竜が守護せし黄昏の園の木に咲く花は

譚音アルン

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【1】大魔術師

19.王家の指輪

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 ゼーウェン達は部屋から出ると廊下を進んだ。
 なるべく音を立てないように、それでいて出来るだけ速く。

 突き当たった所から右に曲がり、更に進んだところで石造りの螺旋階段を上がる。
 その途中でルブルは歩を止めると持っていた小刀で石壁の継ぎ目の一点をガリガリと削り始めた。

 「こんな事もあろうかと抜け道を作っておいたが正解だったようだな」

 嵌め込んである石の端の土くれを掘り出すと嵌めこんであった石が簡単に取れた。
 そこは空洞になっていて、内側に梯子が取り付けられているのが見える。

 そこから男達が石を取り除くのは早かった。
 手間がかかるのでは、と不思議な顔をしたのを見てデストーラが「これが意外と確実なんです」と呟く。
 成る程、魔術での誤魔化しは破られてしまう。手間はかかるがそれよりは確実に隠せる方法だ。

 そこを暫く降りてゆくと狭い土穴にぶち当たる。
 人一人がやっと通れるぐらいの穴を這って進むとやがて大きな洞窟に着いた。

 「『我が導き手に無明を照らしめす光を!』」

 ゼーウェンとデストーラが光を呼ぶとあたりが照らし出され、闇の中に隠されたものが明るみに出てその形を現した。
 そこは自然に出来た岩の見事な大穴だった。
 ゼーウェン達が立っている場所を中心に、周囲に幾つもの道が伸びている。
 ルブルはその内の一つを指差した。

 「この道を真っ直ぐだ。そうすれば町外れの森の奥の古い泉に辿りつく。他は全て行き止まりか、さもなければ町の中に着いてしまう」

 冷気が漂う岩の道をゼーウェン達は進んだ。

 「この付近一帯には古くからこうした穴が幾つもあります」

 歩きながらデストーラがゼーウェンに囁く。

 「もっとも、私達もこうした穴が存在するなんて、抜け道を作るまでは気付かなかったんですが。
 もしかすると大昔の遺跡かもしれませんね」

 ゼーウェンはマナの手を引きつつ眉根を寄せた。
 どうも先程から奇妙な感覚が自らを支配しているように感じていたのだ。

 ――気のせいか?

 そう思い直そうとするものの、その感覚は時には強くなり、そして弱くなった。
 しかし、総じて言えば歩を進めるごとに強くなっていっている。

 それから6クロー程も歩いただろうか。
 暗い道はまるで冥府へ誘導しているかのように果てが見えない。

 皆、疲労の色が見えてきていた。
 口数も少なくなり、足取りも遅れがちになっている。
 マナも次第に石などに足を取られることが多くなってきていた。

 2度目の小休止の時。
 ついにマナはその場にへたりこんでしまった。


***


 結論から言えば、マナは高熱を出していた。それは突発的に発熱したものだろう。

 ゼーウェンは腕に倒れこんできたマナの体を支えると、マントを脱いで包む。

 そういえば、と思い出す。ゼーウェン達の大まかな荷物はグルガンに括りつけたままだった。
 今携帯しているのは財布と武器、そして簡単な道具のみ。

 「――誰か! 誰か薬を持っていないか!! 連れが熱を出したんだ!」

 ゼーウェンの言葉に全員が一斉に振り向く。

 「熱ですって!?」

 「大丈夫か?」

 向こうで座っていたデストーラとルブルが傍に来た。
 マナがぐったりしているのを見て取ると、デストーラは慌てて懐から小さな皮の巾着を懐から出す。
 中から小さな包みを取ると差し出した。

 「薬なら――ここに。主に鎮痛の薬効があります。熱にも効くと思うのですが」

 ゼーウェンがそれを手に取ると、包みの上から生薬の独特な匂いがした。

 「チットルの実の粉か。感謝する」

 ルブルが黙って水袋を置いた。それにも礼を言ってマナに飲ませる。

 「ン……」

 意識を朦朧とさせているマナに、何とか薬を飲ませることに成功した。
 後は、十分な休息が必要なだけだ。

 「……」

 薬の効き目が現れてきたのだろう、少し経つとマナの体ががたがたと震え始めた。
 少し頭痛がしているらしく、無意識なのだろう、その手を額に当てている。
 ゼーウェンもそこに手をやると、大分汗をかいていた。

 「大丈夫でしょうか」

 デストーラが気遣うようにマナの頬に手を当てて熱の具合を見る。
 ルブルはというとこういうことは不得手らしく追手の警戒にまわってしまった。

 「早く、病状が軽くなると良いのですが。少しでも軽くなればルブルにでも背負って貰うと良いでしょう。
 このままここに居続けるのはかえって危険です」

 そういった時、デストーラの瞳が大きく見開かれた。
 視線の先には、マナの指輪。

 「こ、これは――!! 王家の指輪ルビではないですか! 何故彼女がしているのです!?」

 その言葉にルブルと男達が続々と周囲に集まってきた。

 「おかしい、何かあるとは思っていました。この娘に力の欠片も感じませんでしたから……たとえ凡人でも有る程度の力は感じられるものなのに」

 そう興奮して言い、デストーラはなおも指輪を凝視する。

 「しかし、何故二つも――あなたは何かご存知ですね、兄弟ハーゼーウェン。この娘は一体何者なんです?」

 漂う光の幻想をその瞳に映し出しながら魔術師デストーラは問うた。
 その口調に詰問するような強い響きがある。

 少し考えあぐねた末、誤魔化す事を諦めたゼーウェンは口を開いた。

 「……正直言って、それを言っていいものかどうか。あなた方が信用できるかどうか今でも判断がつきかねる。だが、私は信じたいと思っている。
 どうか、そのことに関しては私の采配に任せると約束して貰えないか」

 見ると、彼らは黙って続きを促した。無言の同意の意思。それに頷いてゼーウェンは続けた。

 「彼女が一体何処から来たのか、そして何者なのか。それは私にも分からない。
 ただ言える事は、あなた方が先刻語ったことから言うならば、彼女がグノディウスの王になるという事だけだ。
 つまり、彼女こそが『花の継承者』という事になる」

 ゼーウェンの言葉はその場に居た全てのものに衝撃を与える。
 皆黙ってマナの指輪を凝視した。
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