の指輪があった筈なんですが、私達がそこへ乗り込んだ時にはもう、指輪の影も形もありませんでした。
恐らくは、何者かが持ち去ったのでしょう。
後には黒焦げの王子だと思われる子供の死体、その傍らに母親の女が自決して果てていました。
それきり指輪は失われ、故に新たにザスの手によって秘儀を経て作られました。
それが今あの娘の指に嵌っている物の一つでしょう」
デストーラはゼーウェンに顔を向ける。瞳のエメラルドが暗闇の中で光を撥ね返した。
その指先からは戯れの魔術によって生み出された虫程の大きさの淡い光が一つ二つ空中へと漂い出る。
「それが、今になって失われた王家の指輪が現れました。何故? その答えは一つしかありません。
即ち、セルヴェイ様がかの乱の折に手にされていた、あの屋敷から持ち去ったという事です」
デストーラはゼーウェンがそれまで感じていた、もやもやとした形を為さない疑問という名の粘土を形にして見せてくれているようだった。
それが形を明確にしていくにつれ、ゼーウェンは不安で落ち着かない気分になる。
「……師はそれを私に託された。私に試練として花を得させる為に――そういえばこうも言われた。私の試練は生まれた時から母によって定められていたと」
それを聞くと、デストーラの瞳が鋭さを増した。
「……定められていた? 魔術師の試練の旅としてということですか?」
「ああ。それが?」
「いくら何でも……」
デストーラは衝撃を受けたようだった。目を見開き、呆然自失になっている。しばらくはくはくと口を動かし、言葉が紡げないでいるようだったが、首を横に振って自分の両頬を叩く。
深呼吸をして少し落ち着きを取り戻したのだろう。
「――それで合点がいきました。辻褄が合う」
喉の奥からようやっと搾り出すような声。
「では、死んでいなかったのですね。ずっと、指輪の盗人の下で生きていた」
まるで独り言のように呟き、デストーラはぶるりと震えた。どうかしたのだろうか。
「兄弟、何かが分かったのか?」
「ええ。私でさえ信じられません。私の推測では――あくまでも推測ですが、その可能性は低くはない。いや、むしろ高いといっていいでしょう。少なくとも、私は確信しています」
そういって、言葉を切る。ゼーウェンは話が分からず思わず眉根を寄せた。
「確信?」
ゼーウェンが問い返すも、デストーラは膝をつくと貴人に対してそうするように手を回して礼を取った。
いきなりの奇行に面食らって絶句するゼーウェン。
デストーラは真摯な眼差しをゼーウェンに向け、口を開いた。
「あなたの師である賢神の森のセルヴェイは、あなたを利用してグノディウスの王権を狙っているかもしれぬという確信です。そして、あなたは――恐らくは、『グノディウス王国の隠された王子』と思われます、ゼーウェン『殿下』」
やがて風が強くなってくる。
それに混じる、土や植物の匂い。出口だ。
ゼーウェン達が外へ出た時には空には満天の星が輝いていた。
長く暗闇にいたせいで、月の優しい光さえ眩しいように感じる。
「ここから、少し言った所に我々の拠点の村がある。そこへは明日の朝行くことにして、今日はここで野営しよう」
ルブルの号令の下、皆で枯れ枝を集めて火を焚いた。
マナは相変わらず体がだるいようだったが、回復はしてきている。震えも無く、熱は下がっていた。
周りは鬱蒼とした森だった。さっきからある方向が妙に気になっていた。何かあるような気がしてならない。
ゼーウェンがそちらをちらちら気にしていると、デストーラも同じ事を感じていたのだろう。
「やはり、お判りになりますか。あちらには古代の祭壇の遺跡があるのです。
どのような儀式が行われていたのか分かりませんが、祭る人が耐えた後も猶、土地の持つ力の場は働き、私達のような者を惹きつけて止みません」
「あなたも……感じているんだろうな」
「ええ。元々あのような遺跡とかは奇妙なほど一致した場を持っています。即ち、『場の渦』に当たる所ですね。もっとも、昔と違って、世界の周期や月星の運行によって生じる変化のせいで渦の場所が変わってしまった所もありますが」
「力の渦は術師にとって格好の地点だな。庵もそういう場所にあった」
セルヴェイがそこに庵を結んだのは偶然ではない。
「――行ってみますか? 遺跡に」
「え?」
「ただ、その周りを見るだけです。直ぐそこですから」
「――良いだろう。済まないが、マナを暫くの間頼む。何か変化があれば呼んでくれ」
「分かった。直ぐ戻れよ」
ルブル達にマナを託し、デストーラとゼーウェンは遺跡の方向へ向かって歩き出した。
「――ここです」
暫く歩いて直ぐの所にそれはあった。
