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【1】大魔術師
20.疑惑
しおりを挟む 「では、この娘が王……」
あまりの事に放心したようにデストーラが呟く。ルブル達も言葉を失っていた。
暫しの沈黙の後、先に気を取り直したデストーラが口を開く。
「それはそれとしても。何故、王家の指輪が二つも……?」
「一つはわが師、セルヴェイ様が私に託した物だ。今一つは、死の荒野で出会ったフォーという男から嵌められたのだと私は考えている」
「フォー?」
「ああ。その男が言うには、神官のようだとか言っていたが――ある男から彼女を攫うように頼まれたとか言っていた。本当かどうかは分からないが」
「神官が持っていたん、ですか。変ですね。とても、とても嫌な予感がします。何かが、動いているのかも知れません。
この指輪は王のみが持つべき物。グノディウス王の安否が気遣われます」
「――神殿か。最悪の場合、王は暗殺され国は乗っ取られる」
「私はその王に会った事がある、と思う。私が彼女を見つけた最初の夜、襲撃してきた黒ずくめの魔術師が、自分のことを『正当な花の継承者』と言っていた。その魔術師はフォーという男と同一人物だと私は考えている。
ならば、彼こそが王であるのだろう。男はこうも言っていた。この娘、マナに本来ならば制裁を加えなければならないが、それをするのは忍びない。彼女を殺したとしても継承してしまった以上、それは意味のないことだからと」
「もしそれが正当な継承者たるグノディウス王だったとしたら、何故あなた達を見逃したのでしょうか」
デストーラがそういった時、マナが少し身じろぎする。
「――泣いているのか?」
唐突に、彼女の二つの瞼から透明なものが流れ始めた。ゼーウェン達の会話が途切れる。
それは魔法の光を反射して、水晶のように煌いた。ゼーウェンは人差し指でそれを拭ってやると、それを感じたのか、マナの目元が微かに動いた。
ゆっくりと濡れたその瞼が上がる。濡れた黒光りのする瞳がゼーウェンを映した。
「マナ?」
「――」
マナは何か言おうとしたが、それは声にならなかった。
同時に、新しい涙が後から後から零れてくる。
マナは無言のままゆっくりと起き上がった。
涙を拭ってそれきり魔術師が瞑想しているように目を瞑るとじっとしている。
普段の活発な姿とは別人かと思うほどだった。
やがて目を開けると微かに微笑んだ。何故かは知らないが、悲しみをその目に含ませて。
今度は肉声が出た。何かを異国語で言っている。マナは涙をぬぐうと立とうとした。
「危ない!」
しかし熱はまだ少しあった為、直ぐにふらついた。慌ててそれを支える。
――ドクン。
その時。
ゼーウェンの体の中で先刻から感じてきていた奇妙な感覚がざわざわと疼くように強まった。
まるで、流砂に呑まれゆくかのような本能的な恐怖が襲う。眩暈がする。
意識が遠く、冥くなって――。
―――これは、まずい。どうにかなりそうだ。
ゼーウェンは意識を強く保ってそれに抵抗する。
「おい!」
「どうしました、兄弟!?」
彼らの声に意識を呼び戻されて、気がつくとゼーウェンは膝をついていた。
嘘のように自分を支配しようとしていた感覚が消えている。
「一体どうしたんだ。大丈夫か?」
「眩暈でもされたのでしょうか。気分はどうですか?」
「……ああ。何でもない。ここの所、気を張り過ぎたようだ」
「その娘は俺が背負ったほうがいいな。あんたも無理しない方がいい」
ルブルが申し出た。
「体力と剣の腕には自信がある。とにかく、ここから出よう。話の続きはその後だ」
各々はまた歩き始めた。
――違う!