そこは小さく円を描くように木々に囲まれていて、その中央に丁度人一人の棺大の岩がある。
確かにそこから力と特殊な波動が漏れ出しているのが分かった。
「これは?」
「私にもこれが何なのかは分かりません。恐らく、祭壇か何かだと思いますが」
ゼーウェン達はその周りを遠巻きにゆっくりと歩き始めた。
一陣の夜風が沢山の枝葉を揺らし、ざわざわと穏やかな歌を奏でる。二人とも、暫く無言で歩く。
先に口火を切ったのはゼーウェンにだった。
「さて、兄弟デストーラ。遺跡の話は単なる呼び水に過ぎないと思うが。私に何か話があるんだろう?」
水を向けると、デストーラははっとして顔を上げた。困ったように笑う。
「……お判りでしたか。ご配慮嬉しく思います。」
デストーラは軽く頭を下げ、ゼーウェンをじっと見つめた。
「あなたの話を聞いて、私はある事に気がつきました。きっと、ご存じない事だろうとお見受けいたします」
ゼーウェンは僅かに頷き、続きを促す。デストーラは記憶を辿るように遺跡に視線を移した。
「全てはサーカ戦役の頃に遡ります。当時の王、ユーバ・キル・グノディウスには隠された一人の王子がいて、その所為で大乱へと発展しました。
かつて、わが師ロヒロは心を痛められ、その乱を阻止せんが為に修行していた山を捨て、グノディウス王国に向かいました」
デストーラは既に考えが固まっているらしく、その声はよどみない。
「ロヒロ様は乱の終結の際、その王子を擁護していた大貴族の屋敷に乗り込みました。
当時、私は15、師に特別に従軍する資格をあたえられていました。
その時屋敷には王子の母である女が王宮から持ち出した王家の指輪――継承の指輪があった筈なんですが、私達がそこへ乗り込んだ時にはもう、指輪の影も形もありませんでした。
恐らくは、何者かが持ち去ったのでしょう。
後には黒焦げの王子だと思われる子供の死体、その傍らに母親の女が自決して果てていました。
それきり指輪は失われ、故に新たにザスの手によって秘儀を経て作られました。
それが今あの娘の指に嵌っている物の一つでしょう」
デストーラはゼーウェンに顔を向ける。瞳のエメラルドが暗闇の中で光を撥ね返した。
その指先からは戯れの魔術によって生み出された虫程の大きさの淡い光が一つ二つ空中へと漂い出る。
「それが、今になって失われた王家の指輪が現れました。何故? その答えは一つしかありません。
即ち、セルヴェイ様がかの乱の折に手にされていた、あの屋敷から持ち去ったという事です」
デストーラはゼーウェンがそれまで感じていた、もやもやとした形を為さない疑問という名の粘土を形にして見せてくれているようだった。
それが形を明確にしていくにつれ、ゼーウェンは不安で落ち着かない気分になる。
「……師はそれを私に託された。私に試練として花を得させる為に――そういえばこうも言われた。私の試練は生まれた時から母によって定められていたと」
それを聞くと、デストーラの瞳が鋭さを増した。
「……定められていた? 魔術師の試練の旅としてということですか?」
「ああ。それが?」
「いくら何でも……」
デストーラは衝撃を受けたようだった。目を見開き、呆然自失になっている。しばらくはくはくと口を動かし、言葉が紡げないでいるようだったが、首を横に振って自分の両頬を叩く。
深呼吸をして少し落ち着きを取り戻したのだろう。
「――それで合点がいきました。辻褄が合う」
喉の奥からようやっと搾り出すような声。
「では、死んでいなかったのですね。ずっと、指輪の盗人の下で生きていた」
まるで独り言のように呟き、デストーラはぶるりと震えた。どうかしたのだろうか。
「兄弟、何かが分かったのか?」
「ええ。私でさえ信じられません。私の推測では――あくまでも推測ですが、その可能性は低くはない。いや、むしろ高いといっていいでしょう。少なくとも、私は確信しています」
そういって、言葉を切る。ゼーウェンは話が分からず思わず眉根を寄せた。
「確信?」
ゼーウェンが問い返すも、デストーラは膝をつくと貴人に対してそうするように手を回して礼を取った。
いきなりの奇行に面食らって絶句するゼーウェン。
デストーラは真摯な眼差しをゼーウェンに向け、口を開いた。
「あなたの師である賢神の森のセルヴェイは、あなたを利用してグノディウスの王権を狙っているかもしれぬという確信です。そして、あなたは――恐らくは、『グノディウス王国の隠された王子』と思われます、ゼーウェン『殿下』」
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