断じて、さっきのは疲れとかそういうのでは無い。
そう、まるで意識を暗黒に喰われるかのような――乗っ取られるかのような。
ふと見ると、腕中に鳥肌が立っていた。さっきのは一体なんだったのだろう。
前方にマナがルブルに背負われているのが見える。
集団の一番後について歩きながらゼーウェンはずっとそのことを考えていた。
--------------------------------------------------------------------------------
先程中断になった話について、デストーラは思案しながら歩を進めていた。
思索している内、ゼーウェンに関して一つの可能性を思い至る。
「――まさか」
知らず口をついた言葉はルブルの耳に拾われたようだ。
「ん、何か言ったか? デス」
「いいえ、何でもありません」
そう言ってかぶりを振りながらも、デストーラは後ろを振り返る。
ゼーウェンは下を向いてデストーラの視線に気付かずただ黙々と歩いていた。
――私の考えが真実なら、セルヴェイ様は。
そうして、またかぶりを振る。思い至ってしまったその疑惑を吹き飛ばすように。
それはありえないことだ。
そんな筈は無い――あの方に限ってそのような事を企むなど。
あまりの事に放心したようにデストーラが呟く。ルブル達も言葉を失っていた。
暫しの沈黙の後、先に気を取り直したデストーラが口を開く。
「それはそれとしても。何故、王家の指輪が二つも……?」
「一つはわが師、セルヴェイ様が私に託した物だ。今一つは、死の荒野で出会ったフォーという男から嵌められたのだと私は考えている」
「フォー?」
「ああ。その男が言うには、神官のようだとか言っていたが――ある男から彼女を攫うように頼まれたとか言っていた。本当かどうかは分からないが」
「神官が持っていたん、ですか。変ですね。とても、とても嫌な予感がします。何かが、動いているのかも知れません。
この指輪は王のみが持つべき物。グノディウス王の安否が気遣われます」
「――神殿か。最悪の場合、王は暗殺され国は乗っ取られる」
「私はその王に会った事がある、と思う。私が彼女を見つけた最初の夜、襲撃してきた黒ずくめの魔術師が、自分のことを『正当な花の継承者』と言っていた。その魔術師はフォーという男と同一人物だと私は考えている。
ならば、彼こそが王であるのだろう。男はこうも言っていた。この娘、マナに本来ならば制裁を加えなければならないが、それをするのは忍びない。彼女を殺したとしても継承してしまった以上、それは意味のないことだからと」
「もしそれが正当な継承者たるグノディウス王だったとしたら、何故あなた達を見逃したのでしょうか」
デストーラがそういった時、マナが少し身じろぎする。
「――泣いているのか?」
唐突に、彼女の二つの瞼から透明なものが流れ始めた。ゼーウェン達の会話が途切れる。
それは魔法の光を反射して、水晶のように煌いた。ゼーウェンは人差し指でそれを拭ってやると、それを感じたのか、マナの目元が微かに動いた。
ゆっくりと濡れたその瞼が上がる。濡れた黒光りのする瞳がゼーウェンを映した。
「マナ?」
「――」
マナは何か言おうとしたが、それは声にならなかった。
同時に、新しい涙が後から後から零れてくる。
マナは無言のままゆっくりと起き上がった。
涙を拭ってそれきり魔術師が瞑想しているように目を瞑るとじっとしている。
普段の活発な姿とは別人かと思うほどだった。
やがて目を開けると微かに微笑んだ。何故かは知らないが、悲しみをその目に含ませて。
今度は肉声が出た。何かを異国語で言っている。マナは涙をぬぐうと立とうとした。
「危ない!」
しかし熱はまだ少しあった為、直ぐにふらついた。慌ててそれを支える。
――ドクン。
その時。
ゼーウェンの体の中で先刻から感じてきていた奇妙な感覚がざわざわと疼くように強まった。
まるで、流砂に呑まれゆくかのような本能的な恐怖が襲う。眩暈がする。
意識が遠く、冥くなって――。
―――これは、まずい。どうにかなりそうだ。
ゼーウェンは意識を強く保ってそれに抵抗する。
「おい!」
「どうしました、兄弟!?」
彼らの声に意識を呼び戻されて、気がつくとゼーウェンは膝をついていた。
嘘のように自分を支配しようとしていた感覚が消えている。
「一体どうしたんだ。大丈夫か?」
「眩暈でもされたのでしょうか。気分はどうですか?」
「……ああ。何でもない。ここの所、気を張り過ぎたようだ」
「その娘は俺が背負ったほうがいいな。あんたも無理しない方がいい」
ルブルが申し出た。
「体力と剣の腕には自信がある。とにかく、ここから出よう。話の続きはその後だ」
各々はまた歩き始めた。
――違う!
断じて、さっきのは疲れとかそういうのでは無い。
そう、まるで意識を暗黒に喰われるかのような――乗っ取られるかのような。
ふと見ると、腕中に鳥肌が立っていた。さっきのは一体なんだったのだろう。
前方にマナがルブルに背負われているのが見える。
集団の一番後について歩きながらゼーウェンはずっとそのことを考えていた。
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思索している内、ゼーウェンに関して一つの可能性を思い至る。
「――まさか」
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「ん、何か言ったか? デス」
「いいえ、何でもありません」
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ゼーウェンは下を向いてデストーラの視線に気付かずただ黙々と歩いていた。
――私の考えが真実なら、セルヴェイ様は。
そうして、またかぶりを振る。思い至ってしまったその疑惑を吹き飛ばすように。
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